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森の民・ガティネ(6)

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ー?」
 そう宣言しつつ、紀宝が身体を解し始める。
 しかし、軽口の割りにその表情は真剣そのもの。
 油断しての発言ではなく、周囲に対して見せる為のものだろう。
 当然だ。
――ルツ・ナミル。まさか、がもう一人居たとは驚きだね。
 思案するも、不安などと言った感情はおくびにも出さず、一條はただ腕を組むのみ。
 ガティネ側の、首都、とでも言うべき街へと続く道を塞ぐ様にしてある簡易な物見村。
 そんな中にあって、唯一しっかりと作り込まれた場所があった。
 四方の角に丸太を柱として立て、床部分も磨き上げられた材木が敷き詰められた、所謂、闘技場、だ。
 屋根や壁も無い今の状態が完成形なのかは不明ながら、この施設に対して、何故、と問うのは野暮と言うものである。
 それだけ、ガティネの中で重要な部分を占めているのだろう。
 そうした流れで今催されているのが、三対三の団体戦、の様なものであった。
 向こうは当然、ガティネ最強の称号を持つアシュール・ドゥルを含め、槍使いのアプラ・イディ。
 更に、ミランヌ・カドゥ・ディーと相対する、徒手空拳の女傑、ルツ・ナミルだ。
 そう。
 奇しくも、二戦目は両国を代表する、素手を得意とする女性同士の対決と相成った。
――それで、私の相手はガティネ最強って訳だ。憂鬱だなぁ。
 ため息一つ。
 それを、隣に立つ巨漢が別の意味に捉えたのか、眉を詰めながら、言葉を作る。
「……勝てると思うか、うちの格闘女王は。ジャンヌの姐さんよ」
「誰が姐さんだ。負け犬」
「わおん」
 負け犬と呼ばれ、高井坂はそんな鳴き声一つ。
「いやでもよぉ。死ななかっただけマシじゃんね。アプラ・イディも十分化け物だって。なぁ、アランよ?」
 同意を求められたアランが頷き、アルベルト、クタルナ他、基本的に付いてきただけでもある商隊の面々も同じ動き。
「まぁ、シャラが勝てる未来は誰も信じて無かったしね」
 全員が頷きを繰り返す。
「酷い話だよ全く。その通りだが」
 勝負事である以上、先鋒戦が大事であったのは無論だが、流石に高井坂とイディとでは、実力差がありすぎた。
 正確な時間こそ不明だが、恐らく即席麺すら出来ていない程度。
 しかも、高井坂がほぼ一方的に槍で殴られていた位である。
 身体全体を回転させ、休む間も与えず連撃を叩き込む彼の姿は、アランとはまた違った槍の名手である事を見せつける結果となった。
 それでいて、終わった後には涼しい顔をしていたのだから、全く恐ろしい人物だ。
「あまり効いては無さそうなのがアレだけど」
「いやー……流石に刺されてたらやべぇなと思ってそれだけは避けてたけどなぁ」
 最終的に剣は弾かれ、盾を貫通されたが、致命的な一撃だけは全回避してのけた親友の能力は褒めるべきではあるかも知れない。
「啖呵まで切ってたのは、非常に格好悪い所ではある」
「うーん。黒歴史」
 言葉とは裏腹に、彼はあまり堪えている様子は見られなかった。
 本来であれば、高井坂よりも戦闘に向いている人物は居る為、其方を立てるのが礼儀と言うものであったろうが、それを言ってしまえば、彼の方がヴァロワ皇国においては二人よりも上の立場にある。
 本人も一応、やる気は見せてくれたものの、見事な惨敗と引き換えに見せられた相手の戦力を前に、一條としてはむしろ耐久力の鬼である親友で良かったとすら思えてしまう。
「でも、そうだねぇ。怪我無く終わってくれれば、とは思うけど……」
「私が思うに、それは無理かと……」
「だよねぇ……」
 クタルナの言には、納得する他無い。
 それだけのひりついた空気だ。
 紀宝もそうだが、相手のルツ・ナミルも、やる気と言うよりも殺意と称して良いそれを隠さず、その上で両者共に一歩も引く様子は見せない。
 お互いに素手でありながら、最早、数多の兵装で全身を固めた機動兵器そのものである。
「……あれ程、気の張った彼女を見たのは、初めてですね……」
「アタシも。それだけ、お互いに引けない相手、って事だね……。まぁ、分かるよ。ミラは勿論、ルツ・ナミルも。……二人共、自分の拳に誇りを持ってるだろうから」
 しかも、だ。
 同性である。
 日本に居た時も、あそこまで己と似た存在は居なかったろう。
――ちょっとばかり嬉しそう、とは思うけど。それ以上に負けられないか。
 思うと同時、闘技場の中央で、二名の女性格闘家が構えを取った。
 一人は両の拳を握り込み、左側を前に出した半身の形。
 もう一人はそれを真っ向から受けて立つ、自然体、と言って良い形。
 静寂。
 均衡を破る様に、アシュール・ドゥルが一戦目と同じく、掌程の、綺麗に磨かれた木片を投げ入れた。
 ガティネなりの、決闘の開始合図である。
 木がぶつかり合う甲高い音が鳴り、
「「っ!!」」
 二人が同時に一歩を踏み込んだ。
 どちらともが、ほぼ同じ動作。
 そこに、一切の躊躇は見られない。
「「っ!?」」
 激突した。
「んなぁっ!?」
 高井坂の驚愕。
 その光景に皆が息を呑む中、後を一條が繋げた。
「ど、同時……っ! って、初手からそんな全力あるっ!?」
 紀宝の右拳がルツ・ナミルの顔面を捉えているが、同時にルツ・ナミルの右拳もまた、紀宝の顔面を捉えている。
 見事なまでの、相打ち。
 が、そんな形になるのは普通、試合がある程度進んだ後の話である。
 それを、この両名は一発目からやってのけた。
 つまりは、
……っ? それは流石に馬鹿なんじゃないかなぁっ!?」
 しかも相手のを意に介する事無く、自分こそが上であると言わんばかりの、終わらせる気満々の一撃。
 そこに、様子見、等と言う意識は無かっただろう。
「お、おっかなー……」
 高井坂の呟きに反応した訳ではないだろうが、ゆっくりとした動きで二人が離れ、
「「っ!」」
 再度の激突。
 時間無制限、真っ向全力の打撃戦が開始された。
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