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森の民・ガティネ(4)
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「森の人、か。なるほどー。略せば、確かにエルフ、にはなるか……盲点だな」
「なるかなぁ……」
高井坂の言葉に、一條も首を傾げる。
「まぁ、漸くファンタジーっぽくなってきた、って感じ?」
「ミラさん? もう魔法とか見てますよね?」
指摘に、紀宝は腕を組み、思案顔を見せるのみ。
「……魔法?」
小首を傾げ、眉根を詰めながらやや気怠げに告げた。
「何で『え? 頭大丈夫?』みたいな顔すんの!?」
「でもねぇ」
「ミランヌはまだアレだけど、俺なんか縁無いもんなぁ。ゼルフ」
ねー、と声を合わせる二人に、一條は何とも言えない物を得つつも、
「……あ、どうぞ。先進めて下さい」
と、促した。
そんな此方の言葉に、対面に座る人物、アプラ・イディと名乗ったエルフ、もとい、ガティネ人の男性は納得した様な表情をしている。
「我らに会う者は皆もっと違う顔をした。思っていた感じでは無かったが、しかし、こういう反応は久し振りだな。アルベルト」
「そう言って貰えて何よりだ。イディ殿」
アルベルトに対しても、あまり遠慮と言うものをしていない。
配慮がない、と言うのとは違う。
「こう見えて私より長く生きている」
との彼の発言もそうだが、
――対等に見ている、と言うべきかなぁ。
思う。
ガティネの者達にとって、アルベルト・ランスとは仇敵、と言うだけではなく、尊敬すべき相手なのだろう。
最も、アプラ・イディの態度が正解かどうかは、現状の一條には判断しかねる所でもある。
「あの時は遠目からだったが。……ふむ、近くで改めると、アシュールと似たものを感じるな」
口の端を少しだけ上げた笑み。
「アシュール? ……アシュール・ドゥル……?」
口の中で転がす様な物言い。
――確か、ガティネの。
「ガティネの代表者だ。同時に、ガティネで最も強い人物でもある」
此方の視線に頷いた上で、アルベルトが告げた。
いかに一條とて、聞き馴染みもある。
中でも、リンダールでの会話は忘れ難い。
「戦闘民族の中で最強、か。こっちはヴァロワの急成長株。……釣り合いは取れてるか?」
「うーるさい」
隣の親友を黙らせてから、
「……所で、この様な場所で良かったんですか? 一応、これ、正式な会談? になる、んですよね……?」
指摘したが、場所はウネリカの北門近くの一角。
辛うじて、それなりに綺麗な形を保っていた詰め所、であった。
室内は乱雑さを極めていた為、流石に片っ端から外へ放り出し、今は一條達三名と、アルベルトとアプラ・イディとが座るのみ。
それ故、まともな家財等も一切なく、簡素を極めていた。
少なくとも、これから会談を行う様な場所ではないだろう。
「そう長くは掛からないとも。今、向こうでも人を集めている所なのでね」
「はぁ……そうですか……」
「アルベルトもそうだが、君達は忙しいだろう。軽い問答位にしておこうか」
椅子から身を乗り出す様にして、今度こそ笑顔を見せた。
何とも人なつっこい笑みである。
――人間味がある、と言えば良いのかな……。
あえて言うなら、ヴァロワ人に近い笑みと呼べた。
「俺も、聞きたい事はあるがね」
続いた言葉に、まずはアルベルトへ。
返事は無言の首肯。
両隣へ視線を流せば、二人もそれぞれ、一行の長へと託す仕草。
「はぁ……まぁ、えぇと。そう、ですね……」
言い淀みつつ、頭の中を整理していく。
――選択肢は幾つかある、けど。
小難しい質問は後回しとし、聞くべき事を問うた。
「今回、私を指名したのは、何故です?」
「気になったから、だ」
即答。
「……何が?」
「俺もヴァロワとは何度かやり合ってる。……が、ゼルフをあそこまで扱える奴は俺も知らない。あれは、かなり驚いたぜ」
「どうも……」
評価は素直に受け入れる。
が、
「ゼルフ……?」
確かな違和感に気付いた。
「待った。今日が初対面ですよね。ゼルフをあそこまで、なんて、見た様な口振りは……まさか……」
隣のアルベルトも、初耳であったのだろう。
流石に表情が険しくなった。
「そういえば、遠目からとかなんとか。……居たんですか? あの、戦場に」
告げてしまえば、合点もいく。
二頭鰐との戦いを見ていたのなら、むしろ、必然である。
あれから日が経っているとはいえ、急に此方を呼び付けてきたのは、もっともな理由だ。
「イディ殿……。聞いていませんぞ、そんな事は」
「見ていただけです。今の所、お互いに手は出さない方針であれば」
口の端を上げるのみのイディに対し、さしものアルベルトも頭を抱える事態であった。
「協定違反、には違いないな……」
「や、それもそうですけど。どうやって。門は閉まってる筈だし、四方もあれだけの高さの壁が……」
「あれ位、登るのは簡単だろうに」
事も無げに、彼は言ってのける。
「登……、十五メトルはあるのに?」
「我らの森には、これより高い木も多いのでな」
「何か、頭痛がしてくる話だなぁ、おい」
「まぁ、ね。さっきの動きを見ただけでも、今こうして見てるだけでも、彼が相当の実力者だとは分かってたけど……何て言うか、スケールが違うわね。エルフ、じゃなかった。ガティネの人は」
紀宝の言葉にも、頷く他ない。
そもそも、その血を多少なり引いているクタルナでさえああなのだ。
それ以上を誇るのは、その通りかも知れない。
――このレベルが普通なんだとしたら、身体能力で既に天地程も差がある。
緒戦での人数差など、あまり問題とすらならなかったであろう。
良く戦ってこられたと、ヴァロワ皇国をこそ褒めるべきだ。
「……見てたのなら、手でも貸して貰いたかった所ですけど。流石にそれは此方の都合ですね……。ちなみに、ロキケトーは其方も手を焼いている。いえ、それなりに手強い相手だと?」
「ふむ。最初こそ、その異様さに恐怖もしたが、そこまでではないな。慣れた者なら女でも叩ける程度だ」
顔色一つ変わっていない所を見るに、誇張表現なのではなく、事実に違いない。
「はぁ……。なるほろ。戦力は申し分無し、と。あの朱い、短い槍は、貴方の?」
入り口に無造作に立てかけられている朱い槍。
全長は百四十程。短いと形容出来る物で、先程、一條に突き付けられた代物だ。
――材質。鉄、ではなさそうだけど。
「そうだ。エントで出来たものでな。軽くて丈夫だ。其方の剣とも十分打ち合える」
「エント?」
「黒い樹木だ。そのままでも十分固いが。熱と衝撃を与え続ける事で研ぐ。あの様な色合いになるまでな」
「黒い……木……?」
そして、剣と打ち合える硬さ。
そんな物が、世に二つあるとは思えない。
――あのデカ物が持ってたのがそうか……。
「なるほろ……。どこにでも生えるのかあの木は……」
呟くが、賛同する者はこの場に居なかった。
「いや。モックラックの森、でそれと似たのを見たので」
「前は、此処も、ずっと南の方まで、我らの森と似た形が続いていたと聞いている。残っていても不思議ではない」
「ですか……」
改めて、ルマオークなる巨人に、彼らと同じ技術が伝わっていなくて正解である。
ただでさえ相応の硬さを持っているのだ。その上があるとなれば、体格を鑑みても、それは最早、殺戮兵器と称して良い。
「ますます興味深い事になってきたな」
一人、別の意味で興奮の坩堝に居そうな奴が居るものの、一旦無視。
「俺も聞きたいのだが。此処であの黒い生物を倒したゼルフ。一体何処で覚えたのだ?」
振られた質問。
答えるのは簡単ではある。
両隣へ目配せをすれば、首肯が返ってきた。
「それなんですが。私の名前とも関係がありまして」
「名前? ……そういえば、ジャンヌ・ダルクと言うのだったか。一体何のダルクなのだ?」
イディの言葉を理解し損ねたが、それも一瞬だ。
隣接しているからと言って、文化や言葉がそのまま地続き、とも限らない。
特に両国は、どうにも寿命にかなりの差がある。
積極的に交流も図ってこなかった上、近年の戦争状態も考慮すれば、細かい単語に生まれる齟齬はある程度は仕方無いだろう。
「凄い説明し難いんですけどね……。それ」
諦観するしかない。
名付けられた側でもある一條としても、非常に厄介だった。
「その上で」
と、前置き。
「センタラギスト、と言う単語。聞き覚えとかあります?」
変わりと言う様に、尋ね返す。
口の中で転がしたイディは、一瞬、眉根を詰めた顔をしたものの、すぐに真顔。
「……。ふむ。センタラギスト。懐かしいな。その言葉を聞くのは」
「懐かしい……?」
思ってもみない反応に、今度は一條が眉根を詰める番であった。
「俺も詳しくは知らないのでな。ただ、父と母、またその父と母達、またその父と母。そうして教えられる言葉の中に、聞いただけだ」
「何世代家族居るん……」
「腰を折るな話の腰を」
「集落の中に、もしかしたら会った事がある者も居るかも知れないが」
絞り出す様な彼の言葉に、次は三人で顔を見合わせる。
――場合によっちゃ、何千年も前の話だけど……。
「俺が知ってるのは、その者達をセラト、と呼ぶ位だ」
「セラト?」
「馴染みは無いだろうが、まぁ、自然災害、みたいな感じの意味だ」
「自然災害……」
言われて見れば、竜と戦える様な存在だ。
そう形容されても不思議ではないどころか、逆にしっくり来る。
「うん。思ってたよりも複雑だな。こっちも」
ガティネ出身の者とこうして話しているだけで、衝撃の度合いはこの地に降り立った時以来であった。
それだけ、情報の波が大きい。
「その前にアシュールの奴か。あいつも俺より長く生きてる。覚えも良い。聞いてみると良いだろう」
「あ、はい」
等と、答えた直後だ。
「さて、出発しようと思うが。アルベルト?」
「ドゥル殿と違って、急だな。イディ殿は」
「そうだろうか」
二人が言い合い、軽く笑う。
それを見て、一條達も立ち上がり出した。
「森の入り口まで、次の日の出には着けるだろうが。構わないかな」
「ん。えぇ、どうぞ」
「そうか。では、その前にこれだけは言っておきたい」
言うが早いか、つかつかと足早に歩み寄って来たかと思えば、徐に、手に手を取っている。
「「「え?」」」
全くの不意打ちに、三人同時に声を上げた。
「ミランヌ・カドゥ・ディー。俺と君の、どちらかが死ぬその時まで隣に居て欲しい」
永遠の様な数瞬。
「えっ。あっ……、えぇっ?」
友人の、初めて見る態度。
そして、一秒を経る毎に、傍目にも茹で上がって行くのが分かる。
「えーっ!?」
一條の驚愕に釣られる様に、高井坂が無言のまま直立不動で倒れたらしい派手目な音が聞こえた。
紛うこと無く、アプラ・イディから、ミランヌへ向けての、結婚の申し込みである。
「なるかなぁ……」
高井坂の言葉に、一條も首を傾げる。
「まぁ、漸くファンタジーっぽくなってきた、って感じ?」
「ミラさん? もう魔法とか見てますよね?」
指摘に、紀宝は腕を組み、思案顔を見せるのみ。
「……魔法?」
小首を傾げ、眉根を詰めながらやや気怠げに告げた。
「何で『え? 頭大丈夫?』みたいな顔すんの!?」
「でもねぇ」
「ミランヌはまだアレだけど、俺なんか縁無いもんなぁ。ゼルフ」
ねー、と声を合わせる二人に、一條は何とも言えない物を得つつも、
「……あ、どうぞ。先進めて下さい」
と、促した。
そんな此方の言葉に、対面に座る人物、アプラ・イディと名乗ったエルフ、もとい、ガティネ人の男性は納得した様な表情をしている。
「我らに会う者は皆もっと違う顔をした。思っていた感じでは無かったが、しかし、こういう反応は久し振りだな。アルベルト」
「そう言って貰えて何よりだ。イディ殿」
アルベルトに対しても、あまり遠慮と言うものをしていない。
配慮がない、と言うのとは違う。
「こう見えて私より長く生きている」
との彼の発言もそうだが、
――対等に見ている、と言うべきかなぁ。
思う。
ガティネの者達にとって、アルベルト・ランスとは仇敵、と言うだけではなく、尊敬すべき相手なのだろう。
最も、アプラ・イディの態度が正解かどうかは、現状の一條には判断しかねる所でもある。
「あの時は遠目からだったが。……ふむ、近くで改めると、アシュールと似たものを感じるな」
口の端を少しだけ上げた笑み。
「アシュール? ……アシュール・ドゥル……?」
口の中で転がす様な物言い。
――確か、ガティネの。
「ガティネの代表者だ。同時に、ガティネで最も強い人物でもある」
此方の視線に頷いた上で、アルベルトが告げた。
いかに一條とて、聞き馴染みもある。
中でも、リンダールでの会話は忘れ難い。
「戦闘民族の中で最強、か。こっちはヴァロワの急成長株。……釣り合いは取れてるか?」
「うーるさい」
隣の親友を黙らせてから、
「……所で、この様な場所で良かったんですか? 一応、これ、正式な会談? になる、んですよね……?」
指摘したが、場所はウネリカの北門近くの一角。
辛うじて、それなりに綺麗な形を保っていた詰め所、であった。
室内は乱雑さを極めていた為、流石に片っ端から外へ放り出し、今は一條達三名と、アルベルトとアプラ・イディとが座るのみ。
それ故、まともな家財等も一切なく、簡素を極めていた。
少なくとも、これから会談を行う様な場所ではないだろう。
「そう長くは掛からないとも。今、向こうでも人を集めている所なのでね」
「はぁ……そうですか……」
「アルベルトもそうだが、君達は忙しいだろう。軽い問答位にしておこうか」
椅子から身を乗り出す様にして、今度こそ笑顔を見せた。
何とも人なつっこい笑みである。
――人間味がある、と言えば良いのかな……。
あえて言うなら、ヴァロワ人に近い笑みと呼べた。
「俺も、聞きたい事はあるがね」
続いた言葉に、まずはアルベルトへ。
返事は無言の首肯。
両隣へ視線を流せば、二人もそれぞれ、一行の長へと託す仕草。
「はぁ……まぁ、えぇと。そう、ですね……」
言い淀みつつ、頭の中を整理していく。
――選択肢は幾つかある、けど。
小難しい質問は後回しとし、聞くべき事を問うた。
「今回、私を指名したのは、何故です?」
「気になったから、だ」
即答。
「……何が?」
「俺もヴァロワとは何度かやり合ってる。……が、ゼルフをあそこまで扱える奴は俺も知らない。あれは、かなり驚いたぜ」
「どうも……」
評価は素直に受け入れる。
が、
「ゼルフ……?」
確かな違和感に気付いた。
「待った。今日が初対面ですよね。ゼルフをあそこまで、なんて、見た様な口振りは……まさか……」
隣のアルベルトも、初耳であったのだろう。
流石に表情が険しくなった。
「そういえば、遠目からとかなんとか。……居たんですか? あの、戦場に」
告げてしまえば、合点もいく。
二頭鰐との戦いを見ていたのなら、むしろ、必然である。
あれから日が経っているとはいえ、急に此方を呼び付けてきたのは、もっともな理由だ。
「イディ殿……。聞いていませんぞ、そんな事は」
「見ていただけです。今の所、お互いに手は出さない方針であれば」
口の端を上げるのみのイディに対し、さしものアルベルトも頭を抱える事態であった。
「協定違反、には違いないな……」
「や、それもそうですけど。どうやって。門は閉まってる筈だし、四方もあれだけの高さの壁が……」
「あれ位、登るのは簡単だろうに」
事も無げに、彼は言ってのける。
「登……、十五メトルはあるのに?」
「我らの森には、これより高い木も多いのでな」
「何か、頭痛がしてくる話だなぁ、おい」
「まぁ、ね。さっきの動きを見ただけでも、今こうして見てるだけでも、彼が相当の実力者だとは分かってたけど……何て言うか、スケールが違うわね。エルフ、じゃなかった。ガティネの人は」
紀宝の言葉にも、頷く他ない。
そもそも、その血を多少なり引いているクタルナでさえああなのだ。
それ以上を誇るのは、その通りかも知れない。
――このレベルが普通なんだとしたら、身体能力で既に天地程も差がある。
緒戦での人数差など、あまり問題とすらならなかったであろう。
良く戦ってこられたと、ヴァロワ皇国をこそ褒めるべきだ。
「……見てたのなら、手でも貸して貰いたかった所ですけど。流石にそれは此方の都合ですね……。ちなみに、ロキケトーは其方も手を焼いている。いえ、それなりに手強い相手だと?」
「ふむ。最初こそ、その異様さに恐怖もしたが、そこまでではないな。慣れた者なら女でも叩ける程度だ」
顔色一つ変わっていない所を見るに、誇張表現なのではなく、事実に違いない。
「はぁ……。なるほろ。戦力は申し分無し、と。あの朱い、短い槍は、貴方の?」
入り口に無造作に立てかけられている朱い槍。
全長は百四十程。短いと形容出来る物で、先程、一條に突き付けられた代物だ。
――材質。鉄、ではなさそうだけど。
「そうだ。エントで出来たものでな。軽くて丈夫だ。其方の剣とも十分打ち合える」
「エント?」
「黒い樹木だ。そのままでも十分固いが。熱と衝撃を与え続ける事で研ぐ。あの様な色合いになるまでな」
「黒い……木……?」
そして、剣と打ち合える硬さ。
そんな物が、世に二つあるとは思えない。
――あのデカ物が持ってたのがそうか……。
「なるほろ……。どこにでも生えるのかあの木は……」
呟くが、賛同する者はこの場に居なかった。
「いや。モックラックの森、でそれと似たのを見たので」
「前は、此処も、ずっと南の方まで、我らの森と似た形が続いていたと聞いている。残っていても不思議ではない」
「ですか……」
改めて、ルマオークなる巨人に、彼らと同じ技術が伝わっていなくて正解である。
ただでさえ相応の硬さを持っているのだ。その上があるとなれば、体格を鑑みても、それは最早、殺戮兵器と称して良い。
「ますます興味深い事になってきたな」
一人、別の意味で興奮の坩堝に居そうな奴が居るものの、一旦無視。
「俺も聞きたいのだが。此処であの黒い生物を倒したゼルフ。一体何処で覚えたのだ?」
振られた質問。
答えるのは簡単ではある。
両隣へ目配せをすれば、首肯が返ってきた。
「それなんですが。私の名前とも関係がありまして」
「名前? ……そういえば、ジャンヌ・ダルクと言うのだったか。一体何のダルクなのだ?」
イディの言葉を理解し損ねたが、それも一瞬だ。
隣接しているからと言って、文化や言葉がそのまま地続き、とも限らない。
特に両国は、どうにも寿命にかなりの差がある。
積極的に交流も図ってこなかった上、近年の戦争状態も考慮すれば、細かい単語に生まれる齟齬はある程度は仕方無いだろう。
「凄い説明し難いんですけどね……。それ」
諦観するしかない。
名付けられた側でもある一條としても、非常に厄介だった。
「その上で」
と、前置き。
「センタラギスト、と言う単語。聞き覚えとかあります?」
変わりと言う様に、尋ね返す。
口の中で転がしたイディは、一瞬、眉根を詰めた顔をしたものの、すぐに真顔。
「……。ふむ。センタラギスト。懐かしいな。その言葉を聞くのは」
「懐かしい……?」
思ってもみない反応に、今度は一條が眉根を詰める番であった。
「俺も詳しくは知らないのでな。ただ、父と母、またその父と母達、またその父と母。そうして教えられる言葉の中に、聞いただけだ」
「何世代家族居るん……」
「腰を折るな話の腰を」
「集落の中に、もしかしたら会った事がある者も居るかも知れないが」
絞り出す様な彼の言葉に、次は三人で顔を見合わせる。
――場合によっちゃ、何千年も前の話だけど……。
「俺が知ってるのは、その者達をセラト、と呼ぶ位だ」
「セラト?」
「馴染みは無いだろうが、まぁ、自然災害、みたいな感じの意味だ」
「自然災害……」
言われて見れば、竜と戦える様な存在だ。
そう形容されても不思議ではないどころか、逆にしっくり来る。
「うん。思ってたよりも複雑だな。こっちも」
ガティネ出身の者とこうして話しているだけで、衝撃の度合いはこの地に降り立った時以来であった。
それだけ、情報の波が大きい。
「その前にアシュールの奴か。あいつも俺より長く生きてる。覚えも良い。聞いてみると良いだろう」
「あ、はい」
等と、答えた直後だ。
「さて、出発しようと思うが。アルベルト?」
「ドゥル殿と違って、急だな。イディ殿は」
「そうだろうか」
二人が言い合い、軽く笑う。
それを見て、一條達も立ち上がり出した。
「森の入り口まで、次の日の出には着けるだろうが。構わないかな」
「ん。えぇ、どうぞ」
「そうか。では、その前にこれだけは言っておきたい」
言うが早いか、つかつかと足早に歩み寄って来たかと思えば、徐に、手に手を取っている。
「「「え?」」」
全くの不意打ちに、三人同時に声を上げた。
「ミランヌ・カドゥ・ディー。俺と君の、どちらかが死ぬその時まで隣に居て欲しい」
永遠の様な数瞬。
「えっ。あっ……、えぇっ?」
友人の、初めて見る態度。
そして、一秒を経る毎に、傍目にも茹で上がって行くのが分かる。
「えーっ!?」
一條の驚愕に釣られる様に、高井坂が無言のまま直立不動で倒れたらしい派手目な音が聞こえた。
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