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森の民・ガティネ(3)

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「お前は一体、何なんだろうね……」
 ぽつりと、一條は誰とも無く呟いた。
 佇み、見上げた視線の先にあるのは、
 ウネリカの南側大広場。
 嘗ての折り、一條達が二頭鰐のロキを撃破した場所であった。
 現在は勝手に触れる事を禁じているらしく、それを示す様に簡易的ではあるが、柵で囲われている。
――ま、お互い、何かはあるんだろうけど。
 陽が差して、一時間は経った頃だろうか。
 季節は冬に向かって進み、段々と寒さが堪えてくる。
 それを肯定する様に吹いてきた寒風に揺れる、目の前の鉱石とほぼ同色の髪を一房摘まむ。
 これだけでも、一條とロキを、全くの無関係で貫くのは道理に外れる。
 性別に関しては目を瞑る他ないが、とはいえ、これも考えた所で詮無い事ではあった。
「はー」
 紛らわすつもりで一息。
 若干白くはなるが、その程度だ。
 ヴァロワ皇国で積雪はあまり見られないと聞くが、ガティネでは特に北の奥地、山に行けば割合普通に見られるらしい。
 証言者が一人な上、又聞きの部類であるが、
「嫌だなぁ」
 言って、ため息。
 最も、以前より寒暖差に強くなってる気が多少なりしてるのは、間違いではないだろう。
 そこは現状、感謝出来る所でもある。
――アルベルトさんは平気かな。
 一條達がこの街に来て、三日目。
 着いてから一息入れる間も無く、彼は一人で北門からガティネ領へと行ってしまった。
 聞けば、いつも通りであるらしい。
 そもそも、両国は一応、休戦しているのみで、正式に和睦が結ばれた訳ではない点を思えば、納得出来る話だ。
 よってこの三日間、待ち惚けを喰っている状態なのだが、やる事はある。
――元通りになるのに、後どれ位の月日が掛かるやら。
 ウネリカの復興作業だ。
 一條達十数名でも無いよりはマシ。と言うより、ヴァロワ皇国自体、四方全てに人力を割ける状態ではない。
 加えて、つい先日ロキに襲われた街だ。奪還したからとて、積極的に従事してくれる人間が多く出よう筈もなかった。
 その為、現在もドワーレからランス直下の軍人貴族、町民達の、精々が二、三千人程。必然、その速度は街の広さを考えれば遅々としたもの。
 それでも、今までからすれば比較的ゆっくりとした時間の中、ウネリカで日々を過ごしていた。
「……平気ですか。ジャンヌ殿」
「めずらし、くもないですね……。いえ、もう朝ご飯どきですし」
 掛けられた声に、頭を掻きつつ向けば、いつもの美青年が、いつもの顔でそこに居る。
「おはようございます。ジャンヌ殿」
「おはようございます。アランさん」
「……なんでも、ジャンヌ殿を象ったものにしたいのだとか」
「聞きましたよ。その上で却下しました。もう、さっさと壊してくれて構わないのに」
 そんなものが出来ようものならば、羞恥心で卒倒してしまう。
――高額なら、今からでも粉砕して持って帰りたい気分だけど。
 等と思うものの、それは強引が過ぎる。
 いかにジャンヌ・ダルクとて大目玉どころではない筈だ。
「所で、あー……もしかして、呼ばれてます? アタシ」
 答えは微笑。
「じゃ、歩きながらで。……あ、そこまで寒くはないので、平気ですよ」
 似た様な表情で返す。
「もうすっかりここの一員ですね、ジャンヌ殿」
「元々顔見知りでしょうに……。いや、炊き出し係としては、確かに馴染んでしまった様に思いますけど」
 朝の仕込みは分担で終わらせている。
 後は皆の起床に合わせて、作業開始だ。
 つまりは一條の持ち回りである。
――確かに料理出来る、とは言ったけどさぁ。
 流石に大人数相手の食事出し等経験はない故、今はとりあえず彼らの下っ端としてあくせく働く日々であった。
 等ともっともらしく言うが、矢鱈と気を使われるので、むしろ一條の方から積極的に働きかけている。
 配膳の一つでもすれば、野太い歓声が挙がったりもするが、それで効率が上がるのなら安いものかも知れない。
「次は看板娘ですか。ジョブチェンジが忙しい事で」
 と、友人からはため息混じりに呆れられたが、それ以上に呆れる人間が多いので相対的評価はあまり下がっていない筈である。
 紀宝もそれなりにもて囃されているし、クタルナ等もあれはあれで人気はあるだろう。
「そのうちファンクラブ出来るかも」
「ファン……なんです?」
「人気になりそ……いや、この人も大概人気あったわ……」
 首を傾げているが、計算の内なのだろうか。
 一応、一條の傘下でもある部隊『戦乙女ダルデフォーナ』でも時折、彼の話は耳にする。
 或いは、彼以外の話も。
 預かる身としては、理由がなんであれ、やる気に繋がるならば問題はないと言う考えだ。
 平和な世であれば、むしろそれを理由にしても良い位である。
――立身出世の一助になれば良いかな。
「然もありなん」
 妙な表情をしているアランに苦笑しつつ、歩を進めて行く。
 と言っても、大広場から目と鼻の先である。
 炊き出し場は、南側の、家主を失ってしまった所を間借りする形だ。
 勿論、理由はある。
 大抵が野外戦闘の傷跡を残しているのみで、無事な家が多い点。
 逆に北側は、屋内が酷い有様の方が多い。
 推測は容易だが、考えるのも憚れる。
「全く、嫌な気分に……」
「あ、ジャンヌ姉……間違えた。お母さん来たわ」
「間違ってないよ?」
 出会い頭に飛んできた義妹の台詞へ修正入れつつ、炊事班と合流。
 邪魔な髪を紀宝に纏めて貰っていた矢先である。
「ジャンヌママの手料理食べたいかーっ!」
 朝に似つかわしくない声が響いた。
「今日も気合い入れるぞお前らーっ!」
 二度目の雄叫びが終わった直後、煽動者と、その集団数十人達と視線が合う。
「今叫んだ奴ら全員南側一周走ってこい」
 親指で合図しながら宣告。
 後悔の叫びが続く。
「答えは、はい、か頷くか。……後、煽動者は先頭走れ。順位落ちたらその分追加な」
「鬼嫁! 小悪魔! 将来尻に敷きそう!」
「負担重量増やしたいのなら素直に言えー?」
 泣き真似しつつ、最初に走り出した。
 追っ付けて集団も走り出していく。
 が、雰囲気は和気藹々としたもの。
「先頭で走り抜けたら良い事あるかも知れないかなぁ」
 一條の言葉に、全員が一息に気合いを入れ直した。
「俺を抜かすなよお前ら! 良いかっ!? 絶対に抜かすなよっ!」
 初速を上げた馬鹿に習う様に、全力で追走していくの見て、一條は二度頷く。
「……熟れてきたなこいつ」
「?」
 紀宝の言葉に、クタルナが首を傾げている。
「さてお仕事お仕事」
 そんな二人を横目に、一條はいそいそと準備開始。
――と言っても、そこまでやる事は無いんだけど。
 思い、身体を解していく。
 朝はそこまで大仰な食事にはならない。
 それでも、人数が人数である。
 量だけはあり、起床時間がほぼ決まっているのならば、調理側よりも配膳側の方が忙しい。
 逆に昼や夜はこれだけの人数でありながら空き時間も出来てくるのは、不思議なものだった。
「はーいっ。一列に並べー!」
 紀宝が合図を出し、朝食と言う戦端が開かれる。
 三人の他、臨時で数人も此方側に立ち、押し寄せる人間を捌いていく。
「ミルレンスール追加急いでー!」
「またジャンヌ姉のとこのパン切れたー!」
「回せーっ!」
 平和な戦場。
 序盤の喧噪を越えれば、中盤から多少息を入れられるのが常だが、
「こらそこー! 二回目は全員が終わった後だって言ったろーがっ」
 紀宝の指摘に、早速人が数名弾かれた。
 あの手この手で掻い潜ろうとしてくる手合いも出てくる時間帯。
――顔なんて一々覚えてないけど。
 クタルナが瞬時に判別し、紀宝が指摘していく流れは既に完璧である。
「アタシには無理だなぁ」
「その割りには、実に楽しそうだ」
「こんな平和な戦場なら幾らでも付き合いますけど」
 独り言に対し、返ってきた言葉にため息。
「今から先が思いやられます。ガティネの噂は良いんだか悪いんだか判断がつきにくいので」
「そこは私も笑うしかない所だ」
「笑ってる場合ではないですよ。……後、スープもあるので片手だとバランスが悪いですよアルベルトさん。……。……ん? アルベルトさん?」
 漸くの違和感に視線を持って行けば、名前を呼んだ人物がそこに居た。
「慣れているとも。所で、余程元気があるのかな? 朝から走っている者達を見掛けたが」
「……いえ、その集団は気にしないで下さい」
 苦い顔をしつつ、隣に立っている副官へ、汁物の器を手渡す。
「苦労してそうなので鶏肉多めです」
「ダルク殿もその原因の一人なのだが……」
 素直に聞き流した。
 フラム・ホリマーは、それを見て妙な表情をしている。
 本来であれば、対ロキ戦線の最前線が此処、ウネリカだ。しかし、だからと言ってドワーレから全てを移してくる訳にもいかない。
 彼方も南側へと続く陸路の要であるし、現状、向こうの方が生活基盤が成り立っているからでもある。
 そうして、復旧作業員達の大将として選ばれたのが彼、フラム・ホリマーだった。
 危険なればこそ、ユーヴェ・パラチェレンの出番もあろうが、この街でする事は警備等ではなく、復旧が目的である。戦闘狂としての活躍を期待されているであろう彼に、出番はほぼ無いと言えた。
 無論、ホリマーが選ばれたのも、彼自身の能力を見込まれての事である。
 戦闘時こそ頼り無さが見えるが、それ自体を責める気は一條にも無い。
 ロキ相手だからこそ務まっているに過ぎないからだ。
 これが人間相手なら、恐らくはもっと酷い有様になっていただろう事は目に見えている。
「今日は当たりましたね」
 微笑で告げれば、ホリマーも苦笑いだ。
 向こうへは幾ら副官の彼と言えども付いて行く訳にいかず、日に何度か北門へ足を運んでいたのだが、今回はそれが功を奏したらしい。
「つい先程戻ってこられた。が、これからアルベルト様と、ダルク殿達とで少々、話し合いの場をもたれる事になったのだ」
「話し合い……? 誰……。いや、?」
 二人の後ろへ、控える様にしていた人物。
 頭巾を目深にしている為、顔も良くは見えなかったが、
「っ!」
 パンを取ろうとした次の瞬間には、眼前に
 周囲が、一息にして、静まり返る。
「避ける動きもしないとは。俺の目は合っていた様だ」
 頭巾の奥から、低い声が聞こえた。
「……それはどうも……」
 と、屹然とした返しもしたが、一條とて今のは目の端で辛うじて捉えた程度。
 目の前の不審人物が止めていなければ、果たして、結果はどうなっていたのか。
 想像するだに恐ろしい。
――まぁ、単純に動けなかっただけだけど。
 殺気を読む、と言う芸当も紀宝らに比べれば微々たるものであり、無表情で反応しただけマシと言った所である。
 隣の紀宝も少々自信無さげな態度なので、これを以て不合格の烙印を押すには些か厳しいものがあろう。
「それで……其方の物騒な御仁は、どなたですか?」
 改めての質問に、槍を収めつつ、頭巾が取られた。
「えっ?」
「これは……また……」
 紀宝と共に、正しく、絶句。
 言うまでも無く、彼の容姿だ。
 黒の短髪、均整の取れた顔。
 浅黒い肌の男性。
 そして、最も特徴的なのが、だ。
 向こうの世界において、同じ特徴を持つ有名な種族がある。
「アプラ・イディ。ガティネより此処へ。他の者達よりも先に会わせて貰いに参った。ジャンヌ・ダルク」
 告げた後、彼は目を細めた。
 紀宝、クタルナと視線が動いて行き、また視線が合う。
「前より、話してみたいと思っていた」
 続けて、が笑った。
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