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森の民・ガティネ(2)

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「ジャンヌ殿。ヴァルグは持って行くのですか?」
「そーだねー……ちょっち気になる点があるから、持ってこうかな。後、この辺りのはそっちの荷馬車に」
 頷いて離れていくアランと入れ替わる様に、クタルナがやってきた。
「ジャンヌ。私の荷物は」
「こっち。アタシとミラと同じ。クタルナさんも女性なんだし遠慮しない」
 ほんのり嬉しそうにする彼女を他所に、屋敷から出てきた侍女長と視線が合う。
「ジャンヌさん。これ、ミラさんの朝食です」
「えぇ、しょうがないな……。ミラー! 朝食忘れてるー!」
「えーっ、ごめーんっ。ありがとお母さんっ」
「誰がお母さんだっ」
 突っ込みにも紀宝は柔やかな笑みを浮かべているが、一條としてはその様な呼び名を定着させる訳にはいかない。
「……ママ?」
「此処からお前だけウネリカに郵送しても良いんだぞ」
「一緒に旅をさせておくれよ」
「ヴァルグ担いで行くなら許可する」
 親指を上げ、一度試しに行ったが、ものの数秒で諦めて帰って来た。
「無理でした。申し訳ありません」
 見事な土下座を決めて見せる。
「全く……。アランさんとこ手伝ってこい」
「合点」
「全く……」
 同じ台詞を呟き、次いでため息一つ。
「賑やかな道中になりそうですな。ジャンヌ殿」
「えぇ……本当に……」
 隣に立ったアルベルトは、目を細めていた。
 円卓での十二皇家会議から三日後。
 本当に間を置かず、一條達、ランス親子、そして、クタルナを始めとした、イブリッド家の商隊一つがランス邸前に集合している。
 目的は無論、ガティネへの遠征。その為の、ウネリカへの出発であった。
――出来ればクタルナさんには残ってて欲しかったけど。
 数日後には、西のノクセへ向けてスフィらが移動を開始する。
 そうなれば、戦乙女の訓練に付き合える者が減ってしまうからだ。
「部下達への対応は済んでいるので?」
「ナチュラルに心読んでくるな……でも、まぁ、そうなんですよねぇ」
 本来であれば、その役目をこそ、クタルナに任せたかったのだ。
 カオ・イブリッドが気を利かせたのか、彼女の姿を見た時は驚いたものである。
 最も、それも、は判然としない部分だが。
「あまり見てあげられてないのは心苦しい所ですけど、任せられそうな人に頼んであります。大体、私の訓練だけを受け続ける訳にはいかないでしょうし。これで良しとしておきます、今は」
「ジャンヌ殿の隊は人員が豊かで何より」
「……ま、使
 二人して微笑。
「所で、私達を同行させる理由。他にもあるんですよね?」
 色々と評価されているのは確かだろうが、それが新人でもある一條達を隣国との会談の場に同席させる理由、とするには些か弱いのも事実だ。
 アルベルトが、経緯はどうあれ、わざわざねじ込む様な真似をする人間には思えない。
「特に隠しておく必要も無いが……。実はな、今回、向こうからの指名なのだ。ジャンヌ殿は」
「……。……? 私っ、ですか?」
 言われた台詞を噛み砕いて理解するのに、かなりの時間を要した。最も、実際には数秒であろうが。
 しかし、その主へと顔を向ければ、苦笑しているのみ。
「紫色の髪を持った人物に会いたい、と。驚いたのは私もだ。君達が南へ行っている間にな。ウネリカまで出向いて来て、その事を告げて行ったらしい」
「そ……ですか。それは驚くでしょうね……」
「あぁ。ガティネの者が、自ら来た事等無かったのだから」
――なるほろ。二重の意味で驚いた訳ね。
 個人名を出した事と、その為だけに赴いてきた事、だ。
 それでも、分からない事だらけである。
――ガティネ人の知り合いなんて居ないし。イブリッド兄妹、の線も無い。
「となると」
「私、でしょうな」
 問う前に答えが来た。
「ジャンヌ殿達が南に行っている間、一度出向いてはいる。だが、その時も人物像を語った訳ではない。ガティネ側も、ウネリカの状況は多少知っていたようだったが、解決した、とだけ伝えたのだ」
 アルベルトの言が正しいならば、
「何でしょう……私は今、不思議と嫌な予感がしますね」
「同感だが。私としては、ヴァロワ皇国の人間に興味を持ってくれた方に勝る」
 苦い顔を浮かべる他ない。
 対照的に、彼は笑っている。
 ヴァルグの搬入をしようかと思ったのとほぼ同時、脇下に手が回り、胸の所で組まれた。背中に暖かく、柔らかい物が押し付けられる。
 その様子にため息を吐きつつ、一條は構わず歩を進めた。
「えー。ジャンヌちゃんー」
 組まれた手が離れないので、丁度、引き摺る格好となる。
「……何です?」
「酷い」
「違います。用件も無さそうなので」
「また暫くお出掛けでしょう? 今度はアルベルトも。……寂しいじゃない?」
「子供かー?」
 言いつつも、更に一歩を進めた後、抱き付きを解除しながら前屈み。
「よっ」
「きゃ」
 一児の母親とは思えない可愛らしい声に苦笑。
「アタシもやる事あるので、少しの間これで我慢して下さい」
――他人の母親をおんぶする日が来るとは思わなんだ……。
 童心に返ってるのはいつもの通りではあるが、背中から楽しげな声がするのは、案外と悪くない感情を得る。
「ジャンヌねー、……。いつの間にそんな大きな子供をこさえたの。ジャンヌ母さん」
「呼称を変えるな」
 頭を抱えたくなったが、両手はルカヨの尻を支えている為、残念ながら不可能であった。
「でも、何だか恥ずかしいわね。これ」
「皇都の門まで運びましょうか?」
「あらあら、平気? 重くないかしら。体型も崩れ気味だし。でも、折角ならお願いしても良い? その間もお話出来るもの」
「くそっ。無敵かこの人っ」
「仲良いわねぇ。あんたたち」
 友人の呆れた声と顔に、乾いた笑いが出てくる。
「それでは、ジャンヌ様。私が門まで着いて行きます。ルカヨ様一人では帰りが不安なので」
「ありがとう、レンカーナティ」
「帰りを不安視されてるとこはいいんだ……」
 当然の様に隣に立っていたレンカーナティの表情は柔らかい。
 成程、紀宝自慢の弟子である彼女が居れば、大抵の事は解決してくれるだろう。暴力関連に対しては。
「んしょ」
 そして、背負った人物は落ちない様にと首に手を回してくる。
 身体が密着するのを複雑な感情で以て受けつつ、一條は軽はずみな自身の行動を呪った。
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