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皇都闘技大会(8)

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「次っ!」
 一條は、ここにきて漸く慣れてきた現状に半ば辟易としつつ、声を飛ばした。
 と同時に、大の字になっている対戦相手へと手を差し伸べ、無理矢理地面から引き剥がして背中に軽く張り手。
 健闘と感謝を交わし、よろよろと歩いて行く彼を数えて十六人目。
 今日一日の挑戦者の人数だ。
 当然、地面に平積みしてきた人数でもある。
「……あー、次で最後だ。二十人目」
 手元の紙を確認しつつ、実況席に座る幼馴染が答えた。
――ん? 計算間違ってたかな。
 思うが、兎に角、漸く終わりが見えて来た事になる。
「所で、アタシが勝ったら何か貰えるのこれ?」
「いや? ……何で?」
「第一回にして終わりにしろこんな傍迷惑殺伐大会」
 きょとんとした顔をする馬鹿に言い放ち、次いで、ため息を吐いた。
「全く……」
 等と悪態を続けようとして、飲み込む。
 代わりとでも言う様に、手振りで先を促す。
「それじゃあ、本日の最終戦。御相手はっ……。……この方っ! ですっ!」
 選手入場口を掌で示したが、一條が其方を向くより先に、解説席の隣側の人物が立ち上がった。
「えっ、アルベルトさん!?」
「あれっ!? アルベルトさん!?」
 一條と高井坂の声が重なる。
 合わせて、観客席からもざわめきが広がっていく。
 軍人貴族達の間において、アルベルト・ランスの名声は、一條達が思っているよりも高い。
 が、今回のそれは少々毛色が異なるだろう。
「いや、なんでそっちも驚いてんの……」
 笑いながら、実況が頭を掻いている。
 ついでに言えば、隻腕の有名人も笑っていた。
 歳に似合わない悪戯心が全面に出ている笑みであり、時折見せるのは当然、ルカヨの影響が色濃い。
――この似た者夫婦め……。
 心中で突っ込みを入れながら、彼の言葉を待つ。
「いやなに。これだけ弟子の戦い振りを見ていて、ただ座っているのもどうかと思ったのだ」
「えぇ……」
「そう嫌そうな顔をしてくれるな」
 笑みを濃くしながら、
「しかし、私としては報酬も受け取れるものではない。なにより、このような場で注目を浴びた中とあっては、実力も出せそうもないのでな」
――何という白々しさよ……。
 更に重ねた。
 続く。
「家で飽きるほどしている事でもある。……そこで、
「相応し……い……」
 嫌な予感は、彼が立ち上がった時から薄々していた。
 朝から会場の何処にも姿が見えず、
「えー……。おほん。選手入場っ!」
 歓声が沸き、改めて其方へ向ければ、件の美青年が悠然と歩いてきた。
 金髪碧眼。
 手には槍。
 その表情は、若干強張っているが、会場の雰囲気故だろうか。
 一條としては、あまり見た事の無い物だ。
「アラスタンヒル・ランス選手ーっ!」
 紹介されるとほぼ同時、彼が目の前にまで歩を進めてきた。
「はぁ……。姿が見えないと思ったら……」
「申し訳ない。ですが、私もジャンヌ殿と同じ立場ですよ。パラチェレン殿やシャラに言われて此処に居る位です」
 見慣れた苦笑。
「なるほろ。一人は朝一番でぶちのめしたので後一人ですね」
 視線をもう一人の犯人へ向ければ、口止めの合図を送っていた。
 慌てて隠したが既に手遅れである。
「ですが、ここまで来ては止める訳にもいかないでしょう。……父上も見ている手前、手加減はしませんよ」
「嬉しくて涙が出てくる。……ま、アタシとしても、負けたら面倒事が増えるのでしませんけど」
「はは。お互い大変ですね」
 等とまるで他人事の様に笑みを浮かべているが、果たしてどこまで本気かは彼のみぞ知る所だ。
――案外と楽しみなのかも知れない。
 邪推するのは、既にアランが臨戦態勢であるからだ。
 今この瞬間に斬り掛かったとして、恐らくは防がれるだろう事は、一條でも分かる。
 立ち振る舞いに隙が無いのは、軍人貴族としては満点であるし、何とも心強い話ではあった。
 それ故に、つい最近アルベルトとの会話でも話題に挙げていた点がここぞとばかりにのし掛かってくる。
「……えぇ、全く……所で、アランさん」
 不意の呼び掛けに、アランが首を傾げた。
「背、伸びました?」
 右手を目線の高さで動かしつつ、尋ねる。
 出会った当初は、まだそれなりに距離が開いていた気もするが、改めて向き合えば中々に近付いている気がした。
「シャラの様に追い抜けるのも、そう遠くないかも知れませんね。期待していて下さい」
「……やっぱり悪い影響受けてません?」
 呆れ気味に告げ、一條は自身に視線を向けていく。
 身長、体重、共に大きな変化は見られない。それは、衣服に関して特に着られなくなると言った場面には直面していない事からも伺い知れる。
――まさか、だけ成長しないとかそんなの無いよね……。
 高井坂は縦にこそ伸びていないが、筋肉量は増えた様にも思う。日頃の成果と言えるかも知れない。
 紀宝の方も、此処へ来た頃よりも目線の高さが上に来ているし、色々な部分がそれに合わせて成長している。
 同じ成果と言っても、此方は残念ながら、当人の思惑通りとは行っていないみたいだが。
「新鮮で楽しい事ばかりです。悪くはないですよ」
「アランさんはそうでしょうけど。周囲から見た話です。歳は……まぁ、アレですけど。もう少ししっかり対応して貰わないと。この間だってですねぇ……笑う所じゃないんですけど」
「いえ。ジャンヌ殿も、ルッテモーラに似てきたな、と。そういえば、もう料理の方でも頼りにされていると」
「……今日の夕飯抜きにします?」
「ジャンヌ殿も悪い影響を受けていますね」
 頭を掻いた。
「談笑してないで始めるぞー、お二人さーん」
 実況の言葉に、一條は一歩後退し、剣を前に突き出す。
 応じ、アランも槍を縦に一回転させてから、交差させる様に突き出した。
 試合を開始する間合いとしては、これまでよりも近すぎるものだが、どちらから示すともなく今の距離に落ち着くのは、両者が手慣れていると言うのが大きい。
 一條は元より、アランも好んで武器を振るう射程でもある。
 槍使いの基本からは、かなり外れた立ち位置なのだが、それも今では見慣れたものだ。
「だ、そうです。……。こういう時は胸を、買う? でしたか」
「借りる、です」
「借りる……。女性の胸を借りる、とはどういう事でしょう?」
「や……そういう、事では無いんですけど……後で馬鹿にでも聞いて下さい」
 上手く説明出来ず、実況席の友人に丸投げする。
 少なくとも、一條よりかは蘊蓄だか含蓄だかも込みで丁寧にしてくれるだろう。
 そんな男の声を耳に入れながら、
「所で、報酬はアタシとの事ですが、アランさんもそうなんです?」
 尋ねた。
「え。いえ、私は別に……」
 言い淀み、視線が宙を彷徨う。
――なんだかなぁ。
「別に意味は無いですけどね」
 苦笑。
「なら、?」
「負けた時は?」
 逡巡。
 横目で最前席を確認してから、告げた。
「シャラと一緒に、ミラと訓練でもして貰いましょうか」
「それは負けたくありませんね」
 二人で苦笑。
「試合始めーっ!」
 同時、両者の武器が軽く当たり、一息の後、激突した。
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