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皇都闘技大会(7)
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「……へぇ。なるほどねぇ。そうきましたか」
ジャンヌとファウスの一合目。
いや、正確に言えば、ジャンヌの飛び込みに対して放たれたファウスの一撃。
切り結ぶ事無く終えたその一戦を観て、ミランヌは思わずそう唸った。
「ミランヌ殿」
隣のアルベルトが一言。
短いが、それで彼も同じ見解に至ったと知る。
咳払い一つ。
「……今回は、合同訓練の一環としての大会、とまではいかない規模ですけど。そんな感じなので、一撃を入れるか戦闘続行が不可能となればそこで試合は終わります。……当然、武器が無くなっても負け、ですね」
宣言に、アルベルトも納得した頷きを返してくる。
武器破壊。或いは、弾き飛ばす事。
ファウスの狙いだ。
ジャンヌも、恐らくは先の一撃を弾くなりしようとしていた寸前で看破、或いは予感めいたものを嗅ぎ取った事で、身を捩っての回避に変更したのだろう。
そして一息吐いた今、彼女は此方へと視線を向けて、持っている剣を指差している。
両腕をゆっくりと広げ、
「有功っ」
頭上で丸の字を描く事でそれに対する答えとした。
――泣きそうな顔してんのウケる。携帯あったら写真撮っときたいわね。
流石にミランヌも無表情を決め込んではみたが、絶賛、暴掠結婚の対戦中である彼女の表情と心情を思えば、若干の同情と苦笑の一つも浮かんでくる。
果たして認めるべきかは議論の分かれる所ではあるが、特に細かい規定も決めていない。
が、アルベルトにも説明した通り、有功とするのが妥当ではあろう。
「ま、性急に進めた弊害。って所かなぁ」
故に、ユーヴェ・パラチェレンの戦い方はどうあれ、あそこまでの重武装は如何なものかと思わなくも無い。
最も、両人がそれで納得しているので、それ以上を言うのは野暮と言うものではあるが。
兎に角、ミランヌがこうして示した以上、後は見守る他無い。
「あー……どゆ事?」
「この実況はよぉ……」
ジャンヌの様なため息を吐く。
とはいえ、である。
「……ファウスさんは武器破壊による勝ちを狙った訳。んで、今あいつにも『破壊されたら負け』って意思表示見せたから。この試合はそういう試合になるわよ」
実況が納得した表情を見せ、観客にも状況を説明し出した。
「直前で気付いたジャンヌ殿も流石ですな」
「本当に。けど、ファウス殿も流石に十二皇家当主。強かですね……。えぇ、全員一筋縄ではいかないと言うか、曲者と言うか」
「私も含まれている様ですが。……つまり?」
アルベルトも大凡は理解しているだろうが、その上で問われ、苦笑い。
「全員手強い、と言う事です」
知り得る顔を浮かべながら、本心からの言葉を述べる。
――さて、うちの義姉はどう出るかな。
思案。
現状において、形勢はファウスの有利だ。
狙いが武器破壊である為、ジャンヌとしては打ち合いは極力避けねばならないのだが、そこは体格と武器射程からかなりの差がある。
一息で内に入れる可能性は、初手から推察するに難しいと言わざるを得ない。
無論、このまま時間を無為に過ごして引き分けとすれば、ジャンヌの勝ちにはなる。
しかし、それを良しとする人物でないのは、彼女を知る者達全員、意見の一致を見る所ではあった。
「ジャンヌ選手動いたぁぁっ!」
相変わらずの大声に顔を顰めつつも、ミランヌは視線を外さない。
姿勢を低く保ち、突撃するジャンヌに対し、ファウスは構えたまま不動。
疾走する。
次の瞬間には、範囲内に彼女の身が治まった。
直後。
ファウスの体格からは想像し難い、細かい突きの連撃が飛ぶ。
「っ!?」
だけではない。
ファウスの武器は複合武器だ。突きから斧刃での斬撃、かと思えば鉤爪を引っ掛ける様な動き。
また刺突。払い、牽制を搦めての薙ぎ。
全てを当てようとしてはいないが、それでも上下左右から間断無く続く様は、武器を十全に扱えている証左だ。
――武器破壊、だけじゃあなくて、普通に仕留めにも来てる。顔に似ずやる事はきっちりやるタイプかぁ。
更に言えば、このファウスと言う男はジャンヌに明確な好意を持っている人物でもある。
今の攻防を見るに、そこに一切の妥協は感じられない。
「にしても、これ位は出来なきゃ十二皇家は務まらない、と」
「私ももう少し若ければ良かったのだが」
「いや問題は……いえ何でも。……ちょっと奥方連れて来て。ルカヨさんの配送お願いしまーす」
当人は笑っているが、どこまで本気かは計りかねる。
そもそも、正確な年齢が分からない。
――アランさん位を想定してるんだろうか……。
思う先。
二人の一進一退の攻防に対し、歓声が沸く。
ファウスの連撃を、ジャンヌは足の動きと身体を十全に使い、その上で彼の周囲を時計の針の様に回っていきながら避ける事に集中している。
「避ける避ける避けるぅっ! 華麗な足取りのジャンヌ選手! 対するファウス選手もまぁったく攻撃の速度が落ちなぁいっ!」
――マイクも無いのによくもまぁ、声が保つわねこいつ……。
ジャンヌが既に十戦近く試合を熟していると言う事は、隣の実況もそれだけの数を熟している、と言う事だ。
拡声器の様な物はまだ存在せず、流石に一番遠くの席にまでは届いていないだろうが、それでもこれだけの声量である。
明日には確実に喉を枯らした情けない姿が拝めるだろう。
それはそれとして、
――ま、あれだけの足捌きを見せてくれたなら、私としては十分見応えはあるけど。
ミランヌには武器の扱い方が分からない。
なので、代わりとでも言う様に、ジャンヌには足や身体を使った捌き方や歩法を教えるに留まっている。
格闘術も修行ついでに教えてはいるが、現状はそれ程でもない。
「ジャンヌ選手行ったぁぁぁっ」
実況の通り、改めての突撃を敢行。
避けに避けた先、足首を狙って放たれた引っ掛ける動き。
「誰に似たのか、足癖の悪さだけは真似してくれちゃって」
苦笑。
次の瞬間には、彼女は柄の部分を伝って目標へ向かっている。
普通であれば、そこから二歩で到達したジャンヌの一撃で決着だったろう。
「もーうっ! 防がれたっ!」
空中を逆さに飛んでいる状態から、彼女のそんな愚痴が聞こえてきた。
「今のはかなりの高得点だと思うんですがっ。解説のミランヌさん」
「……。はぁ。……ま、そうね。もうなんか、足叩き斬る勢いだったけど、それを右足で縫い付けて柄の上を二歩。かっ飛ぶ様にして交差する瞬間に一撃。でも、これに対して、咄嗟に引き寄せた持ち手でガードしたファウスさんの反応を褒めるべきね」
手で簡単な図解を披露しつつ、役目としての任を熟す。
そんな解説をしながらも、彼女の思い切りの良さに連動するかの如く発揮される身体能力には驚かされてばかりだ。
「一瞬ジャンヌ選手の攻撃が入ったのかと思いましたもんねっ。意味分からんくて笑えますっ」
実況はそう嘯いているが、反対側の人物は既に呵々大笑。
「私でもあんな事考えないから、その辺りは流石にジャンヌ・ダルクと言えるかも。……何その顔」
指摘に、妙な表情を浮かべていたガタイの良い馬鹿は視線を試合場に戻す仕草。
「残り時間一分位! 残り時間一分位!」
ついでと言う様に、曖昧気味な残り時間を叫んだ。
確かに手元の砂時計を見れば、もう上部の砂は僅かばかりではある。
「最後の一撃だ。付き合ってはくれるんだろう?」
「挑発、なんだろうけど。勿論。逃げも隠れもしませんとも」
良く通る声で言葉を交わし、両者が再び動き出した。
と言っても、相変わらず積極的に行くのはジャンヌ。
専守防衛のファウスは、静かに武器を構えるのみ。
――朝のパラチェレンさんと同じ型。最も、狙いは違うみたいだけど。
思うが、そう感じるのは彼が二度目だからだろうか。
「或いは鏡みたく反対向きだからかな」
矢先、パラチェレンの一撃以上のそれが放たれた。
彼よりも一回り大きい巨躯。
それに合わせて誂えられた、一回り大きい槍斧。
しかも実際の戦場で使われるものとなんら変わらない材質。
パラチェレンの時もそうだったが、下手を打てば死にかねないが、
「全然問題無さそうなのが不思議だわね……」
呟くと同時、ジャンヌが脛部分を真一文字に走ってくる穂先を短い跳躍で越えて行く。
――引いた?
ファウスが踏鞴を踏んだかの様に後退したが、違う。
軽い足取りで、位置を取りに行ったのだ。
証拠に、後ろに踏み込んだ軸足が重い音を立て、身体全体が小さくなった様にも見える。
遠目に見ているミランヌでさえ、若干気圧される程だ。
「そこだっ!」
引き絞りも一瞬。
ファウスの鋭く激しい一声が飛ぶ。
通り過ぎていった筈の槍斧が、即座に翻って二撃目となった。
武器こそ異なるが、
――ツバメ返し。と名付けて良いかも。
少なくとも、ミランヌとしては当てられたくない技である。
「っ!?」
未だ空中に居る身では、流石のジャンヌとて的でしかない。
筈だった。
「ま、だ、まだぁぁっ!」
不自由ながらも、強引に身体を横回転させ、
「くぉんのぉぉっ!!」
裂帛の気合いと共に、放たれた槍斧を更に上から武器を叩き込む事で迎撃してのける。
派手な金属音が響き、次いで、地面に墜落した槍斧の奏でる音。
そして、
「……あっ!? っと、ジャンヌ選手の剣が、折れっ……あれ? 違う?」
衝撃に耐えられなかったジャンヌの武器が砕けて中を舞い、破片が散らばっていく。
その違和感に実況が気付くよりも早く、彼女は動き始めていた。
一歩を踏み込む。
ファウスもそれに反応したものの、既に優位性は逆転している。
二歩で十分な間合い。
武器に体格。一瞬でも遅れたのは致命傷だった。
最も、あれ程の技である。回避されると予想出来る方がどうかしているのだが。
「鞘、か。成程。あそこであの様な判断を下して行動に移れる。完全に追い抜かれたな、これは」
アルベルトが苦い笑い。
ファウスのツバメ返しに対しての、ある意味最適解と言えなくもないだろう。
「です、ね。……鞘も金属製だし、二刀流と言えばそうなのかも。……ま、普通は咄嗟に出来ないでしょうけどね。あんな妙ちくりんな動き」
「言い方の割りには、誇らしげに見えますな」
言われ、ミランヌは頬を揉み込んだ。
「お互い様、と言うやつです。負けて貰っては困りますから」
彼に向けて微笑をして見せれば、似た表情が返ってきた。
「勝者ー、ジャンヌ・ダルク選手ーっ!」
実況が宣言し、ジャンヌの連勝記録が更新されていく。
ジャンヌとファウスの一合目。
いや、正確に言えば、ジャンヌの飛び込みに対して放たれたファウスの一撃。
切り結ぶ事無く終えたその一戦を観て、ミランヌは思わずそう唸った。
「ミランヌ殿」
隣のアルベルトが一言。
短いが、それで彼も同じ見解に至ったと知る。
咳払い一つ。
「……今回は、合同訓練の一環としての大会、とまではいかない規模ですけど。そんな感じなので、一撃を入れるか戦闘続行が不可能となればそこで試合は終わります。……当然、武器が無くなっても負け、ですね」
宣言に、アルベルトも納得した頷きを返してくる。
武器破壊。或いは、弾き飛ばす事。
ファウスの狙いだ。
ジャンヌも、恐らくは先の一撃を弾くなりしようとしていた寸前で看破、或いは予感めいたものを嗅ぎ取った事で、身を捩っての回避に変更したのだろう。
そして一息吐いた今、彼女は此方へと視線を向けて、持っている剣を指差している。
両腕をゆっくりと広げ、
「有功っ」
頭上で丸の字を描く事でそれに対する答えとした。
――泣きそうな顔してんのウケる。携帯あったら写真撮っときたいわね。
流石にミランヌも無表情を決め込んではみたが、絶賛、暴掠結婚の対戦中である彼女の表情と心情を思えば、若干の同情と苦笑の一つも浮かんでくる。
果たして認めるべきかは議論の分かれる所ではあるが、特に細かい規定も決めていない。
が、アルベルトにも説明した通り、有功とするのが妥当ではあろう。
「ま、性急に進めた弊害。って所かなぁ」
故に、ユーヴェ・パラチェレンの戦い方はどうあれ、あそこまでの重武装は如何なものかと思わなくも無い。
最も、両人がそれで納得しているので、それ以上を言うのは野暮と言うものではあるが。
兎に角、ミランヌがこうして示した以上、後は見守る他無い。
「あー……どゆ事?」
「この実況はよぉ……」
ジャンヌの様なため息を吐く。
とはいえ、である。
「……ファウスさんは武器破壊による勝ちを狙った訳。んで、今あいつにも『破壊されたら負け』って意思表示見せたから。この試合はそういう試合になるわよ」
実況が納得した表情を見せ、観客にも状況を説明し出した。
「直前で気付いたジャンヌ殿も流石ですな」
「本当に。けど、ファウス殿も流石に十二皇家当主。強かですね……。えぇ、全員一筋縄ではいかないと言うか、曲者と言うか」
「私も含まれている様ですが。……つまり?」
アルベルトも大凡は理解しているだろうが、その上で問われ、苦笑い。
「全員手強い、と言う事です」
知り得る顔を浮かべながら、本心からの言葉を述べる。
――さて、うちの義姉はどう出るかな。
思案。
現状において、形勢はファウスの有利だ。
狙いが武器破壊である為、ジャンヌとしては打ち合いは極力避けねばならないのだが、そこは体格と武器射程からかなりの差がある。
一息で内に入れる可能性は、初手から推察するに難しいと言わざるを得ない。
無論、このまま時間を無為に過ごして引き分けとすれば、ジャンヌの勝ちにはなる。
しかし、それを良しとする人物でないのは、彼女を知る者達全員、意見の一致を見る所ではあった。
「ジャンヌ選手動いたぁぁっ!」
相変わらずの大声に顔を顰めつつも、ミランヌは視線を外さない。
姿勢を低く保ち、突撃するジャンヌに対し、ファウスは構えたまま不動。
疾走する。
次の瞬間には、範囲内に彼女の身が治まった。
直後。
ファウスの体格からは想像し難い、細かい突きの連撃が飛ぶ。
「っ!?」
だけではない。
ファウスの武器は複合武器だ。突きから斧刃での斬撃、かと思えば鉤爪を引っ掛ける様な動き。
また刺突。払い、牽制を搦めての薙ぎ。
全てを当てようとしてはいないが、それでも上下左右から間断無く続く様は、武器を十全に扱えている証左だ。
――武器破壊、だけじゃあなくて、普通に仕留めにも来てる。顔に似ずやる事はきっちりやるタイプかぁ。
更に言えば、このファウスと言う男はジャンヌに明確な好意を持っている人物でもある。
今の攻防を見るに、そこに一切の妥協は感じられない。
「にしても、これ位は出来なきゃ十二皇家は務まらない、と」
「私ももう少し若ければ良かったのだが」
「いや問題は……いえ何でも。……ちょっと奥方連れて来て。ルカヨさんの配送お願いしまーす」
当人は笑っているが、どこまで本気かは計りかねる。
そもそも、正確な年齢が分からない。
――アランさん位を想定してるんだろうか……。
思う先。
二人の一進一退の攻防に対し、歓声が沸く。
ファウスの連撃を、ジャンヌは足の動きと身体を十全に使い、その上で彼の周囲を時計の針の様に回っていきながら避ける事に集中している。
「避ける避ける避けるぅっ! 華麗な足取りのジャンヌ選手! 対するファウス選手もまぁったく攻撃の速度が落ちなぁいっ!」
――マイクも無いのによくもまぁ、声が保つわねこいつ……。
ジャンヌが既に十戦近く試合を熟していると言う事は、隣の実況もそれだけの数を熟している、と言う事だ。
拡声器の様な物はまだ存在せず、流石に一番遠くの席にまでは届いていないだろうが、それでもこれだけの声量である。
明日には確実に喉を枯らした情けない姿が拝めるだろう。
それはそれとして、
――ま、あれだけの足捌きを見せてくれたなら、私としては十分見応えはあるけど。
ミランヌには武器の扱い方が分からない。
なので、代わりとでも言う様に、ジャンヌには足や身体を使った捌き方や歩法を教えるに留まっている。
格闘術も修行ついでに教えてはいるが、現状はそれ程でもない。
「ジャンヌ選手行ったぁぁぁっ」
実況の通り、改めての突撃を敢行。
避けに避けた先、足首を狙って放たれた引っ掛ける動き。
「誰に似たのか、足癖の悪さだけは真似してくれちゃって」
苦笑。
次の瞬間には、彼女は柄の部分を伝って目標へ向かっている。
普通であれば、そこから二歩で到達したジャンヌの一撃で決着だったろう。
「もーうっ! 防がれたっ!」
空中を逆さに飛んでいる状態から、彼女のそんな愚痴が聞こえてきた。
「今のはかなりの高得点だと思うんですがっ。解説のミランヌさん」
「……。はぁ。……ま、そうね。もうなんか、足叩き斬る勢いだったけど、それを右足で縫い付けて柄の上を二歩。かっ飛ぶ様にして交差する瞬間に一撃。でも、これに対して、咄嗟に引き寄せた持ち手でガードしたファウスさんの反応を褒めるべきね」
手で簡単な図解を披露しつつ、役目としての任を熟す。
そんな解説をしながらも、彼女の思い切りの良さに連動するかの如く発揮される身体能力には驚かされてばかりだ。
「一瞬ジャンヌ選手の攻撃が入ったのかと思いましたもんねっ。意味分からんくて笑えますっ」
実況はそう嘯いているが、反対側の人物は既に呵々大笑。
「私でもあんな事考えないから、その辺りは流石にジャンヌ・ダルクと言えるかも。……何その顔」
指摘に、妙な表情を浮かべていたガタイの良い馬鹿は視線を試合場に戻す仕草。
「残り時間一分位! 残り時間一分位!」
ついでと言う様に、曖昧気味な残り時間を叫んだ。
確かに手元の砂時計を見れば、もう上部の砂は僅かばかりではある。
「最後の一撃だ。付き合ってはくれるんだろう?」
「挑発、なんだろうけど。勿論。逃げも隠れもしませんとも」
良く通る声で言葉を交わし、両者が再び動き出した。
と言っても、相変わらず積極的に行くのはジャンヌ。
専守防衛のファウスは、静かに武器を構えるのみ。
――朝のパラチェレンさんと同じ型。最も、狙いは違うみたいだけど。
思うが、そう感じるのは彼が二度目だからだろうか。
「或いは鏡みたく反対向きだからかな」
矢先、パラチェレンの一撃以上のそれが放たれた。
彼よりも一回り大きい巨躯。
それに合わせて誂えられた、一回り大きい槍斧。
しかも実際の戦場で使われるものとなんら変わらない材質。
パラチェレンの時もそうだったが、下手を打てば死にかねないが、
「全然問題無さそうなのが不思議だわね……」
呟くと同時、ジャンヌが脛部分を真一文字に走ってくる穂先を短い跳躍で越えて行く。
――引いた?
ファウスが踏鞴を踏んだかの様に後退したが、違う。
軽い足取りで、位置を取りに行ったのだ。
証拠に、後ろに踏み込んだ軸足が重い音を立て、身体全体が小さくなった様にも見える。
遠目に見ているミランヌでさえ、若干気圧される程だ。
「そこだっ!」
引き絞りも一瞬。
ファウスの鋭く激しい一声が飛ぶ。
通り過ぎていった筈の槍斧が、即座に翻って二撃目となった。
武器こそ異なるが、
――ツバメ返し。と名付けて良いかも。
少なくとも、ミランヌとしては当てられたくない技である。
「っ!?」
未だ空中に居る身では、流石のジャンヌとて的でしかない。
筈だった。
「ま、だ、まだぁぁっ!」
不自由ながらも、強引に身体を横回転させ、
「くぉんのぉぉっ!!」
裂帛の気合いと共に、放たれた槍斧を更に上から武器を叩き込む事で迎撃してのける。
派手な金属音が響き、次いで、地面に墜落した槍斧の奏でる音。
そして、
「……あっ!? っと、ジャンヌ選手の剣が、折れっ……あれ? 違う?」
衝撃に耐えられなかったジャンヌの武器が砕けて中を舞い、破片が散らばっていく。
その違和感に実況が気付くよりも早く、彼女は動き始めていた。
一歩を踏み込む。
ファウスもそれに反応したものの、既に優位性は逆転している。
二歩で十分な間合い。
武器に体格。一瞬でも遅れたのは致命傷だった。
最も、あれ程の技である。回避されると予想出来る方がどうかしているのだが。
「鞘、か。成程。あそこであの様な判断を下して行動に移れる。完全に追い抜かれたな、これは」
アルベルトが苦い笑い。
ファウスのツバメ返しに対しての、ある意味最適解と言えなくもないだろう。
「です、ね。……鞘も金属製だし、二刀流と言えばそうなのかも。……ま、普通は咄嗟に出来ないでしょうけどね。あんな妙ちくりんな動き」
「言い方の割りには、誇らしげに見えますな」
言われ、ミランヌは頬を揉み込んだ。
「お互い様、と言うやつです。負けて貰っては困りますから」
彼に向けて微笑をして見せれば、似た表情が返ってきた。
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