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皇都闘技大会(5)

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「さぁっ! 今日は昨日と違って雲の多い日となりましたが、雨は降らず、絶好の大会日和と言って良いでしょうっ!」
 恐らくは、人生で一番腹から出ているであろう高井坂の嬉々とした声量。
 そんな轟く声にも、一條は構わず彼へと睨め付けるのみである。
「ジャンヌ・ダルクは視線だけでロキを殺しそうな位、非常に気合いの入った表情を浮かべておりますっ。どうでしょう、解説のミランヌさんっ!」
 横に座る紀宝に話を振るが、彼女はただ肩を竦めるに留めた。
 が、彼は特段気にせず、続ける。
「ヴァロワ皇国初の十二皇家参加の合同訓練っ。先日の興奮も冷めやらぬ中行われる、実に楽しみなですっ。と言うより、最早、ジャンヌ・ダルク相手の実戦訓練と言っても過言ではないでしょうっ!」
 宣言され、周囲の者達の熱気も上がった。
 ため息どころの話ではなく、一條としては頭痛に苛まれる水準である。
――どーしてこうなったかなぁ……。
 思い、自らの立ち位置を見て、周囲へと目配せ。
 観客、と称して良いだろう、軍人貴族達。誰も彼もが、期待に胸を膨らませる様な、羨望の様な眼差しを向けている。
 十二皇家主導の下作られた訓練施設は、皇都の外壁より外に作られた事もあって、一般には解放される事なく日程が進められた。
 それ故に収容人数的に若干寂しい限りではあるが、この辺りは今後改善されて行けば良いかも知れない。
 一方で、凡そ一月で完成した同施設だが、作り自体はそれ程複雑では無い。
 一番の見所でもあろう、中央の闘技場そのものは地面を数メートル程掘って整地された物で、それを囲う形で柵やらを立てた程度。それでも、前日行われた合同訓練では数十人が動き回っても多少余裕がある位に広さは確保されている。
 観客席はと言えば、そこをぐるりと囲う様に、段階的に席を設けらているのが精々なもので、見栄え的なものは決して良いとは言えないが、日数等を考えれば、むしろ、上出来と言えよう。
 そうして一応の完成を見た競技場コロシアムは、高井坂の言う様に、連日の開催と相成った。
 先日は簡単な開幕式と、全員ではないものの、各十二皇家の部隊から選抜された者達を集めての交流戦染みたもの等が行われている。
――英雄じゃなくて客寄せパンダだ……。
 頭を掻いた。
「俺としては、実に楽しみなんだがな? どこまでやって良いんだっけ」
 気楽な声に視線を正面に戻せば、二刀二槍を携えた大男が仁王立ちが如く存在している。
「訓練だ、っつってんだろ。それより何で居るんだよお前はよ」
 パラチェレンは、小首を傾げた。
「そりゃあ、来るだろ。面白そうだし。ドワーレにはホリマーを行かせたし問題は無いぜ?」
「今度謝れ。……全く」
 反省の色が見られない程度には、柔やかな笑みを見せている。
 一條が前日報されたのが、
「今大会の目玉はジャンヌ・ダルクとの一対一の模擬試合」
 と言うものであった。
 そんな物好きな企画に応募する奴の気が知れなかったが、意外と人数は揃っているらしい。
 等と言えば聞こえは良いものの、目の前の人物が一番手を受けるまで、皆及び腰であったのも事実である。
「だからこそのあの試合だったのになぁ……」
 その大きな要因は一條自身にあり、ならばと最後に組んだクタルナとの模擬戦で、時間切れの引き分けに縺れる程度には全力を出した事だ。
 最も、今となっては裏目に出たのかも知れないが。
 兎に角、時間調整された砂時計を試すにも良い点ではあったろう。高井坂と職人に感謝しなければならない。
――それはそれとして後でぶっ飛ばすが。
 理由は一つ。
 今の状況に陥る切欠が、実況席と書かれた紙を貼り出して得意げにしている人物だからである。
「それにしても、今回もてっきり木剣だと思ってたが」
「……まぁ、ね。一応、実戦を想定して、なんて言われてるし。アタシは兎も角、文句はないでしょ」
「文句はないな」
 手に持った二振りの鉄剣を弄びつつ、パラチェレンが口の端を釣り上げた。
 実に楽しそうである。
 とはいえ、刃自体は研がれていない、所謂なまくら、とでも言うのだろうか。
 そういった代物ではあるが、木とは比べるべくもない。
 当然、怪我の可能性も高くなる。
 今回は、お互い熟練者である点も踏まえ、両者共に首を縦に振った為に実現したものだ。
 合同、等と付いている以上、怪我人は増えるだろう事を見越して数名程の医療班も居るが、過信は禁物であろう。
「それじゃあ、、早速始めますかね」
「だな。控えには悪いが、これで終わりだ」
 二人同時に武器を構える。
 その様を見て、喧噪が徐々に少なくなっていく。
「おほん。それでは、ジャンヌ・ダルク対ユーヴェ・パラチェレン。試合開始っ!」
 合図の鐘の音が鳴り、同時に初手全速の突撃。
 一撃目。
 二撃、三撃、互いの剣が打ち合わされていく。
――ま、アタシだけが強くなってる訳じゃないよなそりゃっ。
 以前よりも、パラチェレンの打ち込みは速さと重みが増している。
 無論、木剣ではない事もあるのだろうが、迫力そのものが違って見えた。
 その事に若干、不思議さを感じつつも切り結んでいく。
「しかし、ジャンヌも思い切った事をするんだなっ」
 突かれた切っ先を回避しつつ、同時に飛んできた言葉に対しての答えは、眉根を詰める事で返した。
 体勢を戻し、反撃の一撃。
!?」
「初耳なんだがっ!!??」
 声に熱が籠もり、つられる様に思わぬ力が入り、勢いそのままに相手の右手の剣を巻き込んで弾く。
 歓声が沸くも一瞬。
 すかさず飛んでくる槍の一撃を大きく後退する事で回避とした。
 そうして生まれた猶予を、一條は戦闘の為には使わずに、抗議へと回す。
「実況者くぉらーっ!」
「訓練とはいえ賞品はあった方が良いかと思い、用意してましたがー、話に尾ヒレ付きましたっ! 面白そうと思って放置とかしてませんよっ! 無罪で試合続行お願いしますっ!」
「ギルティー!!」
 判決を叫びつつ、一條は飛び込んで来たパラチェレンの迎撃に意識を向ける。
――迫力違うのそれかーっ!
 先程の自問に答えを得た以上、此方としても最早手加減する必要はない。
 元々する予定は無かったが、事情が変わった。
「引き分けにさせると思うなっ、ジャンヌ」
「こっちの台詞だっ。乙女の貞操の危機なんだからっ。ぜってー負けられない、ってのっ!」
「それでこそだっ」
 剣を空中に放り投げた上での、両手持ちによる槍の薙ぎ払い。
「うるせー! 目に物見せてやるぅっ!」
 無茶苦茶な言葉とは裏腹に、一條はそんな強攻撃を冷静に捌く。
 一際響く金属音。
 次の瞬間には、上段からが振ってくる。
 空中に放った剣だ。
――相変わらず無茶苦茶な武器変更してくる奴っ。
 受け流しつつ、踏み込んでからの反撃は紙一重で回避された。
「容赦が無いなっ」
 顔面を狙った事への指摘だろうが、無視。
 追撃も槍で防がれた。
「っとに、やりづらいなぁ……っ」
――なんか、一周回ってクタルナさんの方が戦い易いかも。
 思う。
 彼女の場合、握ってからの日が浅い為、基本に沿った様な剣捌きをするからだ。
 なのだが、その動きが尋常ではないので、結果的に軌道が滅茶苦茶になってくる。
 身体能力を十全に活かした、雑な強さと言えよう。
 一條との共通点と指摘すれば、その通りかも知れないが。
 そもそも、普通の人間に剣と槍を二本ずつ等と言う戦法が思い付きもしない。
 その上での曲芸染みた武器変更も相まって、やはり恐ろしい程に戦いにくい相手がユーヴェ・パラチェレンと言う狂戦士だった。
「「っ!」」
 至近距離で鍔迫り合いを演じながら、お互いがお互いを押し出す様に力を込めていく。
「勝負が付かなかったら、俺の勝ちになるのかっ?」
「なる訳あるかっ。ベルトはそのまま、王座防衛成功だよっ」
「……はっ。何言ってるか分かんねぇな!」
「アタシの勝ちでアンタの負け!」
「ならもう決めないとなぁっ」
「お互い様っ!」
 離れ際に振り回されてきた槍は足で上手い事弾き飛ばした。
 一旦離脱。
「展開早すぎて実況追い付けませんが両者凄い剣幕でやりあってますねぇ!」
――お前の所為だよっ。
 声に出す所を我慢。
 深呼吸を一つ。
――残り時間も少ないし、次の一合で……っ。
「それにしても、攻撃や回避と一緒に口喧嘩も出る所を見るに二人共仲が良いのか悪いのか、ともかくレベルはやはり高いでしょうっ。初戦から全く熱い試合です!」
「お前の所為だよっ!」
 思わず吐いて出た台詞に、高井坂が身を固くしたのを横目にしながら、一條は地を蹴った。
 向かう先で、相手は緩慢とも見えそうな動きで剣を空中へと放る。
 左の一歩を踏み込み、構えるのは両手持ちの槍。
 
「ふっ」
 一息に前へ。
 瞬きする間に、既に槍の射程圏内だ。
「おっ……!」
 裂帛の一声。
 パラチェレンの槍が、走る。
 最早、全身を以て、槍を用いた抜刀術とも呼べる技だ。
「っ!」
 来た。
 丁度胴体、脇の辺りを薙ぐ一撃。
 当たれば、幾らそこらの人より多少頑丈な身体をしていようが、無傷では済まないだろう一撃。
「せいっ」
 速度を殺さない様、膝から滑り込む。
 次いで、尻を地面に着けない程度に沈ませ、腹に力を入れる。
「ふんっ」
 上半身を一気に仰け反らせ、
 抜けた。
 大概な胸部装甲の無事を確認しつつ、靴で制動を掛けた姿勢からの反撃は、一條自身、完璧にも思えた。
 が、
「まだっ」
「っ!? しぶといっ」
 剣で防がれる。体勢が体勢だけに、あまり力が籠もらなかったのもあるが。
 ともあれ、終わらない。
 パラチェレンが、一歩を引いた。
――なん……やっばっ。
 疑問と怖気を思うと同時、
 一本目の槍は既に遙か彼方。
 二本目の剣はもう手から離れている。
 ならば、だ。
 最後の槍が降ってくるのは道理であった。
「のっ」
 足の裏を接地。
 続けて、右手一本で無理矢理身体を地面から引き剥がし、
「ていっ」
 五指と両足で勢いを付けて浮き、瞬間、全身を外へ飛ばす様に左回転。
 振り落としを直前で回避した。
「っ!?」
 もう一度脚に力を込め、更に上へと、更に回転を強める。
「どっせいっ!」
 声と共に、強烈ながパラチェレンの右頬を直撃。
「あ」
 と言う間に、巨体が宙を飛び、顔から地面に墜落した。
――いやー……距離感間違えたけど結果的に良かったかもー……。
 殴り飛ばした姿勢で思う。
 左手の剣で最悪叩き切っていたかも知れないからだ。
 二度の回転と上昇とで目測がズレていた事が不幸中の幸いである。
「うーん……。ラリアット気味にブチ込んでも良かったのか」
 それならばある意味成功していたとも言えた。
「……んー、で……審判っ? 判定はっ?」
 対戦相手はぴくりともしないが、多分、生きてはいる筈である。
――頭と胴体繋がってるし。
 思案。
 耐久値の目安が高井坂寄りになってしまっているが、この部分は考え直す必要はあるだろう。
――歩くセクハラ野郎には今更だろうけど。
「……あっ。勝負有り! ジャンヌ・ダルクの勝ちっ!」
 審判兼任の実況者が宣言し、一際大きい歓声が挙がった。
 黄色い声も多く、其方へ視線を流しつつ軽く手を振れば、勢いはいや増すばかりである。
 それでも、
「まぁ、今だけはそう悪くはないか」
 呟き、一條は苦笑して見せた。
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