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皇都闘技大会(3)
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「うぅ。昨日の激戦で身体中が」
「お婆ちゃんか」
友人からそんな突っ込みを貰いつつ、一條は動きを止め、ちらりと見やる。
ランス家における自室。
紀宝は、これ見よがしのため息を吐いた。
クタルナ・イブリッドとの激戦から一夜明け。
彼女への助言とその後の対応をしつつも、結局、多くの者達と日が暮れるまで実戦訓練染みたものが続いたのだ。
無論、これに全員が立候補した訳ではない。ラトビアからの推薦ありの、部隊でも上澄みの十数人程度。
正直言って指導に足る実力があるとは思わないが、それでも受けた以上は仕事だ。
ならばと、足りないなりに向き合ったものの、やはり慣れない事は予想よりも身体にきていた。
「……明日にしない?」
それ故に、そんな事を提案したのである。
「伸ばしたって無駄よ無駄」
「試合には勝ったんだし、今日位はね?」
「私らと出掛ける事がそんなに嫌とは偉くなったもんねぇ、お姉様?」
「そゆ事じゃなくてぇ……。ルッテモーラさん?」
呼ばれた彼女は、無言で柔やかな笑みを浮かべながら、そこに立っているだけだ。
両手で大事そうに、一着の上着を掲げながら。
「……シレニアさんも、ね?」
呼ばれた彼女は、いつも通り無に近い表情で、ルッテモーラの隣に立っているだけ。
両手で大事そうに、一着のスカートを掲げながら。
「ルカヨさんは……まぁ良いか別に」
「特別に作らせた衣服だし、ジャンヌちゃんなら似合うと思うのよ。ミラちゃんとも折角だから、と、頑張ったもの」
シレニアの隣で笑顔を見せる彼女は、声まで上機嫌である。
「頑張ったのは職人さんだと思うけど」
ため息一つ。
付け加えるなら、服一つとっても、大量生産等はまだ難しい問題だ。
大抵の衣服は特別注文製となる。
最も、十二皇家ともなれば、それが普通ではあるのかも知れないが。
「うーん。いやでも」
「渋んなし」
「裾。裾がね」
実際に着てはいないが、いつもよりも布面積は大幅に削減されていた。
「膝上なだけでしょうに。まぁ、ロングには履き慣れてきたし。そろそろね? ……それに、アランさんも気に入るでしょ」
「アランさんは関係無いでしょ」
「あら。でもあの子こういう服好きだと思うわよ」
そう言うルカヨは、その場で自身の服の裾を上げて見せる。
シレニアの持っている所で止め、揺らす。
「すぐ分かるもの」
「意外! それは母親ッ!」
――まぁ、そんな気はしてたけど。
親族から唐突に開示された情報を、とりあえず頭の隅に追いやりつつ、一條は再びため息。
「分かったよー。着ますってばー」
投げやりに答え、ついでに先程着たばかりの寝間着を脱いでいく。
ルッテモーラとシレニアが即座に動くので、一條としては苦笑いしか出ない。
「後、今度からああいうのはミラの仕事にしよう。アタシには荷が重い」
半分程をシレニアに任せるまま、口を開く。
「うーん。私も別に指導してた立場じゃないけど」
「……師範代とか呼ばれて無かった? ゴリ山先生に」
「……郡山ねぇ。まぁ、確かにうちは実力主義的な側面あったし、私の方が強かった。一応、向こうが兄弟子なんだけど」
高校の体育教師の名だ。
とはいえ、特段、ゴリラに似ているから付けられた名前ではない。
彼が自己紹介した際、思い切り噛んだ為に愛称として定着してしまっただけである。
高井坂と並んでも遜色無い筋肉量から来たものではないのだ。言い間違えた事と相互に影響があったのは否めないが。
兎も角、紀宝と同じく赤掌少林拳の門下生であり、そこから来る仲の良さから一時話題にも挙げられていた程度には、長い関係の人物ではあるらしい。
――実際にはなんか舎弟みたいな感じだったけど。
思うのは、彼女自身も意識的か、苗字で呼び捨てにしている所からも伺い知れた。
「言うほど弱くなかったけどね。彼、あんななりしてるのに殴るのビビってる節があったから」
「うん。普通は人を殴り慣れてないんだよ?」
突っ込んだが、特に聞いている様子はない。
「私は徒手空拳が専門だし、そこまで役に立てるかは分かんないわね。簡単な助言位は、昨日もしたけど」
右拳を一突き。
「レンちゃん達にも基本、見様見真似で動きを教えてる様な感じだし……一番はやっぱり武器ね。振るより殴った方が早いし、ちょっと、ね」
「……そういうもんかなぁ……。待って。振るより殴るのが早いってどゆ事?」
問うたがやはり答えは返ってこず、ルッテモーラが腰の部分で微調整に入る。
手が止まった所で、無言で親指を上げて見せれば、微笑。
ほぼ同時に突き出された椅子に腰掛ければ、すぐさまシレニアが髪の手入れに来る。
惚れ惚れする連携だ。
「今更だけど、今日の予定何も聞いてないのよ。ショッピング、で、良いんだよね」
「その服の報酬の一つに、作った店行くけど。まぁ、そんなとこ。後はモーラさんとレンちゃんの買い出し少々……」
「そっかー……」
――報酬の一つってなんだろう。
口に出すのは憚れた為、思うだけにした。
「ジャンヌちゃん。侍女服とかどう? モーラとお揃いの」
「話の脈絡飛んでったなー」
「もう作ってあるんだけどね」
「それ拒否権あります……?」
柔やかな笑みを浮かべるのみである。
「はぁ……。ミラも着たりとかする?」
「レンちゃん達の、接客用のメイド服は今度着る予定だけど」
「着るんだ……えっ、着るのっ!?」
驚いたのは、紀宝が裾丈の長い服に興味を持っていた事だ。
彼女は基本的に機能性を重視した服装を好む。
全く着ない訳ではないが、珍しいと言える。
「ほら、私って足癖悪いから」
聞こえてきた台詞に、一條は思わず眉根を詰めた。
「足癖……?」
「戦う時よ」
「何言ってんだろうこの人」
当然の疑問であった筈だが、紀宝は肩を竦める。
「さっきも言ったでしょ。指導の話。私、どうしても足技が出るのよ。でも、レンちゃん達は基本的にあの服装でしょ。教える間位は矯正しないと変な感じになるから」
続けた台詞は、ある意味正論に近い形にはなっていた。
確かに、侍女服は裾丈の長い型が一般的だ。
そんな服装で、足技を多用するのは流石に厳しいと踏んだ末、まずは自身が形から入ろうと言う事である。
が、一に戦闘を考えて服を着ると言う行為はどうにもしっくり来ない部分だった。
「これはアレね。小さい頃にムエタイのなんとかって選手を助けた際に手解きを受けたからだわ」
「いつも思うけど、ミラの格闘経歴おかしくない?」
指摘にも、彼女は腕を組んで首を捻るのみだが、ムエタイから入って空手、中国拳法と行き着き、その合間にも様々な格闘技術を習得していく十代の女子等、世界的に見ても希少種なのは確実である。
それを考えると、新しい格闘術でも編み出そうとしているのかも知れない。
「それでは、侍女服の方は改めて御用意しておきますね。ジャンヌさん」
ルッテモーラの微笑。
「あ」
と言った時にはもう後の祭りだ。
すっと視線を流した先で、ルカヨの顔を見て、ため息。
「終わりました……」
「んぁ。ありがと、シレニアさん」
仕事を終えた侍女に対し、労いの言葉を掛けてから一息に立ち上がる。
気を取り直す様に、背伸びを一つ。
一條用に誂えられた姿見の前に立って全身を映しつつ、一回転。
「どう? 気に入った?」
紀宝の言葉に、どう答えるべきかを悩み、
「腰の違和感が凄い」
とだけ返した。
腰部分が締められている為、いつも以上に細くなっている。
常日頃の服ではこうはならない。
「ハイウエストにしてみました」
「上のひらひら必要?」
「フリルでしょ。可愛いじゃない」
「短いスカートも慣れないし」
「膝位でしょうに……文句しかないのか」
怒られた。
「文句って言うか……自分には勿体ないと言うか……。似合っ、てる、のかな」
正直な感想である。
――改めて見ると、変な感じだ。
こういった装いを、ある程度自然に熟せている点だ。
心情的にも、そこまで違和感と言う物はない。
「しかし、ここまで時代にそぐわないのをよくもまぁ……」
服装に関しては、一條も着れれば良い、と言う感覚なので詳しい名前は分からないものの、極めて現代的な服装は、紀宝ならではと言える。
――覚えてたもんだな。
思案した所で、ちらり、と当人を視界に収めた。
満足げな表情を見せてはいるが、自分が着ない様な、或いは着たい様な服を選んだのかも知れない。
それが付け入る隙の一つにでもなれば良いと願いつつ、一條は右側面に垂らされた三つ編みを弄りながら、視線を動かしていく。
「大変似合っていますよ、ジャンヌさん」
柔やかな笑みを浮かべるルッテモーラ。
隣のシレニアは、無言で首を何度も縦に振っている。始めて見る彼女の仕草であった。
「うぅ」
若干怯みつつ、視線をルカヨの方へ。
「……?」
直立不動のままの彼女を訝しんで一歩を進めば、目を閉じて安らかな表情をしている。
「どしたの」
「安らかな死に顔になってる……」
魂がいずこかへ飛んで行ったらしい。
「あそ。じゃ、お披露目といきますかね。自己肯定感の低いアホは褒めて伸ばさないと」
「最近アタシに辛辣ではなくて?」
「ほらーっ、男性陣ーっ。入ってきて良いわよーっ!」
投げた言葉は無視され、更には制止する間も無かった。
紀宝が言い終わると同時、恐らくは部屋の前で待機していた二人が突入する勢いで入って来る。
「ジャンヌの新衣装が実装と聞いてっ」
開口一番、そんな事を宣った巨漢と目が合った。
一條は、とりあえず揺すっていたルカヨをルッテモーラに預ける。
「新衣装、って言い方はどうかと思うんだが……?」
考え事を口に出している間に、紀宝に背を押されて二人の前に立たされた。
ここまで来れば、自己肯定感の低い一條でも流石に決心は付く。
「……どうよ」
虚勢を張るが如く、一息に背を伸ばして見せれば、最早見慣れた目線の位置に高井坂の顔がある。
視線が交わる事数秒。彼は目を見開いたまま、ルカヨと同じ直立不動の状態で真後ろに倒れた。
「もしかして私は、大量破壊兵器を産んでしまったのか……」
友人は感慨深げに語っているが、そうなると兵器とはつまり一條の事である。
「まぁ良いや……。アランさん?」
仰向けのウドは放置したまま、もう一人に声を掛けた。
「良く似合ってますよ。ジャンヌ殿。……えぇ、本当に。ミランヌ殿や母上が楽しそうにしている訳ですね。其方ではそういう服が流行しているので?」
恐らくは柔やかな笑みを浮かべながらそんな台詞を宣っている。
と言う想定の下、妙な感覚を得つつも、
「そういう事はこっち向いて言ったらどうですかね」
努めていつも通りの声音で告げた。
彼は、一條に対して身体毎真横を向いている。
言葉と態度が合っていない。
「ははっ……。いえ、皇都では見た事の無い装いなので……」
言い訳にもなっていない台詞に、一條は指差しながら、隣に立つ紀宝へ告げる。
「なんかこいつムカつくな?」
対する彼女は、苦虫を噛み潰した様な表情のまま腕を組んでいるのみ。
意味までは推察する他ないが、触れないでおくのが良いだろう。
「……まぁでも、今日はボディガード、お願いしますね。あ、護衛の事です。そこの奴よりかは頼りにしてますから」
「ん。それは確かに」
紀宝の同意に、床から生き霊の声が聞こえてくる。
「ジャンヌ殿やミランヌ殿に護衛が必要とは思いませんが、頼られたのなら、善処しますね」
先程よりかは身体も向きつつあるアランが、生き霊を若干気にしつつも答えた。
「護衛と言っても大半が人避けですから……。全く。こんな格好で暴れる訳にはいかないでしょ。流石に。……あぁ、でも、それはアランさんも同じですか」
一條の言葉に、彼は首を傾げる。
仕草も含め、その事に苦笑。
「その服、新しいやつですよね。似合ってますよ。折角の下ろしたてですし、何かあったら床の奴に任せますか」
バツが悪そうに頭を掻く姿が、殊更に可笑しく見えてくる。
「あー……二人で出掛けます? 折角なら」
「それじゃ買い出しの意味ないでしょ……」
ため息に合わせる様にして、生き霊が復活。
「ディフェンスなら任せー……おろ」
「「あ」」
五体投地の格好から反動をつけ、勢いを出した結果、高井坂は片膝を着く格好となったのだが、その着地場所が悪い。
「……」
「無言の圧が凄い……あの、わざとじゃないんです。スカートに頭突っ込んだのは不幸な事故と言いますか……」
その格好のまま二歩三歩と後退りしていくのを眺めながら、とりあえず、一條は裾を手で払っていく。
無言のまま、紀宝と目配せ。
首肯したのを見て、同じ動作で返した。
「攻城戦ごっこしようぜ。お前破城槌な」
「斬新過ぎる配役来たなぁ……攻める城なんか無いでしょうよ」
「馬鹿ね。皇都の大扉でやれば良いのよ」
「皇都の中心地に何かそれっぽいの作るか、か」
「あの。どっちかと言うと除夜の鐘じゃないですかねそれ……」
いつの間にか正座していた親友に対して、付け加える。
「鐘、作るか」
思い付きであったが砂時計も出来た以上、時を知らせる音、と言うのは、存外悪くは無い。
方法は目の前の正座男に任せれば事足りる。
「おぉん……俺は全手動鐘突き器ぃ……」
「なんとも微妙な響きね……」
独特な命名の仕方をする人物が呟いた。
「お婆ちゃんか」
友人からそんな突っ込みを貰いつつ、一條は動きを止め、ちらりと見やる。
ランス家における自室。
紀宝は、これ見よがしのため息を吐いた。
クタルナ・イブリッドとの激戦から一夜明け。
彼女への助言とその後の対応をしつつも、結局、多くの者達と日が暮れるまで実戦訓練染みたものが続いたのだ。
無論、これに全員が立候補した訳ではない。ラトビアからの推薦ありの、部隊でも上澄みの十数人程度。
正直言って指導に足る実力があるとは思わないが、それでも受けた以上は仕事だ。
ならばと、足りないなりに向き合ったものの、やはり慣れない事は予想よりも身体にきていた。
「……明日にしない?」
それ故に、そんな事を提案したのである。
「伸ばしたって無駄よ無駄」
「試合には勝ったんだし、今日位はね?」
「私らと出掛ける事がそんなに嫌とは偉くなったもんねぇ、お姉様?」
「そゆ事じゃなくてぇ……。ルッテモーラさん?」
呼ばれた彼女は、無言で柔やかな笑みを浮かべながら、そこに立っているだけだ。
両手で大事そうに、一着の上着を掲げながら。
「……シレニアさんも、ね?」
呼ばれた彼女は、いつも通り無に近い表情で、ルッテモーラの隣に立っているだけ。
両手で大事そうに、一着のスカートを掲げながら。
「ルカヨさんは……まぁ良いか別に」
「特別に作らせた衣服だし、ジャンヌちゃんなら似合うと思うのよ。ミラちゃんとも折角だから、と、頑張ったもの」
シレニアの隣で笑顔を見せる彼女は、声まで上機嫌である。
「頑張ったのは職人さんだと思うけど」
ため息一つ。
付け加えるなら、服一つとっても、大量生産等はまだ難しい問題だ。
大抵の衣服は特別注文製となる。
最も、十二皇家ともなれば、それが普通ではあるのかも知れないが。
「うーん。いやでも」
「渋んなし」
「裾。裾がね」
実際に着てはいないが、いつもよりも布面積は大幅に削減されていた。
「膝上なだけでしょうに。まぁ、ロングには履き慣れてきたし。そろそろね? ……それに、アランさんも気に入るでしょ」
「アランさんは関係無いでしょ」
「あら。でもあの子こういう服好きだと思うわよ」
そう言うルカヨは、その場で自身の服の裾を上げて見せる。
シレニアの持っている所で止め、揺らす。
「すぐ分かるもの」
「意外! それは母親ッ!」
――まぁ、そんな気はしてたけど。
親族から唐突に開示された情報を、とりあえず頭の隅に追いやりつつ、一條は再びため息。
「分かったよー。着ますってばー」
投げやりに答え、ついでに先程着たばかりの寝間着を脱いでいく。
ルッテモーラとシレニアが即座に動くので、一條としては苦笑いしか出ない。
「後、今度からああいうのはミラの仕事にしよう。アタシには荷が重い」
半分程をシレニアに任せるまま、口を開く。
「うーん。私も別に指導してた立場じゃないけど」
「……師範代とか呼ばれて無かった? ゴリ山先生に」
「……郡山ねぇ。まぁ、確かにうちは実力主義的な側面あったし、私の方が強かった。一応、向こうが兄弟子なんだけど」
高校の体育教師の名だ。
とはいえ、特段、ゴリラに似ているから付けられた名前ではない。
彼が自己紹介した際、思い切り噛んだ為に愛称として定着してしまっただけである。
高井坂と並んでも遜色無い筋肉量から来たものではないのだ。言い間違えた事と相互に影響があったのは否めないが。
兎も角、紀宝と同じく赤掌少林拳の門下生であり、そこから来る仲の良さから一時話題にも挙げられていた程度には、長い関係の人物ではあるらしい。
――実際にはなんか舎弟みたいな感じだったけど。
思うのは、彼女自身も意識的か、苗字で呼び捨てにしている所からも伺い知れた。
「言うほど弱くなかったけどね。彼、あんななりしてるのに殴るのビビってる節があったから」
「うん。普通は人を殴り慣れてないんだよ?」
突っ込んだが、特に聞いている様子はない。
「私は徒手空拳が専門だし、そこまで役に立てるかは分かんないわね。簡単な助言位は、昨日もしたけど」
右拳を一突き。
「レンちゃん達にも基本、見様見真似で動きを教えてる様な感じだし……一番はやっぱり武器ね。振るより殴った方が早いし、ちょっと、ね」
「……そういうもんかなぁ……。待って。振るより殴るのが早いってどゆ事?」
問うたがやはり答えは返ってこず、ルッテモーラが腰の部分で微調整に入る。
手が止まった所で、無言で親指を上げて見せれば、微笑。
ほぼ同時に突き出された椅子に腰掛ければ、すぐさまシレニアが髪の手入れに来る。
惚れ惚れする連携だ。
「今更だけど、今日の予定何も聞いてないのよ。ショッピング、で、良いんだよね」
「その服の報酬の一つに、作った店行くけど。まぁ、そんなとこ。後はモーラさんとレンちゃんの買い出し少々……」
「そっかー……」
――報酬の一つってなんだろう。
口に出すのは憚れた為、思うだけにした。
「ジャンヌちゃん。侍女服とかどう? モーラとお揃いの」
「話の脈絡飛んでったなー」
「もう作ってあるんだけどね」
「それ拒否権あります……?」
柔やかな笑みを浮かべるのみである。
「はぁ……。ミラも着たりとかする?」
「レンちゃん達の、接客用のメイド服は今度着る予定だけど」
「着るんだ……えっ、着るのっ!?」
驚いたのは、紀宝が裾丈の長い服に興味を持っていた事だ。
彼女は基本的に機能性を重視した服装を好む。
全く着ない訳ではないが、珍しいと言える。
「ほら、私って足癖悪いから」
聞こえてきた台詞に、一條は思わず眉根を詰めた。
「足癖……?」
「戦う時よ」
「何言ってんだろうこの人」
当然の疑問であった筈だが、紀宝は肩を竦める。
「さっきも言ったでしょ。指導の話。私、どうしても足技が出るのよ。でも、レンちゃん達は基本的にあの服装でしょ。教える間位は矯正しないと変な感じになるから」
続けた台詞は、ある意味正論に近い形にはなっていた。
確かに、侍女服は裾丈の長い型が一般的だ。
そんな服装で、足技を多用するのは流石に厳しいと踏んだ末、まずは自身が形から入ろうと言う事である。
が、一に戦闘を考えて服を着ると言う行為はどうにもしっくり来ない部分だった。
「これはアレね。小さい頃にムエタイのなんとかって選手を助けた際に手解きを受けたからだわ」
「いつも思うけど、ミラの格闘経歴おかしくない?」
指摘にも、彼女は腕を組んで首を捻るのみだが、ムエタイから入って空手、中国拳法と行き着き、その合間にも様々な格闘技術を習得していく十代の女子等、世界的に見ても希少種なのは確実である。
それを考えると、新しい格闘術でも編み出そうとしているのかも知れない。
「それでは、侍女服の方は改めて御用意しておきますね。ジャンヌさん」
ルッテモーラの微笑。
「あ」
と言った時にはもう後の祭りだ。
すっと視線を流した先で、ルカヨの顔を見て、ため息。
「終わりました……」
「んぁ。ありがと、シレニアさん」
仕事を終えた侍女に対し、労いの言葉を掛けてから一息に立ち上がる。
気を取り直す様に、背伸びを一つ。
一條用に誂えられた姿見の前に立って全身を映しつつ、一回転。
「どう? 気に入った?」
紀宝の言葉に、どう答えるべきかを悩み、
「腰の違和感が凄い」
とだけ返した。
腰部分が締められている為、いつも以上に細くなっている。
常日頃の服ではこうはならない。
「ハイウエストにしてみました」
「上のひらひら必要?」
「フリルでしょ。可愛いじゃない」
「短いスカートも慣れないし」
「膝位でしょうに……文句しかないのか」
怒られた。
「文句って言うか……自分には勿体ないと言うか……。似合っ、てる、のかな」
正直な感想である。
――改めて見ると、変な感じだ。
こういった装いを、ある程度自然に熟せている点だ。
心情的にも、そこまで違和感と言う物はない。
「しかし、ここまで時代にそぐわないのをよくもまぁ……」
服装に関しては、一條も着れれば良い、と言う感覚なので詳しい名前は分からないものの、極めて現代的な服装は、紀宝ならではと言える。
――覚えてたもんだな。
思案した所で、ちらり、と当人を視界に収めた。
満足げな表情を見せてはいるが、自分が着ない様な、或いは着たい様な服を選んだのかも知れない。
それが付け入る隙の一つにでもなれば良いと願いつつ、一條は右側面に垂らされた三つ編みを弄りながら、視線を動かしていく。
「大変似合っていますよ、ジャンヌさん」
柔やかな笑みを浮かべるルッテモーラ。
隣のシレニアは、無言で首を何度も縦に振っている。始めて見る彼女の仕草であった。
「うぅ」
若干怯みつつ、視線をルカヨの方へ。
「……?」
直立不動のままの彼女を訝しんで一歩を進めば、目を閉じて安らかな表情をしている。
「どしたの」
「安らかな死に顔になってる……」
魂がいずこかへ飛んで行ったらしい。
「あそ。じゃ、お披露目といきますかね。自己肯定感の低いアホは褒めて伸ばさないと」
「最近アタシに辛辣ではなくて?」
「ほらーっ、男性陣ーっ。入ってきて良いわよーっ!」
投げた言葉は無視され、更には制止する間も無かった。
紀宝が言い終わると同時、恐らくは部屋の前で待機していた二人が突入する勢いで入って来る。
「ジャンヌの新衣装が実装と聞いてっ」
開口一番、そんな事を宣った巨漢と目が合った。
一條は、とりあえず揺すっていたルカヨをルッテモーラに預ける。
「新衣装、って言い方はどうかと思うんだが……?」
考え事を口に出している間に、紀宝に背を押されて二人の前に立たされた。
ここまで来れば、自己肯定感の低い一條でも流石に決心は付く。
「……どうよ」
虚勢を張るが如く、一息に背を伸ばして見せれば、最早見慣れた目線の位置に高井坂の顔がある。
視線が交わる事数秒。彼は目を見開いたまま、ルカヨと同じ直立不動の状態で真後ろに倒れた。
「もしかして私は、大量破壊兵器を産んでしまったのか……」
友人は感慨深げに語っているが、そうなると兵器とはつまり一條の事である。
「まぁ良いや……。アランさん?」
仰向けのウドは放置したまま、もう一人に声を掛けた。
「良く似合ってますよ。ジャンヌ殿。……えぇ、本当に。ミランヌ殿や母上が楽しそうにしている訳ですね。其方ではそういう服が流行しているので?」
恐らくは柔やかな笑みを浮かべながらそんな台詞を宣っている。
と言う想定の下、妙な感覚を得つつも、
「そういう事はこっち向いて言ったらどうですかね」
努めていつも通りの声音で告げた。
彼は、一條に対して身体毎真横を向いている。
言葉と態度が合っていない。
「ははっ……。いえ、皇都では見た事の無い装いなので……」
言い訳にもなっていない台詞に、一條は指差しながら、隣に立つ紀宝へ告げる。
「なんかこいつムカつくな?」
対する彼女は、苦虫を噛み潰した様な表情のまま腕を組んでいるのみ。
意味までは推察する他ないが、触れないでおくのが良いだろう。
「……まぁでも、今日はボディガード、お願いしますね。あ、護衛の事です。そこの奴よりかは頼りにしてますから」
「ん。それは確かに」
紀宝の同意に、床から生き霊の声が聞こえてくる。
「ジャンヌ殿やミランヌ殿に護衛が必要とは思いませんが、頼られたのなら、善処しますね」
先程よりかは身体も向きつつあるアランが、生き霊を若干気にしつつも答えた。
「護衛と言っても大半が人避けですから……。全く。こんな格好で暴れる訳にはいかないでしょ。流石に。……あぁ、でも、それはアランさんも同じですか」
一條の言葉に、彼は首を傾げる。
仕草も含め、その事に苦笑。
「その服、新しいやつですよね。似合ってますよ。折角の下ろしたてですし、何かあったら床の奴に任せますか」
バツが悪そうに頭を掻く姿が、殊更に可笑しく見えてくる。
「あー……二人で出掛けます? 折角なら」
「それじゃ買い出しの意味ないでしょ……」
ため息に合わせる様にして、生き霊が復活。
「ディフェンスなら任せー……おろ」
「「あ」」
五体投地の格好から反動をつけ、勢いを出した結果、高井坂は片膝を着く格好となったのだが、その着地場所が悪い。
「……」
「無言の圧が凄い……あの、わざとじゃないんです。スカートに頭突っ込んだのは不幸な事故と言いますか……」
その格好のまま二歩三歩と後退りしていくのを眺めながら、とりあえず、一條は裾を手で払っていく。
無言のまま、紀宝と目配せ。
首肯したのを見て、同じ動作で返した。
「攻城戦ごっこしようぜ。お前破城槌な」
「斬新過ぎる配役来たなぁ……攻める城なんか無いでしょうよ」
「馬鹿ね。皇都の大扉でやれば良いのよ」
「皇都の中心地に何かそれっぽいの作るか、か」
「あの。どっちかと言うと除夜の鐘じゃないですかねそれ……」
いつの間にか正座していた親友に対して、付け加える。
「鐘、作るか」
思い付きであったが砂時計も出来た以上、時を知らせる音、と言うのは、存外悪くは無い。
方法は目の前の正座男に任せれば事足りる。
「おぉん……俺は全手動鐘突き器ぃ……」
「なんとも微妙な響きね……」
独特な命名の仕方をする人物が呟いた。
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キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
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