ジャンヌ・ダルク伝説~彼の地にて英雄と呼ばれた元青年~

白湯シトロ

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皇都闘技大会(1)

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「着、い、たー」
 好天に恵まれた中、一條はそんな声と共に皇都・グランツェの地を踏み締めた。
 身体を解す様に思いきり反らせば、テリアも隣で同じ動きをしている。
 続く形で降りてきたスフィも腕を回していくが、
「ちっ」
 約一名、はっきりと聞こえる様に舌打ちをしていた。
「な、何かしました私……?」
「大丈夫。持たざる者の怨嗟よ」
 自分でも分からない励ましの言葉を掛けるが、当人の耳には届いていたらしく、見た事の無い表情を見せている。
「呪い殺すわよ」
――殴るんじゃないんだ……。
 思ったのは、紀宝が指の骨を鳴らしているからだが、最近の呪術師と言うのは意外と筋肉派なのかも知れない。
 健全な肉体には健全な精神が宿る、と言う以上、その精神力を行使するにはある程度鍛えなければならないだろう。
 他人を呪うのが健全であるかどうかは置いといて。
「あー……ちょっと剣取ってこないとー」
 そう言って、一條はそそくさとヴァルグを取りに隣の馬車へ足を向ける。
 此方には、既に見知った顔が荷を下ろしている最中だ。
 が、当然、ヴァルグは一條以外持ち運びが出来ない。
 更に言えば、下ろすべき荷物がまだある以上、彼女達のみに任せるべきではないだろう。
「ジャンヌさん。お帰りなさいませ」
「うん。ただいま」
 足早に寄って行った所で、ルッテモーラに先を越された。
 彼女の、家族に向けるそれに対し、柔やかな笑みで返す。
 出発してから四十日前後、凡そ一ヶ月振りの再会であった。
「あ、そうそう。向こうで色々買ってきたのがあるんですよ。調味料とか、マガって果物とか。こっちは日持ちしそうにないのでゼルフで凍らせてですねー、ぐっおっ」
 喋ってる最中であったが、妙な声が出た。
 と言うのも、脇腹に体当たりを喰らったからである。
――前にもこんな事があったなぁ……。
 等と考えつつ、体当たりしてきた上、身体をまさぐり始めた人物へと視線を向けた。
 次いで、失礼とは思いながらも、その頭を鷲掴み。
「……もうちょっと普通に現れてくれませんかね……。ルカヨさん……?」
「久し振りなんです。少し位構わないでしょう?」
 素晴らしい程の笑顔を見せつつ、ルカヨが答える。
「子供かな?」
「モーラは怒るもの。こういうの」
 頬を膨らませるが、十二皇家の奥方がして良い事ではないだろう。
 平民と言う家庭で暮らしていた長女としては、正しいのかも知れないが。
「ルカヨ様」
「はい」
 ルッテモーラの呆れた表情と声に、渋々と言った様子でルカヨが離れていく。
「全く……。子離れ出来ない親ですか……。いえ、親子じゃないですけど」
「貴女達は家族も同じです。それだけ大切に思ってますよ。心配してたんですから。……何処も怪我はしてないみたいだけど」
「してませんから。急に抱き付いてきて身体弄るのは止めて下さい」
 ふと感じた強烈な感覚にちらりと視線を送れば、彼方も中々見ない表情の高井坂が居る。
 嬉しいとも、哀しいとも取れそうな、なんとも複雑な感情が渦巻いているだろう事は分かった。
「……宣言すれば良い?」
「アラーン! この大きい子供どうにかしてー!」
 助けを呼ぶ声にも、馬車から降りてきた彼は笑っているのみである。
 代わりと言う様に、ルッテモーラが地面から引き剥がして屋敷へと帰っていった。
「ミラちゃんーっ。注文してた服出来てるからーっ。後でねー」
 捨て台詞に言い様の無い不安感を覚える。
 紀宝がしっかりと親指を上げて見せているからだ。
 視線の合った此方に向けて、である。
 軽いため息を吐く間に、レンカーナティ達が一礼の後、屋敷へと向かって行く。
 それ程の大荷物ではないが、スフィやテリアの物もそれと分かる様に置いてある。いずれにせよ、流石に一度でとなると厳しいものがあるだろう。
「ジャンヌ殿が居ると母上も機嫌が良いですね。本当に楽しそうです」
「アタシが居なくても賑やかな人だと思うけど。……息子の方は薄情者ですね」
「……知らない言葉ですが、何となく意味は分かります」
「笑って誤魔化そうったってそうはいかないんですよ。ただでさえルッテモーラさんに頼ってばかりなんですから」
「実際頼りにはなりますね」
「それはそう。ではなく、ルカヨさん位は押し止めてくれないと大変ですよ、彼女もですがアタシも」
「こういう時は、ゼンショ、と言うのでしたか? ジャンヌ殿」
「前にも増して変な言葉だけ物覚えが良いなこの人……」
 呆れた所で、その元凶が顔を出してきた。
「夫婦漫才は終わり終わり。クラウディーさんの迎えが来たから」
「おぅ。……後ちょっちサンドバッグ練習するからそこに立て」
「ははは。こやつめ。急に友情を終わらせようとするとは」
「良いか? 友情ってのは雑魚モンスターよりも弱いし、三ターンも保たずに消えるんだ」
「悲しい定め」
 口を手で覆った上での泣き真似に眉根を詰めつつも放置。
 ヴァルグを荷台から引っ張り出し、スフィ達の元へ。
「テリアさ……え、何、内緒話?」
「これが、天然小悪魔助込ましの実力ね」
 紀宝の言葉に、納得する様に首を縦に振っている。
「まだ続いてたそれっ」
「ほら、本人自覚無いから」
「分かります。正直な人なんですよね。悪い噂も全然ないですし」
「実力もあるので大抵の男性よりも魅力あります。誰が敵うんでしょうね、ジャンヌ姉様に」
「ねぇ。本人目の前にしてそう言う事言わないでしょ普通」
 とはいえ、一応、褒められてはいる。
 悪い気分ではないが、背中がむず痒いと言えた。
「今回の件でまた評価も上がりそうですし……人気だけなら十二皇家に最も相応しいと言えるかも知れませんね」
「速攻お家断絶になっちゃうから遠慮しとく」
「ふふっ。そうかも知れませんし、そうならないかも知れません」
 そう言って上品に笑うスフィに被せる様に、一條の近くへと止めた馬から、颯爽と麗人が降り立つ。
「スカルトフィ様。長旅、ご苦労様でした」
「えぇ。荷物はそこに。お願いしますね」
 二人、軽い笑みを浮かべたかと思えば、彼女の視線が此方を見る。
「スカルトフィ様からの手紙は楽しく拝見させて貰っていた。ジャンヌも苦労の連続だった様で」
 言葉に、苦笑。
「ラトビアさんも。……特にお変わりない様で何より」
 上背は少し伸びた様にも思う。が、
 そんな視線の動きから、彼女も考えを読み取ったらしい。
「ジャンヌは時折、遠慮が無い」
 とはいえ、言葉に刺々しさは感じられなかった。
「まぁ、そういう所も含めて私は好きだけど」
 微笑。
 顔が良いので、そういう表情は良く似合う。
「ホントに男女の見境無くなってきたなこいつ」
「……」
「無言で笑み浮かべても無駄ぞ」
 苦虫を噛み潰した表情を浮かべた所で、ラトビアから声が掛かる。
「ジャンヌ。明日、空いてるならスカルトフィ様の屋敷へ来て貰いたい。ミランヌも是非」
「それはつまり、ラトビア騎士団の件ですか」
 一條はあえてそう表現したが、
「ジャンヌ騎士団だが」
 即答で訂正された。
「そろそろ正式な名前も欲しい所ではあるな。……それはそうと、話と言うのは
「クタルナさん……?」
 小首を傾げる。
「何か問題が?」
――ある様には思えないけど。
 まだそれ程付き合いが深い訳ではない。
 だが、彼女、クタルナ・イブリッドと素行不良とは結び付かなかった。
「彼女は間違い無く、ジャンヌ、貴女と同じ位に強い。それは喜ぶ点なのだが……ただ、そのお陰で逆に敬遠される事態にもなっている」
「問題ってそういう問題かい」
 言葉と共にため息が吐いて出る。
 対して、ラトビアは苦笑。
「それは、まぁ、全然良いんですけど……」
 頭を掻いてから、
「こんな短期間でそこまで強くなるとは。元々素質があった、って事かな」
「それジャンヌ姉が言う?」
 問われた。
「そうかな……」
 呟いてから、自分の戦績を鑑みる。
 一條とて、剣を振ってから半年位だ。
 とはいえ、素振りだけではない。紀宝に習い、足捌きや体捌きと言った基本的な動き。
 基礎的な鍛錬も含め、それなりの物は積んできている。
「そうかも……」
 多少、自賛の面はあるが、納得に足る理由はあった。
「では、才能のある者同士、手合わせでもお願いしよう。他にも数名、見込みのある者も居るので、彼女達も見て欲しい」
「わーい嬉しいなー」
「やけくそ気味なのウケるな」
 巨体に茶々を入れられるが、無視。
「それじゃあ、スフィ。明日、そっち向かうよ」
「えぇ。お願いします」
 皇都に着いて早々に予定が一つ埋まった所で、団員でもある弓使いに声を掛ける。
「テリアさん。ヴァルグ置いたら送ってくよ。荷物持ち要るでしょ。……確か、西の方だったよね」
「えっ!? そんな、ジャンヌさんに持たせる荷物なんかありませんよ! 私が持ちます! ので、付いてきて貰えるだけで!」
 強めの反対声明に、しかし、一條は逡巡。
「……それ、アタシが行く意味ある?」
「あります!」
 何故か断言された。
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