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南部都市リンダール(18)
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「結局、日が落ちてからになってしまった。其方の邪魔をしていなければ良いが」
「事前に知ってるので、それを気にする事は無いと思いますよ。リギャルド殿」
苦笑しながらの言葉に、対面に座るラースリフ・リギャルドは無表情を以て受けるのみ、だ。
――変なとこで真面目なのかなんなのか。まぁ、十中八九、ミラとの件だろうけど。
言うだけ損な気もするので、思うに留める。
今朝の一件もあって、どうにも妙な空気が流れて仕方無い。
その後に一度尋ねてみたが、はぐらかす以前の問題で、取り付く島すらなかった。
紀宝にとっては、余程言いたく無い案件であるらしいのだが、詳細を知らない以上、静観する他ないだろう。
「まぁ、こうして、夜景を見ながらの食事になったのは、良い事だと思いますよ」
代わりとでも言う様に褒めてみたが、視線が外に流れただけで無言。
――なんだかなぁ。
心中で苦笑しながら思う。
リギャルドの構える邸宅は横だけでなく縦にも広い。
外からでは分からなかったが、先程まで軽く案内されて判明したのは、地上三階に地下一階と言う稀に見る構造。
庭も、リンダールの一般的な家が二、三棟は余裕で収まる程で、特に風呂場などは男女別でありながら十数人は入れそうな立派な代物である。
ランス邸に慣れ親しんだ一條としても、驚きを新たにする広さを有していた。
そこに、使用人や侍女を始めとした者達が住み込み、或いは外から来ては大勢働いている。
因みにこういった者達の住む離れの様な物もあるのだから、規模こそ違えど、立派に十二皇家の一つに組み込める程度には、豪邸、と称して良い。
そんな彼の邸宅にて、一條は今現在、三階の一角に据えられた展望台の様な所にて、屋敷の主人と対面での食事会となっていた。
風も穏やかで、南部なのもあるのか、やはりそれ程冷え込みもない。理想的、と言える様相は見せている。
特に、ヘッズロー大河までを見通せる上、各家の灯り、路上に設置されたジャンヌ・ダルクを祝うべく掲げられた火とその喧噪により、心情としては決して悪くない情景が広がっていた。
――この光景を一人だけ見るのは忍びないなぁ。
等と、皆を思い浮かべつつも、
「眺めも悪くないので、居心地も良いですし」
運ばれてくる食事に視線を飛ばしながら、答える。
「その割に、食卓の方にばかり目がいっている様だが?」
「食べるのが嫌いな人は居ないと思いますけどね?」
売り言葉に買い言葉が如く返せば、皿を置いていた侍女が目を右往左往させた。
これには流石に申し訳なさが立ち、両手で落ち着かせる。
「全く、ミーナニーネとて、その様な物言いはしないのだが。ローンヴィークでは普通か?」
「生まれた場所と口の悪さは関係ないですよ。それと、それ言ったらローンヴィークだって南部でしょうに。それならお互い様でしょ」
今度こそ侍女が小さく震えだしたので、慌てて料理の乗った皿を此方で引ったくって並べ、この場から撤退させた。
「……これが我が妹の憧れとは、な」
「うっ。それを言われると、心が痛む所ですね……。まぁ、私も好きでこうなった訳ではないですが」
「しかもその連れに、等と」
苦々しい、と言うより、苦悶に満ちた表情である。
「それはほんとーにすいませんでした」
素直に謝罪と共に頭を下げた。
後者に関しては一條に非は無いが、不始末と言われれば、その通りかも知れない。
――あいつの事だから、心配はしてないけど。文句は言っておこう。
思案した後、一息。
「それにしても、そこまで心配している割りに、スフィ……クラウディー殿らと共に遠征させたのは意外ですね」
睨まれた。
「あれは迂闊だった。ウッドストック殿らに任せきりなのは良くなかったと反省している。とはいえ、ダルク殿が急に決めた故、そこまで気が回らなかったのもある」
「……。なるほろ。いつの間にか恨みを買っていた様で……」
「怪我の一つでもしてれば危なかったな」
――サンキュー我が友。
心中で掌を返す。
「最も、鉱山への同行を願い出たのもあいつだ。そこまで責任は持てないだろうよ。……街の警護ならばと許しもしたが、しかし、腕も未熟なミーナニーネをすら駆り出さねばならん程度には、此処も差し迫っていると言える」
「大変ですね」
「関心は無さそうだな」
「解決しましたので。私達」
目付きが鋭くなった様にも思う。
「……何処も人手は足りてませんけど。……それでも、傭兵には頼りませんか。リギャルド殿」
ある程度皿が並べられ、二人になった所でこれ幸いと突っ込んだ。
――本人にも聞いておきたい所ではあるし。
高井坂からの忠告は、ラーライについての言及である。
であれば、問題はないだろう。
「……話はすぐに広げられるな。いや、一人居るか。全く……」
一條他には見せない様な表情を一瞬したが、すぐにいつもの表情に戻る。
「あいつとミランヌ殿には感謝しておいた方が良い」
「ありがとうございます、って言いたいんですけどね。ミーナニーネ、さんは兎も角、ミラの方は其方からも何も話してくれないので」
「彼女が話さない以上、私からも話す事はしない。期待はしないでいただこう」
「全然してないので平気です」
「なら良い。無駄な問答が減る」
断言された。
一條としては全くその通りではあるが、それとこれとは別である。
言葉として言われると腹立たしい事この上ない。
「ミーナニーネと似て顔に良く出るな、ダルク殿は」
「……それは、褒めてます?」
「勿論だが?」
眉根を詰めた。
――子供っぽいと言う事だろうか。
思うが、実年齢を考えれば、恐らくは目の前の人物よりも、その妹であるミーナニーネ・リギャルドの方が近しいのは確かであろう。
しかし、判明したとしても、それはそれで納得し難い部分でもある。
「結論としては、な。そもそも、此処の様に時々群れで襲ってくる動物相手に、傭兵は過剰だ。ああいう手合いは性格も荒い者が多い。いつ攻められるか分からない側よりも、常に攻める側でこそ使うべきだ」
「なるほろ」
一條の頷きに対し、彼は飲み物を一口。
「……ついでに言えば、今までもガルーテを雇っていた事はある」
「え、そうなんですか?」
――高井坂もそんな事は言っていなかったが。
等と思案したのを見透かされたのか、不敵にも思える笑みを浮かべた。
「護衛代わりに。二十人。ダルク殿達程では無かったが、皆強かったのは覚えている」
続ける。
「少し前、ガティネとの四回目の争いの時だ」
言葉に、無言で首肯した。
一條も高井坂塾で教わった、触り程度の知識。
日も時間も希薄な為、歴史と言うより、単なる記録の様な扱いではあるが、ともあれ、ガティネとの戦争は、その期間が非常に長い。
それ故、年がら年中戦いに明け暮れていた訳ではなく、幾度かの安定期の様な時期を挟んでいる。
――戦争で安定期、ってのも何だかおかしな話だが。
「……四回目、と言うと、一番最近のですか」
今度は相手が無言で首肯。
戦争は、最も古い物になると、大凡九十年近く前にまで遡る。
そうして、数える事四回。直近にして最後に行われたのが、恐らく、と言う前提で約十年程前。
丁度、アランも参戦していた時期でもある。
「私が父や配下の者達とで参戦していた物だが、あまり表立って言う訳にもいかないのでな。ガルーテの実力や値段に見合っているかの確認、と言う意味合いが大きかった。それまでもラーライは買っていたから、それの兼ね合いもあるが。一番の違いは、期間に制限がある事だ。ガルーテは十人毎一部隊、日が何日昇るかで明確に決められている。過ぎれば追加で支払う仕様でな。これが中々高い。故に、戦争しているのならまだしも、今の様な状況では、あまり得策とは言えなくなった。これが最も大きな理由でもある」
「ラーライとは違って、高いから、と聞きましたけど」
「間違いではない」
返って来た答えに適当な相槌をしつつ、皿を空にしていく。
最後にファートアラーム産の紅茶で流し込む。
ヴァロワ皇国の物と違い、流通量も少ない高級品である。
「酒もあるが?」
「……まぁ、問題、もなくはないですけど。……酔っても歌いませんよ」
「評判は良いと聞いているが?」
最近、一條自身でも気付いた事だが、気分が上がってくると歌う癖があるらしい。
酒の魔力は恐ろしい物であった。
――脱ぎ癖のある母に似ずに良かったと胸を撫で下ろす所だろうか。
この遺伝、と言って良いかは微妙だが、だけは父の方が勝っていたのは、今の姿からすれば安堵すべきではある。
「ふむ……。とはいえ、この間までファートアラームへの行き来すら殆ど出来ていなかったのだがな。……そうだ。バララムートの討伐は改めて礼を言う。此方は、明日には船を出せるが、見ていくか?」
「いえ。手助け出来て良かったです。出航の方は、折角ですが遠慮しておきます。帰れなくなりそうなので。……所で、他の国とそんなに好き勝手交易していて平気なんですか? 皇都……ヴァロワ皇、に伝えてたりとか」
「伝えてはいるとも。一応はな。……しかし、これと言って反応が無い以上はそういう事なのだろう」
口の端を少し上げての言葉。
――見て見ぬ振り、と言う訳でもなく。特にお咎めもしない。ってか。
「ダルク殿達は、あいつには会ったのだったな。元気にしていたか?」
「あいつ、って……」
一條がする様な軽口、とは違う。
相手は最高権力者である。城での謁見時を思えば、今の発言すら恐れ多いだろう。
だが、そんな此方の反応に、リギャルドは声も無く笑った。
「その様な表情をするとは予想外だった。……聞いているとは思うが、ヴァロワ皇七世、フィデリアルとは血の繋がりがある。と言っても、親の親の代、ではあるが。小さい頃に何度か顔を合わせた事もな。今では行き来すら難しいが」
「……そういえば、戴冠の時にほんの少し、顔を出したのが最後だとか……」
アランかスフィがその様な事を言っていた筈だ。
「お互いやるべき事が山積みで、するべき事も迫っていたのでな。其方を優先したまでだ」
「別に、仲が悪い訳じゃあないのか……」
彼の表情に、そんな事を呟く。
「ダルク殿と一緒にされては困るな」
「良かった。ここ以上に仲が悪いとヴァロワ皇国内で色々面倒そうなので」
「そうなった時、ダルク殿はローンヴィークの出の者としてこき使えるな」
「ラースリフの名をディーガにでも改めればどうです? 後世にも仲の悪さを伝えられますよ」
「良い案だ。とはいえ、私の名は母から頂いたもの。その時は、街の名を変える事にしよう」
「そんな理由で街の名を変えるのはリギャルド殿だけですね……。まぁ、倒し甲斐はありますけど」
食事を続けていく中、軽い笑いが二人から洩れる。
「街を一人で相手取るとは。ルマオークを一人で倒す女は言う事も違うものだ。そんな者を相手にするのは愚か者かガティネ人かだろう」
「人を化け物みたいに言うなこの人……」
とはいえ、そこに紐付けされるガティネ人と言う存在は大いに気になる所だ。
直近でもその能力の高さは垣間見えていたが、正直、遠慮したい。
「当然だ。それに、バララムートを一撃で倒す際の、あの巨大な光の柱を振り回す所を見てれば、そうも思う。アレは流石に目を疑ったわ」
今度こそ、本当の笑いが響き、ため息混じりに暗い空へ視線を向けた。
――流石に何も言い返せない。
早朝と言う事もあってか、町民で目撃者は今の所居ない。
が、リギャルド本人が先日も言っていた様に、そして、この二人きりの食事会が開かれている場所と言い、観戦するのにこれ程の立地はリンダールにはないだろう。
頷いたついでに、不躾な質問を投げた。
「聞いておきたい事があるんです。噂の中に、前当主の父親を謀殺したとかありましたけど。本当ですか?」
無反応。
会って数日だが、見た事の無い反応だ。
――怒って、は、無さそう。
「……成程。それも理由にはなるか」
頬杖をついた。
「正しいとも言える。見捨てた事に変わりはないからな」
目を伏せつつの言葉。
それで、一條もリギャルドの言いたい事は理解出来た。
「ガティネとの、ですか」
「ダルク殿もその地位に居れば名前位は聞いた事があると思うが。アシュール・ドゥル、と言う人物だ。全く、馬鹿げた男だった」
「アシュール……ドゥル」
口の中で転がしてみるが、物覚えがあまり良くない一條としては、正直微妙な線である。
「此方の手勢は一振りで何人も死んでいくのだからな。全く、恐ろしいと思う間も無かった。父も、辛うじて死ななかっただけだ。……最も、助ける手段は無かったろうが」
一息の言葉に、感情は無かった。
彼の言う通り、恐ろしいとすら思わなかったのだろうし、それが今でも変わらないのだ。
「バララムートを倒したのを見た時。ふと、ダルク殿が居たらどうであったろうかと考えた」
「……今の半分以下の背丈ですよ。私」
「で、あるか。しかし、別にどうも無い。噂も裏も、此処に居る時から気にしていられる程の余裕は無かった。……何、これもまた、統べる者の特権と言うやつだ」
軽く笑ってから、呷る様に酒を一口。
「とはいえ、その実力だ。会う事もあるだろう。その時に勝って貰えれば、それで良いさ」
「……随分と軽く言ってくれますね……」
「領地代表として励んでくれ。まぁ、本来であれば残って貰いたくはあるが、それは後で考えるとして。……ダルク殿。ロキの件、まだ終わってはいない、と言っていたな?」
「えぇ……。実際、目撃もされているみたいですし」
と言っても、その情報自体は古い。
その後は似た話がちらほらと聞かれるのみで、具体的な進展と呼べる状況にはないだろう。
しかし、ウネリカを解放したからと言って半壊状態の街をすぐに復興、とはいかない以上、ロキには今暫く大人しくしていて貰った方が何かと都合も良い。
「ちなみに、その関係の話は来てたりするんですか?」
「動きに関しては無い、な。最も、モックラックの森に隔たれていると、彼方の情報は中々届かない。此処ではロキも出ない為、そう話題にも挙がらないのだ。……そう驚く事でもないだろうに」
「いえ、まぁ、そうなん、ですけど」
南部では、ロキの話題を聞く事自体、皆無に等しかった。
関心が無いのではなく、脅威ではあるものの、此方では見掛ける事が無い為、実感として薄いのだろう。
「言いたい事は分かる。が、ロキはモックラックの森を越えては来ないし、モックラックの森の生物もまた向こう側へは行かないのだ。なんとも不思議な事だがな」
言われて、一條もはたと気付く。
彼の言う通りである。
森へ出向いた際のバウティの規模。あれ程になるのは稀であるとはいえ、それよりももっと少ない群れか、或いははぐれ程度が迷えば、北側へ出る事もあり得るだろう。
だが、向こうでもそんな話は聞いた覚えが無い。
森の近くにあるハーラト、或いは見張り役と称していたホルルクでさえ、だ。
であれば、森の生物は北部へ出る事を異常に嫌っている事になる。
――何か理由があるのか……。
等と考えても、根拠も何も無いので、一旦頭から追い出した。
「ウッドストック殿がその辺り、色々調べてもいるらしい。出ないなら出ない、来ないなら来ないで良いだろうに。とんだ変わり者だ」
「一番変わってる人がそれ言います?」
「ミランヌ殿もそうだが、ローンヴィーク村の者は相手に喧嘩を仕掛けるのが挨拶なのか?」
「喧嘩を売られてる自覚はあったか。……いえ、そもそも、される側に問題があるのでは?」
「なら、問題はないと見えるが」
「前から思ってましたけど話通じてませんね」
「意見が合うとは驚いたな」
「意外かも知れませんが二度目です」
心底驚いた表情を見せたが、素なのだろうか。
「……あ。ありがとうございます」
空の容器を振っていた一條を見て、遠目から様子を窺っていた侍女達がそそくさとやってきては、皿と共に片付けていく。
その表情は非常に固いが。
「えと……ジャンヌ・ダルク様。お飲み物です。此方はマガのスルースになります」
「うわーマジか。流通が滞ってるから値段高くなってるって……凄いですね。流石に領主やってるだけあります」
「今のは褒めたのか? けなしたのか?」
一條は無言でそれを一口。
スルースとは、端的に言えば果物の絞り汁であり、
――ジュースって言うか、果肉入り飲料みたいな。手絞りだから、全然違うのかも。
或いは、マガと言う果物を使った場合は、こういうのが普通なのかも知れない。
ファートアラームからの数少ない輸入品である為、現在はかなり貴重な物だ。
とはいえ、正確に言えばファートアラームが原産国ではないのだが、いずれにせよ見た目が西瓜ほどもあるこの果物は、相当に値段が高騰している。
「……嫌味を言う気にもならん」
「普通は言わないんですよ?」
リギャルドがこれ見よがしにため息を吐いた所へ、慌てた様に新しい皿が目の前に置かれた。
「……これは?」
リギャルドの疑問も最もである。
視線は、皿の上に集中。
巨大魚・バララムートの白身。
祭りの主菜でもあり、基本的にこれを用いた料理が出されている。
先程は生で出されていたのもあったが、一條としては、やはり焼き物が一番手に挙がるだろう。
だが、彼が繁々と眺めているのは、その隣に添えられている、異物とも言える、黒。
そして、一條は憚る事無く、顔を手で覆った。
かろうじて声にこそ出さなかったが、
「ジャンヌ・ダルク様が考案した物で、確か……ミソ、と呼ぶのだとか」
「おああぁ……」
侍女の説明により、変な声が出る。
「……ミソ?」
「味噌、と名付けました……黒味噌、とでも言いましょうか……」
絞り出したものの、一応の命名者は高井坂だ。
と言うより、最初に食べた彼が、声高に叫んだのである。
「いや凄ぇよジャンヌ! これ味噌だぜ味噌! 全然醤油じゃないけど! 醤油目指してんのに出来たの味噌なのは謎だけど! ある意味天才だわ!」
その為、いつの間にか定着してしまっていた。
――あの時はしつこいので殴り飛ばしたが。
二度頷く。
しかし、味噌、等と言うが、原材料から製法から、根本から異なる。
そもそも本家は発酵食品である為、当然だが数日程度で完成する訳もない。
似て非なる物で、此方は幾つか目星を付けた調味料を混ぜ合わせて作った偽物だ。
そんな悪戦苦闘した結果が、目の前の皿に載せられていた。
「何故……」
「ジャンヌ・ダルク様が宿泊されている所では評判も良く、今回、使わせて頂きました」
「ぐぅ有能」
確かに、宿に併設されている食事処で試作したのである。
更に、店主達も唸っていた。
客の幾人かにも回されていったのも、覚えてはいる。
それが巡り巡って、まさかこの場に提供されるとは流石に予想外ではあった。
所謂、献上品と言える。
「……ふむ。ダルク殿。意外と手先が器用なのだな。驚いた」
「一々余計な一言を」
「味も悪くない。料理の腕前もあるとは、驚いた」
「二度も言うな。……表情変わってないけど本当に驚いてるのそれ?」
指摘したが、当人はどこ吹く風であり、それでも手は動いているので期待には沿えたらしい。
「全く。宿屋には値段釣り上げといて貰うか」
「それなら問題ないだろう。どうだ。ダルク殿。終わった際、此処で料理でも作って過ごすと言うのは」
思い掛けない台詞に、しかし一條は、
「死んでも断わる。頼まれたって、い、や」
笑みを以て言い放つ。
リギャルドも似た様な表情を浮かべた。
「ははは」
「ふふふ」
お互い、どちらからとも無く、乾いた笑いが口から出る。
そんな二人を目の当たりにして、侍女達が怯えた顔を見せた。
「事前に知ってるので、それを気にする事は無いと思いますよ。リギャルド殿」
苦笑しながらの言葉に、対面に座るラースリフ・リギャルドは無表情を以て受けるのみ、だ。
――変なとこで真面目なのかなんなのか。まぁ、十中八九、ミラとの件だろうけど。
言うだけ損な気もするので、思うに留める。
今朝の一件もあって、どうにも妙な空気が流れて仕方無い。
その後に一度尋ねてみたが、はぐらかす以前の問題で、取り付く島すらなかった。
紀宝にとっては、余程言いたく無い案件であるらしいのだが、詳細を知らない以上、静観する他ないだろう。
「まぁ、こうして、夜景を見ながらの食事になったのは、良い事だと思いますよ」
代わりとでも言う様に褒めてみたが、視線が外に流れただけで無言。
――なんだかなぁ。
心中で苦笑しながら思う。
リギャルドの構える邸宅は横だけでなく縦にも広い。
外からでは分からなかったが、先程まで軽く案内されて判明したのは、地上三階に地下一階と言う稀に見る構造。
庭も、リンダールの一般的な家が二、三棟は余裕で収まる程で、特に風呂場などは男女別でありながら十数人は入れそうな立派な代物である。
ランス邸に慣れ親しんだ一條としても、驚きを新たにする広さを有していた。
そこに、使用人や侍女を始めとした者達が住み込み、或いは外から来ては大勢働いている。
因みにこういった者達の住む離れの様な物もあるのだから、規模こそ違えど、立派に十二皇家の一つに組み込める程度には、豪邸、と称して良い。
そんな彼の邸宅にて、一條は今現在、三階の一角に据えられた展望台の様な所にて、屋敷の主人と対面での食事会となっていた。
風も穏やかで、南部なのもあるのか、やはりそれ程冷え込みもない。理想的、と言える様相は見せている。
特に、ヘッズロー大河までを見通せる上、各家の灯り、路上に設置されたジャンヌ・ダルクを祝うべく掲げられた火とその喧噪により、心情としては決して悪くない情景が広がっていた。
――この光景を一人だけ見るのは忍びないなぁ。
等と、皆を思い浮かべつつも、
「眺めも悪くないので、居心地も良いですし」
運ばれてくる食事に視線を飛ばしながら、答える。
「その割に、食卓の方にばかり目がいっている様だが?」
「食べるのが嫌いな人は居ないと思いますけどね?」
売り言葉に買い言葉が如く返せば、皿を置いていた侍女が目を右往左往させた。
これには流石に申し訳なさが立ち、両手で落ち着かせる。
「全く、ミーナニーネとて、その様な物言いはしないのだが。ローンヴィークでは普通か?」
「生まれた場所と口の悪さは関係ないですよ。それと、それ言ったらローンヴィークだって南部でしょうに。それならお互い様でしょ」
今度こそ侍女が小さく震えだしたので、慌てて料理の乗った皿を此方で引ったくって並べ、この場から撤退させた。
「……これが我が妹の憧れとは、な」
「うっ。それを言われると、心が痛む所ですね……。まぁ、私も好きでこうなった訳ではないですが」
「しかもその連れに、等と」
苦々しい、と言うより、苦悶に満ちた表情である。
「それはほんとーにすいませんでした」
素直に謝罪と共に頭を下げた。
後者に関しては一條に非は無いが、不始末と言われれば、その通りかも知れない。
――あいつの事だから、心配はしてないけど。文句は言っておこう。
思案した後、一息。
「それにしても、そこまで心配している割りに、スフィ……クラウディー殿らと共に遠征させたのは意外ですね」
睨まれた。
「あれは迂闊だった。ウッドストック殿らに任せきりなのは良くなかったと反省している。とはいえ、ダルク殿が急に決めた故、そこまで気が回らなかったのもある」
「……。なるほろ。いつの間にか恨みを買っていた様で……」
「怪我の一つでもしてれば危なかったな」
――サンキュー我が友。
心中で掌を返す。
「最も、鉱山への同行を願い出たのもあいつだ。そこまで責任は持てないだろうよ。……街の警護ならばと許しもしたが、しかし、腕も未熟なミーナニーネをすら駆り出さねばならん程度には、此処も差し迫っていると言える」
「大変ですね」
「関心は無さそうだな」
「解決しましたので。私達」
目付きが鋭くなった様にも思う。
「……何処も人手は足りてませんけど。……それでも、傭兵には頼りませんか。リギャルド殿」
ある程度皿が並べられ、二人になった所でこれ幸いと突っ込んだ。
――本人にも聞いておきたい所ではあるし。
高井坂からの忠告は、ラーライについての言及である。
であれば、問題はないだろう。
「……話はすぐに広げられるな。いや、一人居るか。全く……」
一條他には見せない様な表情を一瞬したが、すぐにいつもの表情に戻る。
「あいつとミランヌ殿には感謝しておいた方が良い」
「ありがとうございます、って言いたいんですけどね。ミーナニーネ、さんは兎も角、ミラの方は其方からも何も話してくれないので」
「彼女が話さない以上、私からも話す事はしない。期待はしないでいただこう」
「全然してないので平気です」
「なら良い。無駄な問答が減る」
断言された。
一條としては全くその通りではあるが、それとこれとは別である。
言葉として言われると腹立たしい事この上ない。
「ミーナニーネと似て顔に良く出るな、ダルク殿は」
「……それは、褒めてます?」
「勿論だが?」
眉根を詰めた。
――子供っぽいと言う事だろうか。
思うが、実年齢を考えれば、恐らくは目の前の人物よりも、その妹であるミーナニーネ・リギャルドの方が近しいのは確かであろう。
しかし、判明したとしても、それはそれで納得し難い部分でもある。
「結論としては、な。そもそも、此処の様に時々群れで襲ってくる動物相手に、傭兵は過剰だ。ああいう手合いは性格も荒い者が多い。いつ攻められるか分からない側よりも、常に攻める側でこそ使うべきだ」
「なるほろ」
一條の頷きに対し、彼は飲み物を一口。
「……ついでに言えば、今までもガルーテを雇っていた事はある」
「え、そうなんですか?」
――高井坂もそんな事は言っていなかったが。
等と思案したのを見透かされたのか、不敵にも思える笑みを浮かべた。
「護衛代わりに。二十人。ダルク殿達程では無かったが、皆強かったのは覚えている」
続ける。
「少し前、ガティネとの四回目の争いの時だ」
言葉に、無言で首肯した。
一條も高井坂塾で教わった、触り程度の知識。
日も時間も希薄な為、歴史と言うより、単なる記録の様な扱いではあるが、ともあれ、ガティネとの戦争は、その期間が非常に長い。
それ故、年がら年中戦いに明け暮れていた訳ではなく、幾度かの安定期の様な時期を挟んでいる。
――戦争で安定期、ってのも何だかおかしな話だが。
「……四回目、と言うと、一番最近のですか」
今度は相手が無言で首肯。
戦争は、最も古い物になると、大凡九十年近く前にまで遡る。
そうして、数える事四回。直近にして最後に行われたのが、恐らく、と言う前提で約十年程前。
丁度、アランも参戦していた時期でもある。
「私が父や配下の者達とで参戦していた物だが、あまり表立って言う訳にもいかないのでな。ガルーテの実力や値段に見合っているかの確認、と言う意味合いが大きかった。それまでもラーライは買っていたから、それの兼ね合いもあるが。一番の違いは、期間に制限がある事だ。ガルーテは十人毎一部隊、日が何日昇るかで明確に決められている。過ぎれば追加で支払う仕様でな。これが中々高い。故に、戦争しているのならまだしも、今の様な状況では、あまり得策とは言えなくなった。これが最も大きな理由でもある」
「ラーライとは違って、高いから、と聞きましたけど」
「間違いではない」
返って来た答えに適当な相槌をしつつ、皿を空にしていく。
最後にファートアラーム産の紅茶で流し込む。
ヴァロワ皇国の物と違い、流通量も少ない高級品である。
「酒もあるが?」
「……まぁ、問題、もなくはないですけど。……酔っても歌いませんよ」
「評判は良いと聞いているが?」
最近、一條自身でも気付いた事だが、気分が上がってくると歌う癖があるらしい。
酒の魔力は恐ろしい物であった。
――脱ぎ癖のある母に似ずに良かったと胸を撫で下ろす所だろうか。
この遺伝、と言って良いかは微妙だが、だけは父の方が勝っていたのは、今の姿からすれば安堵すべきではある。
「ふむ……。とはいえ、この間までファートアラームへの行き来すら殆ど出来ていなかったのだがな。……そうだ。バララムートの討伐は改めて礼を言う。此方は、明日には船を出せるが、見ていくか?」
「いえ。手助け出来て良かったです。出航の方は、折角ですが遠慮しておきます。帰れなくなりそうなので。……所で、他の国とそんなに好き勝手交易していて平気なんですか? 皇都……ヴァロワ皇、に伝えてたりとか」
「伝えてはいるとも。一応はな。……しかし、これと言って反応が無い以上はそういう事なのだろう」
口の端を少し上げての言葉。
――見て見ぬ振り、と言う訳でもなく。特にお咎めもしない。ってか。
「ダルク殿達は、あいつには会ったのだったな。元気にしていたか?」
「あいつ、って……」
一條がする様な軽口、とは違う。
相手は最高権力者である。城での謁見時を思えば、今の発言すら恐れ多いだろう。
だが、そんな此方の反応に、リギャルドは声も無く笑った。
「その様な表情をするとは予想外だった。……聞いているとは思うが、ヴァロワ皇七世、フィデリアルとは血の繋がりがある。と言っても、親の親の代、ではあるが。小さい頃に何度か顔を合わせた事もな。今では行き来すら難しいが」
「……そういえば、戴冠の時にほんの少し、顔を出したのが最後だとか……」
アランかスフィがその様な事を言っていた筈だ。
「お互いやるべき事が山積みで、するべき事も迫っていたのでな。其方を優先したまでだ」
「別に、仲が悪い訳じゃあないのか……」
彼の表情に、そんな事を呟く。
「ダルク殿と一緒にされては困るな」
「良かった。ここ以上に仲が悪いとヴァロワ皇国内で色々面倒そうなので」
「そうなった時、ダルク殿はローンヴィークの出の者としてこき使えるな」
「ラースリフの名をディーガにでも改めればどうです? 後世にも仲の悪さを伝えられますよ」
「良い案だ。とはいえ、私の名は母から頂いたもの。その時は、街の名を変える事にしよう」
「そんな理由で街の名を変えるのはリギャルド殿だけですね……。まぁ、倒し甲斐はありますけど」
食事を続けていく中、軽い笑いが二人から洩れる。
「街を一人で相手取るとは。ルマオークを一人で倒す女は言う事も違うものだ。そんな者を相手にするのは愚か者かガティネ人かだろう」
「人を化け物みたいに言うなこの人……」
とはいえ、そこに紐付けされるガティネ人と言う存在は大いに気になる所だ。
直近でもその能力の高さは垣間見えていたが、正直、遠慮したい。
「当然だ。それに、バララムートを一撃で倒す際の、あの巨大な光の柱を振り回す所を見てれば、そうも思う。アレは流石に目を疑ったわ」
今度こそ、本当の笑いが響き、ため息混じりに暗い空へ視線を向けた。
――流石に何も言い返せない。
早朝と言う事もあってか、町民で目撃者は今の所居ない。
が、リギャルド本人が先日も言っていた様に、そして、この二人きりの食事会が開かれている場所と言い、観戦するのにこれ程の立地はリンダールにはないだろう。
頷いたついでに、不躾な質問を投げた。
「聞いておきたい事があるんです。噂の中に、前当主の父親を謀殺したとかありましたけど。本当ですか?」
無反応。
会って数日だが、見た事の無い反応だ。
――怒って、は、無さそう。
「……成程。それも理由にはなるか」
頬杖をついた。
「正しいとも言える。見捨てた事に変わりはないからな」
目を伏せつつの言葉。
それで、一條もリギャルドの言いたい事は理解出来た。
「ガティネとの、ですか」
「ダルク殿もその地位に居れば名前位は聞いた事があると思うが。アシュール・ドゥル、と言う人物だ。全く、馬鹿げた男だった」
「アシュール……ドゥル」
口の中で転がしてみるが、物覚えがあまり良くない一條としては、正直微妙な線である。
「此方の手勢は一振りで何人も死んでいくのだからな。全く、恐ろしいと思う間も無かった。父も、辛うじて死ななかっただけだ。……最も、助ける手段は無かったろうが」
一息の言葉に、感情は無かった。
彼の言う通り、恐ろしいとすら思わなかったのだろうし、それが今でも変わらないのだ。
「バララムートを倒したのを見た時。ふと、ダルク殿が居たらどうであったろうかと考えた」
「……今の半分以下の背丈ですよ。私」
「で、あるか。しかし、別にどうも無い。噂も裏も、此処に居る時から気にしていられる程の余裕は無かった。……何、これもまた、統べる者の特権と言うやつだ」
軽く笑ってから、呷る様に酒を一口。
「とはいえ、その実力だ。会う事もあるだろう。その時に勝って貰えれば、それで良いさ」
「……随分と軽く言ってくれますね……」
「領地代表として励んでくれ。まぁ、本来であれば残って貰いたくはあるが、それは後で考えるとして。……ダルク殿。ロキの件、まだ終わってはいない、と言っていたな?」
「えぇ……。実際、目撃もされているみたいですし」
と言っても、その情報自体は古い。
その後は似た話がちらほらと聞かれるのみで、具体的な進展と呼べる状況にはないだろう。
しかし、ウネリカを解放したからと言って半壊状態の街をすぐに復興、とはいかない以上、ロキには今暫く大人しくしていて貰った方が何かと都合も良い。
「ちなみに、その関係の話は来てたりするんですか?」
「動きに関しては無い、な。最も、モックラックの森に隔たれていると、彼方の情報は中々届かない。此処ではロキも出ない為、そう話題にも挙がらないのだ。……そう驚く事でもないだろうに」
「いえ、まぁ、そうなん、ですけど」
南部では、ロキの話題を聞く事自体、皆無に等しかった。
関心が無いのではなく、脅威ではあるものの、此方では見掛ける事が無い為、実感として薄いのだろう。
「言いたい事は分かる。が、ロキはモックラックの森を越えては来ないし、モックラックの森の生物もまた向こう側へは行かないのだ。なんとも不思議な事だがな」
言われて、一條もはたと気付く。
彼の言う通りである。
森へ出向いた際のバウティの規模。あれ程になるのは稀であるとはいえ、それよりももっと少ない群れか、或いははぐれ程度が迷えば、北側へ出る事もあり得るだろう。
だが、向こうでもそんな話は聞いた覚えが無い。
森の近くにあるハーラト、或いは見張り役と称していたホルルクでさえ、だ。
であれば、森の生物は北部へ出る事を異常に嫌っている事になる。
――何か理由があるのか……。
等と考えても、根拠も何も無いので、一旦頭から追い出した。
「ウッドストック殿がその辺り、色々調べてもいるらしい。出ないなら出ない、来ないなら来ないで良いだろうに。とんだ変わり者だ」
「一番変わってる人がそれ言います?」
「ミランヌ殿もそうだが、ローンヴィーク村の者は相手に喧嘩を仕掛けるのが挨拶なのか?」
「喧嘩を売られてる自覚はあったか。……いえ、そもそも、される側に問題があるのでは?」
「なら、問題はないと見えるが」
「前から思ってましたけど話通じてませんね」
「意見が合うとは驚いたな」
「意外かも知れませんが二度目です」
心底驚いた表情を見せたが、素なのだろうか。
「……あ。ありがとうございます」
空の容器を振っていた一條を見て、遠目から様子を窺っていた侍女達がそそくさとやってきては、皿と共に片付けていく。
その表情は非常に固いが。
「えと……ジャンヌ・ダルク様。お飲み物です。此方はマガのスルースになります」
「うわーマジか。流通が滞ってるから値段高くなってるって……凄いですね。流石に領主やってるだけあります」
「今のは褒めたのか? けなしたのか?」
一條は無言でそれを一口。
スルースとは、端的に言えば果物の絞り汁であり、
――ジュースって言うか、果肉入り飲料みたいな。手絞りだから、全然違うのかも。
或いは、マガと言う果物を使った場合は、こういうのが普通なのかも知れない。
ファートアラームからの数少ない輸入品である為、現在はかなり貴重な物だ。
とはいえ、正確に言えばファートアラームが原産国ではないのだが、いずれにせよ見た目が西瓜ほどもあるこの果物は、相当に値段が高騰している。
「……嫌味を言う気にもならん」
「普通は言わないんですよ?」
リギャルドがこれ見よがしにため息を吐いた所へ、慌てた様に新しい皿が目の前に置かれた。
「……これは?」
リギャルドの疑問も最もである。
視線は、皿の上に集中。
巨大魚・バララムートの白身。
祭りの主菜でもあり、基本的にこれを用いた料理が出されている。
先程は生で出されていたのもあったが、一條としては、やはり焼き物が一番手に挙がるだろう。
だが、彼が繁々と眺めているのは、その隣に添えられている、異物とも言える、黒。
そして、一條は憚る事無く、顔を手で覆った。
かろうじて声にこそ出さなかったが、
「ジャンヌ・ダルク様が考案した物で、確か……ミソ、と呼ぶのだとか」
「おああぁ……」
侍女の説明により、変な声が出る。
「……ミソ?」
「味噌、と名付けました……黒味噌、とでも言いましょうか……」
絞り出したものの、一応の命名者は高井坂だ。
と言うより、最初に食べた彼が、声高に叫んだのである。
「いや凄ぇよジャンヌ! これ味噌だぜ味噌! 全然醤油じゃないけど! 醤油目指してんのに出来たの味噌なのは謎だけど! ある意味天才だわ!」
その為、いつの間にか定着してしまっていた。
――あの時はしつこいので殴り飛ばしたが。
二度頷く。
しかし、味噌、等と言うが、原材料から製法から、根本から異なる。
そもそも本家は発酵食品である為、当然だが数日程度で完成する訳もない。
似て非なる物で、此方は幾つか目星を付けた調味料を混ぜ合わせて作った偽物だ。
そんな悪戦苦闘した結果が、目の前の皿に載せられていた。
「何故……」
「ジャンヌ・ダルク様が宿泊されている所では評判も良く、今回、使わせて頂きました」
「ぐぅ有能」
確かに、宿に併設されている食事処で試作したのである。
更に、店主達も唸っていた。
客の幾人かにも回されていったのも、覚えてはいる。
それが巡り巡って、まさかこの場に提供されるとは流石に予想外ではあった。
所謂、献上品と言える。
「……ふむ。ダルク殿。意外と手先が器用なのだな。驚いた」
「一々余計な一言を」
「味も悪くない。料理の腕前もあるとは、驚いた」
「二度も言うな。……表情変わってないけど本当に驚いてるのそれ?」
指摘したが、当人はどこ吹く風であり、それでも手は動いているので期待には沿えたらしい。
「全く。宿屋には値段釣り上げといて貰うか」
「それなら問題ないだろう。どうだ。ダルク殿。終わった際、此処で料理でも作って過ごすと言うのは」
思い掛けない台詞に、しかし一條は、
「死んでも断わる。頼まれたって、い、や」
笑みを以て言い放つ。
リギャルドも似た様な表情を浮かべた。
「ははは」
「ふふふ」
お互い、どちらからとも無く、乾いた笑いが口から出る。
そんな二人を目の当たりにして、侍女達が怯えた顔を見せた。
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