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南部都市リンダール(15)

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「ジャンヌ・ダルク。バララムートの討伐。リンダールを代表して、改めて礼をさせて貰おう。良くやってくれた」
 言葉取りこそ尊大なものの、ラースリフ・リギャルドは確かに頭を下げ、そう述べた。
 その様子に、一條はおろか、ウッドストックですら面食らった表情を見せる。
「上手く事が運んだだけです。私は良い仲間に恵まれているらしいので」
 苦笑して見せれば、それに反応したのは隣の巨漢だ。
 当然の様に無視して、
「それより」
 と切り出す。
「参加はしないんですか? 
 一條の言う通り、リンダールは今現在、街を挙げてのお祭り状態である。
 とはいえ、日の出と共に市民憩いの水場で轟音が響き、目にした光景が暴れ回っていた噂の巨大生物、バララムートが真っ二つにされた姿とあっては、それも当然だ。
 全長は凡そ三十五、六メートル程。体重は恐らく二百トンはあると見込まれている。
 市民協力の元、その場で測られた物だが、流石にあの重量級を計測出来る様な代物、ましてや、移動させる手段等は存在し得なかった。
 その為、前者はほぼ正確ではあるものの、後者は一回り小さい鯨を対象にした推測である。
 そして最も嬉しい誤算であったのは、バララムートが、その巨体である事以外は普通の魚と変わらない、と言う点であった。
――リンダール中に回しても明日、明後日位まではタダ飯状態だ。勿論、ある程度は保存して他所にも回すんだろうけど。
 祭りの主菜としては、実にらしいとは言える。
 最も、平民貴族、素人玄人、老若男女関係無く、総動員しての解体作業だ。暫くは騒々しいのもやむなしであろう。
「またジャンヌ・ダルク伝説が一つ増えたんじゃないこれ」
 等と宣う紀宝は、若干呆れ顔であった。
 謂われの無い、とまでは言わないまでも、一條としてはため息ものである。
「しない。する訳がないだろう。。そんな物は、他の者に任せれば良い」
 投げやりとも取れる言葉に、ウッドストックとスフィが軽く頭を下げた。
 任されたのが二人、と言う訳なのだろう。
 しかしながら、
「皇家って皆こんなんなの?」
 声量を抑えた疑問に、スフィが苦い顔をした。
「私から言わせて貰えば、お前の方が余程、だ」
――地獄耳なのだろうか。
 改めて向き合えば、心底呆れた様な表情を見せる領主が居る。
「最も、ダルデ・フィア戦姫ジャンヌ・ロット女神の武勇、等と呼ばれる者だ。それ位が良いのかも知れないが」
「戦姫……」
「女神の武勇……」
 反芻しつつの、親友二人からの視線を浴びた。
 他三名は、既に周知であるのか、或いは今更であるのか、特段反応は見せていない。
 何より、以前から称号が増えている気がしないでもないが、口をへの字に曲げる。
「……よし、噂の出所を殺してアタシも死ぬ」
「伝説がしょうもない終わり方になるから止めてやれ、戦姫殿?」
 若干、笑いを堪えた様な声色に、一條は深呼吸一つ。
「気に入らないが、お前は最後にぶっ飛ばしてやる」
「いやぁ、ついさっき逆バンジーどころか一生に二度は無さそうな素敵体験やったしもう良いかなぁ、って俺ちゃんは思うんだけど」
「ははは。そんな素敵体験のリメイクは如何?」
「はっはっはっ。いや面白いねそれ。……あ、冗談ではない?」
「冗談だ。最初に素敵体験味わわせてやる」
 泣き真似を始めたが無視した。
「結果は見ていた。報告も聞いた。ならば、話は終わりだ。……外の騒ぎには、ジャンヌ・ダルク殿が出る方が良いだろう。今回の功労者だ」
 言うが早いか、リギャルドはすっくと立ち上がると、淀みない足取りでこの場を後にしようとする。
「えぇ? 折角ならバララムート、一緒に食べません?」
 咄嗟について出た台詞であった。
 特段、深い意味はない。
 意味はないが、一條としても、リギャルドと言う人物を心底嫌っている訳ではない為、そこまで邪険に扱う必要もなかった故の言動である。
 些か、突飛な事であったのは否定しようのない事実だが、これに関しては言うだけ言って立ち去ろうとしているリギャルド側にも多少の非はあって良い。
――と、は、いえ、失礼過ぎたか。流石に。
 思ったのは、此方の言葉に足を止めたからだ。
「……気にするな。私にも、共に食事を取る者は居る。嫌だと言っても、向こうが持ってくるだろうからな。……
 微かに口の端を釣り上げた様にも見えたが、次の瞬間には後ろ姿である。
 そこからは一度も振り返らず行ってしまった。
「……ウッドストックさん。機嫌良くありませんでした? あの人」
「バララムートまで討ち取ったのだから、当然かと。最も、忙しいのはこれからでしょうが」
 無論、である。
 これで物語が終わる訳ではないのだ。
 巨大魚の後処理は時が解決してくれるだろうが、交易再開の目処が立った以上、迅速に事を進めなければならない点も、一條が考えている以上にあるのかも知れない。
 頭を掻きつつ、
「……。じゃあバラムトでも食べに行こっか」
 切り替えて、喋り掛けた。
「え、マジでその略し方なの? 変じゃないか?」
「バララよりは怪獣っぽくないし、私は良いと思うけど」
「バラムトで問題ないです」
「変わり身早ぇなホント」
 今日は少し遅い朝食となりそうだ。
「ジャンヌ殿。楽しそうですね」
「皆で食べると美味しいからねぇ。魚と言えば刺身だけど、醤油がないんだよなぁ。残念」
「サシミ。確か、シャラも言ってましたね。生で食べるのだとか」
「毒味係も居るし、多分刺身は行けそうですね。醤油はありませんが、まぁ、頑張ってみますか」
 幾つか調味料を見繕って近付けられれば御の字、と言った所である。
 一條自身、別に料理が苦手な訳ではない。
 少なくとも、紀宝よりかは上だと評価されてもいる。
 評価相手はルッテモーラなので、信用はしても良いだろう。
 まだ人に出せる様な代物でもない為、内々で味見程度なのが関の山ではあるが。
「ジャンヌ殿の手料理ですか。それは楽しみです」
「手、料理……かどうかは微妙ですけど」
 苦笑しながら、一條は街で入手出来る調味料に思考を巡らせた。
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