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南部都市リンダール(11)

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「おっ、漸く帰って来たな。長旅お疲れー」
 一條は、宿屋から出た所で顔見知りを発見。
 片手を挙げて労った。
「と言っても、アタシ達もさっき帰って来たばっかりなんだけ、どぅっ」
 言い終わる前に、腹部に衝撃が走る。
 頭からの突撃を喰らった為だ。
 胸が強調され、下方向に対して視界不良となるが、人物だけは直前に辛うじて視認している。
「……えーと。スフィ、だよね? どしたの?」
 あえて確認する言葉を掛けるが、腰に手が回り、丁度抱き付かれる格好になった。
「え、何何何。何事何事」
 狼狽するも、荷馬車から降りてきた友人二人は見て見ぬ振り。
 振りほどくのも気が引けた為、その状態で居る事数秒。
「申し訳ありません……。私ではあの二人は手に追えませんでした。ジャンヌ姉様の凄さを改めて思い知りました……」
 スフィにしては珍しく、特大のため息と共に、そんな弱音が聞こえてきた。
「え。あ、そう……なんだ……? うん。なるほろ……?」
 疑問符しか湧かなかったのは、それを抱き付かれた上で公衆の面前にて聞かされていると言う状況だったからでもある。
 彼女とて、精神は年相応だ。
 実際の年齢は不明だが、ともあれ、そういう事もあるだろう。
「それは置いといてだな……。君ら何したの?」
 宥めつつ、現状確認の為に原因を尋ねたが、二人はやはり視線を明後日へ飛ばしている。
 とは言っても、スフィの言動と、特に紀宝の態度を見れば、大凡は見当がつく。
――あいつに付いてくってのが常人には土台無理な話なんだよなぁ。
 思う。
 そして、これは何もこの異世界に来ての戦闘だけを示すものではない。
 普段の行動からして、紀宝は一歩二歩も先へ行く傾向がある。
 彼女と歩幅を合わせるのは、そんな性格も込みで考えなければならなかった。
 会って一年も満たないスフィでは荷が重過ぎる話である。
「大丈夫だってスフィ。ミラに付いてくのは普通無理だから」
 言葉に、胸を割るようにして彼女の顔が見えた。
「ですから手に追えないと……。いえ。それは身を以て分かりました。ミラさんには付いてくしかないんですね……」
「だねぇ。でも見当違いの方には行かないからそこは信頼して良いよ。例えるなら、首輪を自分で引き千切って脱走するタイプ」
 意味が伝わらず、首を傾げる彼女を苦笑しながら引き剥がしていく。
 猛犬と言うより闘犬に近い。
――しかも自分で散歩コース二週位して勝手に帰ってくる。ホント、頼りにはなるけど。
 前世は間違い無く戦国か室町辺りであろう。
「ジャンヌ姉。また失礼な事考えてるでしょ」
「ソンナコトナイヨ」
 ため息が返って来た。
「そういえば、ジャンヌ姉様の方も今日リンダールに?」
「そー。依頼終えて少し休んでからすぐに。リギャルドにもそのまま会ってきたけど、『揃ってないのなら明日にでも出直してこい。それ程暇では無い』だって。だから、まぁ、明日にでも行けば良いんじゃないかな?」
 肩を竦めながら、告げる。
 口調を真似ながら思い返せば、以前よりも若干神経質になっていた様にも思えた。
 頭数が揃ってない事以上に、重要な案件でも抱えているのだろう。
 最も、報告を別々に受けるのも手間は掛かる上、残るバララムートにはかなりの被害を出している為、それもやむなしではある。
「ミラ達の方も大変だった? 岩喰い鳥ってどんな姿してた? あ、アタシ達の戦ったセウティってのが二足歩行してる犬みたいな奴でさー。それからルマオークとかって五、六メトルはありそうな奴とかも居てー。後、スライムも森には居たんだけどこれがまた厄介でさ」
「話の尽きない女子高生かお前……。いや、定義としては女子高生で正しいのか今は」
 視線をあちこちに飛ばしながら、親友が距離を詰めてきた。
「ま、良いか。こっちも土産話はあるとも。岩喰い鳥ってのが始祖鳥に似たでけぇ鳥でな。……あぁ、トブラローネさんに言われて、死体を一つ持ち帰ってた。見るか? マジで恐竜みたいな頭してんだぜ」
「始祖鳥かー。良いね。ロマンだわ。となると竜が居ても不思議じゃない感じになってきたなぁ」
 一條としても、始祖鳥等と言われれば、気になるのは当然である。
 鳥と恐竜の融合した様な見た目だった筈だ。
 とはいえ、進化の過程とかを説明された所で半分も理解は及ばないだろうが。
「にしても何故死体を」
「何かウッドストックさんが、って話。何か知ってる?」
「あぁ……なるほろ……察したわ」
 検体は多い方が良いと言う事なのだろう。
 流石にルマオーク程の巨体を運ぶのは骨が折れる、どころの話ではない。
 時間が押している事もあり、あの時は実物を前にしてあれこれと解説しつつ、自身も軽く流す程度で早々に切り上げていた。
 しかし、此方は大型とはいえ所詮は鳥類だ。
 しっかりと話を通している辺り、飽くなき探究心恐るべし、と評価する所である。
「それは斯く斯く然然。ま、、歩きながらでも良いかな」
 合間から見える荷馬車の御者席。
 会ったかどうか微妙な感じの彼が、トブラローネと言う例の副官であろう。
「所で、ジャンヌ姉。今日は暇してるのよね? 余所行きの格好してるけどお出掛け?」
 余所行き等と称されたが、端的に言えば、
――この間も着てた白地ワンピだけど。
 どうにもこれが基本形となってしまっている。
「あぁ、そうそう。ウッドストックさんの所にお呼ばれされてて。ああ見えて動物研究のオタクみたいでさ。何か博物館っぽくなってるらしい。モックラックの森で採取したスライムの小さいのも置いてるんだって」
 紀宝の疑問に答えただけなのだが、三人共が妙な表情を浮かべた。
 特に、友人二人が頷いたかと思えば、
「「天然小悪魔助込まし」」
 指をさされた上で、息の合った謎の指摘を受ける。
「天然小悪魔助込ましっ!? 何その称号!?」
 突っ込みをするも、スフィが再びため息を吐いた。
「成程。納得しました」
「納得された!? 何で!?」
「質が悪いからだが」
「いやホント、マージで分かんないんだけど、何でそんなすぐに仲良くなれんのかしら……傾国の悪女だってまだ良識あるんじゃない……?」
「えぇ……。何? 罵倒大会でも開会された?」
「だとすりゃお前の優勝だけどな。参加者一名だし」
「煩いぞすっとこどっこい」
「悪口の語彙が可愛いかよ。……まぁ、良いや。ウッドストックさんの所行くなら俺も行くわ。今日はもう暇なんだろ?」
 腕組みしつつ、苦笑しながらの高井坂に、納得し難い物を感じながらも首肯する。
「兎に角明日って言われちゃったからねぇ。スフィもそれで良いかな」
「えぇ。構いません。流石に疲れましたし……」
「私もー。ジャンヌ姉。お風呂はー?」
「アタシは入っちゃった。もっかい沸かそうか」
「流石頼りになるお姉ちゃん」
 苦笑。
 皇都では、風呂に浸かる習慣はあまりない。
 と言うより、それ程水源に余裕がある訳ではない事もあり、特に平民では日常的な湯浴み等は出来なかった。
 良くて数日置きの軽い水浴びやお湯で身体を拭く程度。
 十二皇家の様な所であれば、この辺りも優遇はされている。他にもゼルフを学び、使用出来るならば、多少は解消されよう。
 が、どちらにせよ、風呂と言うのは今の時代そう簡単に出来る事ではない。
 とはいえ、此処、リンダールを始めとした南部では、傍にそれなりの水源がある。
 風呂と言う概念の発祥かどうかは分からないが、湯に浸かると言う行為は一般的なものだ。
 何せ、宿屋にも部屋毎に一つ、そういった設備が備わっている。
「魔法でお湯を出すより、水から沸かせた方が逆に楽なんだよねぇ。考える事少ないからかな」
「いやー、私はその辺りはちょっとアレなので分からないけど」
 紀宝は頭を掻いた。
 ついでに隣の高井坂も同じ顔と動作。
――まぁ、良いんだけど。
 本来であれば、外で沸かした物を汲み上げる方式で、当然、これは宿屋が管理する各部屋共通の物であり、指定時間以外の稼働は別料金が掛かる。
 一條としては、練習にもなるので魔法で組み立ててしまうのだが、あくどいと言われても致し方ない所業であろう。
 現状、特に宿屋側からの指摘はないが。
「夕飯は?」
「いや、そこまで長居はしないけど。ウッドストックさんも嫁さんとか居るし」
「……既婚者キラーか?」
「そこは年上じゃないかな……」
 自分で言ってて頭を抱えたくなる。
「全く。じゃあ、シャラ。悪いけど少し待ってて」
「おう」
「風呂だ風呂ー」
 足早に駆けていく義妹に苦笑しか出ないが、それを呼び止める様に声が掛かった。
「ジャンヌ。所で、重要な事を一つ尋ねたいんだが。良いか?」
 高井坂は、腕組みしつつ右の人差し指を上げ、いつになく真剣な表情と声色。
 紀宝が居なくなったのを見計らっての物に、自然と一條も向き直り、姿勢を正す。
「さっき、お前が言ってたスライム。それはつまり、?」
 その発言に、身構えていた一條は一瞬内容を理解出来なかったが、ゆっくりと目を閉じ、深呼吸一つ。
 漸く頭が追い着いてきた。
 その上で、一條は彼と同じ姿勢をとる。
 頷く事二回。
「そんなファンタジースライムは居ない」
 断言した。
 ウッドストックの話では未確認なだけで、可能性としては示唆されているものの、
「居ない」
 明言。
「いや、でも……あ、女性みたいな見た目とか」
「居、な、い」
 強めの確言。
 流石にその様な存在は、前者以上に無理であろう。
 それで諦めがついたのか、高井坂は膝から崩れ落ちた。
「う、ふぐぅ。服だけ溶かすスライムが。お、男のロマンが……居ないっ」
「……うん。まぁ、気持ちは分かるよ。ロマンは大切だもんな……。今はちょっと分からないけど」
 現状では溶かされる側なので、さもありなんである。
「後で何か奢るよ」
 苦笑交じりに告げれば、崩れ落ちたままの状態で、彼は親指を掲げて見せた。
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