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南部都市リンダール(8)
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「あそこの道が鉱山へ繋がっていますが、今は作業中なので、岩喰い鳥も恐らくは出てこないと思われます。終了時に合図の音を出すのですが……」
「ま、それが岩喰い鳥の出現合図、って訳か」
「そうですね……それを聞いて集まってきていると思われます。一緒に搬出も行っているので、向こうも音が鳴る事で餌にありつけると覚えたのでしょう」
メリトーユ鉱山と隣接する形で存在している、作業場やその他従事者向けの施設を纏めた、最早一つの街とも呼べる場所。
その中心地にて、駐留していた者から、シャラとクラウディーは話を聞いていた。
事前に得ているのは、岩喰い鳥についての事位で、その出現位置や時間等の情報は未確認である。
対策を立てるのに、無くてはならない部分を、こうして直に見聞きするのは当然の流れであった。
――最大戦力が居ないけど、まぁ、それは良いか。
その分、シャラの方で考えれば良いだけである。
「終了の合図と同時に、此方も動くべき、ですかね」
「そう、ですね……。盾持ちで囲いながら後退しつつ、攻撃隊で左右から挟めないでしょうか」
「うーん。向こうも動物ですから、搬出されてくる鉱物を囮にして、惹き付けられれば……。あぁ、でも空から来られると、対処が間に合うかどうか」
最大の問題点はそこだ。
記載されていた岩喰い鳥の大きさは、大凡一メトル前後。翼開帳が二メトル後半程。
――って事は、全長一メートルだろ。アホウドリかよ。
大きさを考えれば、十分に大型鳥類、と評して良い。
そんなのが、空から襲ってくるのだ。
しかも複数からなる襲撃。
初見でないにしろ、冷静な対応が出来るかは甚だ疑問である。
――まぁ、地上も走れるらしいし、常に飛んでるとも限らないけど。
思案し、昨晩目を通した資料から想像するのは、鶏の様な姿だ。
であれば、長時間の飛行は困難と考えられる。
恐らく、自由に飛ぶのではなく、滑空する型の鳥。
シャラの見立てが正しければ、である。
「ちなみに、やっぱり噛まれたら終わりなんだろ?」
言葉に、控えていたもう一人が顔を顰めた。
「はい。なにせ、鉱物も砕く程です。ある者は、籠手毎腕を無くしました」
「大盾で防ぐしかないって訳ね。鰐かよ全く……」
ウネリカで遭遇した二頭鰐を思い出す。
この世界ではまだ普通の鰐とは会っていないが、今がその時なのかと考えてしまう。
――そいや、ジャンヌの奴もバララムートは鰐かも、とか言ってたな。
シャラも同意見だ。
船を一撃で葬れる生物で、大食いの大口を持つとなると、鰐が真っ先に浮かぶ。
とはいえ、そうなるとそんな巨大な鰐だ。陸に上がらない生物ではない為、何処かで確実に目撃情報があって然るべきである。
「ま、それは後回しかな」
言ってから視線を巡らせば、遅刻してきた鉱山攻略組の要と合った。
「いやー、ちょっと迷いそうになっちゃって」
「構わんけどよ。一応気を付けた方が良いぜ? 従事してんの、そういう奴らも居るし」
「自由にはさせていませんが、そうですね。何かあってからでは遅いので」
「そこまで奥へは行ってないけど。うん、そうする」
ミランヌも素直に応じる。
その様子に、シャラも横目でもう一人の魅力的な人物を確認しつつ、頭を掻いた。
――あいつにゃー事後報告にするかねぇ。
心中でため息を吐く。
こうした坑内労働は当然、危険を伴う。
落石や落盤、ガスの流出と言った可能性が高く、一度発生すれば、死は免れない。
本来であれば、この時勢だ。
それ程人の流入は無いものと思っていたが、此処では違った。
不自然な程に人員が多いのである。
そして、すぐに理由は分かった。
――犯罪者、と、南方の国からか。
前者は、確かに分かり易くはある。
刑の執行を危険な仕事に割り振る事で、と言うのは、成程、理に適ってはいた。
問題は後者だ。
現代で言う所の奴隷にあたるのだろうが、ともすれば、出稼ぎ労働者、と言うべきかも知れない。
が、最も、そこでこういった仕事を宛がわれる事自体が物語っているとも言える。
ともあれ、犯罪者も居る此処は、女性にとって良い環境とは言えない場所だった。
――人選ミスった感もあるが、今は隣に置いといて。
「さくっと行こう。さくっと。時間はまだか時間は」
「え、何。急にやる気じゃん」
「いや、んー。何だ。岩喰い鳥ってのが気になるだけだ」
シャラ自身雑とも思える返しだったが、ミランヌは特に気にしている様子は見られない。
クラウディーも、現在の場所に思う部分はある様だが、面と向かって話題に挙げる気はなさそうだった。
そんな気遣いを打ち破る様にして、声が挙がる。
「クラウディー殿。ディノワ殿。カドゥ・ディー殿。合図が入ります」
対して、三人共が無言で頷いた。
一拍の後、言葉通りに金属を叩く音が三度響く。
作業終了の呼び鈴代わりだ。
鉱山入り口に立つ者へ向けた物で、更にそこから中の者へ、また更に中へ、と続き、全体へと休止連絡が伝播していく仕組みである。
坑内労働は、その過酷さもあり、作業時間が厳しく制限される事が殆どだ。
人員を他所から補っているとはいえ、流石にそこは守られているらしい。
――基本は日時計。古くさいが、太陽が一つなら影も一つだし、殆ど正確に測れる。これも鉱山作業の為に、か。南方、ファートアラームって言ったか。から、流れてきたんかな。
思案。
ヴァロワ皇国では、とかく時間と言う概念が未だに曖昧である。
そんな中において、シャラの制作した砂時計は、正しく技術革新であった。
皇都でもその程度であれば南部では期待出来よう筈もない、と思っていたが、現実にはこうして、日時計で大体の時間を掴んでいる。
と言うより、リンダールでも見掛けない装置がこのメリトーユ鉱山においてのみ使用されている所を鑑みるに、坑内労働で苦渋を飲まされた為、仕方なしに此処ではその手法を取り入れている、とした方が正解かも知れない。
「考えれば考えるだけ憂鬱になってくるぜ」
独り言に、ミランヌが首を傾げたのを視界の端で捉えたが、お互い何も言わず、代わりと言う様に、入り口へと続く道の奥から、三度の鐘の音が返って来た。
「総員、突撃っ」
クラウディーが先陣を切って走り出し、ミランヌ、シャラが両脇を固める様に。
すぐ後ろを、ウッドストック麾下の者達が付いてくる配置だ。
被害を防ぐだけなら、わざわざ走って向かう必要はない。
が、今回はそれが目的ではなく、そして、標的となる相手の狙いが分かっているのならば、多少はそれらしく見せた方が、との判断である。
「やるなら徹底的に、です」
スカルトフィ・クラウディーに妥協と言う概念はないらしい。
それでこそ、とも言えるが。
――敵に回すのは勘弁したい所だ。いずれにせよ。
思う先で、木々の間を抜け、斜面を下へと移動する存在を確認。
「上から来てるぞっ。赤い奴っ」
姿形は杳としているが、全体的に赤い色味だけが動いて見える。
「オッケー! ぶっ飛ばす!」
「ミラさんっ!? 此方の隊列を……っ、もうっ」
一息に速力を上げたミランヌに、さしものクラウディーも御立腹だ。
併走して行きながら、一応の援護。
「苦労掛けるが、悪気は無いんだっ。あいつもジャンヌも!」
「それが困るんですっ!」
声量が上がった彼女に苦笑いしつつ、シャラは視線を彼方此方へ飛ばす。
――二人に怪我一つだってさせないのが、俺に出来る一番の仕事、ってなぁっ。
左手に持つ剣の握りを強くした。
慌てた動きを見せる運送隊に追いついた所で、
「っ!?」
漸く、件の岩喰い鳥の全容が明かされる。
地を走り、最後尾に追い縋る勢いのそれは、名称に相応しい装いの、確かに鳥だ。
更に後方、勢いそのままに斜面から飛び、器用に羽を使って滑空する種も見える。
但し、半身は、と言う言葉もシャラの脳内に追加された。
「始祖鳥じゃねぇかっ!!?」
思わず叫んだ台詞に、しかし、誰からも反応は得られない。
まるで恐竜の様な頭部。他は全身が赤い羽毛に包まれ、風切羽、尾羽まで真っ赤であった。
当然、開けた口には歯もある。
脚も、鳥の様に見えるが、身体を支える為か、見知ってるそれより太く感じた。
シャラも、以前の世界において図鑑でしか見た事のない、始祖鳥に似た生物。
恐竜と鳥の間の子とも呼べるその姿には、少しばかり気分も高揚する。
――あいつ、こういうの好きだっけなぁっ!?
今は隣に居ない幼馴染みを思う。
頭からそんな考えを追い払った、次の瞬間だ。
「どっらあぁっ!」
裂帛の声と共に、大口を開けた先頭の一匹に対して、ミランヌの飛び蹴りが横合いから炸裂。
空中を回転しながら舞っていくそれには既に目もくれず、次の標的へと飛び掛かっていく。
まるで純然たる獣の如き、であった。
「ミラさんっ」
「一回俺がカバー入る! そっちももそのまま突っ込んでくれっ!」
ミランヌは、外からの声で止まれる程器用ではない。
特に、こういった場面では尚更である。
ならば、向こうに合わせる他ない。
――やっぱ、あいつじゃなきゃ無理だよな……っ。
見た目にも目立つ風貌に菖蒲色の髪、今はその名に女神の意味を持った親友を思い浮かべる。
ミランヌ・カドゥ・ディー、いや、紀宝・香苗と言う人物は、自分から歩調を合わせる事が出来ない。
自分勝手、とも言えるが、彼女の場合は自由気ままとも表現出来る。
それに対し、半歩遅れであっても合わせられるだけ、シャラは良い方だ。
だが、幼馴染みは違った。
二人共、歩いてると全然乱れているのに、走り出すと自然に歩調が合うのである。
七不思議に数えても良いかも知れない。
「騎兵隊の到着じゃい!」
悶々とした考えごと、岩喰い鳥の一匹を大盾で殴り飛ばしてから、宣言した。
「数が多いっ。囲まれたら面倒です、ねっ」
クラウディーも、負けじと剣を突き入れていく。
「ちょっとシャラっ。一回全員から噛まれてみても良いんじゃないっ? 相手の歯が折れるかも知れないしっ」
「おー、確かにそうしたら攻撃手段減るかも知れねぇな。だからってやんないけどっ!」
「えぇ? 何の為の大きい盾なの?」
「身を守る為ですけどっ!?」
全身噛まれたら盾の意味が無い。
最も、歯を折った所で、その脚の爪で一撃されれば大抵の人間には致命傷だろう。
「盾持ってる奴は前出ろ! 女の後ろに隠れてる奴に盾持たせる意味はねぇぞっ!」
発破を掛け、自身も一番前へ躍り出る。
と言っても、ミランヌの方が更に前に居るのだが。
「女の後ろに、ねぇ……」
「え、何か?」
「んー。それだと私が殴れないなぁ、って」
「やはりバーサ―カーにはバーサ―カーをぶつける他、方法無かったか……」
「誰に誰をぶつけるって?」
名前を言ってはいけない以上、沈黙が正解だ。
――沈黙は金、雄弁は銀。とな。
思案し、頷く。
これが正しければ、シャラは大金持ちになれる筈である。
「……そういえば、一応、私の流派、赤掌の由来って教えたっけ?」
無論だった。
開祖でもある人物は、昔、それはそれはやんちゃな性格をしていたらしい。
道場破りだか路上決闘だかで、彼は自慢の掌底で幾人もの顎を砕いて、その掌を血で赤く染めたと言う。
いつかの折、彼女から直接聞いていた、俄には信じがたい理由だ。
「……はっはっは。いやごめんて」
素直に謝罪した上で、シャラは改めて自分の立ち位置を直した。
ミランヌの右横。
クラウディーの前でもある。
「んじゃ、脅威が逃げ出す前に。片ぁ、付けるとしますかっ」
妙な男勝りの口調でミランヌが告げたと同時、人と始祖鳥の勢力が激突した。
「ま、それが岩喰い鳥の出現合図、って訳か」
「そうですね……それを聞いて集まってきていると思われます。一緒に搬出も行っているので、向こうも音が鳴る事で餌にありつけると覚えたのでしょう」
メリトーユ鉱山と隣接する形で存在している、作業場やその他従事者向けの施設を纏めた、最早一つの街とも呼べる場所。
その中心地にて、駐留していた者から、シャラとクラウディーは話を聞いていた。
事前に得ているのは、岩喰い鳥についての事位で、その出現位置や時間等の情報は未確認である。
対策を立てるのに、無くてはならない部分を、こうして直に見聞きするのは当然の流れであった。
――最大戦力が居ないけど、まぁ、それは良いか。
その分、シャラの方で考えれば良いだけである。
「終了の合図と同時に、此方も動くべき、ですかね」
「そう、ですね……。盾持ちで囲いながら後退しつつ、攻撃隊で左右から挟めないでしょうか」
「うーん。向こうも動物ですから、搬出されてくる鉱物を囮にして、惹き付けられれば……。あぁ、でも空から来られると、対処が間に合うかどうか」
最大の問題点はそこだ。
記載されていた岩喰い鳥の大きさは、大凡一メトル前後。翼開帳が二メトル後半程。
――って事は、全長一メートルだろ。アホウドリかよ。
大きさを考えれば、十分に大型鳥類、と評して良い。
そんなのが、空から襲ってくるのだ。
しかも複数からなる襲撃。
初見でないにしろ、冷静な対応が出来るかは甚だ疑問である。
――まぁ、地上も走れるらしいし、常に飛んでるとも限らないけど。
思案し、昨晩目を通した資料から想像するのは、鶏の様な姿だ。
であれば、長時間の飛行は困難と考えられる。
恐らく、自由に飛ぶのではなく、滑空する型の鳥。
シャラの見立てが正しければ、である。
「ちなみに、やっぱり噛まれたら終わりなんだろ?」
言葉に、控えていたもう一人が顔を顰めた。
「はい。なにせ、鉱物も砕く程です。ある者は、籠手毎腕を無くしました」
「大盾で防ぐしかないって訳ね。鰐かよ全く……」
ウネリカで遭遇した二頭鰐を思い出す。
この世界ではまだ普通の鰐とは会っていないが、今がその時なのかと考えてしまう。
――そいや、ジャンヌの奴もバララムートは鰐かも、とか言ってたな。
シャラも同意見だ。
船を一撃で葬れる生物で、大食いの大口を持つとなると、鰐が真っ先に浮かぶ。
とはいえ、そうなるとそんな巨大な鰐だ。陸に上がらない生物ではない為、何処かで確実に目撃情報があって然るべきである。
「ま、それは後回しかな」
言ってから視線を巡らせば、遅刻してきた鉱山攻略組の要と合った。
「いやー、ちょっと迷いそうになっちゃって」
「構わんけどよ。一応気を付けた方が良いぜ? 従事してんの、そういう奴らも居るし」
「自由にはさせていませんが、そうですね。何かあってからでは遅いので」
「そこまで奥へは行ってないけど。うん、そうする」
ミランヌも素直に応じる。
その様子に、シャラも横目でもう一人の魅力的な人物を確認しつつ、頭を掻いた。
――あいつにゃー事後報告にするかねぇ。
心中でため息を吐く。
こうした坑内労働は当然、危険を伴う。
落石や落盤、ガスの流出と言った可能性が高く、一度発生すれば、死は免れない。
本来であれば、この時勢だ。
それ程人の流入は無いものと思っていたが、此処では違った。
不自然な程に人員が多いのである。
そして、すぐに理由は分かった。
――犯罪者、と、南方の国からか。
前者は、確かに分かり易くはある。
刑の執行を危険な仕事に割り振る事で、と言うのは、成程、理に適ってはいた。
問題は後者だ。
現代で言う所の奴隷にあたるのだろうが、ともすれば、出稼ぎ労働者、と言うべきかも知れない。
が、最も、そこでこういった仕事を宛がわれる事自体が物語っているとも言える。
ともあれ、犯罪者も居る此処は、女性にとって良い環境とは言えない場所だった。
――人選ミスった感もあるが、今は隣に置いといて。
「さくっと行こう。さくっと。時間はまだか時間は」
「え、何。急にやる気じゃん」
「いや、んー。何だ。岩喰い鳥ってのが気になるだけだ」
シャラ自身雑とも思える返しだったが、ミランヌは特に気にしている様子は見られない。
クラウディーも、現在の場所に思う部分はある様だが、面と向かって話題に挙げる気はなさそうだった。
そんな気遣いを打ち破る様にして、声が挙がる。
「クラウディー殿。ディノワ殿。カドゥ・ディー殿。合図が入ります」
対して、三人共が無言で頷いた。
一拍の後、言葉通りに金属を叩く音が三度響く。
作業終了の呼び鈴代わりだ。
鉱山入り口に立つ者へ向けた物で、更にそこから中の者へ、また更に中へ、と続き、全体へと休止連絡が伝播していく仕組みである。
坑内労働は、その過酷さもあり、作業時間が厳しく制限される事が殆どだ。
人員を他所から補っているとはいえ、流石にそこは守られているらしい。
――基本は日時計。古くさいが、太陽が一つなら影も一つだし、殆ど正確に測れる。これも鉱山作業の為に、か。南方、ファートアラームって言ったか。から、流れてきたんかな。
思案。
ヴァロワ皇国では、とかく時間と言う概念が未だに曖昧である。
そんな中において、シャラの制作した砂時計は、正しく技術革新であった。
皇都でもその程度であれば南部では期待出来よう筈もない、と思っていたが、現実にはこうして、日時計で大体の時間を掴んでいる。
と言うより、リンダールでも見掛けない装置がこのメリトーユ鉱山においてのみ使用されている所を鑑みるに、坑内労働で苦渋を飲まされた為、仕方なしに此処ではその手法を取り入れている、とした方が正解かも知れない。
「考えれば考えるだけ憂鬱になってくるぜ」
独り言に、ミランヌが首を傾げたのを視界の端で捉えたが、お互い何も言わず、代わりと言う様に、入り口へと続く道の奥から、三度の鐘の音が返って来た。
「総員、突撃っ」
クラウディーが先陣を切って走り出し、ミランヌ、シャラが両脇を固める様に。
すぐ後ろを、ウッドストック麾下の者達が付いてくる配置だ。
被害を防ぐだけなら、わざわざ走って向かう必要はない。
が、今回はそれが目的ではなく、そして、標的となる相手の狙いが分かっているのならば、多少はそれらしく見せた方が、との判断である。
「やるなら徹底的に、です」
スカルトフィ・クラウディーに妥協と言う概念はないらしい。
それでこそ、とも言えるが。
――敵に回すのは勘弁したい所だ。いずれにせよ。
思う先で、木々の間を抜け、斜面を下へと移動する存在を確認。
「上から来てるぞっ。赤い奴っ」
姿形は杳としているが、全体的に赤い色味だけが動いて見える。
「オッケー! ぶっ飛ばす!」
「ミラさんっ!? 此方の隊列を……っ、もうっ」
一息に速力を上げたミランヌに、さしものクラウディーも御立腹だ。
併走して行きながら、一応の援護。
「苦労掛けるが、悪気は無いんだっ。あいつもジャンヌも!」
「それが困るんですっ!」
声量が上がった彼女に苦笑いしつつ、シャラは視線を彼方此方へ飛ばす。
――二人に怪我一つだってさせないのが、俺に出来る一番の仕事、ってなぁっ。
左手に持つ剣の握りを強くした。
慌てた動きを見せる運送隊に追いついた所で、
「っ!?」
漸く、件の岩喰い鳥の全容が明かされる。
地を走り、最後尾に追い縋る勢いのそれは、名称に相応しい装いの、確かに鳥だ。
更に後方、勢いそのままに斜面から飛び、器用に羽を使って滑空する種も見える。
但し、半身は、と言う言葉もシャラの脳内に追加された。
「始祖鳥じゃねぇかっ!!?」
思わず叫んだ台詞に、しかし、誰からも反応は得られない。
まるで恐竜の様な頭部。他は全身が赤い羽毛に包まれ、風切羽、尾羽まで真っ赤であった。
当然、開けた口には歯もある。
脚も、鳥の様に見えるが、身体を支える為か、見知ってるそれより太く感じた。
シャラも、以前の世界において図鑑でしか見た事のない、始祖鳥に似た生物。
恐竜と鳥の間の子とも呼べるその姿には、少しばかり気分も高揚する。
――あいつ、こういうの好きだっけなぁっ!?
今は隣に居ない幼馴染みを思う。
頭からそんな考えを追い払った、次の瞬間だ。
「どっらあぁっ!」
裂帛の声と共に、大口を開けた先頭の一匹に対して、ミランヌの飛び蹴りが横合いから炸裂。
空中を回転しながら舞っていくそれには既に目もくれず、次の標的へと飛び掛かっていく。
まるで純然たる獣の如き、であった。
「ミラさんっ」
「一回俺がカバー入る! そっちももそのまま突っ込んでくれっ!」
ミランヌは、外からの声で止まれる程器用ではない。
特に、こういった場面では尚更である。
ならば、向こうに合わせる他ない。
――やっぱ、あいつじゃなきゃ無理だよな……っ。
見た目にも目立つ風貌に菖蒲色の髪、今はその名に女神の意味を持った親友を思い浮かべる。
ミランヌ・カドゥ・ディー、いや、紀宝・香苗と言う人物は、自分から歩調を合わせる事が出来ない。
自分勝手、とも言えるが、彼女の場合は自由気ままとも表現出来る。
それに対し、半歩遅れであっても合わせられるだけ、シャラは良い方だ。
だが、幼馴染みは違った。
二人共、歩いてると全然乱れているのに、走り出すと自然に歩調が合うのである。
七不思議に数えても良いかも知れない。
「騎兵隊の到着じゃい!」
悶々とした考えごと、岩喰い鳥の一匹を大盾で殴り飛ばしてから、宣言した。
「数が多いっ。囲まれたら面倒です、ねっ」
クラウディーも、負けじと剣を突き入れていく。
「ちょっとシャラっ。一回全員から噛まれてみても良いんじゃないっ? 相手の歯が折れるかも知れないしっ」
「おー、確かにそうしたら攻撃手段減るかも知れねぇな。だからってやんないけどっ!」
「えぇ? 何の為の大きい盾なの?」
「身を守る為ですけどっ!?」
全身噛まれたら盾の意味が無い。
最も、歯を折った所で、その脚の爪で一撃されれば大抵の人間には致命傷だろう。
「盾持ってる奴は前出ろ! 女の後ろに隠れてる奴に盾持たせる意味はねぇぞっ!」
発破を掛け、自身も一番前へ躍り出る。
と言っても、ミランヌの方が更に前に居るのだが。
「女の後ろに、ねぇ……」
「え、何か?」
「んー。それだと私が殴れないなぁ、って」
「やはりバーサ―カーにはバーサ―カーをぶつける他、方法無かったか……」
「誰に誰をぶつけるって?」
名前を言ってはいけない以上、沈黙が正解だ。
――沈黙は金、雄弁は銀。とな。
思案し、頷く。
これが正しければ、シャラは大金持ちになれる筈である。
「……そういえば、一応、私の流派、赤掌の由来って教えたっけ?」
無論だった。
開祖でもある人物は、昔、それはそれはやんちゃな性格をしていたらしい。
道場破りだか路上決闘だかで、彼は自慢の掌底で幾人もの顎を砕いて、その掌を血で赤く染めたと言う。
いつかの折、彼女から直接聞いていた、俄には信じがたい理由だ。
「……はっはっは。いやごめんて」
素直に謝罪した上で、シャラは改めて自分の立ち位置を直した。
ミランヌの右横。
クラウディーの前でもある。
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