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南部都市リンダール(7)

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 ――シャラ・ディノワ、ミランヌ・カドゥ・ディー、スカルトフィ・クラウディーら、メリトーユ鉱山組――
 ――ジャンヌ・ダルク一行らと別れてから、一日後――

「クサントスとバリオス。元気にしてっかなぁ」
 荷馬車の御者席で手綱を握りながら、高井坂・幸喜こと、シャラ・ディノワはそう呟く。
 リンダールを出立して、丸一日が経過していた。
 目的地となるメリトーユ鉱山へは、大凡二日の行程。
 中継地点となる簡易的な宿場を経て暫く来た為、終わりは見えている、と言えるかも知れない。
「……え、誰? そんな人居た?」
 荷馬車の奥から、そんな疑問の声と共に、快活そのものと言った感じの美少女が顔を見せた。
 此方の世界へ来る以前に比べると、大人びた雰囲気になっている気もするが、丁寧に少しずつ伸ばしている髪も理由の一つだろう。
 言うまでなく、シャラの親友でもあり今は別行動している一行の頭目、一條・春凪こと、ジャンヌ・ダルクの影響だ。
――結構そういうとこあんだよなぁ。
 思いつつ、
「えー。リンダールに置いてきた俺らの大切な幌馬車引っ張ってくれてる馬達の事じゃん。忘れちゃったの? ミランヌ」
 シャラの指摘に、彼女、紀宝・香苗こと、ミランヌ・カドゥ・ディーは首を傾げる。
「あー……ね。……名前付いてたっけ?」
「酷いわっ。皇都に居た時皆で付けたじゃないっ」
「誰の真似してんのよ……。って言うかそれ、思い出したけどシャラが駄々捏ねてたやつじゃん?」
「そりゃ君ら二人共変な案しか出してこなかったから」
 反論すれば、彼女の視線があらぬ方向へ飛んだ。
「……そだっけ」
「その反応は覚えもあるだろ……全く、シロゲだのクリゲだのニンジン、サクラだの。適当過ぎるんだわ」
 結局、シャラの意見を採用して今の名前に落ち着いたのである。
 最も、積極的に呼んでいるのはシャラとアラン位なものなのだ。
 現代のヴァロワ皇国において、生き物を飼う、と言う風習は半ば途切れているも同然であり、必然、名前を付けるのも珍しいと言える。
 これは、軍人貴族達が普段世話になっている軍馬に対しても同じだった。
「それにしても暇すぎー。まだ着かないの? ナントカ鉱山」
「メリトーユ鉱山、な。もう少しだから大人しくしててくれ。昨日みたいにクラウディーさんに注意されても止めないぞ俺は」
 先日の件だ。
 この世界に来てから、三人の中で朝練や夜練と呼ばれる軽い運動と訓練を兼ねた代物を行っているのだが、常であればミランヌの相手をするジャンヌが別行動の為、不在。
 ともすれば、他に見繕うしかないのだが、その様な相手が存在するのかと問われれば、首を傾げる他無い。
 そこで、の実力に対して半信半疑であった、今も共に整然と進むウッドストック麾下の者達が名乗りを上げたのだ。
 しかし、その結果は火を見るよりも明らかである。
 それは見事な、一方的過ぎる展開であった。
 これが全員に対して恙なく行われていく為、クラウディーに半ば呆れられながら注意されたのである。
 ちなみに、今朝はその全員から敬遠されていた。
「まぁ、流石にやり過ぎたとは思ってるけど。少しは。でもジャンヌ姉いないと張り合いが無いのは事実だし……なんか、こう……不満が」
「俺の友人達はいつから戦闘民族に?」
 突っ込みは無視されたが、それに苦笑していると、隣から声が掛けられる。
「もう間もなく鉱山労働街に入ります。一応、警戒はしておいて下さい。……ミラさんは随分と気が抜けてる様ですが……」
 シャラ、ミランヌを含むメリトーユ鉱山組を率いる部隊長、スカルトフィ・クラウディーだ。
 理由は勿論、現在の人員の中で、彼女が最も地位の高い人物だからである。
「暴れ足りてないだけですよ。例の、岩喰い鳥、でしたっけ。逆に出てくれた方が引き締まると思います」
「なら良いのですが」
 それに苦笑いしつつ、シャラは話題を変えた。
「……それより、クラウディー殿。噂の岩喰い鳥なんですが」
「え、えぇ、そうですね。はい」
「昨日貰った資料だと、それなりに人的被害も出てるとか。数は、聞いた限りで二十から三十程度」
「そうですね。対して、私達はウッドストック殿配下の部隊を入れて三十。向こうの駐留部隊含めて七十名程。勝てない数ではありません」
「んー。それが分かんないんだけど、数で囲って殴れば問題なくない? 駄目なん?」
 ミランヌの言う事も最もである。
 ただ、岩喰い鳥はそれ程楽な相手ではない。
 勿論、ロキに比べれば落ちるのだろうが、それでも油断して良い存在ではなかろう。
「いや、その物言いだと資料に目通してないなお前さん」
 彼女は答えず、ただ頭を掻いてるので、それを正解と捉えた。
「ジャンヌ姉様も、ミラさんも見てないと思いますよ」
 併走しているクラウディーが代わりに答え、誤魔化すかの様に乾いた笑い。
「全く。まぁ、分かってたけどなぁ。……んで、その資料によると、鉱山からの帰りを狙って、空から、って言うか山からかな襲ってくるんだと。こいつら結構大きいし、名前通り岩も喰う位だから力も強い。特に噛まれたらことだぜ」
 ミランヌが頷くのを横目に、シャラは資料の情報と、昨日から周囲に聞いて回っていた情報とを摺り合わせていく。
 とはいえ、
「確かに討伐出来ない程じゃあない。でも被害をゼロに抑えられる程楽でも無い相手だ。リギャルド殿としても、は、嫌なんだろうな」
「ふぅーん」
「興味なさげー」
「まぁ、そっちはね。人的被害減少、って言うのは、賛成するけど」
「姿形は分からんけど、空から来るってあるし。ま、鳥は鳥だろうな。岩を喰うってのがちょっと想像つかないけど」
 シャラの知る限り、鳥類で岩を喰う種類など覚えが無い。
 そもそも、鳥に歯は無い訳で、噛み砕く、と言う行為自体が不思議な点である。
 胃の中に砂や小石を入れる事はあるだろうが、日常的に食すとなると話は別だ。
 最も、今居る世界はあまり彼方の世界の常識が通用する所ではない為、似て非なる生物であれば、可能性はある。
「そういうのは考えたくないけどなぁ……」
「ぶっ飛ばせば同じっしょ」
 思わず漏れ出た言葉に、ミランヌがからからと笑いながら答えた。
 此方の気を使った、と言うのもあるかも知れないが、当人からすれば本音に近い筈である。
「ジャンヌ姉達に遅れは取れないし、出来る限りパッパッと終わらしたい所だけど」
「上手く行けば、まぁ、平気だろ」
「……お二人共、何故そんなに余裕なのか不思議なのですが……。いえ、ジャンヌ姉様もそういう所がありますね。この辺りの方は皆そうなのかと思ってましたが、それも違う様ですし」
「「楽観主義を標榜してましてー」」
 同時音声に、クラウディーは小難しい表情のまま小首を傾げた。
「どっちかな」
の方かなぁ」
――そういや、宗教ってのが無いんだよな、この国。
 何千年前かは未だ不明だが、宗教と言う概念は持ち込まれている筈である。
 にも関わらず、少なくともヴァロワ皇国にそういった考えは根付いていない。
 ジャンヌ、と言う単語があるのだから、体系としては残っていると思われるが、何とも不思議である。
「そうだ。クラウディー殿。ついでに」
 視線を向けながら言い掛けて、止めた。
――……ふむ。
 逡巡。
 別の言葉を掛ける。
「ジャンヌなら心配ないと思いますけどねぇ」
 はっ、とした表情に変わった。
「顔、出てましたかね……?」
 苦笑しつつ、器用に親指を上げて見せる。
 最近思うが、ヴァロワ皇国屈指のご令嬢は良く良く観察すれば、意外と身内に甘い。
 と言うより、自身が気を許した相手に甘いと言える。
 普段が頼られる立場だからか、姉と呼び慕うジャンヌには特に、だ。
――あいつが男だったらガチ恋してそうだな。
 等と余計な考えを秘め、
「ウッドストックさん、あぁいや、ウッドストック殿との事も、一応、取り持ってくれたって聞いてるし。なら、もう平気ですよ。あいつ、他人との距離感バグってるから」
「バグ?」
「ま、昔から人と仲良くなるのが上手いんですよジャンヌ姉は。距離の詰め方が下手なんだか上手なんだか。私達も良く分かんないけど」
 後を継いで、ミランヌが答えた。
 その表情は、若干呆れている。
 経験者は斯く語りき、であった。
 無論、シャラも洩れなくその一人である。
「仲良くなるのが……。ふふっ、確かにそうかも知れません」
 クラウディーはそう言うや、苦笑とも微笑とも取れる表情。
 ミランヌが、気が抜けていると表現するならば、彼女の場合、気が気でない、と言った所だ。
 それだけ、両名ともにとって、ジャンヌ・ダルクと言う存在はそれなりの範囲を占めている。
 それになんとも言えない感情を得ながらも、シャラは頭を振って追い出した。
「ミランヌも居るから、戦力的に問題ないだろうけど……果たして、鬼が出るか蛇が出るか」
 好奇心と不安とをない交ぜにしながら、目的地となる地域へと踏み込んでいく。
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