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南部都市リンダール(5)
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「今日も宜しくお願いします。ダルデ・フィア」
「はっはっは。その呼び方止めろっつったろ。……後、柔やかに笑ってるお前ら次に底無し泥にハマっても助けてやらねぇ」
一條に付けられた妙なあだ名を口した一人は、注意にも気にしている風はない。
が、流れ弾に撃たれた一人は肩を落としていた。笑みを浮かべていたもう一人は何故か更に嬉しそうにしているが。
――物騒な二つ名を付けられたもんだよ……。向こうの三人に聞かれたら笑われるなこれ。
頭を掻き、軽いため息。
戦場を華麗に舞う戦い振りから、誰とも無く呼ばれ始めたものであった。
初日の村における戦闘は、それ程彼らの目に焼き付いた、と言う事であろう。
勿論、一條としても悪い気分ではないのだが、その呼称は流石にむず痒い。
「彼らには、貴女が高貴な出の者に見えたのでしょう。それこそ、皇家の様な」
的確に急所を突いてくる槍使いは、ただただ笑っている。
「……アランさんも楽しそうで何よりです」
「中々成果が上がってませんからね。こういう空気であれば、気も紛れるでしょうし。良い事なのでは?」
「悪い事です」
言い終わりを待つまでもなく切り捨てる。
それでも尚柔やかな笑みをしている彼を見て、一條はため息一つ。
依頼達成の為、一條達がウッドストックと共に村へ滞在して、今日で三日目。
無論、その間も朝から森へ入ってはバウティの群れを追っている。
――ま、昨日もほぼ一日歩いて雄を数匹と雌一匹倒した程度だしなぁ。
群れの総数は不明だが、順調、とは言い難い。
特に、頭目の影すら未だに抑えられていないのが大きい点だった。
「でも、こいつらに底無し泥を避けるだけの知恵が無いのは、良い事ですけど」
とはいえ、森の移動に際して脅威が減っているのは助かっている。
昨日から見える限りの底無し泥には、バウティが落ちており、普通なら見え辛いであろうそれらが浮き彫りになっていた。
最も、ここまで片っ端から埋まっているのを見るに、避ける知恵が無いのか、あえて落ちて入り口を塞いでいるのか、は議論の余地がある。
「……そこかしこから腕やら足やらが生えてるの、ちょっとしたホラー映画ですよ。全く」
「私もこの様な状態は初めてです。そして、恐らくは知恵を出した結果でしょうね。昨日から感じていましたが、底無し泥に落ちているのがほぼ雄である事。これはつまり、そういう事なのでしょう」
「なるほろ。言われてみれば」
良く良く見れば、生えてる手足は、子供程度の細さ。
ウッドストックの言う通り、間違いなく雄である。
「それにしても、底無し泥も見掛け以上に多い様な気がしますけど。地域性、みたいなのが?」
多いと表現したが、一條としては現状がそうなのかは分からない。
ただ、それなりに歩いてきた中で、ぽつぽつと数える程度には存在している。
底無し泥の特性を考えれば、雌雄の区別等無い筈だ。交配相手を求めて、と言うのも違うだろう。
とすれば、ほぼ動かないこれらが密集しているのは、餌を待つだけの身として不可解とも思えた。
――可能性としては、一匹が肥え太って分裂したか、とかだけど。
思案している所へ、ウッドストックが答える。
「さて。分かっているのは、こいつらが落ちた獲物を溶かして食べる事、ほぼ動かない事、少なくとも雄や雌と言った性別が無い事、位ですしね。後は、それこそ落ちない様にする事、です」
「ふー……ん」
唸るが、生物研究は危険度を判定すれば、一旦は打ち止めになるのもやむを得ない。
習性や特徴から、弱点等を調べ、対策を練るのも立派な事ではあるが、そこまで入り込んだ域に達していないのだ。
相応の時間と金に、人手も掛かる。
そして、平時である事も条件に入るだろう。
「やれやれ、だ、ぜ」
肩を竦めた。
瞬間である。
「見付けましたっ!」
「大型の雌! 数は三!」
「いや違うっ! 五だ! 奥にも居るぞ!」
声が飛んできた。
即座に一條達は動く。
部隊配置は、一條達が四人である事を除けば、基本的に三人一組。
それを、別の組とお互いが視認出来る距離で付かず離れずの間隔を空けている。
広大な森において、圧倒的に少ない人数であったが故の、苦肉の策であった。
「……抜けたっ」
足場の悪い中、声の主の所へ辿り着けば、
「いーやいやいや。ホントに雌かあれ?」
一條の疑問に応える様に、奥の一匹が声を張り上げる。
その大きさは、大人どころの話ではない。
見知った顔と体格を照らしていけば、
「ファウスよりも縦横幅あるんじゃないか……っ?」
他の四匹も、体格は勝るとも劣らない程だ。
必然、あれだけの群れを形成出来る訳である。
「ウッドストック殿!」
「大物です! あれでは、十は優に産めるでしょうなっ!」
「掛ける五で……あぁっ、もうっ。数えるのも億劫だ!」
吐き捨てて、右腰の剣を引き抜いた。
――ちょっとだけヴァルグが恋しいっ。
そんな宝剣は、モックラック村を見守る様に突き立っている。
流石に、鬱蒼と木々が覆い茂る此処へと持って来れる代物ではない為だ。
「まぁ、仕方ないっ。アランさんを先頭にアタシ、テリアさんでっ」
指示を出して、突撃。
二人も、それを当然の様に受けて走る。
ウッドストックは声を聞いて集まって来ているであろう部下の対応だ。
――此処で、やらせて貰うっ。
意気込み、柄を握り込んだ刹那、一條は目の端で、異物を捉えた。
直後、上から風切り音。
「っ!? アランさん! 伏せてっ!!」
叫ぶと同時に踏み込み、切り上げた剣が、異物と激突。
派手な破砕音を轟かせる。
「っ。くそっ!」
中を舞う木くずに、一條は顔を歪めた。
剣も、手や腕も無事ではあったが、咄嗟の迎撃は衝撃全てを逃がす事は出来ず、鈍い痛みを寄越している。
「ジャンヌ殿!」
「ジャンヌさん!」
先を行っていたアランが振り向くのと、テリアが乱入者へ向けて一撃を放つのは同時。
「大丈夫ですか、ジャンヌ殿!」
「平気。ごめん、ありがとう」
足が縺れた結果、彼へと体当たりを敢行した事となったが、それを気にしている余裕はない。
テリアの一撃は、確かに乱入者の顔面を捉えていたが、それも逆鱗に触れただけに過ぎなかった。
「――――!!」
嘗ての折、二頭鰐のそれとは数段劣るが、それでも心胆を寒からしめるのには十二分の効果である。
「つーか。一体全体、何処のどいつだ。この馬鹿デカい図体した奴は……?」
のそり、と出てきた長身。
バウティの群れを率いている頭目よりも、更に一回り、いや二回り以上は大きかった。
身体の部品一つ一つも、それに合わせて設計されたかの様に太く、厚い。
また、この森に擬態でもするかの如く、濁った緑色に近い体色であるものの、割と人間に近い姿形をしている。
手に持っているのは、先程アラン目掛けて振り下ろされ、一條が破壊した武器。
見事に砕けているが、恐らくは材料豊富な木々を用いた棍棒の類いだ。
「世紀末の登場人物かよ……っ。後で何メートルあるか測ってやりたいなこいつっ」
そんな一條の愚痴は無視。
――そもそも、言葉分かるのか?
思案した先で、自身の武器が使えないと悟ってか、投げ捨てた。
分からないまでも、相応の知能は有しているらしい。
「……って、もう一匹居るのかっ!?」
押し出される様にして出てきた後を、似た顔と体格の持ち主が追って出てきたのである。
「ウッドストック殿!」
「ルマオークだ! バウティの群れを追って、こんな所まで出てきたのだろう!」
アランの声に対して、即座に答えが返ってきた。
「そいつらは番で狩りをする! バウティよりも数段手強いぞ!」
「ふっ……。どっちがどっちっ!?」
思わず叫んだが、双子と称して良い程である。
夫婦は似てくると言うが、そういう事なのかも知れない。
「ジャンヌさん! 完全に怒ってますよこれっ」
「でしょうねぇっ!?」
テリアの至極当然な指摘に答えつつ、降ってきた足を回避。
同時に一撃を見舞ったが、体勢の所為か、深手には至らない程度。
アランの方も、似たり寄ったりの表情だ。
と言うより、
「筋肉みっちり詰まってんのかっ」
単純に堅い。
大きさに比例して、筋繊維や皮膚すらも、人間のそれとは異なる様だ。
となると、骨の硬さは如何ほどか。
「すぐに倒すのは難しそうですね、ジャンヌ殿っ」
「……仕方ないかっ。ウッドストック殿! バウティは其方でお願いしますっ!! こいつらはアタシ達で相手をっ!」
背中でウッドストックの声を受けながら、巨人二匹と対峙する。
「ジャンヌさんと居るとこういうのばっかりなんですけど……っ」
「あぁぁっ、もうっ。ごめんなさいねぇ!?」
やけっぱち気味に言い捨て、一條は地面を蹴った。
特に合図も出していないが、隣にはいつもの顔が見える。
「方法はっ?」
相手の問い掛けに、逡巡。
叫んだ。
「大物は足元が弱点、ってねっ」
言うが早いか、力を込めての一歩で再度の踏み付けを避けつつ、一息に足元へ潜り込んだ。
「っ、のっ!」
先程とは異なり、芯の入った剣戟。
右のふくらはぎを幾らか削いだが、ルマオークと言う種は、痛みより怒りが勝るらしい。
「っ!」
図体に似合わない動きで数歩後退してから、即座に蹴りが飛んできた。
それも、地表すれすれを滑る様な物ではなく、力任せに地面を抉る動き。
土や草、石、或いはこれら全てを巻き込んだ塊が放射状に広がった。
身体の大きさ、膂力の違いから来る、即席の散弾。
「っぶなぁっ」
多少大袈裟にでも回避運動を取らなければ、致命傷は確実である。
こうも巨体であるならば、大抵の生物は自身の腰以下だ。特に、セウティの様な小さい種を倒す事に秀でているならば、成程、その技は実に有功であろう。
だが、しっかりと此方の攻撃は通っており、それ故に体勢が崩れて尻餅を着いたのを横目に、一條は更に回避運動。
轟音。
二匹目による棍棒の一撃だ。
「テリアさんっ、目だ、目っ」
「狙ってますっ! 危険なのを分かってるみたいで……っ」
「これだから狩猟民族はっ」
等と、自分でも良く分からない悪態を吐きつつ、降ってくる棍棒を避けて行く。
――夫婦で狩り、か。カバーも手慣れたもんだよ全くっ。
思いながらも、視線は尻餅をしている方を向いている。
彼方は、アランが動き回り、相手の死角から刺突や切り払いを叩き込んでいた。
見ている分には、ガリヴァー旅行記に出てくる小人とガリヴァーが如く、である。
それが効いているのかは、遠目に判断が付かない。
ただ、必死に追い払おうと追い縋っている様な状態を見れば、無傷と言う訳でもないのだろう。
「お前も、しつっこいんだよっ」
降って来る棍棒を、正面からではなく横から打ち込み、受け流す様にする事で何とか合を重ねていく。
その間もテリアの援護を貰っておきながら、一條は目の前の一匹と距離を詰めかねている。
武器の質量や体格差からくる不利もあり、まともに打ち合えば一條に分が悪い。これが、純粋な力勝負であったならば、更に形勢は悪くなっていたろう。
とはいえ、受け流し気味に打ち合うのも、それはそれで疲弊する。
――このままじゃジリ貧。……なら、やってみせるさっ。
何合目かの打ち合いを終えた直後、改めて構え、腰を落とした。
それを挑発と受け取ったのか、次の一撃で決める事の決意か、
「――!」
雄叫びと共に、大上段から最速最高の兜割。
振り下ろされたそれを、一條はただ見つめる。
一息。
「ジャンヌさんっ!?」
テリアの驚く声とほぼ同時。
地面が震動し、炸裂音が響いた。
「はっはっは。その呼び方止めろっつったろ。……後、柔やかに笑ってるお前ら次に底無し泥にハマっても助けてやらねぇ」
一條に付けられた妙なあだ名を口した一人は、注意にも気にしている風はない。
が、流れ弾に撃たれた一人は肩を落としていた。笑みを浮かべていたもう一人は何故か更に嬉しそうにしているが。
――物騒な二つ名を付けられたもんだよ……。向こうの三人に聞かれたら笑われるなこれ。
頭を掻き、軽いため息。
戦場を華麗に舞う戦い振りから、誰とも無く呼ばれ始めたものであった。
初日の村における戦闘は、それ程彼らの目に焼き付いた、と言う事であろう。
勿論、一條としても悪い気分ではないのだが、その呼称は流石にむず痒い。
「彼らには、貴女が高貴な出の者に見えたのでしょう。それこそ、皇家の様な」
的確に急所を突いてくる槍使いは、ただただ笑っている。
「……アランさんも楽しそうで何よりです」
「中々成果が上がってませんからね。こういう空気であれば、気も紛れるでしょうし。良い事なのでは?」
「悪い事です」
言い終わりを待つまでもなく切り捨てる。
それでも尚柔やかな笑みをしている彼を見て、一條はため息一つ。
依頼達成の為、一條達がウッドストックと共に村へ滞在して、今日で三日目。
無論、その間も朝から森へ入ってはバウティの群れを追っている。
――ま、昨日もほぼ一日歩いて雄を数匹と雌一匹倒した程度だしなぁ。
群れの総数は不明だが、順調、とは言い難い。
特に、頭目の影すら未だに抑えられていないのが大きい点だった。
「でも、こいつらに底無し泥を避けるだけの知恵が無いのは、良い事ですけど」
とはいえ、森の移動に際して脅威が減っているのは助かっている。
昨日から見える限りの底無し泥には、バウティが落ちており、普通なら見え辛いであろうそれらが浮き彫りになっていた。
最も、ここまで片っ端から埋まっているのを見るに、避ける知恵が無いのか、あえて落ちて入り口を塞いでいるのか、は議論の余地がある。
「……そこかしこから腕やら足やらが生えてるの、ちょっとしたホラー映画ですよ。全く」
「私もこの様な状態は初めてです。そして、恐らくは知恵を出した結果でしょうね。昨日から感じていましたが、底無し泥に落ちているのがほぼ雄である事。これはつまり、そういう事なのでしょう」
「なるほろ。言われてみれば」
良く良く見れば、生えてる手足は、子供程度の細さ。
ウッドストックの言う通り、間違いなく雄である。
「それにしても、底無し泥も見掛け以上に多い様な気がしますけど。地域性、みたいなのが?」
多いと表現したが、一條としては現状がそうなのかは分からない。
ただ、それなりに歩いてきた中で、ぽつぽつと数える程度には存在している。
底無し泥の特性を考えれば、雌雄の区別等無い筈だ。交配相手を求めて、と言うのも違うだろう。
とすれば、ほぼ動かないこれらが密集しているのは、餌を待つだけの身として不可解とも思えた。
――可能性としては、一匹が肥え太って分裂したか、とかだけど。
思案している所へ、ウッドストックが答える。
「さて。分かっているのは、こいつらが落ちた獲物を溶かして食べる事、ほぼ動かない事、少なくとも雄や雌と言った性別が無い事、位ですしね。後は、それこそ落ちない様にする事、です」
「ふー……ん」
唸るが、生物研究は危険度を判定すれば、一旦は打ち止めになるのもやむを得ない。
習性や特徴から、弱点等を調べ、対策を練るのも立派な事ではあるが、そこまで入り込んだ域に達していないのだ。
相応の時間と金に、人手も掛かる。
そして、平時である事も条件に入るだろう。
「やれやれ、だ、ぜ」
肩を竦めた。
瞬間である。
「見付けましたっ!」
「大型の雌! 数は三!」
「いや違うっ! 五だ! 奥にも居るぞ!」
声が飛んできた。
即座に一條達は動く。
部隊配置は、一條達が四人である事を除けば、基本的に三人一組。
それを、別の組とお互いが視認出来る距離で付かず離れずの間隔を空けている。
広大な森において、圧倒的に少ない人数であったが故の、苦肉の策であった。
「……抜けたっ」
足場の悪い中、声の主の所へ辿り着けば、
「いーやいやいや。ホントに雌かあれ?」
一條の疑問に応える様に、奥の一匹が声を張り上げる。
その大きさは、大人どころの話ではない。
見知った顔と体格を照らしていけば、
「ファウスよりも縦横幅あるんじゃないか……っ?」
他の四匹も、体格は勝るとも劣らない程だ。
必然、あれだけの群れを形成出来る訳である。
「ウッドストック殿!」
「大物です! あれでは、十は優に産めるでしょうなっ!」
「掛ける五で……あぁっ、もうっ。数えるのも億劫だ!」
吐き捨てて、右腰の剣を引き抜いた。
――ちょっとだけヴァルグが恋しいっ。
そんな宝剣は、モックラック村を見守る様に突き立っている。
流石に、鬱蒼と木々が覆い茂る此処へと持って来れる代物ではない為だ。
「まぁ、仕方ないっ。アランさんを先頭にアタシ、テリアさんでっ」
指示を出して、突撃。
二人も、それを当然の様に受けて走る。
ウッドストックは声を聞いて集まって来ているであろう部下の対応だ。
――此処で、やらせて貰うっ。
意気込み、柄を握り込んだ刹那、一條は目の端で、異物を捉えた。
直後、上から風切り音。
「っ!? アランさん! 伏せてっ!!」
叫ぶと同時に踏み込み、切り上げた剣が、異物と激突。
派手な破砕音を轟かせる。
「っ。くそっ!」
中を舞う木くずに、一條は顔を歪めた。
剣も、手や腕も無事ではあったが、咄嗟の迎撃は衝撃全てを逃がす事は出来ず、鈍い痛みを寄越している。
「ジャンヌ殿!」
「ジャンヌさん!」
先を行っていたアランが振り向くのと、テリアが乱入者へ向けて一撃を放つのは同時。
「大丈夫ですか、ジャンヌ殿!」
「平気。ごめん、ありがとう」
足が縺れた結果、彼へと体当たりを敢行した事となったが、それを気にしている余裕はない。
テリアの一撃は、確かに乱入者の顔面を捉えていたが、それも逆鱗に触れただけに過ぎなかった。
「――――!!」
嘗ての折、二頭鰐のそれとは数段劣るが、それでも心胆を寒からしめるのには十二分の効果である。
「つーか。一体全体、何処のどいつだ。この馬鹿デカい図体した奴は……?」
のそり、と出てきた長身。
バウティの群れを率いている頭目よりも、更に一回り、いや二回り以上は大きかった。
身体の部品一つ一つも、それに合わせて設計されたかの様に太く、厚い。
また、この森に擬態でもするかの如く、濁った緑色に近い体色であるものの、割と人間に近い姿形をしている。
手に持っているのは、先程アラン目掛けて振り下ろされ、一條が破壊した武器。
見事に砕けているが、恐らくは材料豊富な木々を用いた棍棒の類いだ。
「世紀末の登場人物かよ……っ。後で何メートルあるか測ってやりたいなこいつっ」
そんな一條の愚痴は無視。
――そもそも、言葉分かるのか?
思案した先で、自身の武器が使えないと悟ってか、投げ捨てた。
分からないまでも、相応の知能は有しているらしい。
「……って、もう一匹居るのかっ!?」
押し出される様にして出てきた後を、似た顔と体格の持ち主が追って出てきたのである。
「ウッドストック殿!」
「ルマオークだ! バウティの群れを追って、こんな所まで出てきたのだろう!」
アランの声に対して、即座に答えが返ってきた。
「そいつらは番で狩りをする! バウティよりも数段手強いぞ!」
「ふっ……。どっちがどっちっ!?」
思わず叫んだが、双子と称して良い程である。
夫婦は似てくると言うが、そういう事なのかも知れない。
「ジャンヌさん! 完全に怒ってますよこれっ」
「でしょうねぇっ!?」
テリアの至極当然な指摘に答えつつ、降ってきた足を回避。
同時に一撃を見舞ったが、体勢の所為か、深手には至らない程度。
アランの方も、似たり寄ったりの表情だ。
と言うより、
「筋肉みっちり詰まってんのかっ」
単純に堅い。
大きさに比例して、筋繊維や皮膚すらも、人間のそれとは異なる様だ。
となると、骨の硬さは如何ほどか。
「すぐに倒すのは難しそうですね、ジャンヌ殿っ」
「……仕方ないかっ。ウッドストック殿! バウティは其方でお願いしますっ!! こいつらはアタシ達で相手をっ!」
背中でウッドストックの声を受けながら、巨人二匹と対峙する。
「ジャンヌさんと居るとこういうのばっかりなんですけど……っ」
「あぁぁっ、もうっ。ごめんなさいねぇ!?」
やけっぱち気味に言い捨て、一條は地面を蹴った。
特に合図も出していないが、隣にはいつもの顔が見える。
「方法はっ?」
相手の問い掛けに、逡巡。
叫んだ。
「大物は足元が弱点、ってねっ」
言うが早いか、力を込めての一歩で再度の踏み付けを避けつつ、一息に足元へ潜り込んだ。
「っ、のっ!」
先程とは異なり、芯の入った剣戟。
右のふくらはぎを幾らか削いだが、ルマオークと言う種は、痛みより怒りが勝るらしい。
「っ!」
図体に似合わない動きで数歩後退してから、即座に蹴りが飛んできた。
それも、地表すれすれを滑る様な物ではなく、力任せに地面を抉る動き。
土や草、石、或いはこれら全てを巻き込んだ塊が放射状に広がった。
身体の大きさ、膂力の違いから来る、即席の散弾。
「っぶなぁっ」
多少大袈裟にでも回避運動を取らなければ、致命傷は確実である。
こうも巨体であるならば、大抵の生物は自身の腰以下だ。特に、セウティの様な小さい種を倒す事に秀でているならば、成程、その技は実に有功であろう。
だが、しっかりと此方の攻撃は通っており、それ故に体勢が崩れて尻餅を着いたのを横目に、一條は更に回避運動。
轟音。
二匹目による棍棒の一撃だ。
「テリアさんっ、目だ、目っ」
「狙ってますっ! 危険なのを分かってるみたいで……っ」
「これだから狩猟民族はっ」
等と、自分でも良く分からない悪態を吐きつつ、降ってくる棍棒を避けて行く。
――夫婦で狩り、か。カバーも手慣れたもんだよ全くっ。
思いながらも、視線は尻餅をしている方を向いている。
彼方は、アランが動き回り、相手の死角から刺突や切り払いを叩き込んでいた。
見ている分には、ガリヴァー旅行記に出てくる小人とガリヴァーが如く、である。
それが効いているのかは、遠目に判断が付かない。
ただ、必死に追い払おうと追い縋っている様な状態を見れば、無傷と言う訳でもないのだろう。
「お前も、しつっこいんだよっ」
降って来る棍棒を、正面からではなく横から打ち込み、受け流す様にする事で何とか合を重ねていく。
その間もテリアの援護を貰っておきながら、一條は目の前の一匹と距離を詰めかねている。
武器の質量や体格差からくる不利もあり、まともに打ち合えば一條に分が悪い。これが、純粋な力勝負であったならば、更に形勢は悪くなっていたろう。
とはいえ、受け流し気味に打ち合うのも、それはそれで疲弊する。
――このままじゃジリ貧。……なら、やってみせるさっ。
何合目かの打ち合いを終えた直後、改めて構え、腰を落とした。
それを挑発と受け取ったのか、次の一撃で決める事の決意か、
「――!」
雄叫びと共に、大上段から最速最高の兜割。
振り下ろされたそれを、一條はただ見つめる。
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「ジャンヌさんっ!?」
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