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南部都市リンダール(3)
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「……顔に何か、付いてますか? ダルク殿?」
ウッドストックの、怪訝そうな顔と声色にも、一條は漫然とした動きで対応。
スフィから人となりは聞いており、先日の件も含めて、少し前から隙を窺いつつ送っていた視線に、漸く向こうが反応したからである。
「いえ別に」
一言を入れてから、
「まさか、ウッドストック殿が同伴してくれるとは、思わなかったので」
告げた。
それに、彼はバツが悪そうな仕草を見せる。
多少なりとも、自覚はあったらしい。
「とはいえ、これもダルク殿達の所為です。リギャルド殿の依頼を、二つ同時にやろう等と言わなければ、私とて此処には居ませんでした」
「うーん。それは確かに……。でも道案内を申し出てくれた事は、感謝してますよ。此方は三人共に不慣れな土地ですから、ウッドストック殿が居てくれるのは心強いですし」
馬上の彼に笑いながら語り掛ければ、大袈裟に目を逸らされた。
更に合わせていた速度も若干上げられ、徒歩の一條としては置いてけぼりを食らった形である。
――逃げられた。
「からかいすぎですよ、ジャンヌ殿」
後方待機していたアランにも言われ、頭を掻いた。
短いながらも、これで面と向かって初めての会話が成立した事になる。
「ミラもシャラもいないと、道中の調子がですね」
「私では不満ですか?」
「すーぐそういう事言うな……シャラから妙な知恵でも貰ったか、或いは生来の女誑しか?」
指摘にも、彼は柔やかな笑みを浮かべているだけだ。
「キキタクィ殿も居ますし」
「そいつはさっきぜぇぜぇ言ってたけど」
いつの間にか姿を消していた人物を探せば、一條達の物とは一回り程小さい荷馬車から顔が出ている。
ここまで数時間程歩き通しである為、仕方ないと言えばその通りだ。
「……まぁ、良いか」
呟きつつ、一條はヴァルグを担ぎ直して、一息。
――こっちの目的地まではもうあと少し位。向こうは今どんくらいだろう。
先日課せられたラースリフ・リギャルドからの依頼を熟す為、一條、アラン、テリアの三名は、モックラックの森の外にまで出てくる様になったセウティとやらの退治に向かっている所である。
不慣れな此方を慮ってか、ウッドストックとその部下が十名程追加されていた。
そして、時間短縮を狙い、もう一方のメリトーユ鉱山と同時攻略する事となり、そちらには紀宝、高井坂、スフィが向かっている筈だ。無論、ウッドストックの部下も付いて行っている為、道中の心配事はない。
あるとすれば、岩喰い鳥、と言う未知の存在位だろう。
とはいえ、紀宝と言う最強の暴力装置を前に、些事に思えて仕方ないのは、
――信頼してるから、かなぁ。
剣と魔法の存在する世界において、拳一つであそこまで成り上がれるのは才能と言って良い。
素直に感心するが、同時に恐怖でもあった。
「ジャンヌ殿も、休める時は休んで下さい」
「そうする」
アランの言葉には、それだけを返す。
全隊が馬での移動の中、一條一人だけが徒歩なのは、ある意味当然と言える。
宝剣・ヴァルグの重さ故、だ。
ただでさえ、ここまでに至る間も他に荷物があったとはいえ、基本的に馬二頭引きで対応していた程であった。
その荷馬車が、森よりも距離のある鉱山側へ引き取られたのは自然な流れであり、一條は今もこうして黙々と、自らの足で歩みを進めているのである。
最も、重いと言っても、自身では右腰に吊られた直剣とあまり程度が違わない上、体力面でも周囲との差が顕著である為、言われる程でもない。
「そーだ。ちなみに、アランさんはセウティ、ってどういうのか知ってます?」
話題変更。
「皇都近くでは見ない種ですからね。私もリギャルド殿に貰った物と、出発前にウッドストック殿から聞いた位で」
ふい、と視線が一瞬、件の人物へ向いた。
「……中々、厄介な生物みたいです」
「? そうなんですね。名前からは、なんか死人みたいな印象なんですけど。死体が動いて襲う的な」
「ゾン……? あぁ、いえ。死体が襲うのではなく、死体を襲う生物、なのです」
アランの言葉に、一條は数瞬考え、
――あー、なるほろ。解釈違い。死体が喰う、じゃなくて死体を喰う、ね。
理解した。
「つまり、ハイエナみたいなやつか。他の動物の死体とかだけを喰う専門って訳だ。……んー、それが浅い所に居ると問題が?」
「数が多くなれば、出るらしいです。ジャンヌ殿が言う様に、他の動物種の死体のみを食べ、その数を増やしている。この森での掃除係、と言った所でしょうか。そして、他の動物種もまた、セウティを襲い、その肉を食べると言う事なのですが」
一息。
「時折、異様に繁殖力の高い雌が生まれるそうです」
頷く事で相槌を打つ。
「これが続いて一気に数が増えると、すぐに食料となる死体がなくなってしまう」
需要に供給が追いつかなくなる。
モックラックの森における弱肉強食の度合いは不明だが、それでも毎日の様に死体が転がっている状況ではない筈だ。
セウティが、死体のみを食べる習性を持つのであれば、確かに数が急激に増えた場合、すぐにその食糧事情は破綻するだろう。
「暫くすると、餓死した同族を食べ始める。それでも間に合わないと、次は生きている同族を殺して食べる、のだそうです」
「うへぇ……恐ろしいやつ……」
苦笑しながら、話は続く。
「そうなると、最終的には他の種を襲う様になり、手が付けられない。今回は、その前に、と言う事らしいです」
「確かに、そんなの聞いたら、近くに巣穴なんて考えたくないなぁ。……それにしても、ウッドストック達だけじゃ、それすら後手に回らざるを得ないとは……」
南部に駐留している人数そのものが少ない為、致し方無い面はある。
そもそも、ウッドストックの部隊は多くがミラリヤ、ロキ戦線へと割り振られ、多くはそのまま留まっているか、戦死したか、だ。
彼の現有戦力は、苦しい状態にある。
それでいて、こうもあちこちに振り回されては、その全てに対処も難しいのは納得出来よう。
リギャルドとしても、猫の手も借りたい状況で、一條達のみならず、優秀であれば手元に置いておきたい、と言うのは、成程、しっくりくる話だった。
「とはいえ、やり方がせこ過ぎるんだよなぁ、あいつ」
「それは、リギャルド殿の事ですか?」
「他に誰が居るって話ですよ」
ため息一つ。
「まぁ、やると決めた以上は、やりますけど……」
言い終わるかどうかの瞬間、騒音がやってきた。
見えるのは、先行していたウッドストック麾下の者と、ウッドストックが話している様子である。
顔付きは、真剣そのもの。
「何か、あったか……?」
呟きに答える様に、当人から声が飛んだ。
「目的地でもある村が、セウティに襲われている! すぐそこだっ! 各員、全速でホボスを走らせろっ!」
響くそれに対して、即座に全員が反応し、速度を一息に上げる。
隣を行く人物と視線が一瞬重なるが、
「はっ」
無言で頷けば、彼は最早一條を見ずに最高速まで持って行く。
――ま、流石にこのままじゃあ馬に追い付けない。
それはつまり、惨状にすら間に合わない可能性がある。
全員には遙か先を行かれ、周囲に一條以外誰も居ない。
「ふぅ……」
軽く息を吐き、集中。
した直後だった。
異変が背中で起きたのを知覚する。
「っ!? ヴァルグが……っ」
皇都での時と同じ様に、淡い光を放っていた。
が、それ以外の異常も感じない。
――収まった……? 今までこんな事は……。
思考を巡らせば、今までと違う状況にある点にはすぐに思い至る。
「魔法、に反応してる……?」
正確には、詠唱する状態に入ろうとした段階で、だ。
止めた為、ヴァルグも反応を止めた。
それは分かる。
理由までは、判然としないが。
「……考えても仕方ないけど。そんなのばっか増えてくなぁ、もうっ」
悪態を吐くだけに留め、一旦頭の片隅に追いやってから、もう一度集中。
「『我が力を今こそ示す。無双の力をその身に宿せ』」
背で、再びの光。
それに合わせて、僅かばかりの力を感じる。
「『我が動きを捉える事かなわず。我が身体を捕える事あたわず。一歩で百歩を越える足。一歩で一瞬を駆ける足』」
ゆっくりと、腰を落としていく。
「『日に山二つ越えて行けっ。足場や道悪、それら障害は最早、障害になりえずただ進めっ!』」
叫び終えると同時、身体全てを爆発させた。
無論、本当に爆発した訳ではないが、一條の身体が得た加速度は最早、そう表現して差し支えない。
「っ!」
生物が得てはいけないだろう程の速度を以て、一條は行く。
前傾姿勢で、ただ只管に足を動かす。
少しでも今の姿勢を変えれば、次の瞬間には地面を転がって大事故になっているだろう事が目に見えて分かっている為、思ってる以上に神経も使う。
――大丈夫っ。見えてる……見えてるっ。
一歩でかなりの距離を進む為、軽く空中を走っている様な感覚。
目的地は、本当にすぐそこだ。
既に右手はヴァルグを掴み、取り出せる準備が出来ている。
視界の中、話に聞くセウティを相手に、村に居た者達と、駆け付けた者達とで早くも戦端は開いていた。
――セウティだって? もう、生きてる方にだって襲いかかってるじゃないかっ!
アランの話していた、最終段階に到達している、と言う事である。
しかも、だ。
「ロキだろう……っ、あの数はっ!!」
森から今も後続が殺到していた。
百を超えそうな勢いである。
右足を踏み込み、力を一点に集中。
空中に一息で飛び込んだ。
「……こぉのっ!」
包囲されかけていた者の、死角部分に居た三匹を飛んだ勢いのまま、ヴァルグで撫で斬った。
「っ」
そのまま続いて一匹、二匹と刻み、
「せいっ」
着地。
と言っても、地面にではない。
大人並に大きいセウティの身体である。
しかし、その速さと重さも相まってか、衝撃で相手は破裂し、次の一匹を斜めから踏み砕いて漸く地に足が着いた。
止まりきれずに若干滑る事にもなったが、それにも構う事はない。
即座に横回転。
「ホー、ムランっ!」
一匹を横合いから剣身の腹で殴り付けて、低空軌道の弾道で飛ばせば、玉突き事故の要領で数匹を巻き込んで行く。
「……ホームランじゃねぇわ、今の」
完全に一條の振り抜きが失敗している証左であった。
――恥っずかしいけど、知ってる人間いないからヨシ!
自身を納得させる。
そのまま完全に動きを止めず、走りながら、斬りながら、叫んだ。
「数が多い! アランさん! テリアさん!」
向かう先にて目的の人物達を見付け、速度を上げた。
幸い、まだゼルフは切れていない為、近付くのは一瞬である。
「ジャンヌ殿! まだ来ます!」
「生きてる以上は恐怖心まで消えてないでしょ! 減らせば一旦は下げられる筈! アタシ達で前に出ます!」
「そ、それってどれ位なんですっ!?」
声こそ自信なさげだが、テリアの矢は正確に相手の急所を射貫いていた。
弓術に関して一條は元より、流石の紀宝も門外漢ではあったが、
「どんな体勢、状態からでも的に当てられる様になれば平気じゃん?」
等と言う適切か適当か不明な助言の元で行われた、ある意味無茶苦茶な訓練も、無駄では無かったと見える。
「……まぁ、相手が逃げるまでかなぁっ!」
答えに、短い悲鳴が返って来た。
「それは答えになっていませんね、ジャンヌ殿!」
「え、えー……と。まぁ、そうですけどっ」
アランからの突っ込みに珍しさを感じ、一瞬にして我に返る。
「兎に角、今は前に出ますからねっ……。全く、この新形態お披露目会が騒がしいったらないっ。それに、あの二人が居ないなんてな……っ」
一條はそう吐き捨ててから、空いてる左手で右腰の剣を引き抜いた。
右手に宝剣・ヴァルグ。
左手に以前のものとほぼ同じ直剣。
大きさも重量も大幅に異なる剣による、変則二刀流。
これが、一條の現在における、自分なりの剣術の在り方だ。
紀宝なんかは、苦笑いをするだろうが、それはそれとして、である。
「はあぁぁぁっ!」
裂帛の叫びと共に、一條を先頭にして突撃を敢行した。
ウッドストックの、怪訝そうな顔と声色にも、一條は漫然とした動きで対応。
スフィから人となりは聞いており、先日の件も含めて、少し前から隙を窺いつつ送っていた視線に、漸く向こうが反応したからである。
「いえ別に」
一言を入れてから、
「まさか、ウッドストック殿が同伴してくれるとは、思わなかったので」
告げた。
それに、彼はバツが悪そうな仕草を見せる。
多少なりとも、自覚はあったらしい。
「とはいえ、これもダルク殿達の所為です。リギャルド殿の依頼を、二つ同時にやろう等と言わなければ、私とて此処には居ませんでした」
「うーん。それは確かに……。でも道案内を申し出てくれた事は、感謝してますよ。此方は三人共に不慣れな土地ですから、ウッドストック殿が居てくれるのは心強いですし」
馬上の彼に笑いながら語り掛ければ、大袈裟に目を逸らされた。
更に合わせていた速度も若干上げられ、徒歩の一條としては置いてけぼりを食らった形である。
――逃げられた。
「からかいすぎですよ、ジャンヌ殿」
後方待機していたアランにも言われ、頭を掻いた。
短いながらも、これで面と向かって初めての会話が成立した事になる。
「ミラもシャラもいないと、道中の調子がですね」
「私では不満ですか?」
「すーぐそういう事言うな……シャラから妙な知恵でも貰ったか、或いは生来の女誑しか?」
指摘にも、彼は柔やかな笑みを浮かべているだけだ。
「キキタクィ殿も居ますし」
「そいつはさっきぜぇぜぇ言ってたけど」
いつの間にか姿を消していた人物を探せば、一條達の物とは一回り程小さい荷馬車から顔が出ている。
ここまで数時間程歩き通しである為、仕方ないと言えばその通りだ。
「……まぁ、良いか」
呟きつつ、一條はヴァルグを担ぎ直して、一息。
――こっちの目的地まではもうあと少し位。向こうは今どんくらいだろう。
先日課せられたラースリフ・リギャルドからの依頼を熟す為、一條、アラン、テリアの三名は、モックラックの森の外にまで出てくる様になったセウティとやらの退治に向かっている所である。
不慣れな此方を慮ってか、ウッドストックとその部下が十名程追加されていた。
そして、時間短縮を狙い、もう一方のメリトーユ鉱山と同時攻略する事となり、そちらには紀宝、高井坂、スフィが向かっている筈だ。無論、ウッドストックの部下も付いて行っている為、道中の心配事はない。
あるとすれば、岩喰い鳥、と言う未知の存在位だろう。
とはいえ、紀宝と言う最強の暴力装置を前に、些事に思えて仕方ないのは、
――信頼してるから、かなぁ。
剣と魔法の存在する世界において、拳一つであそこまで成り上がれるのは才能と言って良い。
素直に感心するが、同時に恐怖でもあった。
「ジャンヌ殿も、休める時は休んで下さい」
「そうする」
アランの言葉には、それだけを返す。
全隊が馬での移動の中、一條一人だけが徒歩なのは、ある意味当然と言える。
宝剣・ヴァルグの重さ故、だ。
ただでさえ、ここまでに至る間も他に荷物があったとはいえ、基本的に馬二頭引きで対応していた程であった。
その荷馬車が、森よりも距離のある鉱山側へ引き取られたのは自然な流れであり、一條は今もこうして黙々と、自らの足で歩みを進めているのである。
最も、重いと言っても、自身では右腰に吊られた直剣とあまり程度が違わない上、体力面でも周囲との差が顕著である為、言われる程でもない。
「そーだ。ちなみに、アランさんはセウティ、ってどういうのか知ってます?」
話題変更。
「皇都近くでは見ない種ですからね。私もリギャルド殿に貰った物と、出発前にウッドストック殿から聞いた位で」
ふい、と視線が一瞬、件の人物へ向いた。
「……中々、厄介な生物みたいです」
「? そうなんですね。名前からは、なんか死人みたいな印象なんですけど。死体が動いて襲う的な」
「ゾン……? あぁ、いえ。死体が襲うのではなく、死体を襲う生物、なのです」
アランの言葉に、一條は数瞬考え、
――あー、なるほろ。解釈違い。死体が喰う、じゃなくて死体を喰う、ね。
理解した。
「つまり、ハイエナみたいなやつか。他の動物の死体とかだけを喰う専門って訳だ。……んー、それが浅い所に居ると問題が?」
「数が多くなれば、出るらしいです。ジャンヌ殿が言う様に、他の動物種の死体のみを食べ、その数を増やしている。この森での掃除係、と言った所でしょうか。そして、他の動物種もまた、セウティを襲い、その肉を食べると言う事なのですが」
一息。
「時折、異様に繁殖力の高い雌が生まれるそうです」
頷く事で相槌を打つ。
「これが続いて一気に数が増えると、すぐに食料となる死体がなくなってしまう」
需要に供給が追いつかなくなる。
モックラックの森における弱肉強食の度合いは不明だが、それでも毎日の様に死体が転がっている状況ではない筈だ。
セウティが、死体のみを食べる習性を持つのであれば、確かに数が急激に増えた場合、すぐにその食糧事情は破綻するだろう。
「暫くすると、餓死した同族を食べ始める。それでも間に合わないと、次は生きている同族を殺して食べる、のだそうです」
「うへぇ……恐ろしいやつ……」
苦笑しながら、話は続く。
「そうなると、最終的には他の種を襲う様になり、手が付けられない。今回は、その前に、と言う事らしいです」
「確かに、そんなの聞いたら、近くに巣穴なんて考えたくないなぁ。……それにしても、ウッドストック達だけじゃ、それすら後手に回らざるを得ないとは……」
南部に駐留している人数そのものが少ない為、致し方無い面はある。
そもそも、ウッドストックの部隊は多くがミラリヤ、ロキ戦線へと割り振られ、多くはそのまま留まっているか、戦死したか、だ。
彼の現有戦力は、苦しい状態にある。
それでいて、こうもあちこちに振り回されては、その全てに対処も難しいのは納得出来よう。
リギャルドとしても、猫の手も借りたい状況で、一條達のみならず、優秀であれば手元に置いておきたい、と言うのは、成程、しっくりくる話だった。
「とはいえ、やり方がせこ過ぎるんだよなぁ、あいつ」
「それは、リギャルド殿の事ですか?」
「他に誰が居るって話ですよ」
ため息一つ。
「まぁ、やると決めた以上は、やりますけど……」
言い終わるかどうかの瞬間、騒音がやってきた。
見えるのは、先行していたウッドストック麾下の者と、ウッドストックが話している様子である。
顔付きは、真剣そのもの。
「何か、あったか……?」
呟きに答える様に、当人から声が飛んだ。
「目的地でもある村が、セウティに襲われている! すぐそこだっ! 各員、全速でホボスを走らせろっ!」
響くそれに対して、即座に全員が反応し、速度を一息に上げる。
隣を行く人物と視線が一瞬重なるが、
「はっ」
無言で頷けば、彼は最早一條を見ずに最高速まで持って行く。
――ま、流石にこのままじゃあ馬に追い付けない。
それはつまり、惨状にすら間に合わない可能性がある。
全員には遙か先を行かれ、周囲に一條以外誰も居ない。
「ふぅ……」
軽く息を吐き、集中。
した直後だった。
異変が背中で起きたのを知覚する。
「っ!? ヴァルグが……っ」
皇都での時と同じ様に、淡い光を放っていた。
が、それ以外の異常も感じない。
――収まった……? 今までこんな事は……。
思考を巡らせば、今までと違う状況にある点にはすぐに思い至る。
「魔法、に反応してる……?」
正確には、詠唱する状態に入ろうとした段階で、だ。
止めた為、ヴァルグも反応を止めた。
それは分かる。
理由までは、判然としないが。
「……考えても仕方ないけど。そんなのばっか増えてくなぁ、もうっ」
悪態を吐くだけに留め、一旦頭の片隅に追いやってから、もう一度集中。
「『我が力を今こそ示す。無双の力をその身に宿せ』」
背で、再びの光。
それに合わせて、僅かばかりの力を感じる。
「『我が動きを捉える事かなわず。我が身体を捕える事あたわず。一歩で百歩を越える足。一歩で一瞬を駆ける足』」
ゆっくりと、腰を落としていく。
「『日に山二つ越えて行けっ。足場や道悪、それら障害は最早、障害になりえずただ進めっ!』」
叫び終えると同時、身体全てを爆発させた。
無論、本当に爆発した訳ではないが、一條の身体が得た加速度は最早、そう表現して差し支えない。
「っ!」
生物が得てはいけないだろう程の速度を以て、一條は行く。
前傾姿勢で、ただ只管に足を動かす。
少しでも今の姿勢を変えれば、次の瞬間には地面を転がって大事故になっているだろう事が目に見えて分かっている為、思ってる以上に神経も使う。
――大丈夫っ。見えてる……見えてるっ。
一歩でかなりの距離を進む為、軽く空中を走っている様な感覚。
目的地は、本当にすぐそこだ。
既に右手はヴァルグを掴み、取り出せる準備が出来ている。
視界の中、話に聞くセウティを相手に、村に居た者達と、駆け付けた者達とで早くも戦端は開いていた。
――セウティだって? もう、生きてる方にだって襲いかかってるじゃないかっ!
アランの話していた、最終段階に到達している、と言う事である。
しかも、だ。
「ロキだろう……っ、あの数はっ!!」
森から今も後続が殺到していた。
百を超えそうな勢いである。
右足を踏み込み、力を一点に集中。
空中に一息で飛び込んだ。
「……こぉのっ!」
包囲されかけていた者の、死角部分に居た三匹を飛んだ勢いのまま、ヴァルグで撫で斬った。
「っ」
そのまま続いて一匹、二匹と刻み、
「せいっ」
着地。
と言っても、地面にではない。
大人並に大きいセウティの身体である。
しかし、その速さと重さも相まってか、衝撃で相手は破裂し、次の一匹を斜めから踏み砕いて漸く地に足が着いた。
止まりきれずに若干滑る事にもなったが、それにも構う事はない。
即座に横回転。
「ホー、ムランっ!」
一匹を横合いから剣身の腹で殴り付けて、低空軌道の弾道で飛ばせば、玉突き事故の要領で数匹を巻き込んで行く。
「……ホームランじゃねぇわ、今の」
完全に一條の振り抜きが失敗している証左であった。
――恥っずかしいけど、知ってる人間いないからヨシ!
自身を納得させる。
そのまま完全に動きを止めず、走りながら、斬りながら、叫んだ。
「数が多い! アランさん! テリアさん!」
向かう先にて目的の人物達を見付け、速度を上げた。
幸い、まだゼルフは切れていない為、近付くのは一瞬である。
「ジャンヌ殿! まだ来ます!」
「生きてる以上は恐怖心まで消えてないでしょ! 減らせば一旦は下げられる筈! アタシ達で前に出ます!」
「そ、それってどれ位なんですっ!?」
声こそ自信なさげだが、テリアの矢は正確に相手の急所を射貫いていた。
弓術に関して一條は元より、流石の紀宝も門外漢ではあったが、
「どんな体勢、状態からでも的に当てられる様になれば平気じゃん?」
等と言う適切か適当か不明な助言の元で行われた、ある意味無茶苦茶な訓練も、無駄では無かったと見える。
「……まぁ、相手が逃げるまでかなぁっ!」
答えに、短い悲鳴が返って来た。
「それは答えになっていませんね、ジャンヌ殿!」
「え、えー……と。まぁ、そうですけどっ」
アランからの突っ込みに珍しさを感じ、一瞬にして我に返る。
「兎に角、今は前に出ますからねっ……。全く、この新形態お披露目会が騒がしいったらないっ。それに、あの二人が居ないなんてな……っ」
一條はそう吐き捨ててから、空いてる左手で右腰の剣を引き抜いた。
右手に宝剣・ヴァルグ。
左手に以前のものとほぼ同じ直剣。
大きさも重量も大幅に異なる剣による、変則二刀流。
これが、一條の現在における、自分なりの剣術の在り方だ。
紀宝なんかは、苦笑いをするだろうが、それはそれとして、である。
「はあぁぁぁっ!」
裂帛の叫びと共に、一條を先頭にして突撃を敢行した。
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