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南部都市リンダール(2)
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「ジャンヌ・ダルク、ミランヌ・カドゥ・ディー、シャラ・ディノワ。三名を此処、ヴァロワ皇国南部都市、リンダールにてウッドストック殿付き護衛部隊として編入。追って、指示があるまで待機とする。……これが、南部領領主、ラースリフ・リギャルドの名においての宣言だ。クラウディー殿らには、遠方までの付き添い、感謝する。後は此方が引き継ごう」
リンダールにある最も大きい建造物。
それが、リギャルドの住む豪邸である。
大きさこそヴァロワ城とは比較にもならないが、中は交易で得た品々であろう物や意匠で彩られ、絢爛さであれば引けは取らない。
と言うより、一見するとヴァロワ国内の建物とは思えない程だ。
そんな中、玉座の間とも呼ぶべき場において、朗々と声を発したのが、正しく王とも言うべき男性。
ラースリフ・リギャルドその人であった。
黒目に、黒の長髪。色白に、端正な顔。だがその表情は無。声にも、一切の感情も抑揚も感じられない。
ただ書いてある文字を読み上げた。それだけの、些末な出来事にも値しないのだ、と言わんばかりの態度は、単なる見栄ではないだろう。
わざわざ段差までつけてあるそんな席に座る彼と相対するのは、一條達三名、アラン、スフィ、そしてウッドストックの六名であった。
テリアがこの場に居れば、今の言葉だけで萎縮してしまっているだろう。自ら居残りを宣言したのは、良い判断であったかも知れない。
「そ、れは」
「かなり、大きく出たのではありませんか。リギャルド殿」
スフィを制して、声を上げたのは、他ならぬ一條である。
――しまったなぁ。
と思ったが、出してしまった以上は引っ込みもつかない。
しかし、こうするより他なかったのも事実である為、割り切る。
横目で、その理由たる人物を確認すれば、高井坂がしっかりと宥めていた。
目が合ったので、視線の動きのみで褒めておく。
「不満がありそうだな」
「……此方も、急に呼び出されたもので」
応酬に、彼は口の端を上げて見せた。
とはいえ、事実だ。
一條達がリンダールに着いて一日経った今日、朝食もそこそこに不意に呼び付けられ、現在に至っている。
そうして、紹介もそこそこに先程の一方的とも言える通達とあっては、礼を失していると言っても過言ではないだろう。
――まぁ、当人にその気は無いんだろうけど。
隣のスフィからの視線を受けつつ、一條は思う。
本来ならば、立場としても最高位である彼女に任せるべき場面ではあった。
それでも、元を辿れば呼び付けられたのが一條達である以上、多少は此方にも発言権はあろう。
結論付けて、改めて南部一帯の王と相対。
彼は、自身の黒い長髪を払ってから、告げる。
「やはり、軍人貴族にもなると態度は大きくなる様だな」
「それは、十二皇家のクラウディー家当主を前にして先程の物言いをした貴方もでしょう」
リギャルドの眉が、ほんの僅か動いた気もした。
無礼とも言える一條の言葉にも、スフィやウッドストックから、特に制止する様な行動は見られない。
固唾を飲んで見守っている、のもあるが、特に制止するに値する言動でもないと判断しているからだ。
かなり微妙な線ではあるものの、ヴァロワ皇国の序列から言えば、一條達三人とリギャルドの間に、それ程の差は無いのである。
現ヴァロワ皇家の遠い親戚として、また、南部一帯を治める領主として、他の者達よりも一つ上の地位にあるのは確かなラースリフ・リギャルド。
方や、ヴァロワ皇に次ぐ権力保持者として存在しているヴァロワ十二皇家、これに並ぶ扱いとしてヴァロワ皇と謁見し、その拝命を受けた三名。
どちらも根本的には大貴族である為、表面上の扱いとしては同等と言える。
よって、今の応酬に対しても、咎を負うべき箇所はない。
――口は悪いけど、そこはお互い様って事で。
「それに、この一帯の領主であるからと、私達に対して一方的な指示を出すのは少々強引では?」
一條達三名と同格の待遇と考えるならば、全てを鵜呑みにする必要はないのだが、
「しかし、だ。軍人貴族であるならば、その処遇は十二皇家に委ねるのが普通なのではないか? 私としては、この周辺を護るのが責務だ。ウッドストック殿がそれを為している以上、彼からの指示であれば受けるのが当然であろう」
リギャルドの言う事は最もである。
軍人貴族として戦場に立つ以上、十二皇家のいずれかに属する必要があった。
大抵は父から子へと、二世代、或いは三世代四世代と同じ家に仕えるのが普通であり、これを自らの意思で替えると言うのは、まず聞かない。
そして何より、基本的にその裁量権は十二皇家が持っているのだ。
つまり、
「……はぁ。そう言う事だ。私としても、ダルク殿達の実力は評価している。であれば、手が足りていない此方としても、それを支持する」
ウッドストックが、ため息混じりに告げた。
十二皇家であるウッドストックが首を縦に振れば、通ってしまう文言である。
「ロキケトーも退治されたと聞いたが?」
「……完全に終わった訳では……」
とはいえ、何か明確な動きがあった、と言う話でもない。
この件に関して、今はまだ、答えを出せる状況ではなかった。
「……だが、ロキケトーの件。……いや、ローンヴィークの件に関しては、私も配慮が足りなかったのは認める。これに対しては謝ろう。すまなかった」
座りながらではあったが、確かに頭を下げ、簡潔な謝罪。
言葉と行動に一瞬、呆気に取られたものの、次の瞬間には変わらない姿勢だ。
――……聞いていた様な悪人、って訳じゃなさそうだ。
正直、村に縁もゆかりも無いが、それを自ら非を認めて謝罪されれば、不快には感じない。
「……ちょっと絆されてるんじゃないっての」
忠告に、一條は軽く咳払いを一つ。
「え、えぇと。はい。それは、受け入れます。ローンヴィークの者達も浮かばれると思います。……ですが、だからと言ってこのまま今すぐ此処に、と言うのは乱暴でしょう」
「皇都近辺と違って、南部は殆どがモックラックの森だ。やる事は多い。ウッドストック殿らを足してもまだ余裕がない」
「……それは、噂のバララムート、ですか?」
「それも、だ。必ず襲われる訳ではないが、それでも被害は大きい。最近はリンダールの近場でも襲撃された。早急に対処しなければならないだろうな」
肘掛けに肘を置き、手に顎を乗せる。
その表情と所作は、憤慨しているのが明白だった。
「で、あれば。ロキと戦ってきたダルク殿らを、本来の元に戻すのも当然。ウッドストック殿の命に従うのも当然。……違うか?」
――当然、で、は、あるけど……。
考えれば考えるだけ、良くない状況だ。
しかも、である。
――あー……さっきのローンヴィークの謝罪ー。こうなる、って分かった上でかなぁ。
ローンヴィーク全滅の一件を出して謝罪したのは、彼からしてみれば、
「他の場所で同じ様な悲劇が起きるぞ」
と暗に迫っているのだ。
――ぐぬぬ。
ラースリフ・リギャルドは、悪人ではないかも知れないが、喰えない人間ではあった。
「口を挟みますが……。リギャルド殿。軍人貴族ならば、十二皇家の意向に従うのは当然です。が、それは男性の場合、でもあります」
スフィの横やりに、リギャルドだけではない。
ウッドストックやアランも首を捻った。
「女性に対してはそう言った文言はありません。既に私の元で女性のみを対象とした部隊も創設しております。ジャンヌ・ダルク殿には指揮権も与えてあり、彼女達をそう簡単に移籍されるのは、私としてもあまり賛同は出来ません」
続けた台詞にも、リギャルドは納得のいく顔は見せていない。
彼女の言った事は詭弁も良い所である。それも当然だろう。
一瞬目が合ったスフィは、口の端を緩めただけである。
――カッ、コイイ。
「……。ふむ。確かに、そう言う見方もあるかも知れん」
静かな指摘の声の主は、ウッドストック。
一條としては、擁護されるとは思わなかった為、意外ではあった。
最も、彼が乗ったのはスフィの言であって、一條の側に立っての言葉ではないだろうが。
「逆に、シャラ・ディノワ殿に関しては、問題は無いと言う事でもあるな」
――やっぱ敵かもしらんこいつ。
高速で掌を返した。
「それは……そう、かも知れませんね」
苦しい意見の一致。
その上で、端から見ても分かる程に肩を落としたスフィと再び目が合う。
――可愛い。
等と思ったのも一瞬。
アランとも視線を合わせるが、似た表情をしていた。
大変な誤算ではあったが、実に理に適っている。
高井坂に関しては、当然男である以上、先程の裁量権は十二皇家にあるのだ。
そして、彼は特に役職に就いている訳ではない。
これがホリマーやパラチェレンであれば、その都合上、簡単には移籍も出来ないだろう。
「いや、それは俺としても流石に困るんだが……?」
高井坂が当然の反応を示す中、一條は彼の肩を叩く。
「残念だが、ここでお前とはお別れだな。シャラ」
「あれー?」
「そうね。短い間だったけど、世話になったわ。貴方みたいなのが居たって事、忘れないからね」
「二人共薄情すぎなのでは?」
項垂れる巨漢を尻目に、ウッドストックへと視線を向ければ、妙な表情をしていた。
次いで、リギャルドに向き直れば、唖然とした顔。
「ジャンヌ姉さ、いえ、ダルク殿?」
スフィの言葉に頷いてから、一條は切り出した。
「……冗談はここまでにしましょう。それでは、宜しいですか? リギャルド殿」
「……ん。あぁ、冗談? 本気に見えたが」
「それなら結構」
言ってから、咳払い。
「今、リンダールが抱えてる大まかな問題は、バララムートと、後は何でしょうか?」
疑問に、リギャルドは自身の髪を触りながら、思案顔。
言うべきかを迷っているのか、大まかな部分で幾つあるかを考えているのかは不明だが、
――或いは、幾つに設定するかを判断してるか、だけど。
そんな一條の思いを知ってか知らずか、数秒の後、彼は口を開く。
「二つ、だ」
「つまり、バララムートの件を含めて、三つ、でしょうか」
「そうだ」
横目でウッドストックを見れば、軽く息を吐いている。
「そんな詰まらない嘘をつくとでも?」
「もっと多く振ってくるかと思ってたので」
「……その物言い。本当にローンヴィーク出身の者かどうか疑いたくなるな」
「褒め言葉と受け取っておきます」
リギャルドの口の端が上がった気もするが、一旦は保留。
「それならば、その三つの問題を私達が解決すれば後は自由と考えて良いでしょうか?」
「……正気か?」
言葉はウッドストックからのもの。
が、隣の紀宝からは、顔を見ずとも喜の感情が溢れ出ているのが分かる。
他、高井坂は哀の感情。
スフィは若干怒ってるだろうか。
アランは苦笑であろう。
「解決、と言ったが……」
「言いました」
「口から出た言葉は飲み込めないぞ?」
「文章にでもしましょうか?」
「……ふっ。そこまで手間を掛けるつもりもない。が、内容も言ってないのでは公平ではないな」
そう言ってから、足を組み、右手を突き出した。
「まず一つ目」
人差し指が上がった。
「此処から少し東へ行った、モックラックの森の浅い所に、セウティが巣を張ったらしく、しかもその数が増している為、これの殲滅」
続いて、中指が上がる。
「二つ目。メリトーユ鉱山に、岩喰い鳥が出没しだした。この鳥は、鉱物だろうが食い荒らす為、同じく殲滅」
ゆっくりと、薬指も上げられた。
「最後が、君達も知っているだろう、バララムートの討伐。先程も言ったが、近場でも襲撃例が出ている」
言い終えてから右手を下ろし、一息。
「……主立ったものはこの通りだ。それでもやると?」
――見事に討伐クエストばっかだなぁ。
「全部討伐クエストだけど、どれにする?」
「森と鉱山行って、最後に川」
「君ら躊躇ねぇのな……」
「元はシャラの為なんだが……嫌なら置いていくけど」
「あざす。俺は鉱山行きたい」
「じゃあ森の方行くかー」
「酷ぇ」
高井坂の言葉尻に合わせる様に、一條はリギャルドへの答えを返す。
「そういう事なので、まずは森か鉱山でお願いします」
柔やかな笑みをした筈だが、彼は若干引いてる気がしないでもない。
「はぁ……リギャルド殿。私とランス殿も含め、その話は了承しました。出発は、明日にでも構いませんか?」
「アタシはこのまま行こうかと思ってたんですけど」
言った瞬間、追加でスフィにため息を吐かれた。
代わりに、高井坂が口を開く。
「バーサ―カーか?」
「……。……今のはごめん。ナシで」
時間的には問題無い、と言う考えから即座に口走った事を後悔。
確かに、現在の時刻はまだ朝だ。
だが、準備も何も出来てない状態で行くのとは、また別の話である。
一條は、全員に聞こえる様に、大きく咳払い。
「リギャルド殿。後で詳細の方、お願いしても良いでしょうか?」
「……ん。あぁ、そう、だな。用意しよう」
語った当人も、こうまで意気揚々と引き受けるとは思っていなかったのか、反応はたどたどしいものだ。
「ジャンヌ・ダルク。お前と話していると、自分の立場と言うものを忘れてしまうな」
「楽しんで頂けたなら良かったです」
「楽しんでなどいないわ」
リギャルドは大きなため息を一つ。
他人の大仰なそれを見る機会はあまり無い為、一條としては新鮮な気分である。
相手が相手なのも関係しているかも知れない。
「お前に怖い物があれば、是非教えて貰いたいものだな」
呆れる様な声色に、ウッドストック以外の視線が突き刺さった。
その事に一瞬躊躇したものの、答えない訳にはいかない。
一條は胸を張って、高らかに宣言した。
「そんなものはないですね」
リンダールにある最も大きい建造物。
それが、リギャルドの住む豪邸である。
大きさこそヴァロワ城とは比較にもならないが、中は交易で得た品々であろう物や意匠で彩られ、絢爛さであれば引けは取らない。
と言うより、一見するとヴァロワ国内の建物とは思えない程だ。
そんな中、玉座の間とも呼ぶべき場において、朗々と声を発したのが、正しく王とも言うべき男性。
ラースリフ・リギャルドその人であった。
黒目に、黒の長髪。色白に、端正な顔。だがその表情は無。声にも、一切の感情も抑揚も感じられない。
ただ書いてある文字を読み上げた。それだけの、些末な出来事にも値しないのだ、と言わんばかりの態度は、単なる見栄ではないだろう。
わざわざ段差までつけてあるそんな席に座る彼と相対するのは、一條達三名、アラン、スフィ、そしてウッドストックの六名であった。
テリアがこの場に居れば、今の言葉だけで萎縮してしまっているだろう。自ら居残りを宣言したのは、良い判断であったかも知れない。
「そ、れは」
「かなり、大きく出たのではありませんか。リギャルド殿」
スフィを制して、声を上げたのは、他ならぬ一條である。
――しまったなぁ。
と思ったが、出してしまった以上は引っ込みもつかない。
しかし、こうするより他なかったのも事実である為、割り切る。
横目で、その理由たる人物を確認すれば、高井坂がしっかりと宥めていた。
目が合ったので、視線の動きのみで褒めておく。
「不満がありそうだな」
「……此方も、急に呼び出されたもので」
応酬に、彼は口の端を上げて見せた。
とはいえ、事実だ。
一條達がリンダールに着いて一日経った今日、朝食もそこそこに不意に呼び付けられ、現在に至っている。
そうして、紹介もそこそこに先程の一方的とも言える通達とあっては、礼を失していると言っても過言ではないだろう。
――まぁ、当人にその気は無いんだろうけど。
隣のスフィからの視線を受けつつ、一條は思う。
本来ならば、立場としても最高位である彼女に任せるべき場面ではあった。
それでも、元を辿れば呼び付けられたのが一條達である以上、多少は此方にも発言権はあろう。
結論付けて、改めて南部一帯の王と相対。
彼は、自身の黒い長髪を払ってから、告げる。
「やはり、軍人貴族にもなると態度は大きくなる様だな」
「それは、十二皇家のクラウディー家当主を前にして先程の物言いをした貴方もでしょう」
リギャルドの眉が、ほんの僅か動いた気もした。
無礼とも言える一條の言葉にも、スフィやウッドストックから、特に制止する様な行動は見られない。
固唾を飲んで見守っている、のもあるが、特に制止するに値する言動でもないと判断しているからだ。
かなり微妙な線ではあるものの、ヴァロワ皇国の序列から言えば、一條達三人とリギャルドの間に、それ程の差は無いのである。
現ヴァロワ皇家の遠い親戚として、また、南部一帯を治める領主として、他の者達よりも一つ上の地位にあるのは確かなラースリフ・リギャルド。
方や、ヴァロワ皇に次ぐ権力保持者として存在しているヴァロワ十二皇家、これに並ぶ扱いとしてヴァロワ皇と謁見し、その拝命を受けた三名。
どちらも根本的には大貴族である為、表面上の扱いとしては同等と言える。
よって、今の応酬に対しても、咎を負うべき箇所はない。
――口は悪いけど、そこはお互い様って事で。
「それに、この一帯の領主であるからと、私達に対して一方的な指示を出すのは少々強引では?」
一條達三名と同格の待遇と考えるならば、全てを鵜呑みにする必要はないのだが、
「しかし、だ。軍人貴族であるならば、その処遇は十二皇家に委ねるのが普通なのではないか? 私としては、この周辺を護るのが責務だ。ウッドストック殿がそれを為している以上、彼からの指示であれば受けるのが当然であろう」
リギャルドの言う事は最もである。
軍人貴族として戦場に立つ以上、十二皇家のいずれかに属する必要があった。
大抵は父から子へと、二世代、或いは三世代四世代と同じ家に仕えるのが普通であり、これを自らの意思で替えると言うのは、まず聞かない。
そして何より、基本的にその裁量権は十二皇家が持っているのだ。
つまり、
「……はぁ。そう言う事だ。私としても、ダルク殿達の実力は評価している。であれば、手が足りていない此方としても、それを支持する」
ウッドストックが、ため息混じりに告げた。
十二皇家であるウッドストックが首を縦に振れば、通ってしまう文言である。
「ロキケトーも退治されたと聞いたが?」
「……完全に終わった訳では……」
とはいえ、何か明確な動きがあった、と言う話でもない。
この件に関して、今はまだ、答えを出せる状況ではなかった。
「……だが、ロキケトーの件。……いや、ローンヴィークの件に関しては、私も配慮が足りなかったのは認める。これに対しては謝ろう。すまなかった」
座りながらではあったが、確かに頭を下げ、簡潔な謝罪。
言葉と行動に一瞬、呆気に取られたものの、次の瞬間には変わらない姿勢だ。
――……聞いていた様な悪人、って訳じゃなさそうだ。
正直、村に縁もゆかりも無いが、それを自ら非を認めて謝罪されれば、不快には感じない。
「……ちょっと絆されてるんじゃないっての」
忠告に、一條は軽く咳払いを一つ。
「え、えぇと。はい。それは、受け入れます。ローンヴィークの者達も浮かばれると思います。……ですが、だからと言ってこのまま今すぐ此処に、と言うのは乱暴でしょう」
「皇都近辺と違って、南部は殆どがモックラックの森だ。やる事は多い。ウッドストック殿らを足してもまだ余裕がない」
「……それは、噂のバララムート、ですか?」
「それも、だ。必ず襲われる訳ではないが、それでも被害は大きい。最近はリンダールの近場でも襲撃された。早急に対処しなければならないだろうな」
肘掛けに肘を置き、手に顎を乗せる。
その表情と所作は、憤慨しているのが明白だった。
「で、あれば。ロキと戦ってきたダルク殿らを、本来の元に戻すのも当然。ウッドストック殿の命に従うのも当然。……違うか?」
――当然、で、は、あるけど……。
考えれば考えるだけ、良くない状況だ。
しかも、である。
――あー……さっきのローンヴィークの謝罪ー。こうなる、って分かった上でかなぁ。
ローンヴィーク全滅の一件を出して謝罪したのは、彼からしてみれば、
「他の場所で同じ様な悲劇が起きるぞ」
と暗に迫っているのだ。
――ぐぬぬ。
ラースリフ・リギャルドは、悪人ではないかも知れないが、喰えない人間ではあった。
「口を挟みますが……。リギャルド殿。軍人貴族ならば、十二皇家の意向に従うのは当然です。が、それは男性の場合、でもあります」
スフィの横やりに、リギャルドだけではない。
ウッドストックやアランも首を捻った。
「女性に対してはそう言った文言はありません。既に私の元で女性のみを対象とした部隊も創設しております。ジャンヌ・ダルク殿には指揮権も与えてあり、彼女達をそう簡単に移籍されるのは、私としてもあまり賛同は出来ません」
続けた台詞にも、リギャルドは納得のいく顔は見せていない。
彼女の言った事は詭弁も良い所である。それも当然だろう。
一瞬目が合ったスフィは、口の端を緩めただけである。
――カッ、コイイ。
「……。ふむ。確かに、そう言う見方もあるかも知れん」
静かな指摘の声の主は、ウッドストック。
一條としては、擁護されるとは思わなかった為、意外ではあった。
最も、彼が乗ったのはスフィの言であって、一條の側に立っての言葉ではないだろうが。
「逆に、シャラ・ディノワ殿に関しては、問題は無いと言う事でもあるな」
――やっぱ敵かもしらんこいつ。
高速で掌を返した。
「それは……そう、かも知れませんね」
苦しい意見の一致。
その上で、端から見ても分かる程に肩を落としたスフィと再び目が合う。
――可愛い。
等と思ったのも一瞬。
アランとも視線を合わせるが、似た表情をしていた。
大変な誤算ではあったが、実に理に適っている。
高井坂に関しては、当然男である以上、先程の裁量権は十二皇家にあるのだ。
そして、彼は特に役職に就いている訳ではない。
これがホリマーやパラチェレンであれば、その都合上、簡単には移籍も出来ないだろう。
「いや、それは俺としても流石に困るんだが……?」
高井坂が当然の反応を示す中、一條は彼の肩を叩く。
「残念だが、ここでお前とはお別れだな。シャラ」
「あれー?」
「そうね。短い間だったけど、世話になったわ。貴方みたいなのが居たって事、忘れないからね」
「二人共薄情すぎなのでは?」
項垂れる巨漢を尻目に、ウッドストックへと視線を向ければ、妙な表情をしていた。
次いで、リギャルドに向き直れば、唖然とした顔。
「ジャンヌ姉さ、いえ、ダルク殿?」
スフィの言葉に頷いてから、一條は切り出した。
「……冗談はここまでにしましょう。それでは、宜しいですか? リギャルド殿」
「……ん。あぁ、冗談? 本気に見えたが」
「それなら結構」
言ってから、咳払い。
「今、リンダールが抱えてる大まかな問題は、バララムートと、後は何でしょうか?」
疑問に、リギャルドは自身の髪を触りながら、思案顔。
言うべきかを迷っているのか、大まかな部分で幾つあるかを考えているのかは不明だが、
――或いは、幾つに設定するかを判断してるか、だけど。
そんな一條の思いを知ってか知らずか、数秒の後、彼は口を開く。
「二つ、だ」
「つまり、バララムートの件を含めて、三つ、でしょうか」
「そうだ」
横目でウッドストックを見れば、軽く息を吐いている。
「そんな詰まらない嘘をつくとでも?」
「もっと多く振ってくるかと思ってたので」
「……その物言い。本当にローンヴィーク出身の者かどうか疑いたくなるな」
「褒め言葉と受け取っておきます」
リギャルドの口の端が上がった気もするが、一旦は保留。
「それならば、その三つの問題を私達が解決すれば後は自由と考えて良いでしょうか?」
「……正気か?」
言葉はウッドストックからのもの。
が、隣の紀宝からは、顔を見ずとも喜の感情が溢れ出ているのが分かる。
他、高井坂は哀の感情。
スフィは若干怒ってるだろうか。
アランは苦笑であろう。
「解決、と言ったが……」
「言いました」
「口から出た言葉は飲み込めないぞ?」
「文章にでもしましょうか?」
「……ふっ。そこまで手間を掛けるつもりもない。が、内容も言ってないのでは公平ではないな」
そう言ってから、足を組み、右手を突き出した。
「まず一つ目」
人差し指が上がった。
「此処から少し東へ行った、モックラックの森の浅い所に、セウティが巣を張ったらしく、しかもその数が増している為、これの殲滅」
続いて、中指が上がる。
「二つ目。メリトーユ鉱山に、岩喰い鳥が出没しだした。この鳥は、鉱物だろうが食い荒らす為、同じく殲滅」
ゆっくりと、薬指も上げられた。
「最後が、君達も知っているだろう、バララムートの討伐。先程も言ったが、近場でも襲撃例が出ている」
言い終えてから右手を下ろし、一息。
「……主立ったものはこの通りだ。それでもやると?」
――見事に討伐クエストばっかだなぁ。
「全部討伐クエストだけど、どれにする?」
「森と鉱山行って、最後に川」
「君ら躊躇ねぇのな……」
「元はシャラの為なんだが……嫌なら置いていくけど」
「あざす。俺は鉱山行きたい」
「じゃあ森の方行くかー」
「酷ぇ」
高井坂の言葉尻に合わせる様に、一條はリギャルドへの答えを返す。
「そういう事なので、まずは森か鉱山でお願いします」
柔やかな笑みをした筈だが、彼は若干引いてる気がしないでもない。
「はぁ……リギャルド殿。私とランス殿も含め、その話は了承しました。出発は、明日にでも構いませんか?」
「アタシはこのまま行こうかと思ってたんですけど」
言った瞬間、追加でスフィにため息を吐かれた。
代わりに、高井坂が口を開く。
「バーサ―カーか?」
「……。……今のはごめん。ナシで」
時間的には問題無い、と言う考えから即座に口走った事を後悔。
確かに、現在の時刻はまだ朝だ。
だが、準備も何も出来てない状態で行くのとは、また別の話である。
一條は、全員に聞こえる様に、大きく咳払い。
「リギャルド殿。後で詳細の方、お願いしても良いでしょうか?」
「……ん。あぁ、そう、だな。用意しよう」
語った当人も、こうまで意気揚々と引き受けるとは思っていなかったのか、反応はたどたどしいものだ。
「ジャンヌ・ダルク。お前と話していると、自分の立場と言うものを忘れてしまうな」
「楽しんで頂けたなら良かったです」
「楽しんでなどいないわ」
リギャルドは大きなため息を一つ。
他人の大仰なそれを見る機会はあまり無い為、一條としては新鮮な気分である。
相手が相手なのも関係しているかも知れない。
「お前に怖い物があれば、是非教えて貰いたいものだな」
呆れる様な声色に、ウッドストック以外の視線が突き刺さった。
その事に一瞬躊躇したものの、答えない訳にはいかない。
一條は胸を張って、高らかに宣言した。
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