71 / 133
南へ(5)
しおりを挟む
「一応、確認なんだけど。アタシってば、あの人に嫌われてる?」
御者席にて、一條は見慣れた二頭の馬から視線を外す事無く、手綱を握りながら呟く。
そんな独り言に近い言葉に対し、隣に座るスフィは一瞬迷いながらも頷いた。
その上で、
「気難しい人なので」
と、一言答えるのみである。
――エルド村で会った時は一瞥すらくれなかったのを、気難しいと片付けて良いのだろうか。
等と言う突っ込みは心の内に仕舞い込んだ。
モックラックの森を抜けた先。
目と鼻の先にあったのが、エルドと言う村である。
位置的にもハーラトと対を為す所であり、嘗ては一つの街であったとも言われる程、雰囲気が似ていた。
が、息つく間もなく当初の目的地、リンダールへとこうして行軍している。
理由は言わずもがなだ。
「あー……そう。気のせいじゃなかったら、ヴァロワ皇に謁見した時からあんな感じでしたよね。彼。……身に覚えは無いんだけど、癪に障ったかな。元平民がー、みたいな」
一條とスフィを乗せた幌馬車が先、後ろをアラン他を乗せた荷馬車。
これを従える様にして先を行く一団、その先頭を悠々と進む一人の人物を思う。
サーフマ・ウッドストック。
ヴァロワ十二皇家が一つ、ウッドストック家の当主。
三十代後半位、茶髪の優男、と言うのが第一印象だが、その見た目を強調する様な装飾品類は、むしろ伊達男と言って良いかも知れない。
そして、それ以上に一條達に対しての当たりが強いのが気に掛かる人物であった。
最も、それに関して全く心当たりが無いかと言えば、嘘にはなる。
――そりゃあ、まぁ。一介の平民が短期間でここまで出世してんだから、妬みの一つや二つはある、よな。
むしろ、今の今まであからさまな態度を見せる存在が居なかった方が稀であると言えるだろう。
それだけの事はしていると言う自負はあったが、それは同時に心苦しいものでもあった。
「シャク……? いえ、どちらかと言えば、気にしてる方ですね」
「えぇ? 本当にござるかぁ?」
これ見よがしの台詞にも、苦笑とも微笑とも取れる表情。
「ウッドストック殿も、別にジャンヌ姉様を下に見ている訳ではありませんよ。……まぁ、ああいう方なので誤解される事は多いですけど」
「ですよね」
後半部分への賛同に、彼女は今度こそ苦笑い。
「平民は平民らしく、と言うのは彼の口癖ですが、悪気があっての言葉ではないですし。……そうですね、彼がこうして此処に居る事が答えですよ?」
揺れる御者席の上で、疑問形で投げかけられた台詞に、一條は首を傾げる。
「えぇ、と……」
と口にしつつ、
――教師モードかこれ……?
思案。
もう一度視線を彼女に向ければ、真剣そのものだ。
「エルドに居た事が……」
呟いてから、
「アタシ達の出待ち?」
「待っていた、と言う意味であれば、半分正解と言った所です」
続けた返しに、先生からそんな評価が付けられる。
それならば、後半分を追加すれば良い。
「……今のが半分正解」
独り言を転がしながら、頭の中で状況を整理していく。
「確か、他にも二つ三つ、こういう村があるって話聞いたから、巡回のついでに、って事か」
「えぇ。その通りです。……特にこの辺りは、ハイアー含め、森から出てくる事も多いそうで。常に部下を配していますが、ああして自身が率先して見て回っている、と言う訳です」
「なるほろ……巡回がてら、気長に待ってたって訳だ。そして、平民は平民らしく」
つまり、
「ロキやなんかに襲われても、自分達軍人貴族がどうにかするから、君達平民は気にせず護られていろ、と」
ウッドストックが言外に匂わせているのは、そう言う事であろう。
とはいえ、確かにこれは言葉足らずにも程がある。
「と言う事は。アタシなんかが色々あって今の形になってるのが……」
「はい。ウッドストック殿としては、非常に面白くない、と言えますね」
「変なとこでがっつりやらかしてた……。あれ、でもシャラの奴は……いや、これは時勢に乗るって感じでもあるか」
下級士。
平民側から名乗りを挙げる、或いは徴兵とも取れる形で彼らと同じ土俵に立っている者達。
今や大抵の所では該当する筈だが、前線においても男手の少なさは頭の痛い所だ。
高井坂の様な存在は、むしろ歓迎される場合もある。
ならば、多少苦い感情はあれども、それを顔には出さないだろう。
同様に、女性が前線に出張るのも、必要な処置とは言えた。
「逆に、元々地方の村娘が自分と同じ立場にまでのし上がったのは、そりゃあ面白くないかぁ……」
「まぁ、そうですね」
素っ気なく返されて唸るが、その様子が面白かったらしく、声無く笑われた。
「さっき言ってた、気にしてる方、ってのは? アタシ、目すら合ってないし、流石にそうは見えないけど」
「ふふっ。それも、自分で言ってる様なものですね」
言われ、再び首を傾げる。
「目すら合ってない、とジャンヌ姉様は言いました。けど、逆に一度も目が合わない方が不自然だと思いませんか?」
「……。……あ、あー……たし、かに」
目から鱗とはこう言う事だった。
――いや違うか。
ともあれ、今でこそ一番先頭を行っている為、合わないのは勿論だが、エルドでは二度目であるが改めて顔合わせもしている。一條からも何度か視線を飛ばしていたが、当人は常にスフィだけを見ていたのだ。
思い返せば、周囲の人間とは会釈もしており、なんなら話掛けられてもいた。
それで尚、中心人物の一人と視線が合わない訳がない。
「ミラが、ジャンヌ姉様は時々抜けている、と言ってましたが、その通りかも知れませんね」
苦笑はため息を吐く事で甘んじて受ける。
「でも。まぁ、結果として良かったです。それで、今回の本題に入って良いでしょうか?」
本人の与り知らぬ所であり、予定外ではあったものの、サーフマ・ウッドストックの人物像はある程度把握出来た。
とすれば、ここからが本命の話である。
道中はあまり聞くに聞けない部分で、機会を窺ってる内にこうして直前にまでなってしまった。
「ラースリフ・リギャルド殿、ですか。私も直接会うのは……あぁ、今のヴァロワ皇が即位した時の一度きりですね。あの時も、殆ど目立つ事なくやってきて、それ程滞在していた記憶もないのですが。お二人が式のその後も会って話しの一つでもしたのか、までは……分かりませんが」
「それは……険悪な状態なのでは……?」
思った事をそのまま疑問として出してしまったが、今のだけを聞いて親密な関係と言える訳もない。
「かも知れません」
「笑う所じゃないけど」
さらりと言ってのけたスフィに突っ込めば、微笑が濃くなった。
「その、ヴァロワ皇……の遠い親戚と言う話は聞いてますが。下克上、じゃない。なんて言うか。地位を狙ってる、とか、そういうのとは違う?」
ややもすれば、可能性はある。
元々が国の最上位、ヴァロワ皇家の一員でありながら、国の南部に領土を持ち、あまつさえ隣国と交易までしているのだ。
これでは最早、敵対関係と見られても不思議ではない。
我らが日の元の時代が時代であれば、戦乱待ったなしであろう。
「そういう話は聞いた事がないですね」
わざと口に出しての疑問であったが、答えに迷いは見られない。
とはいえ、遠縁なのは事実だが、それは現在の二人が、と言う意味ではなく、二人の親の親の代まで遡っての話である。であれば、今のラースリフ・リギャルドとヴァロワ皇との血縁関係は、ほぼ無いと称して良いかもしれない程だ。
最も、そんな時代からここの一帯に移り住んでいる現状を恨み辛み、と考える事も出来なくはないが、杞憂であったらしい。
「かなり前に、ホリマーさんが手駒が欲しいだけ……とかなんとか言ってたけど。ローンヴィーク出身、と言うか、自分とこの領民が出世してった事と、関係があると思う?」
――領民って表現も微妙か。
南部を領土として居るのは事実だが、ここもヴァロワ皇国には違いない。
一條の言葉も語弊があると言える。
「それは、考えられます。特にジャンヌ姉様の武勇はここでも持ちきりでしょう。ウッドストック殿も居ますから。直接見てはいないにしても」
「うーん。引き抜き……、か。やっぱその可能性が高いかなぁ」
実力もさることながら、単なる下級士ではなくなり、今や十二皇家にも匹敵する地位も与えられている為、皇都と比肩する南部一帯、と喧伝するにも悪くない条件は揃っていた。
等と言えば、結局下克上の様な形になってしまうが、一條としては、ラースリフ・リギャルドと言う人物にそこまで野心があるとは思えない。
「考え過ぎかもだけど」
「? えぇ、そうですね。……と、他には、エルドでも少し話題になっていた事でしょうか」
「……あぁ、例の怪物話。確か、バララムート、とか言ったっけ」
南部では今一番熱い話がそれだ。
と言っても、全くの悪い方向、ではある。
エルドに来て、漸くその一端が見えて来たのだった。
モックラックの森の逆側、ホルルクですら軽く聞いた程度との事だった為、余程厳重に箝口令が敷かれているらしい。
――これを聞き出した戦闘狂は何者だ全く……。
軽くため息。
それに反応して首を傾げたスフィに対し、一條は首を横に振る事で意思表示とする。
「兎も角。交易船が幾つも沈められてる、とか? 俄には信じがたい話だけど」
豪華客船とまではいかないまでも、他国との交易をしようと言う代物だ。生半可な船ではないだろう。
それを複数回に渡って沈めているのだから、それこそ本物の怪物である。
「ウッドストック殿の話では、まともに姿を見た者が居ない、と言う事でした。ジャンヌ姉様の言う通り、何回もやられていて、そんな事があるのでしょうか……」
難しい表情で考え込むスフィを横目に、一條は漠然とした相手の姿を浮かべた。
「そうだなぁ」
と前置き、
「そいつの大きさ、攻撃手段、後は時間帯にもよるかな。恐らく巨体を持ったやつの一撃、見通しの利かない夜、若しくは朝焼け。これなら、可能性は高い。個人的には鰐辺りがありそうなんだけど」
黒犬に関してはホルルクの所で、また、存在してるかは別として、二つ以上の頭を持った個体は見ていない。
猪は昨日討伐して調理しているし、余った分はエルドに配ってもいた。
ならば、と思う。
――いや、少なくとも鰐に対しての反応は無かったな。
ウネリカ戦の後、周囲にそれとなく聞いてみた結果だが、鰐自体が未知の巨大生物であれば該当はする。
バララムート自体、もっと別の生物の可能性も当然あるが。
「まぁ、リンダールに行けば、そのリギャルド殿から何か聞けるかも知れないしね」
兎に角、ヘッズロー大河に潜む何者かの存在は、ここ南部では非常に重要な案件であった。
ただでさえガティネやミラリヤ、ロキと問題が山積している上で、これである。
ヴァロワ全体に関係がある、とは言えないものの、死活問題とは言えよう。
「……所で、リンダールへは、この道で合ってる、のかな?」
「うーん。私も初めて来たので、恐らく、としか」
気にせず歩を進めるウッドストック一行。
その様子にスフィも妙な表情を浮かべているが、さもありなん。
エルドを出て更に南へとやってきたが、道はここに来て左へと、小高い丘をぐるりと回り込む様に続いているからだ。
道幅自体は馬車が二台横になってまだ余裕はありそうだが、その先はちょっとした崖であり、つまりは件のヘッズロー大河と言う事になる。
ともすれば、大河を横目に行く眺めの良い主要街道とは言えた。
「ガードレール、なんて立派なもんは無いよねぇ」
と言うか、落下を防ぐ一切が無い。
車であれば、運転手の腕次第である程度は防止も出来るだろうが、生憎と今の時代の原動力は動物である。
不意の事態で暴走されれば、否応なしに水の中へ飛び込む事になりかねない。
全く以て、景色の割に合わない危険な道だった。
――作った奴は何考えてたんだろうか。
大凡分かりきった考えではある。
見た感じ、落石等で道が通りづらい、と言った事は無さそうだが、どうにも心許ない。
「今度、シャラに言って舗装工事でもして貰え。後、落下防止策はしとけ、と」
「これから会う者に直接言ってみては如何です?」
「聞き入れてくれるなら」
「森の時とは随分違って楽しそうですね、ジャンヌ姉様」
実に楽しげに言われる。
一條としては、嫌な思いの方が強い。
――が、これはアランの所為だ。
「帰りはもう少し上手い歌声を期待してますね」
「……最近、周りが変な輩の影響受けてる気がするんだよ」
押し殺した様な笑いが一頻り続いた後、隣から聞こえてくる鼻歌に、一條は仕方なしに声を乗せた。
御者席にて、一條は見慣れた二頭の馬から視線を外す事無く、手綱を握りながら呟く。
そんな独り言に近い言葉に対し、隣に座るスフィは一瞬迷いながらも頷いた。
その上で、
「気難しい人なので」
と、一言答えるのみである。
――エルド村で会った時は一瞥すらくれなかったのを、気難しいと片付けて良いのだろうか。
等と言う突っ込みは心の内に仕舞い込んだ。
モックラックの森を抜けた先。
目と鼻の先にあったのが、エルドと言う村である。
位置的にもハーラトと対を為す所であり、嘗ては一つの街であったとも言われる程、雰囲気が似ていた。
が、息つく間もなく当初の目的地、リンダールへとこうして行軍している。
理由は言わずもがなだ。
「あー……そう。気のせいじゃなかったら、ヴァロワ皇に謁見した時からあんな感じでしたよね。彼。……身に覚えは無いんだけど、癪に障ったかな。元平民がー、みたいな」
一條とスフィを乗せた幌馬車が先、後ろをアラン他を乗せた荷馬車。
これを従える様にして先を行く一団、その先頭を悠々と進む一人の人物を思う。
サーフマ・ウッドストック。
ヴァロワ十二皇家が一つ、ウッドストック家の当主。
三十代後半位、茶髪の優男、と言うのが第一印象だが、その見た目を強調する様な装飾品類は、むしろ伊達男と言って良いかも知れない。
そして、それ以上に一條達に対しての当たりが強いのが気に掛かる人物であった。
最も、それに関して全く心当たりが無いかと言えば、嘘にはなる。
――そりゃあ、まぁ。一介の平民が短期間でここまで出世してんだから、妬みの一つや二つはある、よな。
むしろ、今の今まであからさまな態度を見せる存在が居なかった方が稀であると言えるだろう。
それだけの事はしていると言う自負はあったが、それは同時に心苦しいものでもあった。
「シャク……? いえ、どちらかと言えば、気にしてる方ですね」
「えぇ? 本当にござるかぁ?」
これ見よがしの台詞にも、苦笑とも微笑とも取れる表情。
「ウッドストック殿も、別にジャンヌ姉様を下に見ている訳ではありませんよ。……まぁ、ああいう方なので誤解される事は多いですけど」
「ですよね」
後半部分への賛同に、彼女は今度こそ苦笑い。
「平民は平民らしく、と言うのは彼の口癖ですが、悪気があっての言葉ではないですし。……そうですね、彼がこうして此処に居る事が答えですよ?」
揺れる御者席の上で、疑問形で投げかけられた台詞に、一條は首を傾げる。
「えぇ、と……」
と口にしつつ、
――教師モードかこれ……?
思案。
もう一度視線を彼女に向ければ、真剣そのものだ。
「エルドに居た事が……」
呟いてから、
「アタシ達の出待ち?」
「待っていた、と言う意味であれば、半分正解と言った所です」
続けた返しに、先生からそんな評価が付けられる。
それならば、後半分を追加すれば良い。
「……今のが半分正解」
独り言を転がしながら、頭の中で状況を整理していく。
「確か、他にも二つ三つ、こういう村があるって話聞いたから、巡回のついでに、って事か」
「えぇ。その通りです。……特にこの辺りは、ハイアー含め、森から出てくる事も多いそうで。常に部下を配していますが、ああして自身が率先して見て回っている、と言う訳です」
「なるほろ……巡回がてら、気長に待ってたって訳だ。そして、平民は平民らしく」
つまり、
「ロキやなんかに襲われても、自分達軍人貴族がどうにかするから、君達平民は気にせず護られていろ、と」
ウッドストックが言外に匂わせているのは、そう言う事であろう。
とはいえ、確かにこれは言葉足らずにも程がある。
「と言う事は。アタシなんかが色々あって今の形になってるのが……」
「はい。ウッドストック殿としては、非常に面白くない、と言えますね」
「変なとこでがっつりやらかしてた……。あれ、でもシャラの奴は……いや、これは時勢に乗るって感じでもあるか」
下級士。
平民側から名乗りを挙げる、或いは徴兵とも取れる形で彼らと同じ土俵に立っている者達。
今や大抵の所では該当する筈だが、前線においても男手の少なさは頭の痛い所だ。
高井坂の様な存在は、むしろ歓迎される場合もある。
ならば、多少苦い感情はあれども、それを顔には出さないだろう。
同様に、女性が前線に出張るのも、必要な処置とは言えた。
「逆に、元々地方の村娘が自分と同じ立場にまでのし上がったのは、そりゃあ面白くないかぁ……」
「まぁ、そうですね」
素っ気なく返されて唸るが、その様子が面白かったらしく、声無く笑われた。
「さっき言ってた、気にしてる方、ってのは? アタシ、目すら合ってないし、流石にそうは見えないけど」
「ふふっ。それも、自分で言ってる様なものですね」
言われ、再び首を傾げる。
「目すら合ってない、とジャンヌ姉様は言いました。けど、逆に一度も目が合わない方が不自然だと思いませんか?」
「……。……あ、あー……たし、かに」
目から鱗とはこう言う事だった。
――いや違うか。
ともあれ、今でこそ一番先頭を行っている為、合わないのは勿論だが、エルドでは二度目であるが改めて顔合わせもしている。一條からも何度か視線を飛ばしていたが、当人は常にスフィだけを見ていたのだ。
思い返せば、周囲の人間とは会釈もしており、なんなら話掛けられてもいた。
それで尚、中心人物の一人と視線が合わない訳がない。
「ミラが、ジャンヌ姉様は時々抜けている、と言ってましたが、その通りかも知れませんね」
苦笑はため息を吐く事で甘んじて受ける。
「でも。まぁ、結果として良かったです。それで、今回の本題に入って良いでしょうか?」
本人の与り知らぬ所であり、予定外ではあったものの、サーフマ・ウッドストックの人物像はある程度把握出来た。
とすれば、ここからが本命の話である。
道中はあまり聞くに聞けない部分で、機会を窺ってる内にこうして直前にまでなってしまった。
「ラースリフ・リギャルド殿、ですか。私も直接会うのは……あぁ、今のヴァロワ皇が即位した時の一度きりですね。あの時も、殆ど目立つ事なくやってきて、それ程滞在していた記憶もないのですが。お二人が式のその後も会って話しの一つでもしたのか、までは……分かりませんが」
「それは……険悪な状態なのでは……?」
思った事をそのまま疑問として出してしまったが、今のだけを聞いて親密な関係と言える訳もない。
「かも知れません」
「笑う所じゃないけど」
さらりと言ってのけたスフィに突っ込めば、微笑が濃くなった。
「その、ヴァロワ皇……の遠い親戚と言う話は聞いてますが。下克上、じゃない。なんて言うか。地位を狙ってる、とか、そういうのとは違う?」
ややもすれば、可能性はある。
元々が国の最上位、ヴァロワ皇家の一員でありながら、国の南部に領土を持ち、あまつさえ隣国と交易までしているのだ。
これでは最早、敵対関係と見られても不思議ではない。
我らが日の元の時代が時代であれば、戦乱待ったなしであろう。
「そういう話は聞いた事がないですね」
わざと口に出しての疑問であったが、答えに迷いは見られない。
とはいえ、遠縁なのは事実だが、それは現在の二人が、と言う意味ではなく、二人の親の親の代まで遡っての話である。であれば、今のラースリフ・リギャルドとヴァロワ皇との血縁関係は、ほぼ無いと称して良いかもしれない程だ。
最も、そんな時代からここの一帯に移り住んでいる現状を恨み辛み、と考える事も出来なくはないが、杞憂であったらしい。
「かなり前に、ホリマーさんが手駒が欲しいだけ……とかなんとか言ってたけど。ローンヴィーク出身、と言うか、自分とこの領民が出世してった事と、関係があると思う?」
――領民って表現も微妙か。
南部を領土として居るのは事実だが、ここもヴァロワ皇国には違いない。
一條の言葉も語弊があると言える。
「それは、考えられます。特にジャンヌ姉様の武勇はここでも持ちきりでしょう。ウッドストック殿も居ますから。直接見てはいないにしても」
「うーん。引き抜き……、か。やっぱその可能性が高いかなぁ」
実力もさることながら、単なる下級士ではなくなり、今や十二皇家にも匹敵する地位も与えられている為、皇都と比肩する南部一帯、と喧伝するにも悪くない条件は揃っていた。
等と言えば、結局下克上の様な形になってしまうが、一條としては、ラースリフ・リギャルドと言う人物にそこまで野心があるとは思えない。
「考え過ぎかもだけど」
「? えぇ、そうですね。……と、他には、エルドでも少し話題になっていた事でしょうか」
「……あぁ、例の怪物話。確か、バララムート、とか言ったっけ」
南部では今一番熱い話がそれだ。
と言っても、全くの悪い方向、ではある。
エルドに来て、漸くその一端が見えて来たのだった。
モックラックの森の逆側、ホルルクですら軽く聞いた程度との事だった為、余程厳重に箝口令が敷かれているらしい。
――これを聞き出した戦闘狂は何者だ全く……。
軽くため息。
それに反応して首を傾げたスフィに対し、一條は首を横に振る事で意思表示とする。
「兎も角。交易船が幾つも沈められてる、とか? 俄には信じがたい話だけど」
豪華客船とまではいかないまでも、他国との交易をしようと言う代物だ。生半可な船ではないだろう。
それを複数回に渡って沈めているのだから、それこそ本物の怪物である。
「ウッドストック殿の話では、まともに姿を見た者が居ない、と言う事でした。ジャンヌ姉様の言う通り、何回もやられていて、そんな事があるのでしょうか……」
難しい表情で考え込むスフィを横目に、一條は漠然とした相手の姿を浮かべた。
「そうだなぁ」
と前置き、
「そいつの大きさ、攻撃手段、後は時間帯にもよるかな。恐らく巨体を持ったやつの一撃、見通しの利かない夜、若しくは朝焼け。これなら、可能性は高い。個人的には鰐辺りがありそうなんだけど」
黒犬に関してはホルルクの所で、また、存在してるかは別として、二つ以上の頭を持った個体は見ていない。
猪は昨日討伐して調理しているし、余った分はエルドに配ってもいた。
ならば、と思う。
――いや、少なくとも鰐に対しての反応は無かったな。
ウネリカ戦の後、周囲にそれとなく聞いてみた結果だが、鰐自体が未知の巨大生物であれば該当はする。
バララムート自体、もっと別の生物の可能性も当然あるが。
「まぁ、リンダールに行けば、そのリギャルド殿から何か聞けるかも知れないしね」
兎に角、ヘッズロー大河に潜む何者かの存在は、ここ南部では非常に重要な案件であった。
ただでさえガティネやミラリヤ、ロキと問題が山積している上で、これである。
ヴァロワ全体に関係がある、とは言えないものの、死活問題とは言えよう。
「……所で、リンダールへは、この道で合ってる、のかな?」
「うーん。私も初めて来たので、恐らく、としか」
気にせず歩を進めるウッドストック一行。
その様子にスフィも妙な表情を浮かべているが、さもありなん。
エルドを出て更に南へとやってきたが、道はここに来て左へと、小高い丘をぐるりと回り込む様に続いているからだ。
道幅自体は馬車が二台横になってまだ余裕はありそうだが、その先はちょっとした崖であり、つまりは件のヘッズロー大河と言う事になる。
ともすれば、大河を横目に行く眺めの良い主要街道とは言えた。
「ガードレール、なんて立派なもんは無いよねぇ」
と言うか、落下を防ぐ一切が無い。
車であれば、運転手の腕次第である程度は防止も出来るだろうが、生憎と今の時代の原動力は動物である。
不意の事態で暴走されれば、否応なしに水の中へ飛び込む事になりかねない。
全く以て、景色の割に合わない危険な道だった。
――作った奴は何考えてたんだろうか。
大凡分かりきった考えではある。
見た感じ、落石等で道が通りづらい、と言った事は無さそうだが、どうにも心許ない。
「今度、シャラに言って舗装工事でもして貰え。後、落下防止策はしとけ、と」
「これから会う者に直接言ってみては如何です?」
「聞き入れてくれるなら」
「森の時とは随分違って楽しそうですね、ジャンヌ姉様」
実に楽しげに言われる。
一條としては、嫌な思いの方が強い。
――が、これはアランの所為だ。
「帰りはもう少し上手い歌声を期待してますね」
「……最近、周りが変な輩の影響受けてる気がするんだよ」
押し殺した様な笑いが一頻り続いた後、隣から聞こえてくる鼻歌に、一條は仕方なしに声を乗せた。
0
お気に入りに追加
21
あなたにおすすめの小説
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
TS調教施設 ~敵国に捕らえられ女体化ナノマシンで快楽調教されました~
エルトリア
SF
世界有数の大国ロタール連邦の軍人アルフ・エーベルバッハ。彼は敵国アウライ帝国との戦争で数え切れぬ武勲をあげ、僅か四年で少佐にまで昇進し、救国の英雄となる道を歩んでいた。
しかし、所属している基地が突如大規模な攻撃を受け、捕虜になったことにより、アルフの人生は一変する。
「さっさと殺すことだな」
そう鋭く静かに言い放った彼に待ち受けていたものは死よりも残酷で屈辱的な扱いだった。
「こ、これは。私の身体なのか…!?」
ナノマシンによる肉体改造によりアルフの身体は年端もいかない少女へと変容してしまう。
怒りに震えるアルフ。調教師と呼ばれる男はそれを見ながら言い放つ。
「お前は食事ではなく精液でしか栄養を摂取出来ない身体になったんだよ」
こうしてアルフは089という囚人番号を与えられ、雌奴隷として調教される第二の人生を歩み始めた。
※個人制作でコミカライズ版を配信しました。作品下部バナーでご検索ください!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる