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「こんな所です?」
言いつつ、一條はヴァルグをその鞘へと戻した。
大きさもあり、普通の物と同じく縦入れも出来るが、基本は横から入れて収納する形である。
この点は一声挙げさせて貰ったのだが、使用感も中々の一品だと再認識した。
「おう、後は任されよー」
肩を回しながら、高井坂が告げ、いそいそと解体作業に入る。
担当するのは、今し方一條と紀宝で討ち取った猪と思われる二頭だ。
そう表現するのも仕方ない。
一條達が知っているそれとは、大きさが大分異なっていたからだ。
無論、ロキの型よりも幾分か小さいものの、それでも体高は大人位はある。
それが通常の通りに向かってくるのだ。大半の生物は、一撃でこの世から退場の憂き目にあうだろう。
――正直ロキよか恐いけど。この世界にはでかい動物しか居ないのか……?
純粋に向かってくる殺意の塊と言うのが、これ程の物とは思っていなかった為、一瞬怯んだのも事実だ。
以前、剣歯虎に似た動物と一戦交えていた輩が居たが、今にして思えばぞっとする話である。
「しっかし、大したもんだな。剣もそうだが、腕自体も結構上がったんじゃないか? こんなデカい猪を一撃とは……流石だわ」
「……ん。これでも頑張ってはいるから。そう言われると嬉しい、けど」
彼の言う通り、そんな猪の突撃攻撃に対し、すれ違い様の一撃で逆に首を刎ねたのが一條だ。
まともに生き物を叩き切ったのは初めての事だったが、どうにも感慨は湧いてこない。
やはり、何とも言えない感情だけが胸にあった。
が、とりあえず、肩を竦めるに留める。
「まぁ、素手で狩る様なのが居るとなんだかなぁ、なんて……」
ため息混じりの台詞。
一條から言わせて貰えば、これを素手で仕留める存在の方が、余程化け物染みている。
高井坂も苦笑いする他無い。
「とりま、近くに他のは居なさそー」
「ありがとー」
化け物が周囲の索敵を終えて帰って来た。
ほんの僅か遅れて、テリアも合流。ふらふらとした足取りで寄ってくる。
「ミラさんに置いて行かれるかと思いました……」
――適切な距離は取ってたと思うけど。
紀宝とて、そこまで考え無しではないだろう。
「よしよし。も少ししたら夕食だ。準備して」
苦笑しつつ頭を撫でてから放流。
口では何かと言いつつ、食らい付くだけの物はある。
素直に評価出来る点ではあった。
「しっかし、お前もなんでも出来るなホント……」
高井坂の手に迷いは見られない。
刃物を取っ替え引っ替え、進めていく。
彼の物ではなく、見張り役でもあるホルルクの予備品だ。
先程の短い時間で借りてくる辺り、相当である。
「何でも出来るのは姉貴だろ? 知ってると思うけど」
「知ってるけど……今にして思えば、何処目指してたんだろうな」
「女教師だろ。知らんけど。……でも、運転免許の種類欄とか技能講習とか全部埋めようとしてる女だぞ。野暮って言うか無駄だよ無駄」
親友の軽口に対しては、その困難さまでは不明である為、閉口するしかない。
初耳ではあったが、最早その事に驚きはなかった。
「高身長スタイル美人は考えてる事違うなぁ」
「おっそうだな」
同意を得られたものの、視線と表情にはあまりそれが感じられない。
「ま、何にせよ。これも一度教えて貰っただけだからなぁ。……ふーむ、万屋でも開くか」
――普通は実姉から猪の捌き方なんて教わらないし一度じゃ覚えきれんけどな。
思案しつつ、
「万屋なんてお前には役不足だ」
吐いて出た台詞に、親友は苦笑。
「それじゃあ大統領にでもなるかー?」
「そこは総理大臣とかじゃないのか」
「レッツパーリィィィィィィィィィ」
「煩い」
「すんません」
周囲への警戒を怠らないまま、腕組みしている紀宝に指摘され、高井坂はそそくさと手早く進めていく。
そんな彼を横目に、改めてため息混じりに友人へ声を掛ける。
「森で会った最初の動物が猪二頭の縄張り争いとは、ついてないんだか良く分からんな」
「お陰で夕食は豪華になったけどねぇ」
言いつつ、紀宝の視線が此方とヴァルグとを二度、三度往復した所で、一息吐いた。
「ジャンヌ姉、その持ち方と言うか、担ぎ方はどうかと思うのよ。私はね」
「……ん? え、っと。んん??」
自身の手足を見ていくが、一條には指摘された理由が思い至らない。
身体を捻って、ヴァルグにも目を向ける。
右肩から覗く柄、上半身を右肩から左腰まで走る革と紫鉱石の帯、その先で揺れる鞘の切っ先。
いずれにも、これと言った箇所は見受けられなかった。
「……姿に慣れると感覚もバグるのか……」
言葉に眉根を詰めたが、彼女は無言で自分の胸を指差す。
不思議と目を向ける。
「……おぉ。そう言う……」
紀宝のなんとも言えない表情にも得心がいった。
斜めに走る帯で、一條のそれは見事に強調されていたからである。
ある意味、鞘の不具合と言えなくもない。
「えぇと。敵が居なさそうなら、ヴァルグ置いてこようかなー……」
乾いた笑いでごまかしつつ、荷馬車へ足早に向かう。
背に視線を感じるが、気にしない事にした。
――あぁーシャラの奴が視線ちらっちらしてたのそれかぁ……次から肩掛けにしよっかな……。
いつもの奇行から気にしないでいたが心中で納得し、方針も固める。
馬車へゆっくりと大剣を下ろした所へ、妙な表情を浮かべたままのスフィが近付いてきた。
「あれ、スフィ? どしたの?」
「……いえ、ジャンヌ姉様と居ると、色々な発見があるな、と」
「ふむ……?」
一條にはいまいち来ない指摘だが、スフィ当人にとっては、そうでもないらしい。
「ジャンヌ姉様達は、慣れてる様ですけど。あれ」
「あれ……は、まぁ、流石に皇都ではそう見ないでしょうけど……」
言いつつ、首を傾げる。
狩った動物をその場で捌くと言うのは、確かに中々見ない光景であっても、スフィは特に戦場で矢面に立つ存在だ。
一條以上に、人の生き死にを経験している筈なのだが、どうにも苦手意識があるらしい。
――勝手が違うと言う事なのだろうか。
しかし、三人が田舎の出身とはなっているものの、現状の通り職人なのは高井坂のみである。
紀宝に関しては不明だが、おくびにも出してない所を見るに、気にする事でも無いのかも知れない。
「あー、そういえば、アランさんとテリアさんは、そうでもないかも」
アランも流石に若干しかめっ面をしているものの、特に何か言うでもなく動いていた。
テリアに至っては普段通りにも見える。
今も横目で確認すれば、紀宝と談笑すらしていた。
「テリア・キキタクィも、軍人貴族です。住まいは確か、西の壁方面、でしたか。あそこは特に、距離が近いと聞きます」
「距離……? そんなに?」
「壁のすぐ外で行われていますね」
――西側は、確か……セーシェだったか。
皇都関係は、ルッテモーラから教わったのもあるが、やはりルカヨから教えて貰った面が大きい。
皇都グランツェの壁内は、王城と居住区、市場等の出店で占められている。
食料の生産、畜産を内部で行うには場所も取れない為、今有る壁外の四方にてその役割を割り振っていた。
最も、服の加工を始め、多少は中でも見られるが。
そして、その四方の中で主に精肉関連を主眼に置かれているのが西側部分であり、正式名称をセーシェと言う。
と言っても、その意味も単純に西グランツェを略したものだ。
「東は何度か通ったけど、そっちの方は、あんまり行った事無かったな」
そもそも、これまでは壁の内外を易々とは行き来出来ない立場でもあった。
そういった方面にはあまり感心が無かったのも、また事実であるが。
「まだまだ探索が不十分、と」
脳内に広げた皇都地図を参照。
ついでに西側に印を打った。
――今度テリアさんに案内して貰うのも手だな。
思案し、頷いたが、それに対して首を傾げるスフィを手で制しつつ、
「なんにせよ、あれね。苦手な物は人それぞれだし?」
両手で蜘蛛を模した動きをして見せれば、彼女も小さく笑う。
「ジャンヌ姉様はそういうのあるんですか?」
「え。……それは、まぁ、普通にあるけど」
歯切れの悪い台詞に、スフィの微笑が少し濃くなった。
「それは……」
言い掛けたスフィの視線が中空に飛び、一点で止まり、怪訝な顔になる。
「?」
その事に首を傾げ、ようとした寸前、背後から声が上がった。
「わっ!」
「ひんっ」
それも思っていたよりかなり近い距離から。
「だーはっはっはっ! 言った通りだろ!? 昔からそうなんだよそいつはっ。にしても、鉄壁防御も中々様になってんなぁ、お嬢」
親友の馬鹿でかい笑い声に、一條はしゃがみ防御を解いた。
「シャーラー、お前はー……おま……、え……アランさん?」
一條の背後。見上げた先に居たのは、此方以上に驚いた表情をしているアランその人。
後方で笑い転げている指令役は、既に解体作業を終えて自由の身であり、
――ぐぬぬ……っ。
どういう理由からかは不明ながら、他人を唆して遠隔操作してきた訳だった。
その上で、スフィの表情にも納得がいく。
アランが抜き足差し足で近付いて来るのを目撃していたのならば、それも当然である。
「えぇと……」
下から見るアランは、今まで見てきた中で最も困惑度が高い顔をしていた。
状況が状況であれば、からかいの一つでもしたい所である。
「幽霊苦手なのは相変わらずで何よりねホント」
「うるせほっとけ」
「腰とか抜けてないなら良いけど?」
「そこまで柔じゃない」
からからと笑いながら差し出される手を掴めば、一息で引き起こされた。
「ユーレイ、ですか……?」
スフィの感心は別の方に移った様である。
「あー、説明は難しいとこなんだけど……。人のタマシイ……セイシン? 的? なのが、悪さをする存在……いや、違うな。見えるんだけど見えない存在と言うか。うーん……ジャンヌ姉。良い説明の仕方、ある?」
「アタシに聞くのはお門違いとだけ言っておくね」
頬を膨らませる義妹だったが、それも一瞬。
「ま、良いか。ジービエ、ジビエー」
「切り替えが早い……」
漂い始めた匂いも要因だろう。
深いため息を一つ吐いてから、何事も無かった様にアランと向き合う。
「……別に怒ってません。呆れてますけど」
「あまり信じて無かったもので……」
彼の言う事も、最もではあるかも知れない。
皇都やドワーレだけではなく、モックラックの森の見張り役にすら知れ渡っている程、ジャンヌ・ダルクの知名度は高かった。
今やこの国で、それこそ知らぬ人間は居ないと思える。
加えてその功績とあっては、無敵超人もかくやと言えた。
「恐い物知らずの勇猛な女性騎士」
それが、恐らくはヴァロワ皇国での評価だろう。
「いや、軍人貴族か。……でも、恐い物は恐い」
モックラックの森に入り、日も落ちる頃合い。
木々が日光を遮っている箇所が多く、常に薄暗い為、時間感覚はいつもより増して分かりづらかった。
夜の森で行動する等、以前の一條では考えられなかった事であり、これが改善されるまではリンダールへなど二度足を運ぶ機会は無いと断言して良い。
「ジャンヌ姉様は人ではないかも、と思ってたのが正直な所です。なんだか安心しました」
スフィの笑いを堪えた台詞に、ため息。
人物像が修正されるのであれば、あながち悪い事ばかりとは言えなかった。
――人間、弱点がある方が可愛げあるって言うし。
ならば、前向きに捉えるのも、吝かではない。
「所で、ロキって、この森でも目撃されてるの? リンダールとか結構大きいって聞くけど」
「聞いた事は無いですね」
巨大な森が防波堤の様な役割を持っているのかは謎だが、兎も角、懸念材料は一つ減る。
「最初は恐怖山脈の方で見付かった、んだよな。此処に住んでる生物を模してるのは、何か理由が?」
「それも分かってはいません。最初にローンヴィークを襲った事も、含めて。……ただ、最初に目撃されたリーンクル……恐怖山脈近くにあった街でも、見掛ける事はあったと思います」
「分かったら苦労はしない、か」
それ故のロキケトー、だ。
「ついでにスフィ。もう一つお願い良いかな」
「良いですよ」
「まだ何も言ってない……」
言葉に、彼女は微笑一つ。
「今日は最後までお付き合いします」
「助かります」
一條は幾らか心が軽くなったのを実感した。
言いつつ、一條はヴァルグをその鞘へと戻した。
大きさもあり、普通の物と同じく縦入れも出来るが、基本は横から入れて収納する形である。
この点は一声挙げさせて貰ったのだが、使用感も中々の一品だと再認識した。
「おう、後は任されよー」
肩を回しながら、高井坂が告げ、いそいそと解体作業に入る。
担当するのは、今し方一條と紀宝で討ち取った猪と思われる二頭だ。
そう表現するのも仕方ない。
一條達が知っているそれとは、大きさが大分異なっていたからだ。
無論、ロキの型よりも幾分か小さいものの、それでも体高は大人位はある。
それが通常の通りに向かってくるのだ。大半の生物は、一撃でこの世から退場の憂き目にあうだろう。
――正直ロキよか恐いけど。この世界にはでかい動物しか居ないのか……?
純粋に向かってくる殺意の塊と言うのが、これ程の物とは思っていなかった為、一瞬怯んだのも事実だ。
以前、剣歯虎に似た動物と一戦交えていた輩が居たが、今にして思えばぞっとする話である。
「しっかし、大したもんだな。剣もそうだが、腕自体も結構上がったんじゃないか? こんなデカい猪を一撃とは……流石だわ」
「……ん。これでも頑張ってはいるから。そう言われると嬉しい、けど」
彼の言う通り、そんな猪の突撃攻撃に対し、すれ違い様の一撃で逆に首を刎ねたのが一條だ。
まともに生き物を叩き切ったのは初めての事だったが、どうにも感慨は湧いてこない。
やはり、何とも言えない感情だけが胸にあった。
が、とりあえず、肩を竦めるに留める。
「まぁ、素手で狩る様なのが居るとなんだかなぁ、なんて……」
ため息混じりの台詞。
一條から言わせて貰えば、これを素手で仕留める存在の方が、余程化け物染みている。
高井坂も苦笑いする他無い。
「とりま、近くに他のは居なさそー」
「ありがとー」
化け物が周囲の索敵を終えて帰って来た。
ほんの僅か遅れて、テリアも合流。ふらふらとした足取りで寄ってくる。
「ミラさんに置いて行かれるかと思いました……」
――適切な距離は取ってたと思うけど。
紀宝とて、そこまで考え無しではないだろう。
「よしよし。も少ししたら夕食だ。準備して」
苦笑しつつ頭を撫でてから放流。
口では何かと言いつつ、食らい付くだけの物はある。
素直に評価出来る点ではあった。
「しっかし、お前もなんでも出来るなホント……」
高井坂の手に迷いは見られない。
刃物を取っ替え引っ替え、進めていく。
彼の物ではなく、見張り役でもあるホルルクの予備品だ。
先程の短い時間で借りてくる辺り、相当である。
「何でも出来るのは姉貴だろ? 知ってると思うけど」
「知ってるけど……今にして思えば、何処目指してたんだろうな」
「女教師だろ。知らんけど。……でも、運転免許の種類欄とか技能講習とか全部埋めようとしてる女だぞ。野暮って言うか無駄だよ無駄」
親友の軽口に対しては、その困難さまでは不明である為、閉口するしかない。
初耳ではあったが、最早その事に驚きはなかった。
「高身長スタイル美人は考えてる事違うなぁ」
「おっそうだな」
同意を得られたものの、視線と表情にはあまりそれが感じられない。
「ま、何にせよ。これも一度教えて貰っただけだからなぁ。……ふーむ、万屋でも開くか」
――普通は実姉から猪の捌き方なんて教わらないし一度じゃ覚えきれんけどな。
思案しつつ、
「万屋なんてお前には役不足だ」
吐いて出た台詞に、親友は苦笑。
「それじゃあ大統領にでもなるかー?」
「そこは総理大臣とかじゃないのか」
「レッツパーリィィィィィィィィィ」
「煩い」
「すんません」
周囲への警戒を怠らないまま、腕組みしている紀宝に指摘され、高井坂はそそくさと手早く進めていく。
そんな彼を横目に、改めてため息混じりに友人へ声を掛ける。
「森で会った最初の動物が猪二頭の縄張り争いとは、ついてないんだか良く分からんな」
「お陰で夕食は豪華になったけどねぇ」
言いつつ、紀宝の視線が此方とヴァルグとを二度、三度往復した所で、一息吐いた。
「ジャンヌ姉、その持ち方と言うか、担ぎ方はどうかと思うのよ。私はね」
「……ん? え、っと。んん??」
自身の手足を見ていくが、一條には指摘された理由が思い至らない。
身体を捻って、ヴァルグにも目を向ける。
右肩から覗く柄、上半身を右肩から左腰まで走る革と紫鉱石の帯、その先で揺れる鞘の切っ先。
いずれにも、これと言った箇所は見受けられなかった。
「……姿に慣れると感覚もバグるのか……」
言葉に眉根を詰めたが、彼女は無言で自分の胸を指差す。
不思議と目を向ける。
「……おぉ。そう言う……」
紀宝のなんとも言えない表情にも得心がいった。
斜めに走る帯で、一條のそれは見事に強調されていたからである。
ある意味、鞘の不具合と言えなくもない。
「えぇと。敵が居なさそうなら、ヴァルグ置いてこようかなー……」
乾いた笑いでごまかしつつ、荷馬車へ足早に向かう。
背に視線を感じるが、気にしない事にした。
――あぁーシャラの奴が視線ちらっちらしてたのそれかぁ……次から肩掛けにしよっかな……。
いつもの奇行から気にしないでいたが心中で納得し、方針も固める。
馬車へゆっくりと大剣を下ろした所へ、妙な表情を浮かべたままのスフィが近付いてきた。
「あれ、スフィ? どしたの?」
「……いえ、ジャンヌ姉様と居ると、色々な発見があるな、と」
「ふむ……?」
一條にはいまいち来ない指摘だが、スフィ当人にとっては、そうでもないらしい。
「ジャンヌ姉様達は、慣れてる様ですけど。あれ」
「あれ……は、まぁ、流石に皇都ではそう見ないでしょうけど……」
言いつつ、首を傾げる。
狩った動物をその場で捌くと言うのは、確かに中々見ない光景であっても、スフィは特に戦場で矢面に立つ存在だ。
一條以上に、人の生き死にを経験している筈なのだが、どうにも苦手意識があるらしい。
――勝手が違うと言う事なのだろうか。
しかし、三人が田舎の出身とはなっているものの、現状の通り職人なのは高井坂のみである。
紀宝に関しては不明だが、おくびにも出してない所を見るに、気にする事でも無いのかも知れない。
「あー、そういえば、アランさんとテリアさんは、そうでもないかも」
アランも流石に若干しかめっ面をしているものの、特に何か言うでもなく動いていた。
テリアに至っては普段通りにも見える。
今も横目で確認すれば、紀宝と談笑すらしていた。
「テリア・キキタクィも、軍人貴族です。住まいは確か、西の壁方面、でしたか。あそこは特に、距離が近いと聞きます」
「距離……? そんなに?」
「壁のすぐ外で行われていますね」
――西側は、確か……セーシェだったか。
皇都関係は、ルッテモーラから教わったのもあるが、やはりルカヨから教えて貰った面が大きい。
皇都グランツェの壁内は、王城と居住区、市場等の出店で占められている。
食料の生産、畜産を内部で行うには場所も取れない為、今有る壁外の四方にてその役割を割り振っていた。
最も、服の加工を始め、多少は中でも見られるが。
そして、その四方の中で主に精肉関連を主眼に置かれているのが西側部分であり、正式名称をセーシェと言う。
と言っても、その意味も単純に西グランツェを略したものだ。
「東は何度か通ったけど、そっちの方は、あんまり行った事無かったな」
そもそも、これまでは壁の内外を易々とは行き来出来ない立場でもあった。
そういった方面にはあまり感心が無かったのも、また事実であるが。
「まだまだ探索が不十分、と」
脳内に広げた皇都地図を参照。
ついでに西側に印を打った。
――今度テリアさんに案内して貰うのも手だな。
思案し、頷いたが、それに対して首を傾げるスフィを手で制しつつ、
「なんにせよ、あれね。苦手な物は人それぞれだし?」
両手で蜘蛛を模した動きをして見せれば、彼女も小さく笑う。
「ジャンヌ姉様はそういうのあるんですか?」
「え。……それは、まぁ、普通にあるけど」
歯切れの悪い台詞に、スフィの微笑が少し濃くなった。
「それは……」
言い掛けたスフィの視線が中空に飛び、一点で止まり、怪訝な顔になる。
「?」
その事に首を傾げ、ようとした寸前、背後から声が上がった。
「わっ!」
「ひんっ」
それも思っていたよりかなり近い距離から。
「だーはっはっはっ! 言った通りだろ!? 昔からそうなんだよそいつはっ。にしても、鉄壁防御も中々様になってんなぁ、お嬢」
親友の馬鹿でかい笑い声に、一條はしゃがみ防御を解いた。
「シャーラー、お前はー……おま……、え……アランさん?」
一條の背後。見上げた先に居たのは、此方以上に驚いた表情をしているアランその人。
後方で笑い転げている指令役は、既に解体作業を終えて自由の身であり、
――ぐぬぬ……っ。
どういう理由からかは不明ながら、他人を唆して遠隔操作してきた訳だった。
その上で、スフィの表情にも納得がいく。
アランが抜き足差し足で近付いて来るのを目撃していたのならば、それも当然である。
「えぇと……」
下から見るアランは、今まで見てきた中で最も困惑度が高い顔をしていた。
状況が状況であれば、からかいの一つでもしたい所である。
「幽霊苦手なのは相変わらずで何よりねホント」
「うるせほっとけ」
「腰とか抜けてないなら良いけど?」
「そこまで柔じゃない」
からからと笑いながら差し出される手を掴めば、一息で引き起こされた。
「ユーレイ、ですか……?」
スフィの感心は別の方に移った様である。
「あー、説明は難しいとこなんだけど……。人のタマシイ……セイシン? 的? なのが、悪さをする存在……いや、違うな。見えるんだけど見えない存在と言うか。うーん……ジャンヌ姉。良い説明の仕方、ある?」
「アタシに聞くのはお門違いとだけ言っておくね」
頬を膨らませる義妹だったが、それも一瞬。
「ま、良いか。ジービエ、ジビエー」
「切り替えが早い……」
漂い始めた匂いも要因だろう。
深いため息を一つ吐いてから、何事も無かった様にアランと向き合う。
「……別に怒ってません。呆れてますけど」
「あまり信じて無かったもので……」
彼の言う事も、最もではあるかも知れない。
皇都やドワーレだけではなく、モックラックの森の見張り役にすら知れ渡っている程、ジャンヌ・ダルクの知名度は高かった。
今やこの国で、それこそ知らぬ人間は居ないと思える。
加えてその功績とあっては、無敵超人もかくやと言えた。
「恐い物知らずの勇猛な女性騎士」
それが、恐らくはヴァロワ皇国での評価だろう。
「いや、軍人貴族か。……でも、恐い物は恐い」
モックラックの森に入り、日も落ちる頃合い。
木々が日光を遮っている箇所が多く、常に薄暗い為、時間感覚はいつもより増して分かりづらかった。
夜の森で行動する等、以前の一條では考えられなかった事であり、これが改善されるまではリンダールへなど二度足を運ぶ機会は無いと断言して良い。
「ジャンヌ姉様は人ではないかも、と思ってたのが正直な所です。なんだか安心しました」
スフィの笑いを堪えた台詞に、ため息。
人物像が修正されるのであれば、あながち悪い事ばかりとは言えなかった。
――人間、弱点がある方が可愛げあるって言うし。
ならば、前向きに捉えるのも、吝かではない。
「所で、ロキって、この森でも目撃されてるの? リンダールとか結構大きいって聞くけど」
「聞いた事は無いですね」
巨大な森が防波堤の様な役割を持っているのかは謎だが、兎も角、懸念材料は一つ減る。
「最初は恐怖山脈の方で見付かった、んだよな。此処に住んでる生物を模してるのは、何か理由が?」
「それも分かってはいません。最初にローンヴィークを襲った事も、含めて。……ただ、最初に目撃されたリーンクル……恐怖山脈近くにあった街でも、見掛ける事はあったと思います」
「分かったら苦労はしない、か」
それ故のロキケトー、だ。
「ついでにスフィ。もう一つお願い良いかな」
「良いですよ」
「まだ何も言ってない……」
言葉に、彼女は微笑一つ。
「今日は最後までお付き合いします」
「助かります」
一條は幾らか心が軽くなったのを実感した。
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