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南へ(1)

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「……等と、昨日そんな事を言ったのですが……」
「どしたん急に」
 一條の独り言に近い言葉に、隣に立つ紀宝が反応した。
「いや……」
「ジャンヌさーん。これー、ヴァルグ、でしたっけ。持てるのジャンヌさんだけなんですからー」
 テリアの指摘に、一條は軽く手を挙げて応える。
「あぁ……テリアさんね。仕方ないでしょ」
「はっはっはっ……はぁ」
 わざとらしくため息。
 一條、紀宝、高井坂、アランとスフィの五人で一つの荷馬車で行くと思っていたのだが、そうは問屋が卸さなかった。
 宝剣・ヴァルグである。
 一條としては、特に持って行く理由も無かったのだが、さも当然の様に荷物の一つに加えられていたのだ。
 聞いたのは此方だったのに、皆一様に不思議そうな顔をするので、逆に居心地が悪くなった程である。
 その結果として、まず荷馬車が二台に増えていた。
 剣が重すぎるのである。
 ちなみに、此方を牽く馬はファウス家からの貸し出しだ。
――まぁ、仕方ない。
 そして、それに伴い随行する人数も増えた。
――まぁ、分からない、事もない。
 そうなると、運転出来る人間も必要になってくる。
 とはいえ、現状、高井坂とアラン、スフィも経験があり、一條も手隙の際に練習はしていた為、今回はある意味で試験の場として考えていた。
 ならば、と高をくくっていたのだが、昨日の内に自己推薦していた様で、今現在積み込みを手伝っているテリアが新たに加わったのである。
――これが分からない……。
 この場合、褒めるべきは彼女の行動力と言う事になるのだろう。
 何がそうさせるのかは、甚だ疑問ではあるが。
「って言うか、この場合必要なのは男手なのでは……?」
 テリアが参戦したものの、男性陣はアランと高井坂の二名だけだ。
 戦力的に見れば、大した問題ではないのだろうとは思う。
「……。そうね……?」
 妙な間があり、その後も何故か疑問形の上、首を傾げた紀宝を横目に、一條は手元の紙へと視線を落とした。
 字は高井坂の物。
 相変わらず体格に似ず、達筆である。
 内容は、
「例の石版を翻訳したやつ?」
「そう。中々見る機会無くて。なんか翻訳者の話したいオーラが日に日に強くなってるから」
 受け取っていたのは数日前だ。
 以降、翻訳者から視線を向けられる気配がいや増している。
 最初はいつもの事と無視していたが、追加され始めた動きや言動にげんなりしてきた為、今回の遠征に合わせて読み込んでいるのだった。
「……まぁ、残念ながら、そんなに有用な事は書いてないんだけど」
 日記、と言うより、記録帳である。
「色々と、書いてはあるんだ。色々とね」
 街毎の転移が夜であった事。
 当然、酷い混乱状態に陥った事と、それに起因する暴動。
 暫くの後、出会ったこの世界の人間達とは意思疎通が困難を極めた事。
「あー、とは、小麦の生産始めた事と、奥さんがここの言葉頑張って覚えてるとか」
「……ひょっとしなくても、ドラゴンとか関係ない?」
 無言で首肯しておく。
 意味ありげに絵画の横に置いてあった石版である。
 一條としても、少しばかり気になった所ではあったが、内容は全く無関係だ。
――でも、思い返せば特に規則性は無かったなぁ。
 博物館ではなく、だだっ広い物置小屋と表記しておくべきである。
 それらしい看板が立っていた訳でもないのだが。
「いい加減だなぁ、とは思ってたけどね。別に読めた訳でもないし、仕方ないと言えばそれまでだけど」
 しかし、こうして後世に残していた以上、何かしら理由はあって然るべきだろう。
「最後の、『続くぅー!』っての腹立つけど翻訳した奴のオリジナル?」
「だと思うよ……」
 原文は一條もさらっとしか見ていないが、その様な言葉は彫られていなかったと思われる。
 最も、書かれていた所で石の荒い文字群を読めたとは考えにくい。
 一條にとっては英語が読める以前の問題だが、それを成し遂げた人物の功績は大きいと言える。
「発掘されたのがこれ一枚だけなのか。或いは他にもあったけど完全じゃなかったのか、だな」
「少しずつ謎解いたり、脱出ゲームみたい」
「それならいつかは帰れるんだけどなぁ……っと」
 紙を折りつつ、身体を解す様にして動き出す。
 両手を振っているテリアが見えた為だ。
 残すはヴァルグの搬入のみと言った所だが、
――あんな絢爛な鞘は要らんやろー。
 あの大きさである。
 それ故、目立つのは前からなのだが、それに負けじと鞘がこしらえられた。
 元々抜き身なのだが、ヴァロワ皇の計らいもあっての事らしい。
 単なる置物、ではなく、神器の様な扱いだったが、こうして使い手を得た以上は、そのままと言うのも忍びないと考えてであろう。
 それでも、一般的な剣の様にはいかないので、相当な苦労は伴った筈だ。
 制作にあたっては、ヘストパル親子を始め、何人もが寸法から関わっている。
 しかもその重量から、生半可な作りでは耐えられないときた。
 本来はその場で合わせる様に作られる剣と鞘だが、これ程に時を置いては中々聞かない話で、まさしく鍛冶士泣かせも良い所である。
 腕利きでもあるローグラ・ヘストパル等は、逆に張り切ってはいたが。
 そんな経緯で出来たのは、絢爛さと堅牢さを備えた一品。
――発注元はヴァロワ皇、と言うか、国だから、金はそっち持ちなんだろうけど。
 故に仕上がった代物に関して、文句を言う筋合いは、少なくとも一條には無かった。
 が、肝心の使い勝手に対しては、満足に足るものである。
――流石は総出で取り掛かったオーダーメイド品。
「……?」
 紀宝が、一條の一歩目に合わせてこなかった事に振り向けば、彼女は、ただ視線を向けてくるのみだった。
 疑問に思いながらも、向き合う。
「ミラ?」
……。?」
 飛んできた言葉に、軽く息を吐いた後、腕を組んだ。
「んー……」
 ついでに首も傾げ、考え込む。
 正直、、と言うのが本音だった。
 明確な夢や目標があった訳ではないが、一條とて未練もあるし、両親にも会いたいのは事実だ。
 ロキの親玉を倒す、と言う目の前に積まれている、やるべき事はある。
 帰還は出来たとしても、今すぐであれば即断はしたろう。
――でも……。じゃあ、
 果たして、意気揚々と帰れる準備に取り掛かれるかと問われると、何とも言えない。
 組んだ腕に、二つの重みを感じながら、
「アタシ、日本に帰りたいのかな……」
 零す様に、呟いた。
 他の二人にはない、性別の変化。
 ただ、それとこれとは違う様な気もする。
 頭の片隅に、ちらちらと映る者を感じながらも、一條は頭を横に振った。
「ごめん。何か、自分でも分かんないや……」
「あっはは。ごめん。そこまで考え込むとは思わなくて」
 柔やかに笑う紀宝。
 次の瞬間には、真剣な表情をしている。
「……私はさ。なーんか、戻れなくても良いかなー、なんて。少し、考える事があるんだよね」
――それは。
「ウネリカがあんな事になっちゃって。シトレちゃんもそうだけど、リゼさんも……怪我自体は、まぁ、完治とは言えないけど」
 リゼウエット・ルピーピスは、見た目だけなら怪我は治った、と言って良い。
 五体満足ではある。だが、右足の傷は治療するまで長引いたからか、それ以上に酷い状態であったからか。
 兎に角、以前の様に動き回れるまでには至らなかった。
 暫くの療養で、それも治るかも知れないが、それは本人の回復次第だ。
 魔法での治療にも、現状では限界があるのだと知ったが、そもそも、ある程度の物は自己治癒に任せる風潮も、無関係ではないだろう。
 当人は元気しているらしいが、両親からすれば、危険な前線入りはとりあえず避けられると言う事で若干安堵の空気を出していると聞く。
「他にもメイドさん達とか、色々関わっちゃってると。どうも……帰るぞー、って、声を大にしては言えないんだよね」
「ミラ……」
「薄情かなぁ……私」
 自嘲気味な笑い方。
 彼女も、別段、家族と折り合いが悪い訳ではない。
 むしろ、一條よりも良好と言って過言ではない筈だ。
「らしくないなぁっ、全く」
「ぐえ、ジャンヌ姉っ?」
 思わず抱き寄せ、頭を撫でる。
 これも、同性になった以上に、身長差が増した故出来る事だった。
 お陰で相手は半分胸に埋まっているが。
「それが薄情ってんなら、世の中全員何なんだ、って感じだよ。アタシだって答えられてないんだから」
 苦笑い。
「ま、そこはそこで、皆して考えてけば良いんじゃないかなぁ。三人寄れば何とやら、だ」
 そう言って一頻り笑った所で、勢い良く引き剥がされた。
「っはぁっ、分かったから、少しは加減しなさいよ妖怪クソデカアホ乳女!」
「誰が妖怪、クソデカ……いや言葉使いっ悪っ」
 普段から言われ慣れていないのもあって、若干ふらりとした所へ、お呼びが掛かる。
「ジャンヌさーん! もう行きますよー!」
「……はぁ。何でも良いけど、もう少し丁寧にな」
「へっへっへっー。じゃあ、行こうか」
 二人、横になって進んで行く。
 ヴァルグに手を掛けているテリアへ向けて、一條は声を上げる。
「テリアさんは暫く走り込みだかんねー!」
 悲痛な叫びが響いた。
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