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皇都恋愛奇譚(6)
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「ぬあっ、そこで股抜き!? うっそだろっ」
外へと見せ掛け、重心が崩れた瞬間に足の間へと球を通した。
その事に対し、高井坂の挙げた驚きの声は耳に入れるだけで、一條は集中力を切らしていない。
「っ!」
が、完璧に抜いたと思ったそれは、驚異的な反応速度で追い縋る相手に阻まれる。
「ミラだってこんなんじゃないでしょっ」
先程から続く紙一重の攻防に、一條は思わず悪態を吐いた。
その台詞に、相手、クタルナ・イブリッドが大きく一息。
「それは。……褒めてます……?」
シレニア以上に表情筋が死んでる為、汗だくで無ければ運動中と言う事すら判然としなさそうである。
「最上級の褒め言葉、ですっ」
言葉と同時、左で球を蹴り出してからの右の踏み込み。
クタルナは、視線すら動かさない。
直前まで一條の動きを見極めようと言う判断だ。
「なら」
左足の外側に当て、更に距離を詰める。
「っ」
釣られた動きに合わせ、内で切り返した。
上半身も振り、右から抜き去る動作。
「ここで、こうっ」
右足の内で二度目の切り返し。
「くっ!」
「あっぶなっ」
完全に崩した横を抜ける瞬間、咄嗟の反応で飛んできたクタルナの右足だが、それを球と共に軽い跳躍で躱していく。
体勢の崩れた所から尚も正確に繰り出されるのは、相当の身体能力を誇っていてこそであろう。
彼女を抜き、二人の少年が立つ所を越えれば、
「うっしっ。これで五対三。アタシの勝ちー……疲れがどっと来たなこれ……」
一條とクタルナの勝負が漸く決着となった。
思っていた以上の時間を走っていた事に、深呼吸して膝に手を付く。
耳に届くのは、少年少女達の驚嘆の声。
更には外から十数人程の手を打つ音。
「お疲れー」
それを背に向かって来つつの親友には、顔を向けるのみで応えた。
皇都内に幾つか点在している市民憩いの場、所謂、公園の一つ。
規模もそれ程広くはない為、一條と高井坂を中心に、新調した球で軽く蹴り合う程度の遊びが精々だ。
違っていたのは、途中から現れたクタルナ・イブリッドと、テリア・キキタクィの二名。
気が付けば、今の有様となっていた。
「ジャンヌ・ダルク殿。……流石ですね。相手になりませんでした」
声は、テリアに手渡されたであろう手ぬぐいで汗を拭きつつのクタルナだ。
すらりとした手足、白い肌、長い黒髪に女性らしい高い声。傍目にも美人なのだが、相変わらず、その顔は微動だにしていない。
「ジャンヌさんも、汗を」
「……ありがと、テリアさん」
羨望の眼差しと微笑。
昨日の訓練を受けたばかりだと言うのに、両者共に疲労を表に出していないのは、流石である。
「何言ってんの、クタルナさん。正直負けるかと思った。三点目の動きなんか全然見えなかったし。何あれ」
「クライフターン」
「……」
横合いからの言葉に、一條はこめかみを押さえた。
誇らしげに白い歯を見せ、
「クライフターン」
何故か復唱した親友に対し、賛同する様に頷いたのはクタルナである。
「そう。彼から教わった」
「俺が育てました」
ため息を追加した。
素人に教えるべき技術でない事は確かであるが、それを完璧に再現してのけた人物を、果たして素人と呼んで良いかは議論の分かれる所かもしれない。
「……まぁ、何だ……うん。凄いですよ、本当」
ともあれ、心からの称賛。
対しての反応は、ほんの僅か眉根を詰めた程度。
――これで特に何かしてたって訳じゃないんだから……。
思案。
だとすれば、それは彼女の血筋とも言えた。
イブリッド家は元々、内政寄り、と言うより、国内外の物流等を扱う商人の最大手である。
そこから、ガティネの人間とも縁が出来た結果、子を設けた、と言う話。
つまりは、
――ヴァロワとガティネのハーフ、になるのかな。良く分からんけど。
両国の戦争が起きて以降、忌避の対象にすらなりそうな微妙な家柄だった。
最も、それが表立って現れていないのは、不断の努力故、であろう。
「出来る限り目立たない様に振る舞っていましたから」
他でもないクタルナ本人の言である。
とはいえ、それもここ最近では変化しつつあった。
例に漏れず、ロキの出現と戦争の終結だ。
これを機にして、イブリッド家としても、と言う訳である。
本来であればクタルナも、イブリッド家の側として立つのが普通なのだが、そんな経緯から、これまで自警団程度しか保有していなかった事、そして今現在、皇都内の憲兵隊へと名を変えた彼らを率いている以上、積極的にロキとの戦いに赴く事は出来なかった。
そこにきて、今回クラウディー家が発足した女性のみの部隊。
これ幸いと入ってきたのが彼女であった。
だと考えれば、クタルナ・イブリッドの異様さが一層際立つ。
――ますますガティネ人、が気になってくる。
魔法も得意でありながら、身体能力も見た目以上。
大凡、勝てる要素が見当たらないと言うのが、一條の、クタルナを見た上での率直な意見である。
「ジャンヌさん。どうかしました?」
「あぁ……いや……」
言い淀んだが、視線の合ったクタルナは小首を傾げるだけだ。
「何でもない。シャラー、ちょっち休憩。子供らの相手は暫く任せたー」
無言で親指を上げた最強の助っ人選手に後を託す。
彼は部活に入っていた訳ではないが、にも関わらず攻めて守っての活躍で、母校が全国にすら手が届くのでは、と期待される程であった。
あの体格と相応の運動能力を持っていれば、それも至極当然とは言える。
「お二人とも、良くあんな動き出来ますよね。同じ人とは思えないですよ」
「んー。アタシはここ最近の事だけど」
「私は昔から動けましたね。兄はそうでもないので、二人分の運動が出来るのか、と言われてました」
「……お二人とも、同じ人とは思えないですね……いえ、ジャンヌさんは知ってましたけど」
そう言うテリアは神妙な顔を浮かべた。
一條と同程度の長身に、痩躯、無表情のクタルナ・イブリッド。
女性としては標準的な身長、出るとこは出ている体躯、特に喜楽の変化が激しいテリア・キキタクィ。
二人が並ぶと、同性でありながらこれほど対極になるものかと思う。
「そういえば、二人は一緒にお出掛けを?」
唸りだしたテリアを止める目的もあり、適当な疑問をぶつける。
接点と言えば、昨日の訓練時位なものだったのも、理由としては良い。
「えぇ。私の家は、イブリッド家の方に近いのもあって、思い切って誘ってみたんです。……正直、受けて貰えるとは思わなかったんですが」
「いえ。私は、誘われる事自体不思議でした。家の件もありますから。ですが、こうしてジャンヌ・ダルク殿とも話せる機会を得られた。感謝するのは此方です、テリア殿」
再び、妙な表情を見せるテリアを他所に、クタルナが此方へと視線を向けた。
「ジャンヌ・ダルク殿。今日はありがとうございます。サッカー……でしたか。良い運動になりました」
「なら、良かった。アタシも、ここまで熱くなったのは久々です……それと」
「ヘイヘイ! そんなんじゃ俺からこいつは奪えねぇぜっ!」
声に向けば、高井坂が頭や肩、背中、太ももや足の裏、反則にならないありとあらゆる部位を使って球を浮かせ、地面を転がし、幾人もの子供を手玉に取っている。
動きの複雑さが度を超している為、傍目には意味不明な踊りにすら見える位だった。
――あれを実戦でやられりゃ、奪えるもんも奪えないわな。動きは気持ち悪いけど。
「ディノワさんを見てて改めて思うのですが、此処には私と同じ人は居ないんですね……」
「ははは。テリアさんのそれは褒めてないですねー」
乾いた笑い。
「……ジャンヌ・ダルク殿?」
クタルナに指摘され、一條は咳払い一つ。
「すいません。……いえ。次は、アタシがリンダールから戻った時に、剣で続きをしたいな、と」
無表情がほんの僅か崩れた様に感じた。
そのまま、ゆっくりとした動作で、腕組み。
考え事をしているのか、困惑しているのかは判然としない。
「えっ。ジャンヌさん、リンダールに行くんですかっ!? 聞いてないんですけどっ」
「まぁ、言ってないと思うし……最近のテリアさん、感情表現豊かじゃありません?」
「私もっ、私も御者としてでも良いからついて行きたいんですけどっ」
「無茶苦茶言うじゃんこの人……いや、駄目でしょ。流石に」
「なんでそう言う事言うんですかっ。嫌いですかっ!? 私の事っ」
「おやおや? 話が通じないな?」
軍人貴族と言うのは、狂戦士でなくとも話の通じない輩が多すぎる気がしてくる。
そういう種族なのかも知れない。
「ジャンヌ・ダルク殿」
そんなテリアとの間隙を縫う様な一声。
「……私も、流石に剣を振るうのは初めてなのです。中々、機会も無かったですし。……ですが、貴女が望むなら、その時は全力で期待に応えるとしましょう」
感情の読みにくい表情のまま、告げられる台詞。
ただ、彼女なりの決意の様なものは窺える。
ガティネ人の性質なのか、クタルナ自身の性格なのかは分からない。
それでも、
「じゃ、期待してますね」
負けたままで終わる事もなく、受けた勝負事を無下にはしない様だ。
軽い笑みを添えて答える。
クタルナの闘争心に火を付けるには、十分な言葉であったろう。
「ジャンヌさんっ。後は誰が行くんですかっ」
「テリアさん、ちょっち落ち着こうか……」
彼女の丁寧に形作られた金髪を、両手で崩していく。
それに対し、抗議するかの如く声にならない声を上げるテリア。
――心許した猫かな。
等と思えば、彼女の声もそれらしく聞こえてくるから不思議である。
「ダ、ダルク様っ」
「……んー。この声はフラド君?」
突然の呼び声に振り向けば、果たして、そこに居るのは指摘した通りの人物。
フラド・ホリマーが、そこに居た。
「……と、ホリマー殿……」
「いや、何も言わないで頂きたい。ダルク殿」
沈痛な表情を浮かべるフラム・ホリマー。
彼は、深いため息を吐いた後、
「人が集まっているから何事かと思えば……。……? 見慣れない動きをしてますが、あれは……?」
中で行われている球技に、困惑の色が追加された。
――見慣れない動きしてるのは一人だけだけど。
「見物人。さっきより増えてんなぁ……」
公園の外は人の壁が出来つつある。
一條とクタルナの一対一の時から居たのは知っていたが、いつの間にやらであった。
人が人を呼ぶ連鎖此処に極まる、だ。
「ジャンヌさんも目立ちますけど……クタルナさんも、同じ位目立ちますし」
一條から言わせれば、四本もの剣に囲まれた今のテリアも十分目立つ方ではあろう。
「俺から言わせて貰えば、凄い美人が三人も居るんだ。注目するのも当然だぜ」
「野郎、いつの間に」
高井坂は、あれだけの動きをしていても、殆ど息も切れていない。
基本、相手が子供である事も関係しているのだろうが。
「よっしゃ。坊主。やるか? サッカー」
「えっ」
フラドが反応するより早く、人攫いに連れて行かれた。
「何。気にする事はない。皆最初は初心者だ。お前さんならもう度胸は十分だし。格好つけられる場面は多い方が良いぞー」
――まぁ、女子も混ざってるしなぁ。
等と暢気してその親に目を向ければ、何とも言えない表情を浮かべている。
「……そういえば、貴族と平民って一緒に遊んだりするんですかね」
「普通はしないと思います。住んでる所が違ったりもするので、会う事自体が珍しかったりもする位ですよ」
「そっかぁ」
皇都も色々とあるらしい。
「ダルク殿は、明日にはリンダールへ向かうのでしたな」
「えぇ。長旅になると、は、聞いてます」
「私から、特に言える事もありませんが、お気を付けて。ランス様も行かれるなら、そこまで……心配も……いや、うぅむ」
尻すぼみに声も細くなっていく。
「ホリマー殿。そこははっきりと言ってくれると嬉しいんですけど」
指摘に、いよいよ窮した様子を見せる。
「ジャンヌさん」
「お黙りなさい」
髪を整え終えた末に上げた一声を、一條は即座に切って捨てた。
外へと見せ掛け、重心が崩れた瞬間に足の間へと球を通した。
その事に対し、高井坂の挙げた驚きの声は耳に入れるだけで、一條は集中力を切らしていない。
「っ!」
が、完璧に抜いたと思ったそれは、驚異的な反応速度で追い縋る相手に阻まれる。
「ミラだってこんなんじゃないでしょっ」
先程から続く紙一重の攻防に、一條は思わず悪態を吐いた。
その台詞に、相手、クタルナ・イブリッドが大きく一息。
「それは。……褒めてます……?」
シレニア以上に表情筋が死んでる為、汗だくで無ければ運動中と言う事すら判然としなさそうである。
「最上級の褒め言葉、ですっ」
言葉と同時、左で球を蹴り出してからの右の踏み込み。
クタルナは、視線すら動かさない。
直前まで一條の動きを見極めようと言う判断だ。
「なら」
左足の外側に当て、更に距離を詰める。
「っ」
釣られた動きに合わせ、内で切り返した。
上半身も振り、右から抜き去る動作。
「ここで、こうっ」
右足の内で二度目の切り返し。
「くっ!」
「あっぶなっ」
完全に崩した横を抜ける瞬間、咄嗟の反応で飛んできたクタルナの右足だが、それを球と共に軽い跳躍で躱していく。
体勢の崩れた所から尚も正確に繰り出されるのは、相当の身体能力を誇っていてこそであろう。
彼女を抜き、二人の少年が立つ所を越えれば、
「うっしっ。これで五対三。アタシの勝ちー……疲れがどっと来たなこれ……」
一條とクタルナの勝負が漸く決着となった。
思っていた以上の時間を走っていた事に、深呼吸して膝に手を付く。
耳に届くのは、少年少女達の驚嘆の声。
更には外から十数人程の手を打つ音。
「お疲れー」
それを背に向かって来つつの親友には、顔を向けるのみで応えた。
皇都内に幾つか点在している市民憩いの場、所謂、公園の一つ。
規模もそれ程広くはない為、一條と高井坂を中心に、新調した球で軽く蹴り合う程度の遊びが精々だ。
違っていたのは、途中から現れたクタルナ・イブリッドと、テリア・キキタクィの二名。
気が付けば、今の有様となっていた。
「ジャンヌ・ダルク殿。……流石ですね。相手になりませんでした」
声は、テリアに手渡されたであろう手ぬぐいで汗を拭きつつのクタルナだ。
すらりとした手足、白い肌、長い黒髪に女性らしい高い声。傍目にも美人なのだが、相変わらず、その顔は微動だにしていない。
「ジャンヌさんも、汗を」
「……ありがと、テリアさん」
羨望の眼差しと微笑。
昨日の訓練を受けたばかりだと言うのに、両者共に疲労を表に出していないのは、流石である。
「何言ってんの、クタルナさん。正直負けるかと思った。三点目の動きなんか全然見えなかったし。何あれ」
「クライフターン」
「……」
横合いからの言葉に、一條はこめかみを押さえた。
誇らしげに白い歯を見せ、
「クライフターン」
何故か復唱した親友に対し、賛同する様に頷いたのはクタルナである。
「そう。彼から教わった」
「俺が育てました」
ため息を追加した。
素人に教えるべき技術でない事は確かであるが、それを完璧に再現してのけた人物を、果たして素人と呼んで良いかは議論の分かれる所かもしれない。
「……まぁ、何だ……うん。凄いですよ、本当」
ともあれ、心からの称賛。
対しての反応は、ほんの僅か眉根を詰めた程度。
――これで特に何かしてたって訳じゃないんだから……。
思案。
だとすれば、それは彼女の血筋とも言えた。
イブリッド家は元々、内政寄り、と言うより、国内外の物流等を扱う商人の最大手である。
そこから、ガティネの人間とも縁が出来た結果、子を設けた、と言う話。
つまりは、
――ヴァロワとガティネのハーフ、になるのかな。良く分からんけど。
両国の戦争が起きて以降、忌避の対象にすらなりそうな微妙な家柄だった。
最も、それが表立って現れていないのは、不断の努力故、であろう。
「出来る限り目立たない様に振る舞っていましたから」
他でもないクタルナ本人の言である。
とはいえ、それもここ最近では変化しつつあった。
例に漏れず、ロキの出現と戦争の終結だ。
これを機にして、イブリッド家としても、と言う訳である。
本来であればクタルナも、イブリッド家の側として立つのが普通なのだが、そんな経緯から、これまで自警団程度しか保有していなかった事、そして今現在、皇都内の憲兵隊へと名を変えた彼らを率いている以上、積極的にロキとの戦いに赴く事は出来なかった。
そこにきて、今回クラウディー家が発足した女性のみの部隊。
これ幸いと入ってきたのが彼女であった。
だと考えれば、クタルナ・イブリッドの異様さが一層際立つ。
――ますますガティネ人、が気になってくる。
魔法も得意でありながら、身体能力も見た目以上。
大凡、勝てる要素が見当たらないと言うのが、一條の、クタルナを見た上での率直な意見である。
「ジャンヌさん。どうかしました?」
「あぁ……いや……」
言い淀んだが、視線の合ったクタルナは小首を傾げるだけだ。
「何でもない。シャラー、ちょっち休憩。子供らの相手は暫く任せたー」
無言で親指を上げた最強の助っ人選手に後を託す。
彼は部活に入っていた訳ではないが、にも関わらず攻めて守っての活躍で、母校が全国にすら手が届くのでは、と期待される程であった。
あの体格と相応の運動能力を持っていれば、それも至極当然とは言える。
「お二人とも、良くあんな動き出来ますよね。同じ人とは思えないですよ」
「んー。アタシはここ最近の事だけど」
「私は昔から動けましたね。兄はそうでもないので、二人分の運動が出来るのか、と言われてました」
「……お二人とも、同じ人とは思えないですね……いえ、ジャンヌさんは知ってましたけど」
そう言うテリアは神妙な顔を浮かべた。
一條と同程度の長身に、痩躯、無表情のクタルナ・イブリッド。
女性としては標準的な身長、出るとこは出ている体躯、特に喜楽の変化が激しいテリア・キキタクィ。
二人が並ぶと、同性でありながらこれほど対極になるものかと思う。
「そういえば、二人は一緒にお出掛けを?」
唸りだしたテリアを止める目的もあり、適当な疑問をぶつける。
接点と言えば、昨日の訓練時位なものだったのも、理由としては良い。
「えぇ。私の家は、イブリッド家の方に近いのもあって、思い切って誘ってみたんです。……正直、受けて貰えるとは思わなかったんですが」
「いえ。私は、誘われる事自体不思議でした。家の件もありますから。ですが、こうしてジャンヌ・ダルク殿とも話せる機会を得られた。感謝するのは此方です、テリア殿」
再び、妙な表情を見せるテリアを他所に、クタルナが此方へと視線を向けた。
「ジャンヌ・ダルク殿。今日はありがとうございます。サッカー……でしたか。良い運動になりました」
「なら、良かった。アタシも、ここまで熱くなったのは久々です……それと」
「ヘイヘイ! そんなんじゃ俺からこいつは奪えねぇぜっ!」
声に向けば、高井坂が頭や肩、背中、太ももや足の裏、反則にならないありとあらゆる部位を使って球を浮かせ、地面を転がし、幾人もの子供を手玉に取っている。
動きの複雑さが度を超している為、傍目には意味不明な踊りにすら見える位だった。
――あれを実戦でやられりゃ、奪えるもんも奪えないわな。動きは気持ち悪いけど。
「ディノワさんを見てて改めて思うのですが、此処には私と同じ人は居ないんですね……」
「ははは。テリアさんのそれは褒めてないですねー」
乾いた笑い。
「……ジャンヌ・ダルク殿?」
クタルナに指摘され、一條は咳払い一つ。
「すいません。……いえ。次は、アタシがリンダールから戻った時に、剣で続きをしたいな、と」
無表情がほんの僅か崩れた様に感じた。
そのまま、ゆっくりとした動作で、腕組み。
考え事をしているのか、困惑しているのかは判然としない。
「えっ。ジャンヌさん、リンダールに行くんですかっ!? 聞いてないんですけどっ」
「まぁ、言ってないと思うし……最近のテリアさん、感情表現豊かじゃありません?」
「私もっ、私も御者としてでも良いからついて行きたいんですけどっ」
「無茶苦茶言うじゃんこの人……いや、駄目でしょ。流石に」
「なんでそう言う事言うんですかっ。嫌いですかっ!? 私の事っ」
「おやおや? 話が通じないな?」
軍人貴族と言うのは、狂戦士でなくとも話の通じない輩が多すぎる気がしてくる。
そういう種族なのかも知れない。
「ジャンヌ・ダルク殿」
そんなテリアとの間隙を縫う様な一声。
「……私も、流石に剣を振るうのは初めてなのです。中々、機会も無かったですし。……ですが、貴女が望むなら、その時は全力で期待に応えるとしましょう」
感情の読みにくい表情のまま、告げられる台詞。
ただ、彼女なりの決意の様なものは窺える。
ガティネ人の性質なのか、クタルナ自身の性格なのかは分からない。
それでも、
「じゃ、期待してますね」
負けたままで終わる事もなく、受けた勝負事を無下にはしない様だ。
軽い笑みを添えて答える。
クタルナの闘争心に火を付けるには、十分な言葉であったろう。
「ジャンヌさんっ。後は誰が行くんですかっ」
「テリアさん、ちょっち落ち着こうか……」
彼女の丁寧に形作られた金髪を、両手で崩していく。
それに対し、抗議するかの如く声にならない声を上げるテリア。
――心許した猫かな。
等と思えば、彼女の声もそれらしく聞こえてくるから不思議である。
「ダ、ダルク様っ」
「……んー。この声はフラド君?」
突然の呼び声に振り向けば、果たして、そこに居るのは指摘した通りの人物。
フラド・ホリマーが、そこに居た。
「……と、ホリマー殿……」
「いや、何も言わないで頂きたい。ダルク殿」
沈痛な表情を浮かべるフラム・ホリマー。
彼は、深いため息を吐いた後、
「人が集まっているから何事かと思えば……。……? 見慣れない動きをしてますが、あれは……?」
中で行われている球技に、困惑の色が追加された。
――見慣れない動きしてるのは一人だけだけど。
「見物人。さっきより増えてんなぁ……」
公園の外は人の壁が出来つつある。
一條とクタルナの一対一の時から居たのは知っていたが、いつの間にやらであった。
人が人を呼ぶ連鎖此処に極まる、だ。
「ジャンヌさんも目立ちますけど……クタルナさんも、同じ位目立ちますし」
一條から言わせれば、四本もの剣に囲まれた今のテリアも十分目立つ方ではあろう。
「俺から言わせて貰えば、凄い美人が三人も居るんだ。注目するのも当然だぜ」
「野郎、いつの間に」
高井坂は、あれだけの動きをしていても、殆ど息も切れていない。
基本、相手が子供である事も関係しているのだろうが。
「よっしゃ。坊主。やるか? サッカー」
「えっ」
フラドが反応するより早く、人攫いに連れて行かれた。
「何。気にする事はない。皆最初は初心者だ。お前さんならもう度胸は十分だし。格好つけられる場面は多い方が良いぞー」
――まぁ、女子も混ざってるしなぁ。
等と暢気してその親に目を向ければ、何とも言えない表情を浮かべている。
「……そういえば、貴族と平民って一緒に遊んだりするんですかね」
「普通はしないと思います。住んでる所が違ったりもするので、会う事自体が珍しかったりもする位ですよ」
「そっかぁ」
皇都も色々とあるらしい。
「ダルク殿は、明日にはリンダールへ向かうのでしたな」
「えぇ。長旅になると、は、聞いてます」
「私から、特に言える事もありませんが、お気を付けて。ランス様も行かれるなら、そこまで……心配も……いや、うぅむ」
尻すぼみに声も細くなっていく。
「ホリマー殿。そこははっきりと言ってくれると嬉しいんですけど」
指摘に、いよいよ窮した様子を見せる。
「ジャンヌさん」
「お黙りなさい」
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