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皇都恋愛奇譚(4)
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「えっと、その……ほ、本日は天気も良く。この様な場にお招き頂き……あ、あり、ありがとう、ございます……」
「ダルク殿。そこまで緊張する事は無いのだが……」
クントゥー・ファウスの言葉に、一條は深呼吸。
そのまま椅子に尻を落とした。
同時に、集まった者達が一斉に拍手を奏で、それぞれに動き出す。
――誰の所為でこうなってる、と文句の一つでも言いたい所だけど……。
心中でため息を追加。
一條の隣、体格に合わせて見繕われた椅子に腰掛けているファウスが、申し訳無さそうに此方へ視線を送っていた。
「……申し訳ない。私としても、まさかここまで話が大きくなるとは思わなかったので」
「えぇ……。その、理由とか経緯とか、諸々は聞きました、けど……」
対面に視線を飛ばしてから、改めてため息を吐く。
これ以上ない笑みを浮かべているのは今回の主催者である、彼、クントゥー・ファウスの両親だ。
父親側の隣に座る二人が、ファウスの弟達。両者共に既婚者である。
母親側の隣に座るのが、彼の妹。既婚者である。ついでに身重だ。
体格を見るに、どうも血は争えないと見える。
そして、全員が、熱い視線を一條に向けていた。
「どう考えても品定め中だよこれぇ……」
敵対的とはいかないまでも、どの様な人物かを事細かに、見た目や行動から診断しようと言う腹積もりなのだろう。
勿論、クントゥー・ファウスの嫁として、である。
一條にその気はないのだが、かと言って、この場で宣言して良いものかは判断に困る所だ。
「今日の所は、この食事会を楽しんで貰えれば、と思います。ダルク殿」
「はぁ……楽しむ……」
――何を?
思うが、口にはしなかった。
多少強張っている笑みではあるが、本心ではあるのだろう。
「あっ、ありがとうございます……」
言われた事を体現する為に伸ばした手より先に、ファウスが取り分けたり、取りやすい位置へと皿の移動も行ってくれた。
それに対しての感謝の台詞に、彼は照れくさそうに頭を掻いている。
が、
「……ファウス殿が落ち着かれては?」
自分用に取り分けた筈の皿を、空の物と交換しているのだ。
気付いて、慌てて正しい所に戻しているのを眺めていると、先程までの緊張もどこへやらであった。
――いや、うん。好かれるのは、悪い事じゃあないんだけどね。うん。
実際、彼が此方へ好意を持っているのは確定している。
と言うか、その経緯も含めて説明された。彼以外の者達からではあったが。
一條は、目の前に置かれた皿から野菜類を口に放り込みつつ、周囲へ視線を巡らす。
今回の目的は、あくまでジャンヌ・ダルクを招いての食事会。見慣れた十二皇家の偉容を示す屋敷の客間を開放してのものだ。
それ故、ファウス家の者以外にも、麾下の者達も多く参列している。
他にも多数の侍女や執事が出たり入ったりを繰り返し、人の流れは中々激しい。
――なんだか、ぴんと来ないんだけどなぁ。
隣で、体格に似合わず、小分けにして口へと運んでいく巨漢を見て思う。
クントゥー・ファウスと言う男は、今まで色恋沙汰が少なかった上、本人もそれとなく避けていたらしく、長男坊でありながら未婚の身の上。
普通であればそれなりの大事なのだろうが、それ程問題も無いのは、情勢も関係しているのは間違い無い。
しかしながら、ヴァロワ十二皇家と言う名家だ。彼の弟、妹が全員結婚している以上、流石に家族としても心配はしていたのだろう。
「……それにしても」
と、前置き。
彼が此方を向いた事で、続けた。
「ウネリカの時とは全然違いますね。あの時は見た目通り、どっしりと構えていましたし、普段からそうなのかと」
「あぁ、いや……そう、ですな。こういう場は経験がないもので。お恥ずかしい限りだ」
「こういう場が……ねぇ……。でも、私もこういうのは初めてです。緊張もしてますが、新鮮ですよ。……ただ」
「ただ?」
首を傾げたファウスに対して、苦笑。
「こうして並んでいると。あの鍛冶店で二人で共に、怒られていた時を思い出します」
言葉に、ファウスも一瞬真顔になるが、困った様な笑み。
皇都へ凱旋した直後。
一條が、アルベルトから貰った剣を折ってしまったのもあり、その代わりを求めて再びヘストパル鍛冶店を訪れた際の出来事。
事情を話した所で、過去の遍歴も語らざるを得なくなり、店主、ローグラ・ヘストパルから呆れられ、使い方そのものから説教されていたのだが、そこへファウスが来店。
彼も又、自身の武器を刃毀れやら壊しまくっていた有名人であり、その場で何故か二人一緒に仲良く怒られた。
禿頭に加えて体格も良い店主だが、説教は訥々と語り掛けられる為、殊更居心地が悪い。
――全く酷い時間だった。
故に鮮明さが、今も尚残っているのである。
「はっは。あれは、確かに嫌な記憶だ。……次から行く時は、ダルク殿と日を別にしようと考えた程です」
「では、その時は店の前に『ジャンヌ・ダルク来店中』と札を下げておきますか」
「それは良い考えですが……そうなると無駄足になる時が多そうですな?」
「いつも壊してると言いたげですね……事実ですけど。しかし、ファウス殿であれば、よい運動になるのでは?」
「であれば、食事の量を増やさねばなりませんな。これでも維持するのは大変なので。ダルク殿、ルービルの姿焼きは?」
「ああ言えばこう言う……。あ、頂きます」
言うが早いか、丁寧により分けられたそれが目の前に置かれた。
見た目も鳥なら味も鳥だ。流石に丸焼きとして出されるのは稀ではあるが、幾つも並ぶ光景は迫力もいや増す。
――ご飯欲しくなるなぁ。
等と考えつつ、ふとよぎった疑問を口にする。
「……所で、ファウス殿?」
「はい? もっといりますか? ダルク殿」
「あー、はい。それもそうなんですけど。……ファウス殿、何故、私をダルク殿、と呼ぶのです?」
指摘に、彼は石化でもしたかの様に固まった。
そのまま数秒。
やがて、機械仕掛けの如く、ぎこちない動作で居住いを正す。
思えば、今日会ってからと言うもの、以前とは違い、苗字で此方を呼んでいた。
確かに貴族同士であれば、苗字で呼び合うのが普通ではある。
更に言えば、ファウスの方が格式としては上位に位置していた。何なら呼び捨てでも構わない筈である。
「前はジャンヌ、と名前でしたけど」
一條自身、様、等と付けられなければ、それ以外は特に呼ばれ方をどうこう言うつもりはない。
紀宝達にも言う事ではないが、ジャンヌ、と言う響き自体は気に入っている。
――ダルク殿。使者殿、とかなんか格好付かないし。
思うが、こんな考えこそ、この世界に来た時は無かったものだ。
その事も含みで苦笑。
「私が十二皇家に次ぐ地位であっても、気にしませんのに」
ファウスは、頭を掻いてから、
「しかし……何と言いますか……」
バツが悪そうな表情を浮かべた。
ついでに、巨漢が一回りは小さくなった様に感じる。
「気にしませんよ。貴方の好きに呼んで頂ければそれで」
声なく笑ってから告げた。
が、一瞬の後、唐突に彼は立ち上がると、挨拶もそこそこに何処かへと走り去って行く。
巨体でありながら器用に人を躱していく為、そこだけを見れば、のろま、等と言う単語はあまり似付かわしく無い様に思う。
最も、彼自身はそう呼ばれる事に対して気にも留めていないだろうが。
「うーん……どうしよ……」
呟いてから、正面へと視線を向ければ、父親側男性陣は妙な表情をしているが、母親側女性陣は何か含む様な、期待する様な表情をしている。
机を挟んでいるだけでそれ程距離が離れているとは言えないが、周囲の雑踏から考えれば、こちら側の会話が全部筒抜け、と言う事もない筈であった。
それでもあの顔を見れば、何となく察しは付く。
――助けてミラちゃん……。
思念を飛ばした所で、届く訳もない。
ため息を吐いてから、最早知り合いも居ない中、黙々と食事を再開する。
「ジャンヌ・ダルク殿」
即座に声を掛けられた。
見れば、一人の男性。
顔に見覚えは、
――無い。と、言いたいけど。
「あぁ、こうして直接話すのは初めてですよ」
苦笑いされた。
「うぁ。あ、その……すいません……」
顔に出ていた事に、気恥ずかしさが上がってくる。
「お気になさらず。……ウネリカでは、私は門の方に居たのですが、貴女の活躍はあれから何度も耳にしています」
「門の……」
「えぇ。これでも、ファウス様の副官を務めてますから。それもあって、ですね」
言って、笑う。
見た目が細い為、あの防壁を主任務にしている部隊の出身とは思えなかった。
特に、あのウネリカで一條の守備に回っていたのは、誰も彼もが筋骨隆々の者達であったからでもある。
今の客間にも、当初からちらほらと見え、時折視線も合うのが、恐らくはそうであろう。
「ファウス様の部隊は、確かに鉄壁を誇りますが、それだけが仕事ではありませんよ」
「そう、ですか……。それで、あの……?」
「改めて感謝を、と思っていました。終わる時にと構えていたのですが。こうして、主賓が居なくなってしまいましたから」
柔やかな笑み。
対して、微妙な笑みで返す。
「傍で見ていましたから、特に私から言う事はありませんが。どうか気を悪くしないで頂きたい」
「やっ、それは、はい。全然。……まぁ、私が変な事言った所為ですし」
そこで、含みのある表情を見せた後。
「噂では、ジャンヌ・ダルク殿は自身よりも強い者を探している、と。本当ですかな?」
「えぇ……。それ、どっから聞きましたかね……」
振られた話題は、つい最近も挙げられたものである。
一応、無為に話を広げる様な人は居ないと思っていたが、どうもそうはいかなかったらしい。
「少し前に、往来の場で結婚を申し込まれていましたよね? あれで、街の外へ向かおうと意気込む者達が多いんですよ」
苦笑気味の台詞に、一條は突っ伏したくなるのを堪える。
「……これだから噂ってやつは。尾ひれ背びれが付くだけならまだしも毒とかもついてきやがる……」
「単純ですが、多少なりでも戦意が上がるのであれば、それ程悪い事でもないでしょう」
「そうでしょうか……?」
それはそれで、不安しかない。
「それはそうと。食後の運動で、一つ、御相手を願いたいのですが。宜しいでしょうか?」
「おっとー。そっちが本命の話だな?」
相変わらずの柔やかな笑み。
力量を見たいと言う事でもなく、単純に、自分の力が通じるかどうかを試してみたい、と言った感じである。
既に、一條の方を上と見てのものだ。
それはそれで、何とも言い難い感情が出てくる。
「……はぁ……。分かりました。それでは、後ろの、子供みたく目を輝かせた人達も連れてきて下さいね」
――さて、一体何人をぶっ飛ばす事になるのやら。
副官が、他の者達を差し置いて話を弾ませた事に対し、文句を言われる様を雑な音楽としつつ、一條は鳥の丸焼きに手を伸ばした。
「ダルク殿。そこまで緊張する事は無いのだが……」
クントゥー・ファウスの言葉に、一條は深呼吸。
そのまま椅子に尻を落とした。
同時に、集まった者達が一斉に拍手を奏で、それぞれに動き出す。
――誰の所為でこうなってる、と文句の一つでも言いたい所だけど……。
心中でため息を追加。
一條の隣、体格に合わせて見繕われた椅子に腰掛けているファウスが、申し訳無さそうに此方へ視線を送っていた。
「……申し訳ない。私としても、まさかここまで話が大きくなるとは思わなかったので」
「えぇ……。その、理由とか経緯とか、諸々は聞きました、けど……」
対面に視線を飛ばしてから、改めてため息を吐く。
これ以上ない笑みを浮かべているのは今回の主催者である、彼、クントゥー・ファウスの両親だ。
父親側の隣に座る二人が、ファウスの弟達。両者共に既婚者である。
母親側の隣に座るのが、彼の妹。既婚者である。ついでに身重だ。
体格を見るに、どうも血は争えないと見える。
そして、全員が、熱い視線を一條に向けていた。
「どう考えても品定め中だよこれぇ……」
敵対的とはいかないまでも、どの様な人物かを事細かに、見た目や行動から診断しようと言う腹積もりなのだろう。
勿論、クントゥー・ファウスの嫁として、である。
一條にその気はないのだが、かと言って、この場で宣言して良いものかは判断に困る所だ。
「今日の所は、この食事会を楽しんで貰えれば、と思います。ダルク殿」
「はぁ……楽しむ……」
――何を?
思うが、口にはしなかった。
多少強張っている笑みではあるが、本心ではあるのだろう。
「あっ、ありがとうございます……」
言われた事を体現する為に伸ばした手より先に、ファウスが取り分けたり、取りやすい位置へと皿の移動も行ってくれた。
それに対しての感謝の台詞に、彼は照れくさそうに頭を掻いている。
が、
「……ファウス殿が落ち着かれては?」
自分用に取り分けた筈の皿を、空の物と交換しているのだ。
気付いて、慌てて正しい所に戻しているのを眺めていると、先程までの緊張もどこへやらであった。
――いや、うん。好かれるのは、悪い事じゃあないんだけどね。うん。
実際、彼が此方へ好意を持っているのは確定している。
と言うか、その経緯も含めて説明された。彼以外の者達からではあったが。
一條は、目の前に置かれた皿から野菜類を口に放り込みつつ、周囲へ視線を巡らす。
今回の目的は、あくまでジャンヌ・ダルクを招いての食事会。見慣れた十二皇家の偉容を示す屋敷の客間を開放してのものだ。
それ故、ファウス家の者以外にも、麾下の者達も多く参列している。
他にも多数の侍女や執事が出たり入ったりを繰り返し、人の流れは中々激しい。
――なんだか、ぴんと来ないんだけどなぁ。
隣で、体格に似合わず、小分けにして口へと運んでいく巨漢を見て思う。
クントゥー・ファウスと言う男は、今まで色恋沙汰が少なかった上、本人もそれとなく避けていたらしく、長男坊でありながら未婚の身の上。
普通であればそれなりの大事なのだろうが、それ程問題も無いのは、情勢も関係しているのは間違い無い。
しかしながら、ヴァロワ十二皇家と言う名家だ。彼の弟、妹が全員結婚している以上、流石に家族としても心配はしていたのだろう。
「……それにしても」
と、前置き。
彼が此方を向いた事で、続けた。
「ウネリカの時とは全然違いますね。あの時は見た目通り、どっしりと構えていましたし、普段からそうなのかと」
「あぁ、いや……そう、ですな。こういう場は経験がないもので。お恥ずかしい限りだ」
「こういう場が……ねぇ……。でも、私もこういうのは初めてです。緊張もしてますが、新鮮ですよ。……ただ」
「ただ?」
首を傾げたファウスに対して、苦笑。
「こうして並んでいると。あの鍛冶店で二人で共に、怒られていた時を思い出します」
言葉に、ファウスも一瞬真顔になるが、困った様な笑み。
皇都へ凱旋した直後。
一條が、アルベルトから貰った剣を折ってしまったのもあり、その代わりを求めて再びヘストパル鍛冶店を訪れた際の出来事。
事情を話した所で、過去の遍歴も語らざるを得なくなり、店主、ローグラ・ヘストパルから呆れられ、使い方そのものから説教されていたのだが、そこへファウスが来店。
彼も又、自身の武器を刃毀れやら壊しまくっていた有名人であり、その場で何故か二人一緒に仲良く怒られた。
禿頭に加えて体格も良い店主だが、説教は訥々と語り掛けられる為、殊更居心地が悪い。
――全く酷い時間だった。
故に鮮明さが、今も尚残っているのである。
「はっは。あれは、確かに嫌な記憶だ。……次から行く時は、ダルク殿と日を別にしようと考えた程です」
「では、その時は店の前に『ジャンヌ・ダルク来店中』と札を下げておきますか」
「それは良い考えですが……そうなると無駄足になる時が多そうですな?」
「いつも壊してると言いたげですね……事実ですけど。しかし、ファウス殿であれば、よい運動になるのでは?」
「であれば、食事の量を増やさねばなりませんな。これでも維持するのは大変なので。ダルク殿、ルービルの姿焼きは?」
「ああ言えばこう言う……。あ、頂きます」
言うが早いか、丁寧により分けられたそれが目の前に置かれた。
見た目も鳥なら味も鳥だ。流石に丸焼きとして出されるのは稀ではあるが、幾つも並ぶ光景は迫力もいや増す。
――ご飯欲しくなるなぁ。
等と考えつつ、ふとよぎった疑問を口にする。
「……所で、ファウス殿?」
「はい? もっといりますか? ダルク殿」
「あー、はい。それもそうなんですけど。……ファウス殿、何故、私をダルク殿、と呼ぶのです?」
指摘に、彼は石化でもしたかの様に固まった。
そのまま数秒。
やがて、機械仕掛けの如く、ぎこちない動作で居住いを正す。
思えば、今日会ってからと言うもの、以前とは違い、苗字で此方を呼んでいた。
確かに貴族同士であれば、苗字で呼び合うのが普通ではある。
更に言えば、ファウスの方が格式としては上位に位置していた。何なら呼び捨てでも構わない筈である。
「前はジャンヌ、と名前でしたけど」
一條自身、様、等と付けられなければ、それ以外は特に呼ばれ方をどうこう言うつもりはない。
紀宝達にも言う事ではないが、ジャンヌ、と言う響き自体は気に入っている。
――ダルク殿。使者殿、とかなんか格好付かないし。
思うが、こんな考えこそ、この世界に来た時は無かったものだ。
その事も含みで苦笑。
「私が十二皇家に次ぐ地位であっても、気にしませんのに」
ファウスは、頭を掻いてから、
「しかし……何と言いますか……」
バツが悪そうな表情を浮かべた。
ついでに、巨漢が一回りは小さくなった様に感じる。
「気にしませんよ。貴方の好きに呼んで頂ければそれで」
声なく笑ってから告げた。
が、一瞬の後、唐突に彼は立ち上がると、挨拶もそこそこに何処かへと走り去って行く。
巨体でありながら器用に人を躱していく為、そこだけを見れば、のろま、等と言う単語はあまり似付かわしく無い様に思う。
最も、彼自身はそう呼ばれる事に対して気にも留めていないだろうが。
「うーん……どうしよ……」
呟いてから、正面へと視線を向ければ、父親側男性陣は妙な表情をしているが、母親側女性陣は何か含む様な、期待する様な表情をしている。
机を挟んでいるだけでそれ程距離が離れているとは言えないが、周囲の雑踏から考えれば、こちら側の会話が全部筒抜け、と言う事もない筈であった。
それでもあの顔を見れば、何となく察しは付く。
――助けてミラちゃん……。
思念を飛ばした所で、届く訳もない。
ため息を吐いてから、最早知り合いも居ない中、黙々と食事を再開する。
「ジャンヌ・ダルク殿」
即座に声を掛けられた。
見れば、一人の男性。
顔に見覚えは、
――無い。と、言いたいけど。
「あぁ、こうして直接話すのは初めてですよ」
苦笑いされた。
「うぁ。あ、その……すいません……」
顔に出ていた事に、気恥ずかしさが上がってくる。
「お気になさらず。……ウネリカでは、私は門の方に居たのですが、貴女の活躍はあれから何度も耳にしています」
「門の……」
「えぇ。これでも、ファウス様の副官を務めてますから。それもあって、ですね」
言って、笑う。
見た目が細い為、あの防壁を主任務にしている部隊の出身とは思えなかった。
特に、あのウネリカで一條の守備に回っていたのは、誰も彼もが筋骨隆々の者達であったからでもある。
今の客間にも、当初からちらほらと見え、時折視線も合うのが、恐らくはそうであろう。
「ファウス様の部隊は、確かに鉄壁を誇りますが、それだけが仕事ではありませんよ」
「そう、ですか……。それで、あの……?」
「改めて感謝を、と思っていました。終わる時にと構えていたのですが。こうして、主賓が居なくなってしまいましたから」
柔やかな笑み。
対して、微妙な笑みで返す。
「傍で見ていましたから、特に私から言う事はありませんが。どうか気を悪くしないで頂きたい」
「やっ、それは、はい。全然。……まぁ、私が変な事言った所為ですし」
そこで、含みのある表情を見せた後。
「噂では、ジャンヌ・ダルク殿は自身よりも強い者を探している、と。本当ですかな?」
「えぇ……。それ、どっから聞きましたかね……」
振られた話題は、つい最近も挙げられたものである。
一応、無為に話を広げる様な人は居ないと思っていたが、どうもそうはいかなかったらしい。
「少し前に、往来の場で結婚を申し込まれていましたよね? あれで、街の外へ向かおうと意気込む者達が多いんですよ」
苦笑気味の台詞に、一條は突っ伏したくなるのを堪える。
「……これだから噂ってやつは。尾ひれ背びれが付くだけならまだしも毒とかもついてきやがる……」
「単純ですが、多少なりでも戦意が上がるのであれば、それ程悪い事でもないでしょう」
「そうでしょうか……?」
それはそれで、不安しかない。
「それはそうと。食後の運動で、一つ、御相手を願いたいのですが。宜しいでしょうか?」
「おっとー。そっちが本命の話だな?」
相変わらずの柔やかな笑み。
力量を見たいと言う事でもなく、単純に、自分の力が通じるかどうかを試してみたい、と言った感じである。
既に、一條の方を上と見てのものだ。
それはそれで、何とも言い難い感情が出てくる。
「……はぁ……。分かりました。それでは、後ろの、子供みたく目を輝かせた人達も連れてきて下さいね」
――さて、一体何人をぶっ飛ばす事になるのやら。
副官が、他の者達を差し置いて話を弾ませた事に対し、文句を言われる様を雑な音楽としつつ、一條は鳥の丸焼きに手を伸ばした。
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