上 下
64 / 141

皇都恋愛奇譚(4)

しおりを挟む
「えっと、その……ほ、本日は天気も良く。この様な場にお招き頂き……あ、あり、ありがとう、ございます……」
殿。そこまで緊張する事は無いのだが……」
 クントゥー・ファウスの言葉に、一條は深呼吸。
 そのまま椅子に尻を落とした。
 同時に、集まった者達が一斉に拍手を奏で、それぞれに動き出す。
――誰の所為でこうなってる、と文句の一つでも言いたい所だけど……。
 心中でため息を追加。
 一條の隣、体格に合わせて見繕われた椅子に腰掛けているファウスが、申し訳無さそうに此方へ視線を送っていた。
「……申し訳ない。私としても、まさかここまで話が大きくなるとは思わなかったので」
「えぇ……。その、理由とか経緯とか、諸々は聞きました、けど……」
 対面に視線を飛ばしてから、改めてため息を吐く。
 これ以上ない笑みを浮かべているのは今回の主催者である、彼、クントゥー・ファウスの両親だ。
 父親側の隣に座る二人が、ファウスの弟達。両者共に既婚者である。
 母親側の隣に座るのが、彼の妹。既婚者である。ついでに身重だ。
 体格を見るに、どうも血は争えないと見える。
 そして、全員が、熱い視線を一條に向けていた。
「どう考えても品定め中だよこれぇ……」
 敵対的とはいかないまでも、どの様な人物かを事細かに、見た目や行動から診断しようと言う腹積もりなのだろう。
 勿論、クントゥー・ファウスの嫁として、である。
 一條にその気はないのだが、かと言って、この場で宣言して良いものかは判断に困る所だ。
「今日の所は、この食事会を楽しんで貰えれば、と思います。ダルク殿」
「はぁ……楽しむ……」
――何を?
 思うが、口にはしなかった。
 多少強張っている笑みではあるが、本心ではあるのだろう。
「あっ、ありがとうございます……」
 言われた事を体現する為に伸ばした手より先に、ファウスが取り分けたり、取りやすい位置へと皿の移動も行ってくれた。
 それに対しての感謝の台詞に、彼は照れくさそうに頭を掻いている。
 が、
「……ファウス殿が落ち着かれては?」
 自分用に取り分けた筈の皿を、空の物と交換しているのだ。
 気付いて、慌てて正しい所に戻しているのを眺めていると、先程までの緊張もどこへやらであった。
――いや、うん。好かれるのは、悪い事じゃあないんだけどね。うん。
 実際、彼が此方へ好意を持っているのは確定している。
 と言うか、その経緯も含めて説明された。彼以外の者達からではあったが。
 一條は、目の前に置かれた皿から野菜類を口に放り込みつつ、周囲へ視線を巡らす。
 今回の目的は、あくまでジャンヌ・ダルクを招いての食事会。見慣れた十二皇家の偉容を示す屋敷の客間を開放してのものだ。
 それ故、ファウス家の者以外にも、麾下の者達も多く参列している。
 他にも多数の侍女や執事が出たり入ったりを繰り返し、人の流れは中々激しい。
――なんだか、ぴんと来ないんだけどなぁ。
 隣で、体格に似合わず、小分けにして口へと運んでいく巨漢を見て思う。
 クントゥー・ファウスと言う男は、今まで色恋沙汰が少なかった上、本人もそれとなく避けていたらしく、長男坊でありながら未婚の身の上。
 普通であればそれなりの大事なのだろうが、それ程問題も無いのは、情勢も関係しているのは間違い無い。
 しかしながら、ヴァロワ十二皇家と言う名家だ。彼の弟、妹が全員結婚している以上、流石に家族としても心配はしていたのだろう。
「……それにしても」
 と、前置き。
 彼が此方を向いた事で、続けた。
「ウネリカの時とは全然違いますね。あの時は見た目通り、どっしりと構えていましたし、普段からそうなのかと」
「あぁ、いや……そう、ですな。。お恥ずかしい限りだ」
「こういう場が……ねぇ……。でも、私もこういうのは初めてです。緊張もしてますが、新鮮ですよ。……ただ」
「ただ?」
 首を傾げたファウスに対して、苦笑。
「こうして並んでいると。あの鍛冶店で二人で共に、怒られていた時を思い出します」
 言葉に、ファウスも一瞬真顔になるが、困った様な笑み。
 皇都へ凱旋した直後。
 一條が、アルベルトから貰った剣を折ってしまったのもあり、その代わりを求めて再びヘストパル鍛冶店を訪れた際の出来事。
 事情を話した所で、過去の遍歴も語らざるを得なくなり、店主、ローグラ・ヘストパルから呆れられ、使い方そのものから説教されていたのだが、そこへファウスが来店。
 彼も又、自身の武器を刃毀れやら壊しまくっていた有名人であり、その場で何故か二人一緒に仲良く怒られた。
 禿頭に加えて体格も良い店主だが、説教は訥々と語り掛けられる為、殊更居心地が悪い。
――全く酷い時間だった。
 故に鮮明さが、今も尚残っているのである。
「はっは。あれは、確かに嫌な記憶だ。……次から行く時は、ダルク殿と日を別にしようと考えた程です」
「では、その時は店の前に『ジャンヌ・ダルク来店中』と札を下げておきますか」
「それは良い考えですが……そうなると無駄足になる時が多そうですな?」
「いつも壊してると言いたげですね……事実ですけど。しかし、ファウス殿であれば、よい運動になるのでは?」
「であれば、食事の量を増やさねばなりませんな。これでも維持するのは大変なので。ダルク殿、ルービルの姿焼きは?」
「ああ言えばこう言う……。あ、頂きます」
 言うが早いか、丁寧により分けられたそれが目の前に置かれた。
 見た目も鳥なら味も鳥だ。流石に丸焼きとして出されるのは稀ではあるが、幾つも並ぶ光景は迫力もいや増す。
――ご飯欲しくなるなぁ。
 等と考えつつ、ふとよぎった疑問を口にする。
「……所で、ファウス殿?」
「はい? もっといりますか? ダルク殿」
「あー、はい。それもそうなんですけど。……ファウス殿、何故、殿、と呼ぶのです?」
 指摘に、彼は石化でもしたかの様に固まった。
 そのまま数秒。
 やがて、機械仕掛けの如く、ぎこちない動作で居住いを正す。
 思えば、今日会ってからと言うもの、以前とは違い、苗字で此方を呼んでいた。
 確かに貴族同士であれば、苗字で呼び合うのが普通ではある。
 更に言えば、ファウスの方が格式としては上位に位置していた。何なら呼び捨てでも構わない筈である。
「前はジャンヌ、と名前でしたけど」
 一條自身、様、等と付けられなければ、それ以外は特に呼ばれ方をどうこう言うつもりはない。
 紀宝達にも言う事ではないが、ジャンヌ、と言う響き自体は気に入っている。
――ダルク殿。使者殿、とかなんか格好付かないし。
 思うが、こんな考えこそ、この世界に来た時は無かったものだ。
 その事も含みで苦笑。
「私が十二皇家に次ぐ地位であっても、気にしませんのに」
 ファウスは、頭を掻いてから、
「しかし……何と言いますか……」
 バツが悪そうな表情を浮かべた。
 ついでに、巨漢が一回りは小さくなった様に感じる。
「気にしませんよ。貴方の好きに呼んで頂ければそれで」
 声なく笑ってから告げた。
 が、一瞬の後、唐突に彼は立ち上がると、挨拶もそこそこに何処かへと走り去って行く。
 巨体でありながら器用に人を躱していく為、そこだけを見れば、のろま、等と言う単語はあまり似付かわしく無い様に思う。
 最も、彼自身はそう呼ばれる事に対して気にも留めていないだろうが。
「うーん……どうしよ……」
 呟いてから、正面へと視線を向ければ、父親側男性陣は妙な表情をしているが、母親側女性陣は何か含む様な、期待する様な表情をしている。
 机を挟んでいるだけでそれ程距離が離れているとは言えないが、周囲の雑踏から考えれば、こちら側の会話が全部筒抜け、と言う事もない筈であった。
 それでもあの顔を見れば、何となく察しは付く。
――助けてミラちゃん……。
 思念を飛ばした所で、届く訳もない。
 ため息を吐いてから、最早知り合いも居ない中、黙々と食事を再開する。
「ジャンヌ・ダルク殿」
 即座に声を掛けられた。
 見れば、一人の男性。
 顔に見覚えは、
――無い。と、言いたいけど。
「あぁ、こうして直接話すのは初めてですよ」
 苦笑いされた。
「うぁ。あ、その……すいません……」
 顔に出ていた事に、気恥ずかしさが上がってくる。
「お気になさらず。……ウネリカでは、私は門の方に居たのですが、貴女の活躍はあれから何度も耳にしています」
「門の……」
「えぇ。これでも、ファウス様の副官を務めてますから。それもあって、ですね」
 言って、笑う。
 見た目が細い為、あの防壁を主任務にしている部隊の出身とは思えなかった。
 特に、あのウネリカで一條の守備に回っていたのは、誰も彼もが筋骨隆々の者達であったからでもある。
 今の客間にも、当初からちらほらと見え、時折視線も合うのが、恐らくはそうであろう。
「ファウス様の部隊は、確かに鉄壁を誇りますが、それだけが仕事ではありませんよ」
「そう、ですか……。それで、あの……?」
「改めて感謝を、と思っていました。終わる時にと構えていたのですが。こうして、主賓が居なくなってしまいましたから」
 柔やかな笑み。
 対して、微妙な笑みで返す。
「傍で見ていましたから、特に私から言う事はありませんが。どうか気を悪くしないで頂きたい」
「やっ、それは、はい。全然。……まぁ、私が変な事言った所為ですし」
 そこで、含みのある表情を見せた後。
「噂では、ジャンヌ・ダルク殿は自身よりも強い者を探している、と。本当ですかな?」
「えぇ……。それ、どっから聞きましたかね……」
 振られた話題は、つい最近も挙げられたものである。
 一応、無為に話を広げる様な人は居ないと思っていたが、どうもそうはいかなかったらしい。
「少し前に、往来の場で結婚を申し込まれていましたよね? あれで、街の外へ向かおうと意気込む者達が多いんですよ」
 苦笑気味の台詞に、一條は突っ伏したくなるのを堪える。
「……これだから噂ってやつは。尾ひれ背びれが付くだけならまだしも毒とかもついてきやがる……」
「単純ですが、多少なりでも戦意が上がるのであれば、それ程悪い事でもないでしょう」
「そうでしょうか……?」
 それはそれで、不安しかない。
「それはそうと。食後の運動で、一つ、御相手を願いたいのですが。宜しいでしょうか?」
「おっとー。そっちが本命の話だな?」
 相変わらずの柔やかな笑み。
 力量を見たいと言う事でもなく、単純に、自分の力が通じるかどうかを試してみたい、と言った感じである。
 既に、一條の方を上と見てのものだ。
 それはそれで、何とも言い難い感情が出てくる。
「……はぁ……。分かりました。それでは、後ろの、子供みたく目を輝かせた人達も連れてきて下さいね」
――さて、一体何人をぶっ飛ばす事になるのやら。
 副官が、他の者達を差し置いて話を弾ませた事に対し、文句を言われる様を雑な音楽としつつ、一條は鳥の丸焼きに手を伸ばした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

奇妙な日常

廣瀬純一
大衆娯楽
新婚夫婦の体が入れ替わる話

ビキニに恋した男

廣瀬純一
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

Missing you

廣瀬純一
青春
突然消えた彼女を探しに山口県に訪れた佐藤達也が自転車で県内の各市を巡り向津具のダブルマラソンにも出場して山口県で様々な体験や不思議な体験をする話

小学生をもう一度

廣瀬純一
青春
大学生の松岡翔太が小学生の女の子の松岡翔子になって二度目の人生を始める話

体育座りでスカートを汚してしまったあの日々

yoshieeesan
現代文学
学生時代にやたらとさせられた体育座りですが、女性からすると服が汚れた嫌な思い出が多いです。そういった短編小説を書いていきます。

天日ノ艦隊 〜こちら大和型戦艦、異世界にて出陣ス!〜 

八風ゆず
ファンタジー
時は1950年。 第一次世界大戦にあった「もう一つの可能性」が実現した世界線。1950年4月7日、合同演習をする為航行中、大和型戦艦三隻が同時に左舷に転覆した。 大和型三隻は沈没した……、と思われた。 だが、目覚めた先には我々が居た世界とは違った。 大海原が広がり、見たことのない数多の国が支配者する世界だった。 祖国へ帰るため、大海原が広がる異世界を旅する大和型三隻と別世界の艦船達との異世界戦記。 ※異世界転移が何番煎じか分からないですが、書きたいのでかいています! 面白いと思ったらブックマーク、感想、評価お願いします!!※ ※戦艦など知らない人も楽しめるため、解説などを出し努力しております。是非是非「知識がなく、楽しんで読めるかな……」っと思ってる方も読んでみてください!※

OLサラリーマン

廣瀬純一
ファンタジー
女性社員と体が入れ替わるサラリーマンの話

性転のへきれき

廣瀬純一
ファンタジー
高校生の男女の入れ替わり

処理中です...