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皇都恋愛奇譚(2)

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「と、まぁ、そんな次第で。出来たらスフィの意見も聞きたいなぁ、なんて」
 曖昧な質問と、一條自身でも分かる曖昧な笑みに、体面に座るスフィは実に妙な顔を見せた。
 表情を戻し、出された茶とお菓子を一つ。
「ジャンヌ姉様から、まさかそんな事を聞かれるとは思いませんでしたね……」
 何とも感慨深い台詞が零れた。
「えぇ……。そうかな……そうかも」
「ジャンヌさん、お茶、入れましょうか?」
「ありがとルッテモーラさん」
 隣に座るルッテモーラが柔やかな笑みで空の容器を満たしていく。
 ランス邸の庭先にて、用意された室外用の机に椅子。
 腰掛ける三人の雰囲気は、実に穏やかなものである。
――今風に言えば、女子会。
「別に、困る事では無いと思いますけど。女性であれば、嫁ぐのが普通なのですから。……ま、それは私も似た様なものですが」
「スフィも結婚願望……あー、いや、結婚したいって言う思い、やっぱあるの?」
「当然でしょう。最も、本来であればこの座も兄上が継ぐべき所。それを私の方から無理を言っているのです。その成果は果たさねば、とも思っています」
「アタシには真似出来ないよ」
 スフィも苦笑している。
 ヴァロワでも有名な家だ。それなりの苦労や、彼女自身思う所はあるのだろう。
「ただ、私もそういう話が来ていた時期はありました。それこそ、両の指では収まらない程に。……流石にジャンヌ姉様程、若い人は居ませんでしたが」
「でしょうねぇ」
 頬杖を付いた一條を、二人して上品に笑っている。
 居るだけで絵になるお嬢様方であった。
――住んでた世界が違うとこうも違うか。
 等と思っていた先、場に不釣り合いな気合いの籠もった声が五つ、庭に響く。
「ジャンヌ姉様も、ご自分で相手を探したいと考えてるんですか?」
「んえ」
 其方に意識を向けようとした直後であった所為か、不格好な声が出てしまう。
 二人の視線に晒される中、咳払い。
「……。いや、えーと、アタシは別に……。そういうのはまだ早いんじゃ無いかなー、なんて……思ったり思わなかったり」
「ふふっ。ジャンヌさんらしいですね」
「こういうのは田舎の方が進んでると聞いたけど、あれ、嘘なのかしら」
「多分嘘だと思いますよ」
 訂正しておくが、誰の入れ知恵かまでは聞かないでおく。
「……ちなみに。参考までに。スフィの希望ってどういう人?」
「そう、ですね……」
 と一言。
 若干の間を置いた後、
「私はこんな性格なので。いつか、心から信頼出来て……。えぇ、安心出来る方であれば」
 はにかんだ笑みで告げる。
「はぁー……スフィにそんな表情されたら、全員が恋に落ちるって。可愛すぎてしんどい」
 それだけの破壊力を持っていた。
 これが、ヴァロワ十二皇家筆頭の女傑、才色兼備のお嬢様の実力である。
 ジャンヌ・ダルクより余程人気がありそうなものだが。
「全く貴女と言う人は……。所で、私からも良いでしょうか?」
 質問の宣言に、一條は若干身構えた。
 同様のものが来る、との考えだ。
 とはいえ、言われた所で答えに窮するのは目に見えている。
「あの、お隣の方は、ランス家の侍女長、ですよね……」
 明後日の方角から飛んできた質問に、肩透かしを喰らうが、頷いた。
「えぇ、はい。そういえば自己紹介をしておりませんでしたね。……ランス家の侍女長をしております。ルッテモーラと申します。こうして、直接お話をさせて頂くのは、初めてですが」
「いえ。それは構いません。何度か見た事は記憶していたのですが……。ジャンヌ姉様も特に何も言わないのですっかり忘れていました」
「えぇ……。そうかな……そうかも」
 言われて、極自然な流れで彼女を隣に座らせた気もする。
 その上で、特に紹介等もしていない事も思い出した。
――うーん。ギルティ。
 贖罪の方は後々考えておく。
「それから……」
 スフィの視線が、庭に敷かれた石畳の方へ向く。
 一條とルッテモーラの視線も、其方へ流れた。
 そこでは、今まさに一人と四人が肉弾戦を展開している。
 一人は、ミランヌ・カドゥ・ディー。
 四人は、いずれもがランス家に仕える侍女達。
 茶色がかった黒の髪を肩口で揃え、所謂、ツーサイドアップ状にしているのがレンカーナティ。
 金色の短髪がセータリア・リビルーフ。
 金色の髪をレンカーナティと似た形に纏めているのがその妹、テトラマ・リビルーフ。
 そして、栗色の短髪をした長身がセスラ・ファルブラウ。
 全員、主に接客を担当とする者達であり、紀宝一派、自慢の弟子達でもある。
「あの。ミラさん以外、の方も、侍女の方、ですよね……?」
 多人数相手に、しかし、紀宝は一歩も引く事なく、むしろ進んで前に出て行き、有利に試合を動かしていた。
 そんな流れる光景に、さしものスフィも疑問形である。
「皆さん、服も侍女の物ではないので……。あの、此処では普通、なのでしょうか?」
 彼女の言葉は、至極最もではあった。
「いえ、流石にそこまでは。ただ、本日はルカヨ様よりお暇を貰っておりますので」
「……えぇと。ジャンヌ姉様。どういう事です……?」
 処理仕切れなくなったらしく、こめかみを押さえている。
 侍女が規定の服装ではない上、現状、与えられている筈の職務すら放棄している様な状態なのだ。
 スフィでなくとも、異常であると考えるのが自然である。
「うんうん。まぁ、そうなるよね」
 一條は二度頷いてから、ルッテモーラに目配せ。
 無言で首肯したのを確認。
「実はですね」
 と前置き。
「ヴァロワ皇謁見の時の事を、つい、言ってしまって」
 告げた。
 その事に、スフィは一瞬、虚を衝かれた様な表情をしたが、すぐに首を傾げる。
「なんでも、偽の人物を立てて、見抜けなかった場合、処断も検討されたとか」
 ルッテモーラが、苦笑しながら付け加え、納得の顔になった。
 が、思い切りの良いため息を吐く。
「いや、その。昨日のね。ホリマーさんのご子息の事を話してたら、その流れで……はい。本当に申し訳御座いません」
 ヴァロワ皇謁見の際、偽の人間を一旦座らせ、一條達に会わせる。そのままであった場合、一條達はルッテモーラの通り、処断されていた。
 これを提案したのが、他ならぬアルベルト・ランスその人である。
 紀宝の進言と、あまり格好の付かない大見得を切った結果は御覧の通りではあったが、ともあれ、どうにか三人の首と胴体は繋がっていた。
 しかし、である。
 信用を勝ち得る為とはいえ、そんな綱渡りの所業をした夫に対して、ルカヨ・ランスはいたく御立腹であった。
 猫可愛がりされている身としては、どうにも肩身が狭くなったものの、結果として本日の事態に至っている。
「アタシの所為でこうなっちゃってるのは、正直いたたまれない気分だけども」
「私達としては、この様な時を過ごせて感謝しておりますよ。ジャンヌさん」
「……だと、良いんですけど」
 石畳の上で、紀宝が早くも三人目を吹っ飛ばしていた。
「仲が良いのは宜しい事でしょうけど。……アラスタンヒル殿とディノワ殿は?」
「女だけの場所に居られるか、とかなんとか……。部屋でチェスでもやってるんじゃないでしょうかね」
「チェス?」
「あぁ、そっか。……えっ、と。机の上でやる遊び、の様なものです。お互いに駒を動かして取り合って、王の駒を取った方が勝ち」
「へぇ、それは。面白そうですね。そういうのが得意そうな人物も当てがあります。今度教えて貰いましょうか」
「是非。シャラが考案したやつなんですけど、あいつの鼻っ柱をへし折って欲しいので」
 言葉と動作に、二人が再び笑い合う。
「ちょーっち、休憩休憩」
 首を左右に振りつつ、右腕を回しながら義理の妹がやってきた。
「今、お茶を御用意致しますね」
「あーだいじょぶだいじょぶ。そんな長くは休まないから」
 そう言って、立ち上がろうとしたルッテモーラを制し、一條の前に置いてあった飲み物を一息に片付けてしまう。
「うーん。熱い! もう一杯!」
「情緒不安定かお前」
「失礼ねぇ。すこぶる快調よ」
 ついでと言う様に、ルッテモーラ特製のヘヌカ菓子もひょいひょい口に放り込んでいく。
「流石に手癖悪くない?」
「元平民なんてそんなもんでしょ」
「そうかなぁ……」
「ジャンヌ姉達程、育ちが良くないのよ」
 そう嘯いて、紀宝はさっさと帰って行った。
――紀宝の方が育ちは良かった筈では。
 思うだけにしておく。
 が、紀宝の台詞を反芻して、自身とルッテモーラ、スフィとを見て行けば、彼女からすれば社交界に出ていても違和感はない三名にはなるのだろう。
 一條としては若干、不本意ではあるが。
「なんか、すいません」
 代わりについて出た台詞に、ルッテモーラが声無く笑う。
「慣れました。……と、ジャンヌ姉様。近く、部隊の再編成で、新設する部隊の面倒をラトビアと共に見て欲しいのですが」
「新しい隊を……?」
 注がれたオックス茶を息で冷ましながら、一條は首を傾げた。
――ラトビアさんが居れば良い気もするけど……。
 思案しながらも、スフィの近況を鑑みれば、実に素早い行動である。
 ウネリカの戦いで、最も被害を受けたのは彼女の麾下だ。
 それから僅かな期間で、立て直しを図ろうと言う訳である。
 活躍の著しい一條を据えれば、ある程度の目算も付くと言うものかも知れない。
「ノクセに駐留していた部隊が間もなく皇都へ帰参します。そこからになりますが、女性の軍人貴族のみで編成した部隊にする予定なのです。ジャンヌ姉様には彼女達を任せたい、と思っています」
「えっ。いや、任せるってそんな大袈裟な……」
 問題はない、と言えた。
 一條達は現状、保留されている身ではあるが、十二皇家に匹敵する地位を確約されている為である。
 部隊の一つや二つ、持っていても周囲から文句は出ない、だろう。
「指揮なんて執った事……は、ある、にはあるか……うん……。兎に角そんなだし。剣の指導とかなら別にアタシは要らないんじゃあ」
「そこはラトビアにも頑張って貰いますし、ミラさんも居れば問題ないでしょう」
「そんなぁ」
「それと実戦の時はラトビアが指揮を執る事になっています。えぇ、一応……」
「言い淀む辺り、信頼はされてると言う解釈で宜しいか?」
 スフィが神妙な面持ちをした事で、一條は事情を察する。
――ラトビアさん。そういうの苦手そうだからなぁ。
 適材適所と言う四字熟語を思い出した。
「にしても指揮なんて、自信ないなぁ」
「ジャンヌさんなら出来ますよ。言葉も文字も覚えて、アルベルト様にだってもう十分勝てているんですから」
「なんかいける気がする」
「では宜しくお願いしますね」
「んがー」
 天を扇いだが、二人はただ笑っている。
「……さて、お二人の配属先も決まったので」
 スフィが、茶を一口。
 満面の笑みを浮かべ、
「ジャンヌ姉様の男性の好みでも聞かせて貰いましょうか?」
 言い放った。
「なんでぇ?」
 素っ頓狂な声で対応したが、彼女の表情は変わらない。
「それは、是非、私も聞きたいですね」
 隣のルッテモーラも乗っかってきた。
「なんでぇっ!?」
 等と返したものの、彼女の性格を鑑みればある意味自然である。
 むしろ、ルカヨが居ない事を喜ぶべきかも知れない。
「何変な顔してんのジャンヌ姉」
 何度目かの激しい組み手を終え、尚、爽やかな顔を浮かべる怪物がそこに立っていた。
 石畳の上には、各々の姿勢で死んだ様に突っ伏している四人。
 どう見ても異常である。
「……いやだってさぁ」
「ミラさんはジャンヌ姉様の好きな男性がどういう方か、知ってます?」
 一瞬、複雑そうな表情を覗かせたが、すぐに頭を掻いて思案する仕草。
「んー……。
 暗にはぐらかす様な物言い。
――それは、男だった時の話かな。
 高井坂とはそんな事を言い合っていた記憶もあるが、紀宝がそこに混ざっていたかまではうろ覚えである。
 或いは、人知れずに話が流れて行った可能性も捨てきれない。
「えー……っと。好みのタイプ、って言われても……」
 考えを巡らすが、特に思い浮かばないのは、だろうか。
「身近だとやはりアラスタンヒル殿でしょうか」
「シャラはあり得ないと先に言っとく」
「あら、そうなるとやっぱりアラン様で?」
「なぁんでぇ?」
「バリエーション豊富ねぇ」
 立ちながら、一人優雅に茶を進める紀宝。
 既に一條の分は目の前にない。
「好み……好みなぁ……」
 そんな独り言の先、ふと、最適解が頭を過ぎった。
「……そ、そうっ。好み。男性の好きなタイプはですね。……そうっ、ずばり、アタシより強い人ですよ。そうでないと張り合いが無い、って言うかぁ。アタシも……女、ですし? 守って貰いたいなー、と言う感情もあったりはするんですよ? そうなるとやっぱりそれなりに強い方でないと務まらないので。そう考えたらその答えしか思い付かないかなぁ、……って」
 言葉に、二人がきょとんとした顔を見せる。
「……あれ」
 妙な空気が流れる中、紀宝が空のそれを一條の前に置きつつ、うんうん、と腕を組んで頷く。
「そうなるとジャンヌ姉の好みは私、と言う事になるわね」
「なんでだよっ。……え、いや、ホントに何で?」
「だって私、ジャンヌ姉より強い」
 胸を反らされるが、二人の通算成績は十勝十二敗。
 一條が負け越しているのは事実だ。
 アルベルトに対しては、直接相対する機会は減っているが、悪くとも引き分けに持ち込め、勝ち星も徐々に差を広げつつあった。
 アランに関しても、以前であればいざ知らず、つい先日も三本先取で勝ちを拾えている。
 シャラやその他は言わずもがな、だ。
「イ、イヤー……ショウガナイナー……」
「自分で言ってダメージ受けんの?」
 ついでに顔も逸らされた為、紀宝の表情までは伺い知る事は出来ない。
 その上で、スフィとルッテモーラへと視線を戻す。
 相変わらずきょとんとした表情。
 一條はその事にため息一つ。
「……妹の発言は冗談ですのでお気になさらず」
 ともあれ、この世界におけるジャンヌ・ダルクの男の趣味は自分より強い事、が明示されるに至った。
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