ジャンヌ・ダルク伝説~彼の地にて英雄と呼ばれた元青年~

白湯シトロ

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再びの皇都にて(5)

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「ですが、
 一條は、決意を乗せる様にして、凜と言い放った。
――うーん。流石は十二皇家、ってとこか。
 軽く一息。
 視線の先で、あからさまに驚いた表情を見せているのは、玉座に座るのみ。
 周囲に立つアルベルトを始めとした者達は、皆一様に神妙な面持ちだ。
――や、嬉しがってるの一人と面白がってるの二人、楽しんでるのが一人……それ以外は憮然とした態度。
 一條の看破も、当然、と考えてる様な反応でもある。
 が、その反応を信用と捉えて良いのかは別の問題であろう。
「私の言葉を否定しない。と言うのを、答えとして受け取って良いのでしょうか?」
 一歩を踏み込んだ動きと言葉に遅れる事数秒、傍に立つ衛兵が慌てて行動し始める。
「遅いっ! 押さえるのならば、先程の発言をした直後に動きなさいっ!」
「えっ……あ、はっ」
 その相手から叱責された事に、彼らは動揺したのか返事までしてきた。
 これに頭を抱えたのはスカルトフィである。
――しかも今敬礼しそうになったろ……。
 思うが、彼らもこう言う事態には不慣れな可能性はある為、一概に悪いとは言えないかも知れない。
 とはいえ、それで場の毒気も多少薄らいだので、一條としては助かった。
 しかし、それ以上の動きが無い事に眉根を詰めた時である。
「其方達を試す様な真似事をした。非礼を詫びよう。ジャンヌ・ダルク」
 言葉と共に、横合いから一人、男性が歩み出てきた。
 絵に描いた様な煌びやかな衣服に身を包んだ彼は、今更問うまでもない。
 その人である。
 衛兵達も、そして十二皇家の当主達も、今度こそ、全員が最敬礼の姿勢を取り、玉座の男も慌ててその場を譲った。
 一條もそそくさと先程までの姿勢に戻す。
「よい。皆、楽にせよ」
 全員が立ち上がったのを見て、一條達もそれに続いた。
「ウネリカでの健闘に、改めて感謝を。そして、エルヤがヴァロワ皇七世、フィデリアル・ヴァロワである」
 名乗る。
 色素の薄い金髪。黒目。中肉中背。歳は三十前後だろうか。
 それでも、童顔なのもあって、もっと歳若く見える。
 見た目だけなら、先程の人物の方が似つかわしく思うが、流石に威厳そのものが違う。
――座り慣れてる、って感じだ。
 偽ヴァロワ皇は何処か余所余所しい所作をしていた様な事を今にして思った。
 最も、その時に観察出来ていれば、面倒な手順を踏まずにいれたろう事は確かである。
「しかし、ジャンヌ・ダルク。其方の活躍を聞けば聞くほど、ガティネの民だと疑ってしまうな」
 苦笑と共に言われ、一條も困惑した。
 急に話し掛けられた事もそうだが、ガティネの名を出されてもいまいちピンと来ない事も一因である。
「との事だが。どうだ、イブリッド殿」
 武骨な大男、ヨーリウの言葉に反応したのは、隣に立つ、浅黒い肌に黒の長髪が印象的な男性だ。
「私は生まれも育ちもヴァロワです。ただ、ガティネでも、あれだけの女性は居ないかと。ランス殿?」
「……残念ながら、私が会って話をしたのはアシュール・ドゥル殿だけですからな」
 アルベルトが、右腕を気にする様な仕草をしているのをしげしげと見ていると、控え目に袖を引かれる。
「ねぇねぇ。私達さぁ、此処に居て良いのかな」
 紀宝の台詞に、一條は首を傾げて答えとした。
 場違いなのは確実だが、空気が弛緩している訳ではない。
 気楽に物を言える立場にも無い為、ただ沈黙して事の成り行きを見守る他ないのだ。
――そういえば、ヴァロワ皇の一人称は他に聞いた事ないけど、専用だったりするのかな。
 先程の偽ヴァロワ皇は、アルベルト達と同じくシィヤーフェ、と名乗っていた事から、可能性はある。
 その点から言っても、やはり彼は特別な存在なのだろう。
 等と暢気していたが、
「ジャンヌ・ダルク」
 唐突にヴァロワ皇に呼ばれた。
「はぇい」
 その事に、自分でも驚く程素っ頓狂な声を出してしまい、見事に場の空気を破壊してのける。
 後ろから二人分のため息。
 前方では、茶色の髪をした優男がこれ見よがしの大きなため息と頭を抱える様が見られた。
「ロキを数えきれぬ程に討ち取る手練れも、この場の空気には慣れない様子と見える」
 ヨーリウが実に楽しげに笑い出す。
 流石に頬に熱を感じるものの、それを制したのはヴァロワ皇だ。
「成程、ただの村娘にしておくのも勿体ない大物だ。……さて、先程の続きとなるが、余に忠誠を誓う、と言う話の続き」
――うっ、それかぁ。
 一條の先程の言葉に、偽りはない。
 この国とは縁もゆかりも無い三人で、目的も元の世界への帰還。
 本来であれば、そんな誓いを口にする必要はなかったが、これは直前に紀宝、高井坂と決めていた事だ。
 ランス家、特にアランに対して面目を潰さない為である。
 が、改めて宣言されると少々気後れしてしまうのも事実だった。
「そう身構えなくとも良い。余と、十二皇家総意の元、宣言する。ジャンヌ・ダルク、ミランヌ・カドゥ・ディー、シャラ・ディノワ。三名、
 朗々と響く声。
 その言葉に一瞬、呆気にとられたが、すぐに表情を締める。
「ありがとうございます」
――公式に認められた、って事ではあるけど……。
 腑に落ちない点があった。
 アランの話にも聞いていた事だが、平民から貴族待遇へ持ち上げられると言うのは、珍しいとはいえ、
 それは、彼も理解している筈だ。
「表情で、尋ねたい事は分かる。ここまでは当然であるが、ここから先があるのだ」
「……先」
「其方達の、ヴァロワ十二皇家への任命である」
「十二皇家への……?」
 思わず、高井坂と視線を交えた。
 此処へ呼び付けられた時から、二人で共有していた結論である。
――ヴァロワ皇が、十二皇家の当主以外で外の人間と会う事は無い。予想はしていたけど……。
 そんな人物が一條達と会う事を決めた以上、その裁定は当然と言えた。
「……当人の口から聞くとは思わなかったけど……」
「この任命をして、忠誠に応える事としたいのだが。……どうであろうか?」
「それ、は……」
 難しい質疑応答である。これが誰か、別の人物から告げられれば、まだ答えようはあった様に思う。
 スカルトフィを始めとした十二皇家らの面々を見ていく。
 あからさまな態度には示していないが、表情の機微からは、彼ら彼女らの思いは多少なりとも伝わってくる。
 理由も、推測は容易だ。
 値する功績を挙げたと言っても、一介の村娘がわずかな期間で、飛び飛びで皇国の最高位に就く。これが、どれだけの事柄なのか。
 最早、想像するだけ無駄である。
 一條は、逡巡。
 その上で、後ろの二人に視線のみ送った。
 一人は口の端をつり上げ、一人は肩を竦める。
 両者からの了承を得て、一條は改めてヴァロワ皇と視線を合わす。
「……ヴァロワ皇。失礼ながら、それに関してはこの場では辞退させて頂きたいと思います」
 一瞬、満足げな顔を見せたものの、明確な反応はその程度。
「クラウディーらが肩入れする気持ち、余もなんとなくだが、理解した」
 彼は立ち上がりながら、一息。
「元々、この決定は十二皇家全員の合意もあって初めて可能なものである。よって、
――さっき総意とか言ってたけど……あ、それは貴族待遇か。
 だとすれば、十二皇家入りは安易に受けないで正解であったろう。
 そもそも、一條達にそんな案は無かったのだが。
「切り抜けた?」
「さてねぇ」
 場の空気が弛緩したのを感じ、一條も少しばかり余裕が出てきた。
 のだが、それを制したのも、ヴァロワ皇その人である。
「ジャンヌ・ダルク。最後に一つ。其方に見て貰いたい物があるのだが」
「見て貰いたい、物……?」
 軽く手で指示を出したのを確認した衛兵達が、待ってました、と言わんばかりの速度で広間へと運び入れられてきた物が、一條の眼前に置かれた。
 異様、の一言に尽きる。
「十字架……いや、剣……?」
 幅広い剣身の長さだけでも人一人はある大剣。
 見ようによってはそうだが、特筆すべきは鍔部分である。
 指先から肘まではありそうな長さと厚さがあり、傍目には十字架に見えなくも無い。
「これが……何か?」
「余の生まれる前から城の地下に置かれていた剣でな。
「重……いや、まぁ、見た目は確かにそうだけど」
 台車に置かれたものを、衛兵が四人掛かりで運んできた物である。
 それを考えれば、重量は相応以上、と見るのが自然だ。
「……よし。頼んだぞシャラっ」
「任されぇぇぇ俺ぇぇぇ?」
 心底驚いた表情をしている親友。
「いや、なんかあったら危険かなーって」
「曰く付きの剣。可能性、なくはないけど」
「前座、行きまーす」
 高井坂が柄を握り、力を込めた。
「……ふっ、ぬっ。……ぐぬぬっ」
 微かに大剣は持ち上がっている。
 が、そこまでだ。
 とてもではないが、振り回すまでには至らない。
「おっっもっ! んだこれ、剣? 重しの間違いだろ常識的に考えてよぉ……」
 普段から大盾と剣で戦場を走り回る高井坂ですらこれである。
 それを見て、ファウスが笑い出した。
 嘲笑ではなく、当然だと言った風である。
「私でも持ち上げるのが精一杯の代物。重さも、私と良い勝負、と言った所ですからな」
 自身の立派な腹を撫でながらの一声。
 彼の体重がどれ程かは想像する他ないが、恐らく二百キロ近くはある筈である。
「いやいや、体重て……。これ、三百はあるんじゃないか?」
「三百グラー……だっけ」
 重さの単位だ。
 大凡、一キロ程度を指していると思われるが、果たしてどこからの由来かまでは不明である。
「……あ、アタシもやるのか……」
 一條は、自分に集中した視線に対して、思い出した様に大剣の前に歩み出た。
「無理すんなよ」
「はいよ」
 高井坂と掌を頭上で叩き合う。
――さて……。
 大剣と向き合うが、そこまで嫌な感覚は来ない。
 漠然とだが、
 一息。
 柄を握った。
 瞬間である。
「っ!?」
 急に変化が来た。
 一條自身も驚いたが、それ以上に、その場に居る全員が驚愕するしかない。

 燐光。
 剣身が、そんな淡い光を放っている。
「えっ、えっ。……えぇ?」
 余韻に浸る間もなく、一條は大剣を持ち上げてしまっていた。
――
 浮かんだのは、そんな単語である。
 羽の様、とまではいかないものの、いつもの直剣と変わらない重さに感じていた。
「なんとも無い、の? それ」
 紀宝の言葉を肯定するかの如く、燐光は消えたが、相変わらず大剣は一條の手にある。
 見た目も他に、変化はしていない。
 軽く素振りをするが、何処にも異常は見られなかった。
 片手となるとその長大さ故に振り難くはあるが、大した問題ではない。
 両手で保持すれば、それも気にはならない。
「正に、ジャンヌ ダルク女神の使者、か」
 誰とも分からない呟きを、一條は聞いた気がした。
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