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再びの皇都にて(2)
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「平気かシャラ」
「平気……じゃあ、ないかも。くそぅ油断したぜ。ここ異世界だった。宴には酒がつきものだよなそりゃあ」
頭を押さえながら、足元も覚束ない様子での親友の台詞には、流石の一條も同情を禁じ得ない。
とはいえ、最初の一杯こそ不注意の様なものだったが、その後は自己責任でもある。
――ヘヌカ酒。果実酒的なやつだったか。味は、確かに良かったからなぁ。
元が美味しいと酒にしても良いのだと知った。
度数的なものは不明ながら、その味から自ら律しなければいけないと言う良い指標がそこに居る。
「単純に呑み過ぎだな。……昨日は元気だったけど」
「今後はお酒控えなきゃ駄目ねあいつ。テンションの乱高下酷いわ」
紀宝はさして気にもしていない様子である。
対照的に、女子陣営はさして問題になっていない。
これも、紀宝や一條自身が広げた人脈のお陰でもある。
「まぁ、ほら。アタシとミラは周囲が気を使ってくれてたしなぁ」
これに関しては、特にラトビアが良く働いてくれていた。初めての酒席であったが、今も意識がはっきりしているのは感謝してもしきれない。
「その割には美声披露してたけどねー」
「……いやー、なんでだろうねー」
二人して笑い合う。
戦勝祝いとしてのささやかな宴、と言うにはそれなりの規模で開かれたそれは、かなりの活気に満ちたものであった。
現代日本生まれの現代日本育ちである以上、一條達は未成年であり、飲酒は禁止だ。
が、舞台が異世界とあってはそんな事など些末である。
高井坂の言う通り、宴と言えば酒盛りがここ、ヴァロワ皇国では一般的だった。
そもそも年齢の概念が希薄なのだから、大した問題ではないのかも知れないが。
「お前ら良く平気だな……」
「平気なのはお前程呑んでないからだけど」
いつもの巨体が更に小さくなる。
皇都への出発直前。
赴くのは一條達を始め、アラン麾下五百名余。
スカルトフィとその麾下五百名余。
比較的軽傷、或いは治療にて多少なり動ける様になった者達が二百名程。
未だ重傷者も居り、懸命な治療等も引き続いて行われている。
本来であれば取り立てて急ぐ必要もないのだが、今回に限って言えば、それも難しい。
何せ、事態が事態だ。
既に急報は向かっているものの、真に安堵させるには、その功労者や代表者を凱旋させる以上に効果はないだろう。
「これから馬移動だぞシャラ」
「ジャンヌ姉ちゃん。魔法……じゃない、ゼルフして。回復ゼルフ」
「しょうがないにゃあ。……えーっと、痛いの痛いのー飛んでこーい」
「わーいこれで……あれ今のは呪いの言葉かな?」
「おまじないとは元来そういうものだ」
抜ける様な青い空を見上げながら、高井坂は万歳したまま固まっている。
首を傾げているが、意外と元気そうな親友もこれで大丈夫だろう。
――プラシーボ効果とも言う。
使った訳でもないので、実際には効果など望むべくもないのは、片膝をついた体勢になったのを見れば明らかではある。
「ふふっ、皇都へ着いてから、また休まれると良いでしょうね、ジャンヌ姉様」
編成を終えたのか、柔やかな笑みを浮かべつつ、スカルトフィがそう声を掛けてきた。
「そうします。……あ、クラウディーさん、おでこ大丈夫ですか?」
額を指指しながらの台詞に、彼女は笑みを濃くしながら、
「えぇ、お陰で痛みはないですよ。でも、まさか治療まで出来ているとは思いませんでした。もう教える事は無さそうですね」
告げる。
――これは男だったら勘違いするやーつ……。
紀宝の鋭い視線を受け流しつつ、一條は思案。
先日のスカルトフィとの一戦は、ものの数秒で決着した。
所謂、後の先にて一太刀。
しかし、この戦いで得られたのは意外と大きく、治療魔法であるが、俗に言う『おまじない』の類いだ。
流石に効果や範囲は限定されるが、それでも手札としては十分と言えよう。
「クラウディーさんのお陰です。思い付きが上手くいって一安心、と言う所なので」
「ジャンヌ姉様のお役に立てたなら何よりです。それと、スフィで平気ですよ」
屈託の無い笑みが逆に圧を感じる。
紀宝に視線を向ければ、肩を竦めるのみだ。
彼女自身、昨日の勝負ですっきりしたらしく、一條の事を今のように呼び慕い、自身の事も愛称で呼ぶよう進言してきていた。
咄嗟に付けたのが、余程嬉しかったと見える。
「一條ってば案外タラシだったんだねー」
一條にだけ聞こえる様な声音で、紀宝が呟いた。
「……」
頭を掻くだけに終始する他ない。
待ったを掛けたい所だが、反論の余地を残しているかは甚だ疑問ではある。
よって、沈黙が正解だ。
「ま、主人公補正、って事にしてあげる」
「女性化も含めてか?」
何故か睨まれたので両手を挙げる。
そんなやり取りに加わった、くつくつと言う笑い声。
「いえ、随分と楽しそうだな、と」
「ですか。クラウ……スフィ、さん、も、良く笑う様になったなと思いますよ」
言い直した事で満更でもない表情のスカルトフィとは対照的に、紀宝は半目である。
――そういう所、って言われても。
「シャラ。此処だと思ったよ。そろそろ……大丈夫か?」
「アランさんとかユーヴェさんみたく上戸なら良かったんだが……」
「ジョウゴ?」
「ああ、いや、酒に強い人の事さ。大丈夫。これは、良い経験として甘んじるわ」
馬上のアランに親指を上げながら、二日酔いが一息に立ち上がった。
此方も、いつの間にか距離が近くなっている。親交が深まっているのは、悪い事では無い。
「ジャンヌ、お前はこっち来ないのか? 昨日の歌も良かったしな。言葉は分かんねぇけど」
「行きま、せん」
パラチェレンにそれだけを答えれば、含む様な笑いが返ってくる。
「パラチェレン殿、今回は私に譲って貰います。それと、女性に対してそういう言い方はどうかと思いますが?」
「……なんだか賑やかになってきたわねぇ、ジャンヌ姉の周り」
「他人事みたいに言う」
ため息一つ。
それにしても、十二皇家当主と言う格上相手でも全く臆する事の無いパラチェレンには改めて感心すら覚えた。
普段のアランとのやり取りを見てはいるが、それにしても、である。
――マジで怖いもん無しかこいつ。
ひょっとしたら、性格的にスカルトフィも対象に入ってるのかも知れない。
単に考え無しとは思えないが、この辺りは微妙な所だ。
「スフィ。スフィ。もう行く時間なのでは?」
声量の上がりつつある彼女を、頭を撫でつつ諫め、乗車先へと連れ出す。
そんな視線の先、パラチェレンが投げキッスを寄越したりと好き放題だ。
「妙な知識だけが浸透してるわねあれ」
「……後でシャラには死んで貰うとして」
二人の同調を知る由もなく、件の人物は格好付けながら去って行った。
「平気……じゃあ、ないかも。くそぅ油断したぜ。ここ異世界だった。宴には酒がつきものだよなそりゃあ」
頭を押さえながら、足元も覚束ない様子での親友の台詞には、流石の一條も同情を禁じ得ない。
とはいえ、最初の一杯こそ不注意の様なものだったが、その後は自己責任でもある。
――ヘヌカ酒。果実酒的なやつだったか。味は、確かに良かったからなぁ。
元が美味しいと酒にしても良いのだと知った。
度数的なものは不明ながら、その味から自ら律しなければいけないと言う良い指標がそこに居る。
「単純に呑み過ぎだな。……昨日は元気だったけど」
「今後はお酒控えなきゃ駄目ねあいつ。テンションの乱高下酷いわ」
紀宝はさして気にもしていない様子である。
対照的に、女子陣営はさして問題になっていない。
これも、紀宝や一條自身が広げた人脈のお陰でもある。
「まぁ、ほら。アタシとミラは周囲が気を使ってくれてたしなぁ」
これに関しては、特にラトビアが良く働いてくれていた。初めての酒席であったが、今も意識がはっきりしているのは感謝してもしきれない。
「その割には美声披露してたけどねー」
「……いやー、なんでだろうねー」
二人して笑い合う。
戦勝祝いとしてのささやかな宴、と言うにはそれなりの規模で開かれたそれは、かなりの活気に満ちたものであった。
現代日本生まれの現代日本育ちである以上、一條達は未成年であり、飲酒は禁止だ。
が、舞台が異世界とあってはそんな事など些末である。
高井坂の言う通り、宴と言えば酒盛りがここ、ヴァロワ皇国では一般的だった。
そもそも年齢の概念が希薄なのだから、大した問題ではないのかも知れないが。
「お前ら良く平気だな……」
「平気なのはお前程呑んでないからだけど」
いつもの巨体が更に小さくなる。
皇都への出発直前。
赴くのは一條達を始め、アラン麾下五百名余。
スカルトフィとその麾下五百名余。
比較的軽傷、或いは治療にて多少なり動ける様になった者達が二百名程。
未だ重傷者も居り、懸命な治療等も引き続いて行われている。
本来であれば取り立てて急ぐ必要もないのだが、今回に限って言えば、それも難しい。
何せ、事態が事態だ。
既に急報は向かっているものの、真に安堵させるには、その功労者や代表者を凱旋させる以上に効果はないだろう。
「これから馬移動だぞシャラ」
「ジャンヌ姉ちゃん。魔法……じゃない、ゼルフして。回復ゼルフ」
「しょうがないにゃあ。……えーっと、痛いの痛いのー飛んでこーい」
「わーいこれで……あれ今のは呪いの言葉かな?」
「おまじないとは元来そういうものだ」
抜ける様な青い空を見上げながら、高井坂は万歳したまま固まっている。
首を傾げているが、意外と元気そうな親友もこれで大丈夫だろう。
――プラシーボ効果とも言う。
使った訳でもないので、実際には効果など望むべくもないのは、片膝をついた体勢になったのを見れば明らかではある。
「ふふっ、皇都へ着いてから、また休まれると良いでしょうね、ジャンヌ姉様」
編成を終えたのか、柔やかな笑みを浮かべつつ、スカルトフィがそう声を掛けてきた。
「そうします。……あ、クラウディーさん、おでこ大丈夫ですか?」
額を指指しながらの台詞に、彼女は笑みを濃くしながら、
「えぇ、お陰で痛みはないですよ。でも、まさか治療まで出来ているとは思いませんでした。もう教える事は無さそうですね」
告げる。
――これは男だったら勘違いするやーつ……。
紀宝の鋭い視線を受け流しつつ、一條は思案。
先日のスカルトフィとの一戦は、ものの数秒で決着した。
所謂、後の先にて一太刀。
しかし、この戦いで得られたのは意外と大きく、治療魔法であるが、俗に言う『おまじない』の類いだ。
流石に効果や範囲は限定されるが、それでも手札としては十分と言えよう。
「クラウディーさんのお陰です。思い付きが上手くいって一安心、と言う所なので」
「ジャンヌ姉様のお役に立てたなら何よりです。それと、スフィで平気ですよ」
屈託の無い笑みが逆に圧を感じる。
紀宝に視線を向ければ、肩を竦めるのみだ。
彼女自身、昨日の勝負ですっきりしたらしく、一條の事を今のように呼び慕い、自身の事も愛称で呼ぶよう進言してきていた。
咄嗟に付けたのが、余程嬉しかったと見える。
「一條ってば案外タラシだったんだねー」
一條にだけ聞こえる様な声音で、紀宝が呟いた。
「……」
頭を掻くだけに終始する他ない。
待ったを掛けたい所だが、反論の余地を残しているかは甚だ疑問ではある。
よって、沈黙が正解だ。
「ま、主人公補正、って事にしてあげる」
「女性化も含めてか?」
何故か睨まれたので両手を挙げる。
そんなやり取りに加わった、くつくつと言う笑い声。
「いえ、随分と楽しそうだな、と」
「ですか。クラウ……スフィ、さん、も、良く笑う様になったなと思いますよ」
言い直した事で満更でもない表情のスカルトフィとは対照的に、紀宝は半目である。
――そういう所、って言われても。
「シャラ。此処だと思ったよ。そろそろ……大丈夫か?」
「アランさんとかユーヴェさんみたく上戸なら良かったんだが……」
「ジョウゴ?」
「ああ、いや、酒に強い人の事さ。大丈夫。これは、良い経験として甘んじるわ」
馬上のアランに親指を上げながら、二日酔いが一息に立ち上がった。
此方も、いつの間にか距離が近くなっている。親交が深まっているのは、悪い事では無い。
「ジャンヌ、お前はこっち来ないのか? 昨日の歌も良かったしな。言葉は分かんねぇけど」
「行きま、せん」
パラチェレンにそれだけを答えれば、含む様な笑いが返ってくる。
「パラチェレン殿、今回は私に譲って貰います。それと、女性に対してそういう言い方はどうかと思いますが?」
「……なんだか賑やかになってきたわねぇ、ジャンヌ姉の周り」
「他人事みたいに言う」
ため息一つ。
それにしても、十二皇家当主と言う格上相手でも全く臆する事の無いパラチェレンには改めて感心すら覚えた。
普段のアランとのやり取りを見てはいるが、それにしても、である。
――マジで怖いもん無しかこいつ。
ひょっとしたら、性格的にスカルトフィも対象に入ってるのかも知れない。
単に考え無しとは思えないが、この辺りは微妙な所だ。
「スフィ。スフィ。もう行く時間なのでは?」
声量の上がりつつある彼女を、頭を撫でつつ諫め、乗車先へと連れ出す。
そんな視線の先、パラチェレンが投げキッスを寄越したりと好き放題だ。
「妙な知識だけが浸透してるわねあれ」
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