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ウネリカの戦い(15)
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「ちぇぇぇすとぉぉ!」
裂帛の声と共に、紀宝が高井坂の構えた大盾を足場にして空中へと身を躍らせ、勢いそのままに回し蹴りを蛇尻尾の横っ面へと叩き込む。
重く響く打撃音。
明後日の方向へ飛んでく蛇の頭。
威力は想像に難くないだろう。
――あれ、身体強化してないよな……。
先程よりも攻撃の勢いが増している様な気さえしてくる。
格闘家の進化は早い。
「ミラ! 上から」
余裕を持って大盾に着地した紀宝を狙って振ってきた二本目の尻尾。
それに対しての警告を発しようとしたが、その時には既に巨漢が動いていた。
「気を付けろよお前ら!」
言葉と共に、下からの切り上げでその攻撃を受け止めるファウスも大概馬鹿力である。
かと思えば、紀宝が即座に跳躍。
一回転からの踵落としを決め、上手い事切断に成功している始末だ。
「来るぞー気を付けろー……」
誰にとも無く声量を落とした続きの台詞は、当然、一條自身以外に聞く事はない。
安堵にも似た感情を得つつ、深いため息。
とはいえ、特にこれと言った行動に移す訳でもない。
――こういう時間は苦手だ。
思い、両拳を握っては開いてを繰り返すのみだ。
如何せん、手持ち無沙汰な為、平たく言えば現状、一條は暇だった。
かと言って、身体に異常はない。
動かす度多少痛みを寄越すのは変わらずだが、その程度だ。
一條とて、好き好んで今の状態に置かれている訳ではない。
「武器持ってないジャンヌ姉なんて私の下位互換だし邪魔」
と、紀宝からにべもなく邪険にされたのだ。
武器自体は無い事もないが、拾い物や借り物でどうにか出来る相手ではない。
素手での戦闘も、良くて数匹。
師匠である紀宝の下で訓練を積んでいるとはいえ、一朝一夕で怪獣級を相手取れる程自信過剰にはなれなかった。
結果、強く反論出来ず、御覧の有様である。
先の言動も言い方は厳しいものの、彼女なりに気を使っているのだろう。
言葉には棘しかないのだが。
「まぁ、最終兵器俺に期待してるって事だ」
「――――!!」
「……今度は油断もしねぇぞ巨大鰐」
唸る様な鰐の声にも動じず、視線は本体と、今も不規則に動き、味方と交戦状態にある尻尾二本を常に捉えている。
――と言っても、こっちとしては火の玉吐いてくれないと困る訳だが。
初手から博打なのは致し方なかった。
或いは紀宝達に加えて、一條も参戦した上で四方からたこ殴りにすれば、可能性も多少上がるかも知れない。
その四方へ目を向ければ、既に戦闘は収束しつつあった。
犬、三つ首、猪、殆どの黒は消えており、傍目には大勢が決している様にも見える。
しかし、こと現在の戦場においては、目の前の生物一匹が全てだ。
――彼女と同じ様には、出来ないかもだけど。
物は試し、である。
深呼吸一つ。
――右の掌に、集めるイメージで。
詠唱する。
「『風よ風よ』」
短文。
実に簡潔な呪文だが、
「っ」
掌に収まる程度の塊が出現。
風と言うより、単に空気を圧縮している感じだった。
それゆえ見え辛いが、確かに一條自身が想像した通りの物が存在している。
が、ふとした瞬間でかき消えた。
「まぁ……初めてにしちゃ上出来か」
悲観はない。
最も、これだけで威力を上げるのは、今の一條には到底不可能であろう。
器用さが足りないのかも知れない。
「――! アァ――ガ、ァ!!」
「「っ!?」」
不意に聞こえた声に、一條と紀宝が反応する。
「ミラ!」
「オッケー!」
一條は呼び掛けと同時に静かに前へ。
紀宝は応えると同時に高井坂を伴って足早に後ろへ。
「ファウスさん! 出来る限り離れて下さい!」
驚いた様な表情を見せるが、次の瞬間にはもう行動に移している。
一條の言葉に対しての抗議や、疑問と言った声も聞こえない。
――ある意味信頼されてるのだろうか……。
若しくは、尻尾による攻撃の雨が止んだのも遠因だろう。
一條としても、障害がなくなったのは都合が良い。
「ダルク殿!!」
直後に響いた声にも、歩みはそのまま。
そこそこ離れている筈だが、スカルトフィの大声量を聞くと距離感がおかしくなってくる。
最前線に居る指揮官としては、それも才能の一つになるのだろうか。
「クラウディーさん! 俺に任せてくれ!」
負けじと張り上げ、次いで、手振りで撤退を促す。
スカルトフィ程声量に自信は無かったが、伝わったのは、彼女の動きを見れば分かる。
「ハ――! ルァ、ガァ――!!」
はっきりと、男とも、女とも取れる言葉が、一つになったままの鰐の頭から洩れた。
三対の足が、地を踏み締める。
空気が重くなり、同時に周囲の熱量が増していく。
先程と同じく、不格好な背びれが淡く光を灯す。
だが、それを意に介さず、進む。
「ァ――!」
声の高さが一つ上がった様に思うが、気に留める余裕はない。
それ以上に考える事が多いのだ。
「カ、ァ――――!!!」
今までのものとは比べようもない程の声量。
開かれた鰐の口の奥、炎が見えた。
「『風よ風よ。命ずる。この身を守れ、強き旋風よ』」
どこからともなく、突風が来る。
風の勢いこそあるが、中心に居る一條には、むしろ心地よささえ覚えた。
「『侵そうとするもの、その全てを食い止めろ。風の門番。堅く繋げ、堅く結べ』」
「ガ――!」
「『命じる、その轟風、一切を防げ。応えよ、その暴風、合切を弾く強固なる壁となれっ』」
耳鳴りがした。
呼応する様に、周囲の風の勢いが更に強まる。
「『風の守護、厚く硬く』」
「――!」
人とも獣とも分からない叫び声。
「『風の加護、破れる事を知らずっ! 吹きすさべ! 吹き飛ばせ! それを以て終わりとする!』」
目の前が、朱く染まった。
全身が焼かれそうな熱を感じ、未だに自分が生きている実感を得る。
「掴まえたっ!!」
一條を中心とした、最早、人間大の台風。
凶暴な風圧で、鰐の口先に炎の塊を押し止めていた。
直接触れていはいないが、それでも、肌に感じる熱さは異常である。
凶悪と言える炎の暴力に、毛先、或いは手先が焼かれていそうだが、一々気にしている訳にはいかない。
「――――――!!!」
ほんの僅か、一條の身体が圧された。
と言うより、上手く踏ん張れていない為か、上半身が反れている。
「ああああああぁぁっ!!!」
身体全体で、上下左右から更に風圧を強める。
拍子に、頭に衝撃。
目を開けるのさえ辛いが、恐らくは破片か何かが当たったのだろう。
炎の強さも上がった。
「っ!? ……っの、しつっこいんだよっ!」
一條は、一度、目を閉じる。
「『請うは暴風の王。天高く座する頂きより舞い降りろ』」
声をぶつける様に放つ。
「『重ねて請う。我が力を以て威を示せ!』」
叫ぶ。
「『更に重ねて請うっ。その力を撃ち下ろせっ! 撃ち砕け!!』」
直後、鰐の身体が軋んだ。
蹌踉け、体勢も崩れる。
「――――!!」
「――――!!」
一人と一匹の、声にならない声。
次の瞬間、強烈な音と衝撃。
「っ! っ!?」
吹き飛び、空中で二転三転する視界の中、一條は誰かの声を聞いた気がした。
それを考える間もなく、背中を強かに打ち付け、静止する。
大の字のまま、手足の感覚がある事を確認。
「手当てして貰ったばっかりなのにな……」
呟き、痛みに顔をしかめながら上半身を起こしていく。
「……巨大な鰐が、巨大な紫鉱石の結晶になってら。……ざまみろ、っての」
乾いた笑いをした後、
「むーりー」
再び大の字になって地面に寝転んだ。
遠くから聞こえる足音や歓声を他所に、一條は眼前の青い空をただ見つめていた。
裂帛の声と共に、紀宝が高井坂の構えた大盾を足場にして空中へと身を躍らせ、勢いそのままに回し蹴りを蛇尻尾の横っ面へと叩き込む。
重く響く打撃音。
明後日の方向へ飛んでく蛇の頭。
威力は想像に難くないだろう。
――あれ、身体強化してないよな……。
先程よりも攻撃の勢いが増している様な気さえしてくる。
格闘家の進化は早い。
「ミラ! 上から」
余裕を持って大盾に着地した紀宝を狙って振ってきた二本目の尻尾。
それに対しての警告を発しようとしたが、その時には既に巨漢が動いていた。
「気を付けろよお前ら!」
言葉と共に、下からの切り上げでその攻撃を受け止めるファウスも大概馬鹿力である。
かと思えば、紀宝が即座に跳躍。
一回転からの踵落としを決め、上手い事切断に成功している始末だ。
「来るぞー気を付けろー……」
誰にとも無く声量を落とした続きの台詞は、当然、一條自身以外に聞く事はない。
安堵にも似た感情を得つつ、深いため息。
とはいえ、特にこれと言った行動に移す訳でもない。
――こういう時間は苦手だ。
思い、両拳を握っては開いてを繰り返すのみだ。
如何せん、手持ち無沙汰な為、平たく言えば現状、一條は暇だった。
かと言って、身体に異常はない。
動かす度多少痛みを寄越すのは変わらずだが、その程度だ。
一條とて、好き好んで今の状態に置かれている訳ではない。
「武器持ってないジャンヌ姉なんて私の下位互換だし邪魔」
と、紀宝からにべもなく邪険にされたのだ。
武器自体は無い事もないが、拾い物や借り物でどうにか出来る相手ではない。
素手での戦闘も、良くて数匹。
師匠である紀宝の下で訓練を積んでいるとはいえ、一朝一夕で怪獣級を相手取れる程自信過剰にはなれなかった。
結果、強く反論出来ず、御覧の有様である。
先の言動も言い方は厳しいものの、彼女なりに気を使っているのだろう。
言葉には棘しかないのだが。
「まぁ、最終兵器俺に期待してるって事だ」
「――――!!」
「……今度は油断もしねぇぞ巨大鰐」
唸る様な鰐の声にも動じず、視線は本体と、今も不規則に動き、味方と交戦状態にある尻尾二本を常に捉えている。
――と言っても、こっちとしては火の玉吐いてくれないと困る訳だが。
初手から博打なのは致し方なかった。
或いは紀宝達に加えて、一條も参戦した上で四方からたこ殴りにすれば、可能性も多少上がるかも知れない。
その四方へ目を向ければ、既に戦闘は収束しつつあった。
犬、三つ首、猪、殆どの黒は消えており、傍目には大勢が決している様にも見える。
しかし、こと現在の戦場においては、目の前の生物一匹が全てだ。
――彼女と同じ様には、出来ないかもだけど。
物は試し、である。
深呼吸一つ。
――右の掌に、集めるイメージで。
詠唱する。
「『風よ風よ』」
短文。
実に簡潔な呪文だが、
「っ」
掌に収まる程度の塊が出現。
風と言うより、単に空気を圧縮している感じだった。
それゆえ見え辛いが、確かに一條自身が想像した通りの物が存在している。
が、ふとした瞬間でかき消えた。
「まぁ……初めてにしちゃ上出来か」
悲観はない。
最も、これだけで威力を上げるのは、今の一條には到底不可能であろう。
器用さが足りないのかも知れない。
「――! アァ――ガ、ァ!!」
「「っ!?」」
不意に聞こえた声に、一條と紀宝が反応する。
「ミラ!」
「オッケー!」
一條は呼び掛けと同時に静かに前へ。
紀宝は応えると同時に高井坂を伴って足早に後ろへ。
「ファウスさん! 出来る限り離れて下さい!」
驚いた様な表情を見せるが、次の瞬間にはもう行動に移している。
一條の言葉に対しての抗議や、疑問と言った声も聞こえない。
――ある意味信頼されてるのだろうか……。
若しくは、尻尾による攻撃の雨が止んだのも遠因だろう。
一條としても、障害がなくなったのは都合が良い。
「ダルク殿!!」
直後に響いた声にも、歩みはそのまま。
そこそこ離れている筈だが、スカルトフィの大声量を聞くと距離感がおかしくなってくる。
最前線に居る指揮官としては、それも才能の一つになるのだろうか。
「クラウディーさん! 俺に任せてくれ!」
負けじと張り上げ、次いで、手振りで撤退を促す。
スカルトフィ程声量に自信は無かったが、伝わったのは、彼女の動きを見れば分かる。
「ハ――! ルァ、ガァ――!!」
はっきりと、男とも、女とも取れる言葉が、一つになったままの鰐の頭から洩れた。
三対の足が、地を踏み締める。
空気が重くなり、同時に周囲の熱量が増していく。
先程と同じく、不格好な背びれが淡く光を灯す。
だが、それを意に介さず、進む。
「ァ――!」
声の高さが一つ上がった様に思うが、気に留める余裕はない。
それ以上に考える事が多いのだ。
「カ、ァ――――!!!」
今までのものとは比べようもない程の声量。
開かれた鰐の口の奥、炎が見えた。
「『風よ風よ。命ずる。この身を守れ、強き旋風よ』」
どこからともなく、突風が来る。
風の勢いこそあるが、中心に居る一條には、むしろ心地よささえ覚えた。
「『侵そうとするもの、その全てを食い止めろ。風の門番。堅く繋げ、堅く結べ』」
「ガ――!」
「『命じる、その轟風、一切を防げ。応えよ、その暴風、合切を弾く強固なる壁となれっ』」
耳鳴りがした。
呼応する様に、周囲の風の勢いが更に強まる。
「『風の守護、厚く硬く』」
「――!」
人とも獣とも分からない叫び声。
「『風の加護、破れる事を知らずっ! 吹きすさべ! 吹き飛ばせ! それを以て終わりとする!』」
目の前が、朱く染まった。
全身が焼かれそうな熱を感じ、未だに自分が生きている実感を得る。
「掴まえたっ!!」
一條を中心とした、最早、人間大の台風。
凶暴な風圧で、鰐の口先に炎の塊を押し止めていた。
直接触れていはいないが、それでも、肌に感じる熱さは異常である。
凶悪と言える炎の暴力に、毛先、或いは手先が焼かれていそうだが、一々気にしている訳にはいかない。
「――――――!!!」
ほんの僅か、一條の身体が圧された。
と言うより、上手く踏ん張れていない為か、上半身が反れている。
「ああああああぁぁっ!!!」
身体全体で、上下左右から更に風圧を強める。
拍子に、頭に衝撃。
目を開けるのさえ辛いが、恐らくは破片か何かが当たったのだろう。
炎の強さも上がった。
「っ!? ……っの、しつっこいんだよっ!」
一條は、一度、目を閉じる。
「『請うは暴風の王。天高く座する頂きより舞い降りろ』」
声をぶつける様に放つ。
「『重ねて請う。我が力を以て威を示せ!』」
叫ぶ。
「『更に重ねて請うっ。その力を撃ち下ろせっ! 撃ち砕け!!』」
直後、鰐の身体が軋んだ。
蹌踉け、体勢も崩れる。
「――――!!」
「――――!!」
一人と一匹の、声にならない声。
次の瞬間、強烈な音と衝撃。
「っ! っ!?」
吹き飛び、空中で二転三転する視界の中、一條は誰かの声を聞いた気がした。
それを考える間もなく、背中を強かに打ち付け、静止する。
大の字のまま、手足の感覚がある事を確認。
「手当てして貰ったばっかりなのにな……」
呟き、痛みに顔をしかめながら上半身を起こしていく。
「……巨大な鰐が、巨大な紫鉱石の結晶になってら。……ざまみろ、っての」
乾いた笑いをした後、
「むーりー」
再び大の字になって地面に寝転んだ。
遠くから聞こえる足音や歓声を他所に、一條は眼前の青い空をただ見つめていた。
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