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ウネリカの戦い(14)

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「……うっ。っ、此処、は」
 周囲の喧噪に急かされる様に、一條の意識が覚醒した。
 目だけで見える範囲を確認していくが、何処かの屋内と言うのが分かるのみである。
「あっ……夢……?」
 自分の声に突き動かされる形で、数瞬前の記憶が蘇ってくる。
 どうにか、と言った体で上半身を起こす。
 
――いやいや……誰の走馬灯だよ。
 朧気な、しかし、確実に自分の物ではない記憶。妙な既視感だけが、胸に残っている。
「あ、ジャ、ジャンヌ様っ!」
 感慨に耽る時間は、そんな一声で断ち切られた。
 見れば、数名の見知った者達。
 一條に与えられた、スカルトフィ麾下の中に見覚えがある顔だった。
――名前は……えーと……。
 思案したが、頭文字すら浮かばなかったので諦める。
 流石に一日で覚えられる名前にも限度があった。
「今、どうなってる……いや、どれくらい気失ってた俺? 一年とかじゃないよな」
「いちねん……? いえ、そんなに経っていませんっ。ですけど、ジャンヌ様、怪我をしてますっ」
 彼の指摘に、一條は頷く。
 気絶している間、手当てをして貰っていたのだろう。
 頭と左手には包帯が巻かれ、今まさに顔を布で拭かれている。
 主に紀宝が自慢気にしている薄紫色の長髪も、先の衝撃で髪留めが壊れ、ボサボサの状態だ。
「怪我なら皆してる」
 見繕って貰った服も、元の白い色味を探す方が大変である。
 一條はそれらを振り払う様にして、一息に立ち上がった。
 が、流石に痛みまではいなせない。
 心配させない為の無表情が、これ程辛い事もなかった。
「ジャンヌ様、の、剣は、そこです……」
 一條の戸惑いがちの様子に、助け船を出され、指された方へ向けば、
――そうだ。ロキの突撃喰らってこの様か……。
 丁重に置かれていた、刃が半ばから折れた柄部分を見て思う。
 普段使いの剣があっさりと折れていく中、あれだけの戦闘を抜けてきた辺り、相当な代物である。
 むしろ、あの剣で防いでいなければ、腕の一本や二本は持っていかれて然るべき威力だった、と考えるのが妥当だろう。
「それでも……いい加減本気で怒られそうだけど」
 愚痴を言いつつ、確認する様に身体を動かしていく。
 多少我慢すれば、流す程度には立ち回れる。
 今までの戦い方となると厳しい。
 何より、今回は相手が相手だ。
「外は? シャラやミラ。アランさん達は?」
「ジャンヌ様っ」
「……頼むよ」
 女性が唇を噛む。
 それを見ては、一條も苦い笑いしか出てこない。
「……今、は……。クラウディー様やランス様、ファウス様らでなんとか踏み留まっています」
「うん」
「ミランヌ・カドゥ・ディー、シャラ・ディノワのお二人も、奮戦していると、先程の者が……」
「そっか」
「他にも……ですが……」
「厳しいなぁ」
 思わず出た言葉に、まるで通夜の如きだが、一條はあえて笑い飛ばした。
「皆して逃げれば良かったのに、そうはならなかった。しなかったのかな。でも、まぁ、それなら俺がやる事は一つだ」
 気絶してる間にどれだけ戦況が変化しているかだが、実際、厄介なのが残ってる位であろう。
 それだけの数は減らしたと豪語出来る。
 ロキが無限に出てこない限りは、だが。
「後は外に出て考えるか」
 肝心の一歩目でふらつきそうになったが、痛みからと言うより、
――身体のバランス変わった……?
 二歩、三歩と進む中、身体を流し見ていく。
 特段、変わってる様子はない。
 高井坂の言によれば菖蒲色らしいが、腰まである長髪。
 見慣れた細い手足。
 豊満な胸。
 引き締まった腰。
 平均以上の長身。
 改めて自分で言うのも何だが、間違いなく絶世の美女である。
「うーん。気絶だから、寝惚けとは違う、よな」
 薄紫色の長髪を手櫛で整えながらも、一條はどこか落ち着いていた。
 いよいよ精神的に吹っ切れたのかも知れないが、自暴自棄とは違う。
 今なら出来そうな気がしただけだ。
「テリアさん。皆も、此処は俺に任せて」
 主を失った家の玄関を、テリアと数名が固めている。
 外からの侵入を防ぐ為であろうが、黒犬型のロキ相手でも厳しそうな防壁だ。
 そもそも、既に突撃を許していた後なのか、扉は立て付け自体が悪くなっている。
「ジャンヌ・ダルク!? けど……」
「安心して……って言っても説得力は無いけど」
 苦笑気味の台詞に、テリアは、周囲と目配せ。
 口には出さないまでも、全員が迷っているのは表情と視線の動きで分かる。
 先程まで気を失っていた人間がそんな事を宣っていれば、当然だ。
「では、せめて武器だけでも……」
「平気。いらない」
 慌てて自分の腰にある剣を鞘ごと外そうとした青年の申し出を無下に断わりつつ、一條は歩みを進める。
 他の者が顔を見合わせている中、テリアだけは視線を一條から外さない。
「大丈夫。勝ちに行くだけだって」
 そんな彼女の頭を軽く撫でつつ、深呼吸一つで扉を開け放ち、外へと躍り出た。
 近くに敵が居ないのを確認。
「他の怪我人を頼むっ。一応、戸締まり注意っ」
 言い捨て、先程まで居た戦場に向けて走り出す。
 とはいえ、目と鼻の先だ。
 長身と豊かな胸はあるが、殆ど見た目通りの体重だと言う自負はある。
 それでもあまり遠くへ運ばれなかった点は気になる所だが、
――気を失っている人を運ぶのって難しいんだっけ。
 誰かの言葉を思い出しながら、先を急ぐ。
 敵が居ない代わりに、負傷した者達と擦れ違う。
 皆一様に、走る一條を視線で追い、声を掛けてくる。
 単に名前であったり、応援であったり、願いであったりと内容は様々だ。
 それら全てに応える訳にもいかないが、かといって何も示さないのも考え物だった。
 逡巡する。
――合ってるかなーこれ。
 結果として一條が取った行動は、走る速度を若干落とし、彼ら、彼女らに対して柔やかな笑みと共に手を振る事だった。
 まるで市中を行く街宣車である。
 果たして、その成果は目に見えて十分なものだ。
「……まぁ、元気になってるみたいだし、良いか」
 本来であれば、傷の一つでも治療してあげたいのだが、此方は生憎と上手くいっていない。
 最も、今出来たとして、実践する時間もないのだが。
 面倒臭い技術習得を未来の自分に託した所で、ウネリカの南広場に到着。
「……戦況は……良くは無いよな。まぁ、当然か」
 それでも、犬型を初めとしたロキケトーは、目に見えて減っている。
 しかし、それ以上に、味方の損耗が激しい。
 全体的に厳しいのはそうなのだが、今回は特にファウスの部隊が危険だ。
 未だに頭が一つしかない鰐だが、それを今や目前にして耐えているのは圧巻と言える。が、それ故の損耗率とも取れよう。
 彼らの部隊を起点としつつ、スカルトフィ達が絶妙な速度と間合いで突撃。着実に削っているのだが、普通の敵であれば、この流れで倒せる筈である。
 当然、そうではない為、これだけ消耗が酷いのだった。
 アラン達も既に立て直してはいるが、彼らはむしろ後方支援に徹しつつある。
「……俺も、高井坂の事笑えないな、これ」
 思わずついて出た台詞。
 一條が振り返り見る視線の先、壁がぶち抜かれている家屋。
 あまりの衝撃に一條自身も気付いていなかったが、
 現代の様な鉄筋混凝土コンクリート製の家ではないが、それでも考えたくない衝撃度合いである。
 これが何でも無い人間であれば、最初の壁に叩き付けられた時点で絶命している筈だ。
 それこそ、軽傷等で済む訳はない。
 高井坂程ではないにしろ、今の一條の女性体も、相応の強度を誇っていると思って良いだろう。
――そういえば、割と昔から衝撃には強いかも。
 ただそうは言っても、であり、痛みはしっかりと響く為、良いか悪いかは微妙だ。
 防御面において、性能はやはり高井坂の下位互換となる。
「なんて、感傷に浸ってる場合じゃないなっ!」
 今度こそ、両軍の競り合いから溢れたであろうロキの襲撃。
 これを素手のまま、地面に幾度も叩き付ける事で難なく討ち取り、改めて先へ、怪獣退治真っ只中の友の所へ。
「ミラ! シャラ!」
「おっそーい!」
 前にも似たやり取りをした事を思い出し、苦笑した。
「おう。無事だったか。しぶといな」
「おう。いや、むしろお前もだが?」
 握った拳を合わせ、健闘を讃え合う。
 持ってた大盾は壊れた為、新たに調達している。恐らくはファウス隊の誰かの物だろう。
 流石の紀宝も、汚れが目立ち、服も所々すり切れている。怪我をしていないのは幸いだ。
「しっかし。どうすんだ? 見たとこ、武器壊れたんだろ?」
「また、身体強化でも噛ましてみる? ちっこいのも少ないし、多少はやれそうだけど」
 二人の進言に、一條は首を横に振った。
「俺に良い考えがある」
「嫌な予感しかしねぇけど聞こうか!」
 親友の言に、ちらと敵を見たが、一條が吹っ飛ばされた先程よりも動きは鈍っている。
 本体がまだ走れるかは不明なものの、二本ある蛇尻尾の動きは顕著だった。
 一本は物見でもしているのか、垂直に伸びたままで、稼働しているのは一本のみ。
 それも、実に億劫そうな、本体以上に緩慢な動作が限度である。
 ファウス一人でも然程苦も無く捌ける位だ。
 そこからも弱ってるのは確かだが、それでも尚あの堅牢さは驚嘆するしかない。
「手短に。やるなら内からいこう」
「「……内?」」
「ちょっと賭けの上に賭けを重ねるけどな。さっきやられた、。あの威力だ。逃げ場を失えば、ボンッ、と行く」
 言葉に、二人は揃って天を見上げる。
「……あえて言うけど。一條って、結果は正しいのに過程が大体馬鹿なんだよなぁ」
「んだとぉう」
「変に取り繕ってない分、らしいっちゃらしいけど……私としてはそういう」
 言い掛けた所で、紀宝は押し黙った。
 深いため息一つ。
「……ま、賭けだろうが勝算あるなら乗りますかね」
「凄い間が気になる」
 一條の言葉に対して、彼女の答えは舌を見せる事だった。
「えぇ……何……?」
「知らないバーカ」
「えぇ……反抗期?」
 そのまま背を向けて怪獣に向かって歩き出した為、表情までは伺い知れない。
 紀宝の謎行動に戸惑いながらも、一條は深呼吸。
 そして、まだ夢に見た情景を覚えている事に、少しばかり安堵。
――後で教える事が増えたなぁ。
 アランに聞く事も増えている。
 まだ話せていない事も多いのだ。
「……うっし。派手にぶっ飛ばしてみせるかっ!」
 前を行く二人が、同時に親指を上げて見せた。
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