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ウネリカの戦い(10)

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「仕留めたのかっ!?」
「まだですっ。それと、そういう台詞はフラグって言うんですよっ! ファウス様!」
気分フゥラがなんだって!?」
「久々に言葉の壁感じるなぁ!」
 ファウスの台詞に、そんな言葉を返しつつ、一條は走る。
 二頭を持つ鰐は、右頭、左脇、三対ある右足の中央部分、右の尾付け根、に刺さった水の槍で身動きを取りにくい状態だろうが、それもいつまで持つかは不明だ。
 尻尾の一本が刺さった槍を抜こうと必死でもある。
 しかし、為、力尽くで除去となるとかなり難しい筈だ。
 更に言えば、縫い止めた所で、ゼルフも永久に発現している訳ではない。
 拘束時間そのものは一條にも判然としない部分ではあるが、体感、四、五分程度続けば御の字と言った所だろう。
 つまり、その間に此方の態勢を整えられれば良いのだが、
「これ以上は、スカルトフィさんに顔向け出来なくなる!」
 一條は毒づきながら、盾部隊の内へと入り込んできたロキの排除に回る。
――少々酷だけど、ファウスさんにはもう暫く尻尾の相手してて貰おうっ。
 横目で見れば、それなりに対応は出来ているので然程心配する事では無いようにも思う。
「ふっ」
 右に大回りしつつ、一息に加速。
 そのまま先頭の黒犬に、頭部への強烈な前蹴りを叩き込んで地面に身体半分程埋めた。続け様に突撃してきた二匹を切り捨てる。
「んなろっ」
 最後の一匹は、他よりも一回り大きいだけあって的確に剣の間合いを外してくるが、逆に言えば注意を引くのはそれほど難しくない事でもある。
 剣を手放しつつ、声を上げた。
「ミラ直伝格闘術!」
 一瞬でも空中へ放った武器に意識が行けば、それで事足りる。
 踏み込み、震脚と同時に頭を下からかち上げ、そのまま顎を掴んでの背負い投げ。
 地に叩き付けた所へ、手に収めた武器で心臓付近へ一刺し。
 これで一條の出番は終了だ。
 ゆっくりと立ち上がれば、数人がかりで最初の一匹を串刺しで倒せている。
「……よしっ」
 それを確認して、一條も彼ら、彼女らを笑みで褒めた。
 スカルトフィから預かった部隊の者達、咆哮と火球で一旦は戦意喪失寸前までいっておきながら、立ち上がった者達。
 一條の為に身体を張り、蛇の一撃を何とか耐えた後、黒犬型との戦闘に突入する寸前であったのだ。
 既に半壊状態なのに、そこへ突っ込まれては全滅も免れなかったろう。
「ジャンヌ・ダルク。汚れてしまい、ます」
 無視する。
 多少手荒に顔の血を拭いつつ、怪我の程度を見ていく。
「うん。頭とか少し切った位かな。綺麗な顔してんだから、少しは気を付けないと。テリアさん」
「でも」
 と口籠もるが、それ以上は何も返ってこない。
 とはいえ、傷の手当てと言っても一條とて経験豊富な訳ではない。
 精々が血を拭ったり、骨折の有無を確認する程度である。
 テリアの言う通り、服や手などに血が付こうが、そんな事は関係なかった。
 やれる限りをするのみである。
「……っ。……自分の足で立てる者は動けない負傷者を!」
 既に何人かは事切れていた。
 その事に唇を噛む思いである。
――俺の為に死ぬな、つったろうがっ。
 言葉にこそ出さないが、向かいあう人達の顔を見れば、自分のしている表情は大体察しがつく。
「すいません。ジャンヌ様……」
「お前が謝るな。……後、様は止めろ。平民に様なんて付けないだろ?」
 冗談めかした台詞に、軽い笑いも起きた。
 ならば、多少は余裕も出てきたのだろう。
「――! ――!!」
 軋む様な咆哮が飛んだ。
 視線を向ければ、一條の魔法に悪戦苦闘している様が見て取れる。
 ファウスとやり合ってた尻尾も、その声に判断を迷ったのか一瞬身を固めたが、結局本体の方に時間を割く事に決めた様だった。
――上下関係はしっかりしてるらしい。後は。
 ともあれ、これでほんの少しの間、黒犬型のみを気にすれば良いだけである。
「いつの間にあんな芸当が出来る様になったんだか」
「以心伝心助かります」
 右腕を回しながら近付いてくる紀宝に、一條は苦笑一つ。
「あんな魔法見たら、ねぇ。……我が姉ながら末恐ろしい」
「言い方よ……お姉ちゃんでも欲しかったのかお前」
 今度は紀宝が苦笑する番である。
 若干遠い目をしているが、妹と弟の事を思っているのだろう。
 それを横目に見つつ、ついでと言う様に、足を捻った青年の背中を叩いて速度を上げさせた。
「全く、捻挫と擦り傷位で大袈裟なんだよ男のくせに」
「いや、ジャンヌ姉も元々男だったんだけどね……?」
 言ってから、紀宝は自分でこめかみを押さえている。
「自分でショック受けんなし。……うん。改まると悲しい事実なんだが」
 一條も頭を抱えた。
「お、二人して頭痛か。余裕じゃあねぇか」
「うーん。とりあえず目の前の奴ぶっ飛ばせば治るかも」
「マジー? 何か扱いが消費アイテム染みてきてない俺?」
「消費しても無くならないからなー。バグかな」
 腕を組んで考え込む仕草を見せる高井坂を放置し、一條は紀宝に向き直る。
「さて……ミラ。一つ。アレに大技を叩き込んでやりたいんだけど。聞く?」
「やる」
 即答であった。
 方法も聞かない内からの台詞に、頼もしさを覚えると共に、紀宝に恐怖の概念が存在しているのか疑わしく思えてくる。
 一條を信頼しているからこそなのだろうが、結果として苦笑せざるを得ない。
 兎も角、空を人差し指で示した。
「まぁ、実際は簡単なものだ。上空から勢い付けて、ぶっ叩くだけ」
 言葉に、紀宝は目を爛々と輝かせて頷く。
「なにそれ凄そう! で、具体的には!?」
「前みたいな身体強化を俺とお前に。足場になりそうなのを投げて、次にミラを。空中でこれに着地、反転して急降下。重力、加速度、身体強化の複合技で」
 柏手一つ。
「一撃。あいつ、かなり頑丈になってやがるからな。これ位しないとダメージ通りそうにない」
 かなり無茶な戦法は承知だが、紀宝を見れば、笑顔で親指を上げている。
 実に楽しそうだ。
「所で、足場になりそうなのって? そこの瓦礫とか?」
?」
 言葉に一瞬真顔になるが、呵々大笑。
「あっはは! 確かに!」
 紀宝の笑い声に、高井坂は勿論、ファウスも妙な面持ちで此方へ視線を送ってくる。
 が、それは気にしつつも無視。
「所で、ジャンヌ姉。その詠唱、一緒に手伝ってくれない? 失敗したくないから」
 片目をまばたきしてみせる。 
「くっそぅ。小悪魔めー」
 紀宝は、元々の素材は良いのだ。
 快活な性格は、男女共に惹き付けられる物がある。事実、交友関係は広い。
 それもあり、日本に居た頃から、特に男子から密かな人気を集めていたのも知っている。
 一條が言うのも何だが、三人の輪に組まれていなければ色恋沙汰には事欠かなかったろう。
 最も、本人がそれをどう思っているかは、知る由もないのだが。
「誰かに似たのかもねー」
 朗らかな笑み。
「はいはい」
 剣を鞘に戻し、適当な返事と共に彼女の頭を撫でつつ、
「ファウス様。次の攻撃準備に入ります。すいませんが……お願いします」
 流石に肩で息をつき始めていたファウスに声を掛けた。
 出来ればこれで終わりにしたいが、確率としては五分五分と言った所だろう。
「まだ何かする気か。色々な作戦をお持ちな様だが……出来れば次は無い方が良いな」
「善処します」
 苦笑で返す。
「シャラも。、お前も頭数に入ってんだから」
「おぉ、何か知らんが任しとけ。頑丈さだけが取り柄だからよ」
「期待してるぞ金剛石の男」
 高井坂が笑いながら親指を上げた。
「さて、と」
 改めて向き合う。
「一応、練習はしてきた、つもり、だけど」
「ん。
 困った表情を見せているが、一息吐いてから、深呼吸。
 一條も、紀宝に合わせて深呼吸一つ。
――ま、カラオケみたいなもんだな。
 基本的には、彼女に合わせる様に言葉を紡いでいく形である。
 これが初めて、と言う訳ではない。
 此処に来るまでの道中でもしていた事だし、更に遡れば二人で歌唱していた事も一度や二度ではないのだ。
 難易度も当然上がるし、集中力こそ要するが、決して不可能ではない。
「「『我が力を今こそ示す。無双の力をその身に宿せ』」」
 詠唱開始。
 周囲の雑音が小さくなっていくのを感じる。
 一條もそうだが、紀宝も自然体だ。
「「『肉体に剛力を、強靱なりし我が身体、無敵なりし鋼の精神、最強とはまさに自身を示す言葉なり』」」
 外から内に、何かが流れ込んでくる様な感覚。
 ぎしり、と、筋肉が波打つ。
「「『剛力無双! 解放せよ、我が力!』」」
 ロキのものと思われる咆哮が微かに聞こえた。
「「『一撃必倒! 解放せよ、我が力!』」」
 叫んだ。
「「『是なるは神の如く、敵を砕け!!』」」
 今回は固有名詞は無い。
 良い技名が思い付かなかった、と言うのも理由だ。
 そもそも技名等は必要ないが、一條もそこは弁えている。
――技名叫ぶのはロマンあるしなぁ。
 理解者はこの辺りてんで駄目駄目なので、現状一人ぼっちだ。
「……んー! 大、成、功!」
「これやると身体が痛いんだよなぁ」
 失敗からくる反動で感じる痛みではない。
 どちらかと言えば、暴れたくてうずうずしてくる様なむず痒さが強く出ている感がある。
 紀宝は元がそうだからなのか、この感覚にはあまり覚えがないらしい。
 とはいえ、先の水魔法に比べれば、試行錯誤している分、こちらの方が馴染みもあった。
「っし。んじゃあ、一撃。ぶちかましてやりますか」
「だな。もう向こうも動ける頃合いだ」
「成功、は、したっぽいな。……でもやっぱこう、オーラ纏うとか髪が逆立つとか欲しい所だな。見た目的に」
「今は結ってるから良いけど、そうでなきゃこの髪の量が逆立ったらヤバ過ぎんだろ」
「ジャンヌさん!?」
「うるせぇぶん殴るぞ」
 高井坂の嘘泣きも見慣れてきた。
「じゃ、シャラ。上で足場役、ヨロシクね」
「おうっ。……ん? 上で足場?」
「お前今から逆バンジージャンプすっから、ちゃんと盾持ってろよ」
「おう。……ん? 逆バンジー?」
 首を捻っている足場役を、一條は無言で抱え上げる。
 丁度、米俵を担ぎ上げるが如くであるが、大男一人を軽い所作で持ち上げられる辺り、やはりこの身体強化は中々だ。
「なぁ。こういう時って心構えとかなんかある?」
「さぁ。勇気と気合いと根性じゃねぇかな」
「全部精神論なんだよなぁ……」
「効果は基本被ってないから平気平気」
 そのまま、二頭鰐から離れる様にして、しかし悠々と歩を進めていく。
――んー。こんなもんかな。
 助走距離を確保。
 狙うべきは槍の様な直線ではなく、砲丸の様な放物線を描くのが理想である。
 一條は特段、投げ方に明るくはないが、そこは多少強引に行けば良い。
「攻撃しないのに俺……」
「これから加速するし、不屈で耐えろ」
 構え、力を込めた。
「うぇーい……あれ待って。俺の着地、はーー?」
 声を半ば無視し、行動開始。
「マージー!?」
 無言を答えと受け取ったのか、涙目になっている。
――出来たらキャッチでもしてあげよう。
 考えながら、動作に入る。
 高井坂が大盾を、一條の視界に入らない配慮をしつつ、しっかりと構えたのを横目に確認。
 振りかぶり、胸を弓なりに反らした。
「足の向きは、投げたい方向へっ」
「生きて帰ってきたら一つお願いがぁ!」
 球が何事か喋っているが、空耳だろう。
「よい、しょー!!」
「おっぱいをぉぉぉっ!?」
 
 見事な放物線を以て、喋る大盾が飛んでいく。
 が、それを悠長に眺めている暇はない。
「ミラ!!」
「待ってました!!」
 次弾装填。
 一條は大きな歩幅で数歩を一旦引き、改めて一歩目から全力疾走。
 元々の状態でも、今の一條ならばある程度の速度は出せる。
 そこに身体強化も重ねた上での全力ならば、
「っ!」
 最早、単なる暴力の塊とも言えた。
 そして、それは同じ倍率の掛かっている紀宝にも当てはまる。
 一條の左脚の踏み込みに、整地された地面が悲鳴を上げた。
 構わず、右脚を振り抜く動き。
 同時に、紀宝が短い跳躍。
「土足で失礼!」
「んんっ」
 見事に右脚へ着地した彼女が、身を縮めた際の重みを感じながら、一條もそれに負けじと全身に更に力を込めた。
「どおおぉりゃあああぁっ!」
 地面に亀裂が入る音を聞きながら、一條は思い切り右脚を振り抜く。
 それに上手い事合わせた紀宝が、それこそ推進装置を付けた飛翔体の如く空をかっ飛んで行った。
 後は先行した高井坂と合流、直下に突撃して攻撃を叩き込む手順である。
「……うん。軌道は良さそうだ」
「無茶苦茶するなお前達は」
 手持ち無沙汰なファウスが呆れ顔を見せているが、一條も特段言う事はない。
 事実なので仕方ないのもある。
「部下任せでは申し訳ない。こちらも先へ」
 と、ファウスが言い掛けた所で、二頭鰐に突き立っていた水の槍が一斉にその効力を喪失。
 それに反応してか、耳障りな声を張り上げた。
「時間切れか……とはいえ。こっちも、」
 空から、一直線に真下へと伸びてくる軌跡を描き、裂帛の声が突っ込んでくる。
「ちぃぃえぇぇぇすとぉぉぉぉっ!!!」
 大型ロキが、直上から来る弾道弾の声に気付いた時には、もう寸前だ。
 尻尾が二本共、守備へ徹する様に胴体を重ねたものの、無駄に終わる。
 それらを一瞬で紀宝が貫通。
 本体へと着弾する。
 轟音。
 衝撃音が響き、着地点は地面がたわみ、歪んで破裂した。
 大小の破片が、土煙を伴って空中へと舞っていく。
 戦略兵器さながらの光景は、敵方のものであればこの場に居る全員の心を折って余りある映像であろう。
「ぴったしカンカン。……って言うか、アレがうちの知り合いの手によるものとか考えたくないな」
 一條は腕を組みながら思った事を述べた。
「ミランヌ嬢ちゃん。死んじゃいないよな……?」
 台詞の主は、いつもの巨体が幾分か小さく見える。
「俺が言うのもどうかと思いますけど、まぁ、平気ですよ」
 あっけらかんと言い切ってから、困惑している様な表情を覗かせるファウスを見て、一條は苦笑する。
 直後、大型ロキの咆哮に混じる様に轟く紀宝の声。
 ついで、打撃音。
 土煙を振り払う様にして、ロキがよろめいて微かにその姿を見せる。
 一條はその光景に対して神妙な面持ちのファウスに向け、笑みを以て応えた。
「なにせ自慢の、出来た妹なので」
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