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ウネリカの戦い(9)

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「中央隊! 数え、三! 開けっ! ……ジャンヌ殿!」
 ファウスの言葉と同時、正面、二重に組まれた隊列壁が割れ、ロキが数匹突っ込んでくる。
「「「「ラオッ一っ!」」」」
 一條は大きな一歩を踏み込み、攻撃を誘発。
 即座に後ろへ飛び退けば、先頭の一匹が引っ掛かって口を開けていた。
 届かない。
「ふんっ」
 無造作に踏み付けて跳躍。
「「「「ヤエッ二っ!」」」」
 捻りを加えた側転蹴りを左側のロキへ叩き込みつつ、右側のロキを両断した。
 その下では、ファウスが既に一條の踏んだ一匹を含めて二匹を討伐。
 三匹目を手に掛けようとしている。
 一條はその邪魔にならない様、空中で身を縮め、此方を狙っていたロキの上に着地。
「「「「ヘヌッ三っ!」」」」
 閉まる壁に首をねじ込んでいるロキの頭へ剣を投擲。したものの、僅かに外れて胸付近に深く決まってしまった。
――早速借りた剣投げちゃったけど、退治したのでヨシッ。
 着地点のロキへも突き立てた剣で消滅を確認。
「これで最後。……次からはもう少し数を増やしても良さそうですな」
 声に、一條は頭を掻きつつ、振り返る。
「間近で見ると戦い方もそうですが、やはり目立ちますな貴方は」
「ありがとうございます……?」
 一條達と二頭鰐との戦闘は、三方向からの削り合いとなっている。
 数の上では一條側が優勢なのは間違いないのだが、中々射程圏に入れないでいるのは、ロキ側の圧も相当にある事を示していた。
 一番押し込んでいるのは、一條から見て右側に展開しているスカルトフィらである。最初の突撃でそれなりに深く刺さったと思ったが、それ以後は上手く進めていない。
 相変わらず一団の先頭を陣取る指揮官と、それに上手い事合わせている高井坂達を見てると苦労しそうな布陣と言える。
 次が左側。アラン、ユーヴェ・パラチェレンと、紀宝を中心にして、進んでは引いてを繰り返しているが、歩みは確実だ。
 他、主力組も一條や紀宝と共に長く訓練し、実力は随一である為、然程気に掛ける必要もないだろう。
「右! 一歩前へ押し込め! 同時に左側! 一歩引いて、合図と同時に開けるぞっ!」
 ファウスが指示を飛ばし、周囲がそれに応える。
 最も進みが遅いのは、一條の居る中央であった。
 とはいえ、これは一歩一歩を着実に進んでいる為でもあり、決して立ち止まっている訳ではない。
 どちらかと言えば、ファウスの作戦通りに進行していると言える。
「私どもは、こういう戦い方しか出来ないもので」
 改めて告げられた台詞にも、一條は頷く他ない。
――運用にも性格って出るんだなぁ。
 等と、そんな場違いな事を考える余裕すら出てきていた。
 クントゥー・ファウスの作戦は、基本的に守りから始まる。
 防御を固め、相手の勢いを殺し、すかさず内へ招いて挽き潰す。
 真綿で首を絞める様な、ゆっくりと相手を追い詰める戦法。
 ヴァロワの盾、と言われる堅固な防壁が無ければ出来ないものだった。
 のろま、等とあだ名されてはいるが、相手からすればこれ程やり辛い部隊もあるまい。
「凄いですね。十二皇家って」
 呟いた言葉に、笑いの一つでも降ってくると思ったが、件の人物はただ困った様な表情を見せるだけだった。
 と言うより、
――照れてる。
 時折、高井坂が似た表情をする事がある。
「……左! 数え、五! 開けっ!」
 咳払いで一條との会話を切り上げたファウスが、間髪入れずに指示を出して、戦闘再開。
「ホントに数増やしたなぁ」
 苦笑するが、大して苦では無い。
 両者の戦術は、力に物を言わせた型が基本であり、比較的似通った性質だった。それもあってか、武器の種類こそ違えど、相性は悪くない。
 ファウスの豪快な一撃の合間や、わざとらしく作った隙を、これまた一條が必殺の一撃を差し込んで叩き切っていく。
 一條の軽快な一撃に合わせた連撃も難なく熟してくれるお陰で、好き勝手動いていても意外と危なげない形に収まるのだ。
――と言うか、あれ、紫鉱石使ってるから見た目以上に重い筈なんだけど。
 時には片手で振り回していく様は、なるほど、普通の武器では耐久が心許ない訳である。
「ラストっ」
 一條が八匹目を倒した直後、それが来た。
「――――!!!」
 耳障りな咆哮。
 多少声量が抑えられているものの、不快感は変わらない。
「お目覚めか。そのまま寝首でも叩き斬ってやろうかと思ってたのに」
「しかし、近くで聞くと、何とも酷い声だ」
 さしものファウスもしかめっ面を見せている。
 周囲の者達は、と視線を巡らすものの、表情までは不明だが、壁に一切の乱れもない所を見るにそれほど不安には思っていない様だ。
「実に頼もしい限りだけ、どっ」
 言い終える前に降ってきた尻尾。
 先程と同じ感覚で迎撃したが、
「っ!?」
 かち合った。
 金属同士とは違う、妙な音と感触。
 更に言えば、胴体と呼ぶべきか迷う所ながら、太さも一回りは成長している様に思う。
 力を抜いた訳ではないが、その衝撃以上に、予想外の一合で体勢が崩れる。
 跳ね上がった尻尾が、その反動を利用するかの如く、即座の追撃。
 流石に反応は不可能だが、悲観はしていない。
「させんよっ」
 声と同時に突き出された穂先が、的確に尻尾を空中で縫い止める。
 かと思いきや、次の瞬間には大上段から振りかぶった斧の刃で両断していた。
――いや、皆こんなんか十二皇家ってのは。
 感心している場合ではないが、それだけの驚きはある。
「すいません! 油断しました!」
 ファウスはただ笑うだけだ。
 それに同じ笑顔で応えつつ、周囲へ声を荒げる。
「俺とファウス様以外は無理に触るな! 硬すぎて駄目だ! 死ぬぞ!!」
 刃を一瞬押された事に対して、一條は警戒を強めた。
 火球を吹いた事と無関係とは思えないが、それを確認する時間も、実証する術も持たない。
 兎に角、通常の武器、防具類で防げる衝撃でないのは実感した。
「二本だと厄介だなぁ、もう!」
 文句を言いつつ、全身を使って打ち返し、斬っていく。
 現状は、二本が交互に一條へ叩き込まれている。ファウスもこれを援護する形で武器を伸ばす。
 切り落とした部位が、回復と動きが若干鈍くなっているのだけが唯一の救いだ。
――このままじゃジリ貧だ。攻め手に欠ける。尻尾で左右をやられたらマズいしなぁっ。
 尻尾の硬度から想定して、一條やファウスの持つ武器で無ければ厳しい物になる。
 後は素手ではあるが、攻防において確信を持てる紀宝位だった。
「試してみるか……っ」
 
 とはいえ、動き回りつつの詠唱は無理である。
 息もそうだが、なにより思考が纏まらない。
 だが、二頭鰐の攻撃が一條側へ集中している今が好機とも言える。
「ファウス様。試してみたいのがあります。少しだけ、お願い出来ますか」
「……はっはっ。門に多くを残してきたのは失敗でした、なっ」
 突きや斬り払いを器用に織り交ぜ、迎撃の為に一歩、二歩と前へ出て行くファウスは、それでも深く聞き返しては来ない。
 一條は深呼吸一つ。
「『我が声に応えよ、我が力より此処へ、万物の根源、水よ、』」
「ジャンヌ殿!」
「!? っ!」
 ファウスの声に即応。
 押し潰す様な軌道の攻撃を回避した。
 だが、詠唱を中途半端に止めた事で、失敗による暴発が起きる。
 しかし、中途半端故か、大した事態にはならなかった。
 精々が指先で小さい破裂音と共に弾かれた様な痛みが走った程度である。
「くそっ」
 吐き捨てながらもう一歩大きく後退した。が、これを追撃してくる為に、尻尾は大外から蛇の様な軌道。
 結果として、展開していたロキを巻き込み、壁の一部を薙ぎ倒した。
 やはり、二頭を持つ鰐にとって、黒犬型は味方ではあっても、潰す事になんら躊躇するべき存在ではないらしい。
――それにしても、的確に狙ってきやがって、こいつっ。
 一條が詠唱に集中した途端にこれである。
「ジャンヌ・ダルク! 此処は私達がっ!」
「食い止めて見せますよ!」
「さっきまで弱気だった癖に生意気!」
 言葉に、皆、罰の悪そうな顔を見せた。
 苦笑する。
「俺なんかの為に死ぬなよっ!」
 口々に応える彼らを横目に、一條は更に一歩後退。
 若干痺れを寄越す指先を見つめた。
 特に目立った傷はない。
 白い肌の、綺麗な細い指だ。
 知らず吐いたため息に、一條は頭を掻く。
「さて、やるか」
 もう一度、深呼吸。
 既に、どういう形で魔法を叩き込んでやるかは決まっている。
 先程と同じく、右手を突き出した構え。
「『我が声に応えよ、我が力より此処へ、万物の根源、水よ来たれ』」
 周囲の何も無い空間に、言葉通りのそれが出現した。
 水が生まれた所為か、気温が下がった様な気もするが、それとは裏腹に身体の芯が熱くなる感覚。
 阻止しようと再度同じ軌道で突っ込んでくるが、幾層にも壁を築き、身体全体を張って押し止めた。
 気合いや悲鳴、怒号、様々な声も飛ぶ。
 ファウスは、相変わらず尻尾一本を相手取って器用にやり合っている。
 彼の部下達も、抜かれた壁を再構築して黒犬型の襲撃を押さえ込む。
「『声に応じ、集え水よ、集え塊となって』」
 二つ、三つ、四つの水の塊。
 それぞれが大の大人を一人は余裕で包み込めるかと言う水量だ。
「『全て貫け、空行く槍よ、止まらず、止められず、ただただ打ち抜く堅牢なる槍』」
 形状が変化する。
 見た目は騎兵用の槍そのものだ。
「『我が敵、目標へと突き立て、縫い止めろっ』」
 右手を掲げ、それに呼応する様に四本の水槍が空を進む。
 叩き付ける様に、振り下ろした。
「『水槍縛すいそうばくっ』」
 本来であれば、言う必要の無い固有名である。
――意外と中二病かも知んない。
 思う矢先、二頭を持つ鰐に水の槍が四本連続で轟音と共に着弾した。
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