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ウネリカの戦い(8)
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「っったぁーっ! 何、今のっ!?」
紀宝の言葉に、一條ものそりと立ち上がる。
身体の芯を貫く様な衝撃に、まだ頭が回らない。
「無茶苦茶してくれる……っ」
言い捨てつつ、尚も悪態を吐く紀宝の無事は確認。
ただ、徐々に矛先が一條に向かってる為、複雑な気分である。
自分の身体も上から見ていくが、大した傷は負っていない。
「他は、大丈夫……か……」
周囲の地上部隊へと目を向ければ、細かい部材等が多少直撃している程度。
しかし、其方へは声を掛け損ねた。一條の視線は、背後の数棟が丸々消えていたのに釘付けとなる。
当然、そこにも弓隊が大勢詰めていた筈であり、彼ら、彼女ら毎吹き飛んだ、と言う事だ。
最初からそこを目標としたのか、一條達地上諸共にしようとして逸れたのかは分からない。
「っ。シャラの方はっ!?」
慌てて視線を送る。
火球は二つ、別方向へ飛んだのを思い出した。
――……あっちも、地上は、無事、みたいだけど。
やはり家屋が直撃を受けたらしく、端部分が少々残っている位。それらが倒壊していないのが不思議とも言える酷い有様であった。
とはいえ、高度で言えば一條側の方が低い位置で爆発したらしく、まだ向こうの方が生存率は幾分ありそうである。
「左手の方は、流石に無事だな……」
安堵と同時に、奥歯を噛んだ。
三方向に分かれていた弓隊の内、二つがこれで消失。
人数から考えても、一気に瓦解直前にまで陥った事になる。
「あいつ……っ」
響いてきた重い足取りの音に正面を睨み付ければ、二つの頭を持つ鰐が、まるで陸に上がった魚が如く、口を開閉していた。
時折、口の端から炎が勢い良く漏れ出ており、いかにも慣れていないと言う雰囲気を醸し出している。
「今の火の玉。偶然? 必然かな? ……でも、一番ダメージ受けてそうなのが殊更ムカつく」
埃を払いつつの言葉は、半分本心だろうが、少女が口角をつり上げて吐く台詞ではない。
――誰も、アレに素手で風穴開ける事は求めてないんだけど。
その事を指摘しようとしたが、
「ジャンヌ殿!」
叫び声に向けば、左手の一角からアランが、続けてユーヴェ・パラチェレンらも顔を見せる。
ほぼ同時に、右手の方からはスカルトフィの一団が高井坂の所へ着いたのが分かった。
漸くの合流と言う訳である。
一條は、恐らくは一時間程度しか掛かっていないであろうこの刻を、人生でこれほど長いと思った事は無かった。
「これで、貴方の読みは正しかったと言う訳ですな」
唐突に近くから聞こえてきた声に驚いて振り向けば、巨漢が愛用の武器を担いで歩いてきている。
――戦車、はー……あそこでわざわざ降りたのか。
戦車の音を消してまで、一條の元まで徒歩で移動してきた理由が分からないが、彼なりの考えでもあるのだろう。
「クントゥー・ファウス、様」
言葉に、彼は笑うだけだ。
「今は、それで構いませんが」
一頻り笑った後で、含む様な言い方をされたが、聞き返す前に知り合いがもう一人、颯爽と馬を横付け。
下馬から、紀宝と一緒くたに抱き付かれるまで数秒もあったかどうかである。
「ジャンヌっ。ミランヌも、良く無事で」
「……ラトビアさん」
正直、ここまで心配されるとは思っていなかった為、妙な気分だった。
「ねぇ。ひょっとしてあんた、魅了の魔法とか得意なん?」
「うーん。そこはカリスマとかそっちの方向になんない?」
「……あぁ……おっぱい的な?」
「お前ん中でおっぱいはどんな役割果たしてんだよ……」
友人から答えは返ってこない。
「それで、さっきの攻撃はあの二つ頭か。ジャンヌ殿は、何か策がありますかな」
紀宝とのじゃれ合いは日本語だった所為か、言及はされなかった。
その事にひとまず咳払いで濁しつつ、ラトビアを引き剥がしながら答える。
「今は何とも言えません。……ただ、あの攻撃をされない為に近付くしかない、んですが」
一條の言葉と前後する様に、周囲から黒犬がこちらを無視して二つ頭の方へ走っていく。
それも数匹、と言う話ではない。
ついでに言えば、全てが頭が一つだけの黒犬型ロキのみ。大きさもまちまちなのが気になるのだが、今は些細な事である。
「ファウス様。やはりこのロキ達」
「あぁ、大穴の連中と言い、先程の時と言い、嫌でも理解出来る。完全に知恵を持った奴らだ」
最早、正確な頭数すら不明な黒の群れが、一斉に外を、此方側へと向き直った。
その姿は、まるで同族の親兄弟を守る動物そのものである。
――いや、姿形は異なるけど同族っちゃ同族だもんな。
思うが、以前の出来事を同時に思い出し、改めた。
恐らくは人型と戦った時と同じになるだろう。
二頭を持つ鰐が上で、黒犬型が下という序列にも似た形だ。
「……まぁ、なんでも良いけど」
いずれにせよ、一條達はアランや他の部隊と合流を果たしたのである。
「旗を」
派手な怪我こそしていないものの、火球での破壊を間近に見て、腰が抜けたのか、心が折れたのか。
掛けられた声に、先程まで旗振りを担当していた青年は呆然としていたが、すぐさま、恐る恐ると言った体でそれを手渡す様に差し出してきた。
「うん。ごめんね。ありがとう」
上手く笑えた自信はなかったが、紀宝の顔を見れば自ずと答えは分かる。
「言い忘れてましたが、このアスラトゥーフス。貴方の武器と同じく、紫鉱石を混ぜたものです」
「では、攻撃担当で。普通の武器では刃が通らない相手です」
「私はこのままスカルトフィ様の所へ」
「お願いします。……後出来れば、周りのウェスグを相手取って欲しい、と」
「分かりました。そのご命令、伝えさせて頂きます」
「いやいや、違うよラトビアさん? 命令とかじゃなくてお願いで、って行動早いなぁおい!?」
言うが早いか、制止する間もなく、ラトビアは既に笑顔と共に馬上だった。
――命令系統無視ー!
後で怒られる事を覚悟しつつ、一條は紀宝に向き直る。
「んじゃあ、私は一回アランさん達の方走ろっか。流石に内容位は伝えなきゃだし」
「ん。頼りになります」
「良く出来た妹でしょー」
「妹では無いんだが……」
「あ、それともジャンヌ姉が行きたかったり?」
「いや別にそういうのは……ってミラ、お前もかよ!」
特段、答えを聞きたかった訳ではないのだろう。問い掛けただけで、此方が言ってる間に紀宝はかなり先を走っていた。
「脳筋連中は人の話を聞きゃしない……」
思わず愚痴と共にため息を零したが、残ったファウスを見て、表情を元に戻す。
立って並ぶと、大きさがありありと伝わる。
偉丈夫とは間違いなく彼の事だろう。
そして、そんな偉丈夫も、残った一條と、後ろでへたり込んでいる者達とを一度見るのみで、特に何かを言う訳でもない。
――一応、気を使ってくれたり……?
今でこそ一條の部隊、と言う事になるのだろうが、元々、彼ら彼女らはスカルトフィの配下である。
十二皇家の中で序列が存在しているかは不明だが、無かったとしても、おいそれと他の家の者に号令を出すのは、あまり推奨される行為ではないのかも知れない。
それ以上に、隣に立つ彼からは、一條を試す様な雰囲気も感じられた。
つまりは、戦前に行った叱咤激励である。
深く息を吸い、吐く。
続く動作で、石突部分による地面への軽い一撃。
「……さて、さっきの攻撃を目の前にして、立って戦える者は?」
言葉に、後ろで幾人かが応答し、立ち上がるのを気配と音で悟った。
部隊を分け過ぎた事もあり、百に満たない人数。その全員とはいかないが、大凡半分程。
それでも立ち上がった人数としては十分過ぎる位である。
「この場で、私と共にまだ戦える者は?」
「「「「はい!」」」」
声が幾重も響いた。
「お、俺も……」
元旗手の青年も、歯を食いしばっているが、立つまでは至らない。
他にも立てない者は居る。
ただ、彼らも立つ事を諦めてはいない。
ならば、
「ありがとう」
青年へ諭す様に告げてから、逡巡。
「代わりに剣を貸してくれ。またすぐ壊すかもだけど」
一條の苦笑に対して、慌てた動きだが、今度は恭しく差し出されたそれを受け取り、手早く取り付けた。
「慣れたものですな」
「あー、はは……すぐ壊すので」
自分で言ってて悲しくなる。
「なるほど。武器を手当たり次第に壊していた、と言うのも本当の事か」
ファウスが、大口を開けて笑う。
体格に見合う豪快な笑い方である。
「うぅ。それはーそうですけどー」
「何、気にする事は無かろうよ。俺も同じだ。戦場で幾つ槍や剣を使えなくしたものか。耐えきれない武器の方が悪い! はっは!」
更に笑う。
――そういえば、誰かにもう一人居るとかなんとか言われた様な気がする。
奇しくも、同じ壊し屋として、一條とファウスは並んでいた。
現在使っている武器も同じく紫鉱石使用の専用武器とあっては、奇妙な縁と言える。
意外と共通項が多い事に感慨深くもなるが、馬や徒歩とで駆けてくる者達が見えた。
クントゥー・ファウスの配下と、遅れて主人の後を追うラトビアの部隊員であろう。
――……まだ動くなよ、鰐野郎。
未だに主立った動きが見られない正面の敵を睨め付けたまま、一條は深呼吸。
「彼らの為に、少しばかり置いていきますが」
「はい。有り難う御座います」
手早く指示を飛ばし、槍と盾持ちの甲冑兵達が前後に配置。
短い動作で完璧に動いている辺り、流石である。
最も、一條達はその様な訓練をした事がないので単に凄い程度にしか分からないのだが。
終わり際に他の二手へ視線を送れば、どちらも固まり終え、微動だにしていない。
「……。……?」
「合図をどうぞ。ジャンヌ・ダルク殿」
「へぁ? 俺、あ、私です、か?」
「何せ、旗持ちですしな」
「あ。あー……そーですねー……」
自分ですっかり忘れていた。
――恥ずか死。
微かに漏れ聞こえる笑いにそんな事を考えつつ、改めて、深呼吸を一つ。
右手で旗を掲げた。
全隊に見える様、身体全体を使う。
翻るのはスカルトフィ・クラウディーを示す紋章、剣を掲げた女、である。
「アーロゥッ!!」
嘗ての誰かを真似て、一條は叫んだ。
――泣くのは後だ。
二頭鰐との、二度目の戦端が開かれる。
紀宝の言葉に、一條ものそりと立ち上がる。
身体の芯を貫く様な衝撃に、まだ頭が回らない。
「無茶苦茶してくれる……っ」
言い捨てつつ、尚も悪態を吐く紀宝の無事は確認。
ただ、徐々に矛先が一條に向かってる為、複雑な気分である。
自分の身体も上から見ていくが、大した傷は負っていない。
「他は、大丈夫……か……」
周囲の地上部隊へと目を向ければ、細かい部材等が多少直撃している程度。
しかし、其方へは声を掛け損ねた。一條の視線は、背後の数棟が丸々消えていたのに釘付けとなる。
当然、そこにも弓隊が大勢詰めていた筈であり、彼ら、彼女ら毎吹き飛んだ、と言う事だ。
最初からそこを目標としたのか、一條達地上諸共にしようとして逸れたのかは分からない。
「っ。シャラの方はっ!?」
慌てて視線を送る。
火球は二つ、別方向へ飛んだのを思い出した。
――……あっちも、地上は、無事、みたいだけど。
やはり家屋が直撃を受けたらしく、端部分が少々残っている位。それらが倒壊していないのが不思議とも言える酷い有様であった。
とはいえ、高度で言えば一條側の方が低い位置で爆発したらしく、まだ向こうの方が生存率は幾分ありそうである。
「左手の方は、流石に無事だな……」
安堵と同時に、奥歯を噛んだ。
三方向に分かれていた弓隊の内、二つがこれで消失。
人数から考えても、一気に瓦解直前にまで陥った事になる。
「あいつ……っ」
響いてきた重い足取りの音に正面を睨み付ければ、二つの頭を持つ鰐が、まるで陸に上がった魚が如く、口を開閉していた。
時折、口の端から炎が勢い良く漏れ出ており、いかにも慣れていないと言う雰囲気を醸し出している。
「今の火の玉。偶然? 必然かな? ……でも、一番ダメージ受けてそうなのが殊更ムカつく」
埃を払いつつの言葉は、半分本心だろうが、少女が口角をつり上げて吐く台詞ではない。
――誰も、アレに素手で風穴開ける事は求めてないんだけど。
その事を指摘しようとしたが、
「ジャンヌ殿!」
叫び声に向けば、左手の一角からアランが、続けてユーヴェ・パラチェレンらも顔を見せる。
ほぼ同時に、右手の方からはスカルトフィの一団が高井坂の所へ着いたのが分かった。
漸くの合流と言う訳である。
一條は、恐らくは一時間程度しか掛かっていないであろうこの刻を、人生でこれほど長いと思った事は無かった。
「これで、貴方の読みは正しかったと言う訳ですな」
唐突に近くから聞こえてきた声に驚いて振り向けば、巨漢が愛用の武器を担いで歩いてきている。
――戦車、はー……あそこでわざわざ降りたのか。
戦車の音を消してまで、一條の元まで徒歩で移動してきた理由が分からないが、彼なりの考えでもあるのだろう。
「クントゥー・ファウス、様」
言葉に、彼は笑うだけだ。
「今は、それで構いませんが」
一頻り笑った後で、含む様な言い方をされたが、聞き返す前に知り合いがもう一人、颯爽と馬を横付け。
下馬から、紀宝と一緒くたに抱き付かれるまで数秒もあったかどうかである。
「ジャンヌっ。ミランヌも、良く無事で」
「……ラトビアさん」
正直、ここまで心配されるとは思っていなかった為、妙な気分だった。
「ねぇ。ひょっとしてあんた、魅了の魔法とか得意なん?」
「うーん。そこはカリスマとかそっちの方向になんない?」
「……あぁ……おっぱい的な?」
「お前ん中でおっぱいはどんな役割果たしてんだよ……」
友人から答えは返ってこない。
「それで、さっきの攻撃はあの二つ頭か。ジャンヌ殿は、何か策がありますかな」
紀宝とのじゃれ合いは日本語だった所為か、言及はされなかった。
その事にひとまず咳払いで濁しつつ、ラトビアを引き剥がしながら答える。
「今は何とも言えません。……ただ、あの攻撃をされない為に近付くしかない、んですが」
一條の言葉と前後する様に、周囲から黒犬がこちらを無視して二つ頭の方へ走っていく。
それも数匹、と言う話ではない。
ついでに言えば、全てが頭が一つだけの黒犬型ロキのみ。大きさもまちまちなのが気になるのだが、今は些細な事である。
「ファウス様。やはりこのロキ達」
「あぁ、大穴の連中と言い、先程の時と言い、嫌でも理解出来る。完全に知恵を持った奴らだ」
最早、正確な頭数すら不明な黒の群れが、一斉に外を、此方側へと向き直った。
その姿は、まるで同族の親兄弟を守る動物そのものである。
――いや、姿形は異なるけど同族っちゃ同族だもんな。
思うが、以前の出来事を同時に思い出し、改めた。
恐らくは人型と戦った時と同じになるだろう。
二頭を持つ鰐が上で、黒犬型が下という序列にも似た形だ。
「……まぁ、なんでも良いけど」
いずれにせよ、一條達はアランや他の部隊と合流を果たしたのである。
「旗を」
派手な怪我こそしていないものの、火球での破壊を間近に見て、腰が抜けたのか、心が折れたのか。
掛けられた声に、先程まで旗振りを担当していた青年は呆然としていたが、すぐさま、恐る恐ると言った体でそれを手渡す様に差し出してきた。
「うん。ごめんね。ありがとう」
上手く笑えた自信はなかったが、紀宝の顔を見れば自ずと答えは分かる。
「言い忘れてましたが、このアスラトゥーフス。貴方の武器と同じく、紫鉱石を混ぜたものです」
「では、攻撃担当で。普通の武器では刃が通らない相手です」
「私はこのままスカルトフィ様の所へ」
「お願いします。……後出来れば、周りのウェスグを相手取って欲しい、と」
「分かりました。そのご命令、伝えさせて頂きます」
「いやいや、違うよラトビアさん? 命令とかじゃなくてお願いで、って行動早いなぁおい!?」
言うが早いか、制止する間もなく、ラトビアは既に笑顔と共に馬上だった。
――命令系統無視ー!
後で怒られる事を覚悟しつつ、一條は紀宝に向き直る。
「んじゃあ、私は一回アランさん達の方走ろっか。流石に内容位は伝えなきゃだし」
「ん。頼りになります」
「良く出来た妹でしょー」
「妹では無いんだが……」
「あ、それともジャンヌ姉が行きたかったり?」
「いや別にそういうのは……ってミラ、お前もかよ!」
特段、答えを聞きたかった訳ではないのだろう。問い掛けただけで、此方が言ってる間に紀宝はかなり先を走っていた。
「脳筋連中は人の話を聞きゃしない……」
思わず愚痴と共にため息を零したが、残ったファウスを見て、表情を元に戻す。
立って並ぶと、大きさがありありと伝わる。
偉丈夫とは間違いなく彼の事だろう。
そして、そんな偉丈夫も、残った一條と、後ろでへたり込んでいる者達とを一度見るのみで、特に何かを言う訳でもない。
――一応、気を使ってくれたり……?
今でこそ一條の部隊、と言う事になるのだろうが、元々、彼ら彼女らはスカルトフィの配下である。
十二皇家の中で序列が存在しているかは不明だが、無かったとしても、おいそれと他の家の者に号令を出すのは、あまり推奨される行為ではないのかも知れない。
それ以上に、隣に立つ彼からは、一條を試す様な雰囲気も感じられた。
つまりは、戦前に行った叱咤激励である。
深く息を吸い、吐く。
続く動作で、石突部分による地面への軽い一撃。
「……さて、さっきの攻撃を目の前にして、立って戦える者は?」
言葉に、後ろで幾人かが応答し、立ち上がるのを気配と音で悟った。
部隊を分け過ぎた事もあり、百に満たない人数。その全員とはいかないが、大凡半分程。
それでも立ち上がった人数としては十分過ぎる位である。
「この場で、私と共にまだ戦える者は?」
「「「「はい!」」」」
声が幾重も響いた。
「お、俺も……」
元旗手の青年も、歯を食いしばっているが、立つまでは至らない。
他にも立てない者は居る。
ただ、彼らも立つ事を諦めてはいない。
ならば、
「ありがとう」
青年へ諭す様に告げてから、逡巡。
「代わりに剣を貸してくれ。またすぐ壊すかもだけど」
一條の苦笑に対して、慌てた動きだが、今度は恭しく差し出されたそれを受け取り、手早く取り付けた。
「慣れたものですな」
「あー、はは……すぐ壊すので」
自分で言ってて悲しくなる。
「なるほど。武器を手当たり次第に壊していた、と言うのも本当の事か」
ファウスが、大口を開けて笑う。
体格に見合う豪快な笑い方である。
「うぅ。それはーそうですけどー」
「何、気にする事は無かろうよ。俺も同じだ。戦場で幾つ槍や剣を使えなくしたものか。耐えきれない武器の方が悪い! はっは!」
更に笑う。
――そういえば、誰かにもう一人居るとかなんとか言われた様な気がする。
奇しくも、同じ壊し屋として、一條とファウスは並んでいた。
現在使っている武器も同じく紫鉱石使用の専用武器とあっては、奇妙な縁と言える。
意外と共通項が多い事に感慨深くもなるが、馬や徒歩とで駆けてくる者達が見えた。
クントゥー・ファウスの配下と、遅れて主人の後を追うラトビアの部隊員であろう。
――……まだ動くなよ、鰐野郎。
未だに主立った動きが見られない正面の敵を睨め付けたまま、一條は深呼吸。
「彼らの為に、少しばかり置いていきますが」
「はい。有り難う御座います」
手早く指示を飛ばし、槍と盾持ちの甲冑兵達が前後に配置。
短い動作で完璧に動いている辺り、流石である。
最も、一條達はその様な訓練をした事がないので単に凄い程度にしか分からないのだが。
終わり際に他の二手へ視線を送れば、どちらも固まり終え、微動だにしていない。
「……。……?」
「合図をどうぞ。ジャンヌ・ダルク殿」
「へぁ? 俺、あ、私です、か?」
「何せ、旗持ちですしな」
「あ。あー……そーですねー……」
自分ですっかり忘れていた。
――恥ずか死。
微かに漏れ聞こえる笑いにそんな事を考えつつ、改めて、深呼吸を一つ。
右手で旗を掲げた。
全隊に見える様、身体全体を使う。
翻るのはスカルトフィ・クラウディーを示す紋章、剣を掲げた女、である。
「アーロゥッ!!」
嘗ての誰かを真似て、一條は叫んだ。
――泣くのは後だ。
二頭鰐との、二度目の戦端が開かれる。
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