ジャンヌ・ダルク伝説~彼の地にて英雄と呼ばれた元青年~

白湯シトロ

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ウネリカの戦い(4)

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「なぁ、ジャンヌの姉貴。ミランヌは?」
「あいつがこういうの出る気ないの分かって聞いてくる……」
 答えた一條に対して、高井坂は肩を竦めただけだった。
 ため息を吐きつつ、一條はスカルトフィに視線だけで先を促す。
「時間も押してるので、始めさせて貰います。明日のウネリカ戦について」
 臨時の司令所として立つ、大きめに取られた野営の天幕。
 適度な緊張感の中で、スカルトフィが開始の音頭を取る。
 内容は言うまでもなく、ウネリカ奪還に対しての概要説明と戦略確認だ。
 件のウネリカまで目測だが四、五キロ程。目と鼻の先と言って過言ではない箇所に野営しつつ行われるのは、些か用心に欠ける所だが、根拠はある。
 今現在の時間だ。
 既に日は落ちて久しいが、ロキはこの時間、動きをほぼ完全に止めるのである。
 理由は不明ながら、日が落ちてから明けるまでの間、休眠に近い状態にあるらしい。
 余程近くを通るか、手を出さない限りは安全を確約出来た。
 それ故に、ドワーレからウネリカまで進軍速度を調整し、この時刻へ着く様に計算した上で、明日の戦略を改めて見直すと言う訳である。
――それにしても、なにゆえ俺らまで連れられたのかは謎だが。
 紀宝は場違いとしてさっさと逃げ出した。
 元々、呼ばれていたのは一條だけだったが、そこは流石に高井坂を伴っての入場と相成ったのである。
「夜明けと共に、まずは私の部隊が大穴に向けて突撃。同時にランス殿が正面の南口へと向かい、これを突破して貰います」
 スカルトフィが、言葉に合わせ、地図上にあるそれぞれに見立てた駒を動かしていく。
 当然、一條はウネリカを見るのは初めてだが、地図で見ると、見た目以上に特異な形状をしているのが分かる。
 ヴァロワとガティネとを結ぶ要衝としてあるこの街は、その性質からか、あえて川を越える様に存在していた。
 南北にそれぞれ都市を建設。中央に三つの橋を架け、これらを繋ぐ設計だ。文字通り、昔は二つを結ぶ橋渡しの役割を担った街なのだろう。
 城壁で囲われているが、これはガティネとの戦争が始まる前後に作られた急拵えのものである。しかし、都度、補強等はされているらしく、今では立派にその役目を果たしていると言えよう。
 最も、それすらロキ相手に破られてしまったのだが、それが何故この時期なのかは答えようのない問答だ。
「次いでファウス殿。主力はランス殿の隊と共に進軍。突入後はここの防御を担って頂きたい」
「そうなると、ロキは大半が此方に向かってくる事になりますね」
「そうです。数が多い方に誘導します」
「はっは。これはまた、随分と守り甲斐のある事ですな」
 ファウス家当主として一軍を預かる男性、クントゥー・ファウスが、その巨体を揺らしながら答えた。
 身長は優に二メートルはある。この世界に来て、完全に見上げる程の巨漢は彼が初だった。
 が、それよりも横幅だ。
――お相撲さんだよ。
 この場に居る誰よりも遙かに恰幅の良い背格好である。
 一條とスカルトフィが並んで尚、面積は彼方が優勢だろう。
 とはいえその顔は、ややもすればアランと張り合える程度には、二枚目の印象を持つ。
「……?」
 まじまじと見ていた訳ではない筈だが、一條は、彼から視線を貰う回数が多い感覚を受ける。
――そういえば、会って名前聞いた時から妙な感じだったな。
 考えるが、一定間隔で祭りの様な催しが強制的に始まる一條の日々では、一々他人の顔等記憶されない。
「ちなみにクントゥー・ファウスさん。あれマジで相撲取りみたいに筋肉の上から脂肪付けてるやつだから。腕力とかやっべーぞ」
 久々に妙な入れ知恵が為された。
 彼の陣営の誰かにでも聞いたのだろう。この二日程の移動中に話の早い盾役である。
「所で、それだとクラウディー殿の部隊が危険では?」
「私の隊は大人数での行軍に向いていません」
 はっきりと宣言した彼女と、目が合った。
――悪い予感。
「ランス殿。私達の方に、ジャンヌ・ダルクら三名を預けて欲しい」
「あーなるほろ。そういうアレで……」
 一條は、自身が呼ばれた理由を理解した。
 更に言えば、そこまで信用されているとは思っていなかったのが正直な所である。
「横から失礼。街の中の様子は、やっぱり分からないですか?」
 高井坂が、地図上を示しつつ、アランに尋ねた。
「残念ながら。ただ、街に人の気配が無いのは確実だと聞いている」
「全滅は確実……ね」
 苦い表情をしたまま答え、同時に一條は彼に肩を二度、叩かれる。
 不意にきたその行為を何事か、と問う真似はしない。
 ただ、一條は深呼吸を一つしてから握っていた拳を開く。
 改めて視線のみで応えれば、勝手知ったる相手は親指を上げるのみだ。
「それと、分かっている事が幾つか」
 そう前置きしたアランの声に、高井坂と二人含め、全員の視線が其方へ向く。
「大穴の外に居るロキは、あの場から動かず、昼間でも此方を襲ってくる事はしないらしい。あまり、気にしてもいない様だ」
「……そいつは初耳だな。今までのロキには無かった行動だ」
 ファウスが、顎を撫でながら応じる。
「が」
 続けて言葉を放った瞬間、俄に殺気立つ。
「そうでもなければ、私の部下達がこうまでやられる筈もない」
「ファウス殿」
 スカルトフィの窘める様な物言いに、ファウスが腕を組む事で答えた。
 そのまま先を促されたアランが、改めて口を開く。
「大穴に居るのは三つ首が三体。ワイアーが二体。人型等は……外には居ない」
「人に似たロキ。相当強いみたいだが……戦ったランス殿から聞きたいんだがね」
「それは……」
 言い淀む彼からの視線を感じる。
――まぁ、そうなるよな……。
 ため息を吐く。だが、重要な場だ。
 一條は腹を括って、しかし、控え目に手を挙げて主張する。
「直接戦ったのは俺達でして。あ、いや、私達、です」
 スカルトフィとファウスが、物凄い勢いで視線を寄越す。
 ファウスは当然だったろうが、スカルトフィもこれは初耳であった様だ。
 唯一、アランは苦い表情を浮かべている。
 そもそも、アルベルトが一條達の戦績を正確に報告していたかは微妙な所だった。
 当人が、自分で見た物以外をあまり信用していない向きがあるのも要因だろう。
――そういえばスカルトフィさんもそっちの人間だっけ。
 等と考えつつ、恐る恐る視線を正面に持って行けば、果たして、彼女は怒ってる様な呆れている様な、複雑な顔になっている。
 十二皇家と言う立場ある女性がして良い表情でない事は、一條にも理解出来た。
「そういう事は初めに言ってくださると良いんですけど……?」
 目が笑っていない為、非常に圧がある。
「はっは。なるほど。ドワーレでも噂はいくつも聞いたが、それだけではないな。……それで? 強かったのか?」
 スカルトフィが精神的な圧だとすれば、ファウスは肉体的な圧だ。
 文字通りの意味である。
「あの時は私とミランヌ、シャラの三人でどうにか、でした。兎に角固いし、人とは違う動きをするので、見た目に騙されます」
「人とは違う動き、か。確かにロキはそうだ。見た目と動きが一致しない事が多い。初めて戦った時を思い出すな」
 ヴァロワ皇国において、ロキと一番最初に遭遇し、情報を得たのは彼の部隊だ。
 この辺り一帯が、元々ファウス家の広大な領地の為である。
 今でこそ皇都に居を構えてはいるが、その遙か以前はウネリカに住む一族であったらしい、とはアランの言だった。
「ウネリカに居たのは腕の立つ者が多かった。それでも敵わなかったとなると、中には居るかも知れんな。その人型とやら」
「なら」
「手は借りんよ。クントゥー・リーグォのろま・ファウスとしてはな。それに、これでもヴァロワの盾、等と呼ばれる私の部隊。侮って貰っては困る」
 相手を下に見た言い方、ではない。
 それだけ、自信があると言う事だ。
「……さて、続けよう。ならば、変更はない。大穴へは私とジャンヌ・ダルク達三人が向かい、中へ。その後は私、ダルク殿、ラトビアとで三つに分け、街を進む。目的は捜索。生きていれば、ではあるが、街の人間と、ロキの隊長……とでも言うべきか、の二つ。同時に南口へはランス殿とファウス殿が」
「本来なら中から開けて貰うしかないんだが、そこは私に任せて頂きたい」
「ランス様とファウス様が此処でロキを引きつければ、俺達の三隊が良い裏取りと陽動を兼ねる訳か。出来れば同時に突撃するのが理想の流れ、だな」
 頷いている高井坂が、地図を見る事数秒、軽く挙手。
「なら一つ。三隊に分けた後、ハイカー隊はこう進路を取ってから南口を挟む」
 地図上、南側を半円状に指でなぞっていき、南口へ到着。
「俺……いや、ジャンヌ隊は南側の中心地を目指します」
 再び指を踊らせる。
「そしてクラウディー隊が、北側にそのまま向かって貰いたいのです。一番、行軍に慣れてるでしょうし」
 スカルトフィが思案する様に、指で口をなぞっている。
――意外と可愛い癖が多い。
 当人は恐らく無意識だろう。
 荷馬車の時を思い返し、一條は一人、納得する様に頷いた。
「クラウディー様の言う隊長、いや、人型かそれ以上のロキが居るとしたら南北の中央にある広場が妥当かと思います」
「根拠は?」
「まぁ、こういう場合、中央に集まった方が、収まりが良い、と言いますかね……」
 言葉尻を濁しながら高井坂が目配せをしてくるが、一條には特に言える事はない。
 それでも、彼の必死さに考えを巡らす。
「……例えば。ロキが大きい生物を目指している、とか」
 アラン、スカルトフィ、ファウス、高井坂。この場に居る全員が、一條の台詞に視線を集中させた。
 その事に引け目を感じたものの、喋った以上は此方の手番である。
 同時に、一條もつい先日新しい単語として覚えた、ディーガが思い浮かぶ。
 あれ以降誰ともその話を共有していない為、相変わらず姿形はふんわりとしているが、切り出せば、思考も若干纏まり始めた。
「以前は黒い犬、じゃない、ウェスグ、だけだったんですよね」
「えぇ。最初の頃は、数匹程度だったものが、すぐに数を増やしたのです」
「次は頭が増えた。二つ、三つ。今は時折、ワイアーも出てくる。と思えば、人型だ」
「大きい生物、この辺りだとローデアー、になりますね。私は見た事がないのですが」
「ミラリヤでは実に厄介だった。私などよりも遙かに大きい」
 腹回りを触りながら笑うファウスだが、それが冗談なのかは判断が付かない。
――後、何でか視線が合う。
 やはり何かやらかした様な気もしてきた。
「……それなら、身体の大きさを保つ為に、中央の広場を利用するのは、正しい」
 ともあれ、人型を見るに、大きいから強い、とは断定出来ない。
 勿論、小さいから強い、とも言えないのだが。
「それと、アランさー……、ランス様の言う通りなら、此処に居るロキは、んじゃないかと」
 振り払う意味も込めて、咄嗟に追加で推測も提示。
 アランとスカルトフィ、ファウスも考え込む体勢に入る。
 高井坂は目を輝かせているが、明日にでも借りは返して貰えば良いだろう。
「中に入れたくないから、外のやつもあえて襲ってこない訳か」
――一応、筋は通ってるけど。
 自分で言った事なのだが、だとすると、本格的にロキが知性を持った生物と言う括りになってくるが、出来れば考えたくはない。
「盾であるならば、剣で突くのみ」
 短く、それでいてきっぱりと言い切ったスカルトフィに、逆に安心感の様な物を感じる。
 流石にヴァロワ皇国で最高峰の役職に就いている人物だ。
「矛盾って故事、教えた方が良いと思う?」
「止めろ止めろ」
 面倒事になる気配しかない上、彼女の答えは、聞かずとも分かる。
「先程のディノワ殿の案も入れましょう。後ほど、行き先は指示しておきます。……ダルク殿、頼みますよ?」
 小悪魔の様な笑みに、重圧が増した。
 逃れる為に逸らした流れで、発案者と目が合うが、逸らすどころか喜びを表現する顔をしている。
――目ぇ突いたろか。
 声には出さず、人差し指と中指を向ければ、目を隠された。
「明日は夜明けと共に出ます。身体を休める様に」
 スカルトフィの言葉で、作戦会議が終わりを告げる。
「厄介なの、居なきゃ良いけどなぁ」
「ジャンヌ姉ちゃん。知ってる? それフラグって言うの」
「あー……」
 指摘され、一條は顔を覆う。
 直後、豪快な音と共に外が騒がしくなった。
 全員共が、状況を判断しかねているのか、身動きを止める。
「ロキ……じゃあなさそうだけど」
 喧噪にそれほど焦燥感の様なものを感じない為、一條も別の意味で判断出来ない。
 が、慌てた動きで転がる様に天幕へと入ってきた者が叫んだ。
「ミ、ミランヌ・カドゥ・ディー殿が木を素手でっ! 襲撃ではありません!」
 三人が脱力したのとは逆に、一條と高井坂は硬化する。
「あの……本当にすいませんでした……後で叱っておきます」
 一條は土下座こそしなかったが、人生で最も深々と腰を折る事となった。
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