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ウネリカの戦い(2)
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「ジャンヌ殿!」
無事にドワーレへ降り立った一條達を出迎えたのは、そう言って穏やかそうに笑みを浮かべているアランである。
隣にはリゼウエット・ルピーピスの姿もあり、柔やかな笑みと共に控え目に手を振っていた。
特に無視する事でもない為、手を振り返せば、友人二名からの視線が突き刺さる。
「なんだかいつもに増して嬉しそうじゃない?」
「アランさんはいつもあんな感じじゃないかな?」
紀宝が何かを言い掛けたものの、思案する様な表情と仕草を見せた後、ため息を吐いてそれきりだ。
「ミラってそんな面白い行動したっけ」
「なんでもない」
首を傾げたが、大仰に頭を左右に振っていた親友に肩を叩かれる。
「それよかもう一人の結婚相手が見えねぇな?」
「結婚相手ってなんだよ。つーか、もう一人って何だもう一人って」
「ユーヴェとアランの旦那だが?」
真顔で答えたのに対し、
「モブキャラは今ここで息の根を止めておくか」
言うが早いか、一條は行動に移した。
「ぐああぁっ! 幸せ固めヘッドロックゥゥ! 脳が潰れるぅぅ!」
高井坂の頭を脇と腕で締め上げる。この際、胸に顔が当たっている事など些末と言えた。
そして、その間に周囲を見渡しても、確かにユーヴェ・パラチェレンの姿は見えない。
――いや逆に不気味なんだよなぁ。
思うが、それこそ詮無き事である。
しかし、それ以上の思考を邪魔するかの様に、一條は豊満な胸から振動を受けた。
「タップ! タップ! ジャンヌの姉貴ー! 俺タップしてるの! デカいおっぱいで気付いていらっしゃらないでででっ!?」
無言で若干力を強める。
「ジャンヌ殿?」
「気にしないで下さい」
状況に困惑した表情を見せるアランに、柔やかな笑みを向けて答えた。
もう一人は既に紀宝が女子同士らしい再会の様を見せている。
「にしても、やっぱそいつに有功なのは絞め技の類いか……あんまり得意じゃないのよね私」
「十分だろ」
言いつつ、紀宝に手で制する様な仕草をされた為、解放する。
「酷いや姉貴」
無視した。
「アランさんもリゼウエットさんも、変わりない様で。……あ、いや、二人だけじゃなくて、街全体が緊張してるのは、伝わってますけど」
苦笑しながらの言葉に、二人がまず軽く驚きの表情を見せた事で一條もはたと気付いた。
「ジャンヌ殿、言葉が随分と上達したみたいで」
自分の事の様に、殊更嬉しそうな顔を見せるアランに、一條も一瞬湧き上がる気持ちに思わず唸る。
一度深呼吸してから、
「……ありがとう、ございます?」
妙な返事になったが、リゼウエットと二人して笑ったのでとりあえず満足した。
「所で、リゼさん、アランさん。私も結構上達したんですけどー」
「……それは、はい」
紀宝の言葉に、リゼウエットがまず苦笑。アランも視線を逸らしている。
――まぁ、当初からコミュ能力がなぁ。
「積極性の化け物なんだよな、ミラは」
「そうそう。遠慮が無いっつーか図々しいっつーか」
一條と高井坂が頷きながら、そんな事を言い合う。
言葉を十全に使い熟す前から、他人との距離感が殆ど感じられなかったのは事実である。
特にリゼウエットなど、当初から身振り手振りで紀宝と大抵の会話が成り立ってしまっていた程だ。
今更大きな変化でもないと言える。
「二人ともマジカルスピンパイルドライバーで頭から埋めて、この街の新しい観光名所にしてやるから覚悟しろ」
「映画のロケ地でも需要なさそう」
「せめて足からにして足から」
妙な技名が付いてきたのは、以前に一條が使った身体強化詠唱を応用して使う為だろう。
一條や他の人達がする様な普通の詠唱には殆ど興味を持たないのに、こういった類いのものにはこれである。
――要領が良いのかなんなのか。
そんな事を思う先で、吟味する様に紀宝は、二度大きく頷く。
「折半案で横に埋めますね?」
笑顔で告げた。
実質的な死刑宣告に近い。
「……レディーファーストだな。ジャンヌ、先に良いぞ」
「甲斐性とかないんか」
反論に、頼りがいの無い巨漢が片目をまばたきして見せる。
そんな薄情な人物を蹴り飛ばしてやろうかと一條が身構えた瞬間、大声量が飛んだ。
「クントゥー・ファウスの到着は明日!? 正気ですかっ、あの人はっ!」
スカルトフィ・クラウディーである。
姿は見えないまでも、この声だけで大凡の位置が掴めるのだから大した女傑だった。
しかし、皇都からここまでかなり快調に飛ばしてきている為、通常よりも二日程度は短い日取りで一條達は到着している。
確かに一刻を争う事態なのは言うまでも無いのだが、それを言葉にするのも気が引けた。
「『ヴァロワの剣』。スカルトフィ・ローグォ・クラウディー殿は相変わらずだ」
アランはそう言って、苦笑い。
やはり彼女が有名人である事に間違いはなく、そして、そんな人物に目を付けられた事実を思う。
「ジャンヌ殿?」
つい、ため息を吐いてしまったが、それをアランに呼ばれる事で指摘される。
「いえ、色々と考える事が……後、聞きたい事も山ほど。出来れば、三人一緒に」
向こうも、少し考える素振りを見せるが、しっかりと頷きを返してきた。
リゼウエットが一人、首を傾げているものの、こればかりは割り切るしかない。
「ま、話は後にして野営準備すっか」
「姉貴、最近意気揚々としてない?」
「ジャンヌ殿」
踵を返そうとした所で呼び止められ、一條は改めてアランに向き合う。
「アランさん?」
先を促してから、数秒。
「その隊服、良く似合ってますよ」
「……。……うぇ!? あ、えー……はい……。どうも?」
流石に一條も一瞬思考停止したが、アランの隣で、紀宝とリゼウエットが妙な顔をしているので二人の入れ知恵が確定した。
言われて気付いたが、確かに今の服を彼が見たのは当然ながら初めてである。
「心は乙女か……」
「……五月蠅いぞ」
深呼吸を一つ。
――顔、無表情だよな。
思案しつつ、表情筋を触っている所へ、助け船がやってきた。
「ジャンヌ、ミラにシャラ。宿の事で……と、あぁ、アラスタンヒル様。此方でしたか。スカルトフィ様の声の通りです。ウネリカへの出発は明日になるかと」
「……えぇ。分かりました。それまでに、私達も準備を終わらせます」
アランの言葉に、ラトビアが改めて一條達に向き合う。
「あ、私はリゼさんとこに行くから」
「えぇ……」
機先を制する様な紀宝の宣言に一條が変な声を出し、当のリゼウエットは困った様な表情を見せている。
「なら、しょーうがねぇーよなぁ」
わざとらしく視線を寄越してくる野郎は無視。
「流石に女性全員分の宿は無理でしょうし。俺もそちらと一緒で良いですよ」
ラトビアが若干、当惑した顔をしているが、こればかりは仕方ないと言えるだろう。
クラウディーの部隊は、現在、一千人近くが女性で占められている。
元々、彼女自身が率先して軍人貴族としての責務を果たしていた事もあり、ラトビアを初めとした者達の集う所となっていた。
勿論片っ端から採用している訳もなく、全員に男性のそれか以上を求める厳しいものだ。
そんな直属とも呼べる中にあって、三人は当初こそ若干煙たがられていたが、この短い道中である程度改善された。ラトビアとスカルトフィの影響力も、当然ある。
とはいえ、紀宝は持ち前の壁の無さから既に馴染んでいるし、一條も矢鱈ともみくちゃにされる事もあるが、それ以上にゼルフで水浴びが出来ると非常に好評であった。
――便利屋扱いだけど、まぁ、色々してくれてるしなぁ。
信頼関係はあって悪いものではないと前向きである。
それ以外にも剣の稽古を受けたがる人が男女問わずして多かったのが、特に印象深い。
紀宝、高井坂と朝夕の訓練に励んでいるのが、余程響いた様だった。
「それは……確かにありがたいのですが」
「なにかあります?」
「恋バナしようぜ恋バナー夜中までさー」
台詞を遮る様に出てきた輩に、一條が眉を顰めると同時、紀宝が関節を鳴らす。
「ジャンヌ姉。とりあえず土に埋めときゃ暖かいだろうし、そいつ、行っとく?」
「砂浜の定番だなぁ」
泣き真似しているが、この場に居る誰もが気にしていない。
それを横目に、ラトビアが直立不動のまま、小首を傾げて告げる。
「いえ、てっきりジャンヌはアラスタンヒル様と同室なのかと」
「何でそういう話になってるんですのー!!!」
先程のスカルトフィを越える声量が、辺り一面に木霊した。
無事にドワーレへ降り立った一條達を出迎えたのは、そう言って穏やかそうに笑みを浮かべているアランである。
隣にはリゼウエット・ルピーピスの姿もあり、柔やかな笑みと共に控え目に手を振っていた。
特に無視する事でもない為、手を振り返せば、友人二名からの視線が突き刺さる。
「なんだかいつもに増して嬉しそうじゃない?」
「アランさんはいつもあんな感じじゃないかな?」
紀宝が何かを言い掛けたものの、思案する様な表情と仕草を見せた後、ため息を吐いてそれきりだ。
「ミラってそんな面白い行動したっけ」
「なんでもない」
首を傾げたが、大仰に頭を左右に振っていた親友に肩を叩かれる。
「それよかもう一人の結婚相手が見えねぇな?」
「結婚相手ってなんだよ。つーか、もう一人って何だもう一人って」
「ユーヴェとアランの旦那だが?」
真顔で答えたのに対し、
「モブキャラは今ここで息の根を止めておくか」
言うが早いか、一條は行動に移した。
「ぐああぁっ! 幸せ固めヘッドロックゥゥ! 脳が潰れるぅぅ!」
高井坂の頭を脇と腕で締め上げる。この際、胸に顔が当たっている事など些末と言えた。
そして、その間に周囲を見渡しても、確かにユーヴェ・パラチェレンの姿は見えない。
――いや逆に不気味なんだよなぁ。
思うが、それこそ詮無き事である。
しかし、それ以上の思考を邪魔するかの様に、一條は豊満な胸から振動を受けた。
「タップ! タップ! ジャンヌの姉貴ー! 俺タップしてるの! デカいおっぱいで気付いていらっしゃらないでででっ!?」
無言で若干力を強める。
「ジャンヌ殿?」
「気にしないで下さい」
状況に困惑した表情を見せるアランに、柔やかな笑みを向けて答えた。
もう一人は既に紀宝が女子同士らしい再会の様を見せている。
「にしても、やっぱそいつに有功なのは絞め技の類いか……あんまり得意じゃないのよね私」
「十分だろ」
言いつつ、紀宝に手で制する様な仕草をされた為、解放する。
「酷いや姉貴」
無視した。
「アランさんもリゼウエットさんも、変わりない様で。……あ、いや、二人だけじゃなくて、街全体が緊張してるのは、伝わってますけど」
苦笑しながらの言葉に、二人がまず軽く驚きの表情を見せた事で一條もはたと気付いた。
「ジャンヌ殿、言葉が随分と上達したみたいで」
自分の事の様に、殊更嬉しそうな顔を見せるアランに、一條も一瞬湧き上がる気持ちに思わず唸る。
一度深呼吸してから、
「……ありがとう、ございます?」
妙な返事になったが、リゼウエットと二人して笑ったのでとりあえず満足した。
「所で、リゼさん、アランさん。私も結構上達したんですけどー」
「……それは、はい」
紀宝の言葉に、リゼウエットがまず苦笑。アランも視線を逸らしている。
――まぁ、当初からコミュ能力がなぁ。
「積極性の化け物なんだよな、ミラは」
「そうそう。遠慮が無いっつーか図々しいっつーか」
一條と高井坂が頷きながら、そんな事を言い合う。
言葉を十全に使い熟す前から、他人との距離感が殆ど感じられなかったのは事実である。
特にリゼウエットなど、当初から身振り手振りで紀宝と大抵の会話が成り立ってしまっていた程だ。
今更大きな変化でもないと言える。
「二人ともマジカルスピンパイルドライバーで頭から埋めて、この街の新しい観光名所にしてやるから覚悟しろ」
「映画のロケ地でも需要なさそう」
「せめて足からにして足から」
妙な技名が付いてきたのは、以前に一條が使った身体強化詠唱を応用して使う為だろう。
一條や他の人達がする様な普通の詠唱には殆ど興味を持たないのに、こういった類いのものにはこれである。
――要領が良いのかなんなのか。
そんな事を思う先で、吟味する様に紀宝は、二度大きく頷く。
「折半案で横に埋めますね?」
笑顔で告げた。
実質的な死刑宣告に近い。
「……レディーファーストだな。ジャンヌ、先に良いぞ」
「甲斐性とかないんか」
反論に、頼りがいの無い巨漢が片目をまばたきして見せる。
そんな薄情な人物を蹴り飛ばしてやろうかと一條が身構えた瞬間、大声量が飛んだ。
「クントゥー・ファウスの到着は明日!? 正気ですかっ、あの人はっ!」
スカルトフィ・クラウディーである。
姿は見えないまでも、この声だけで大凡の位置が掴めるのだから大した女傑だった。
しかし、皇都からここまでかなり快調に飛ばしてきている為、通常よりも二日程度は短い日取りで一條達は到着している。
確かに一刻を争う事態なのは言うまでも無いのだが、それを言葉にするのも気が引けた。
「『ヴァロワの剣』。スカルトフィ・ローグォ・クラウディー殿は相変わらずだ」
アランはそう言って、苦笑い。
やはり彼女が有名人である事に間違いはなく、そして、そんな人物に目を付けられた事実を思う。
「ジャンヌ殿?」
つい、ため息を吐いてしまったが、それをアランに呼ばれる事で指摘される。
「いえ、色々と考える事が……後、聞きたい事も山ほど。出来れば、三人一緒に」
向こうも、少し考える素振りを見せるが、しっかりと頷きを返してきた。
リゼウエットが一人、首を傾げているものの、こればかりは割り切るしかない。
「ま、話は後にして野営準備すっか」
「姉貴、最近意気揚々としてない?」
「ジャンヌ殿」
踵を返そうとした所で呼び止められ、一條は改めてアランに向き合う。
「アランさん?」
先を促してから、数秒。
「その隊服、良く似合ってますよ」
「……。……うぇ!? あ、えー……はい……。どうも?」
流石に一條も一瞬思考停止したが、アランの隣で、紀宝とリゼウエットが妙な顔をしているので二人の入れ知恵が確定した。
言われて気付いたが、確かに今の服を彼が見たのは当然ながら初めてである。
「心は乙女か……」
「……五月蠅いぞ」
深呼吸を一つ。
――顔、無表情だよな。
思案しつつ、表情筋を触っている所へ、助け船がやってきた。
「ジャンヌ、ミラにシャラ。宿の事で……と、あぁ、アラスタンヒル様。此方でしたか。スカルトフィ様の声の通りです。ウネリカへの出発は明日になるかと」
「……えぇ。分かりました。それまでに、私達も準備を終わらせます」
アランの言葉に、ラトビアが改めて一條達に向き合う。
「あ、私はリゼさんとこに行くから」
「えぇ……」
機先を制する様な紀宝の宣言に一條が変な声を出し、当のリゼウエットは困った様な表情を見せている。
「なら、しょーうがねぇーよなぁ」
わざとらしく視線を寄越してくる野郎は無視。
「流石に女性全員分の宿は無理でしょうし。俺もそちらと一緒で良いですよ」
ラトビアが若干、当惑した顔をしているが、こればかりは仕方ないと言えるだろう。
クラウディーの部隊は、現在、一千人近くが女性で占められている。
元々、彼女自身が率先して軍人貴族としての責務を果たしていた事もあり、ラトビアを初めとした者達の集う所となっていた。
勿論片っ端から採用している訳もなく、全員に男性のそれか以上を求める厳しいものだ。
そんな直属とも呼べる中にあって、三人は当初こそ若干煙たがられていたが、この短い道中である程度改善された。ラトビアとスカルトフィの影響力も、当然ある。
とはいえ、紀宝は持ち前の壁の無さから既に馴染んでいるし、一條も矢鱈ともみくちゃにされる事もあるが、それ以上にゼルフで水浴びが出来ると非常に好評であった。
――便利屋扱いだけど、まぁ、色々してくれてるしなぁ。
信頼関係はあって悪いものではないと前向きである。
それ以外にも剣の稽古を受けたがる人が男女問わずして多かったのが、特に印象深い。
紀宝、高井坂と朝夕の訓練に励んでいるのが、余程響いた様だった。
「それは……確かにありがたいのですが」
「なにかあります?」
「恋バナしようぜ恋バナー夜中までさー」
台詞を遮る様に出てきた輩に、一條が眉を顰めると同時、紀宝が関節を鳴らす。
「ジャンヌ姉。とりあえず土に埋めときゃ暖かいだろうし、そいつ、行っとく?」
「砂浜の定番だなぁ」
泣き真似しているが、この場に居る誰もが気にしていない。
それを横目に、ラトビアが直立不動のまま、小首を傾げて告げる。
「いえ、てっきりジャンヌはアラスタンヒル様と同室なのかと」
「何でそういう話になってるんですのー!!!」
先程のスカルトフィを越える声量が、辺り一面に木霊した。
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