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ウネリカの戦い(1)

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「あれから一日でこれだもんな。準備が早いのなんの」
「流石に、こいつは……なぁ」
 一條と高井坂は、ランス邸の前で二人、腕組みして佇んでいた。
 既にやるべき事を終え、後は出発を待つばかりである。
 ロキとの最前線に位置する重要拠点、ウネリカが、そのロキによって壊滅した、と言う報がもたらされ、皇都はそれこそ上を下への大騒ぎとなった。
 それでも、一日足らずで派遣する為の軍備を整えたのは、正に戦時中の荒技と言える。
「全滅、だって。何なんだろうな、ロキってのは」
 親友からの答えはない。
「あいつは?」
 代わりの質問に、一條は視線だけで応えた。
 距離は不明だが、大凡の方角はあっている筈である。
「あぁ……そういや、お兄さんが居るとか」
 高井坂もその意図を汲んで、呟く様に零した。
 会ったのは剣を受け取りに行ったあの一度きりだが、紀宝にとっては、その一度きりでも声を掛けに行く理由としては十分だったのだろう。
「……今回は、結構な規模なんだろ? 相手はまた人型かな」
「ランス家としては、俺達三人だけだ。殆どがドワーレに居るからな。それに、クラウディー家から五千位。ファウス家は明日出立だけど、一万と少しって話。ただ、ウネリカに滞在してたのがこのファウス家の部隊らしくて、色々手間取ってるらしい」
 指折り数えていく彼は、暫く唸った後、
「ウネリカってのが、ロキとの最前線でもあるが、隣のガティネと接してる所でもあって、此処以上に城砦都市なんだよ。そこが落ちたって言うなら、今度は俺らが城攻めする事になる。まぁ、人型でも犬型でも、そこまで知恵働かせるかは、正直分からんけど」
 渋い表情で続けた。
「クラウディー、家に……ファウス家」
「どっちも最近まであっちで戦争やってた所だ。俺としては、出番が来ない事を願いたいけどな」
 渇いた笑いと苦い顔も追加で、高井坂は言う。
 本心と冗談が半々と言った所だろうが、一條としても、別段それを責める気はない。
 ウネリカが重要拠点と言う事もそうだが、そこには軍人貴族の他、ヘストパル一家の様な鍛冶士、商人、各種経営陣、下級士や、彼らの家族等も多く住んでいた街だ。
 ローンヴィークの様な片田舎の村とは違い、到底数百人では効かない人達が住んでいたろう。
 それが、ほんの僅かばかりの時間で全滅したのだった。
 最初に違和感に気付いたのは、その街へと向かった数名の軍人貴族達。
 電話等と言った遠距離でのやり取りは出来ない為、互いに状況を知るには数日おきに馬を走らせる他ない。
 が、その日、街の異様な静けさに、彼らはまず訝しんだ。
 近付くにつれてその正体が判明すると同時、一目散に逃げたのである。
「ウネリカの壁が一部崩れているのを確認。外に数体のロキを発見した後、即座に退避」
 事実なのだろうが、誰がそこで逃げた者達を糾弾出来るだろうか。
 そしてつまりは、街の中で、文字通りの地獄が繰り広げられたのは想像に難くない。
 老若男女の差も無く、助けを呼ぶ間も無く、ただの一人も、街を出た者は確認されていなかった。
――考えるだけで、ぞっとする。
 あまり考えたくない事実に、一條が頭を横に振った時。
 隣から新しい話題が投下された。
「話は変わるけどよ、お前さん。その性別は慣れたのか?」
「んー? んー。そうだなぁ。慣れた、って言うかなんて言うか」
 問われた質問に、一條は曖昧な返事をしつつ、視線を下に持って行く。
 ルカヨやルッテモーラらに寄って集って採寸され、仕立てられた真新しい服。ヴァロワ皇国の軍人貴族らしい白を基調としながらも、要所に黄や黒等も使われている等、傍目にも目立つ。
 着心地の方も胸は程よく、腰回りもしっかりしていて、尻も引き締まって見える他、見た目以上に動きやすい素材のようだ。そこに関しては詳しく教えて貰えていないのだが。
 しかしながら、一條の立派な女性体型に合わせた、職人の成せる技の結晶と言えよう。
 値段は聞きたくなかったので耳を塞いだが、これからの活躍次第で返せる額だと信じたい。
 とはいえ、こう出来が良いと待遇と自身の地位に開きがある為、周囲から浮いている感じもしてしまう。
――なんだか新社会人、って感じ。
 或いは時折見聞きする新成人の様な雰囲気。
 改めて隣の親友に視線を戻した。
 親指を上げ、
「服はむしろ最高」
「いや服の話はしてねーじゃん」
 言葉とは裏腹に笑っているが、しっかり親指を上げている辺り流石である。
「性別の方は……落ち着かないけど悪くないと言うか……」
 それが、女性として数ヶ月を過ごしてきた正直な感想だった。
 自分でも不思議なのだが、今の現状に対して、言う程嫌悪感を覚えない。
「環境慣れも程々にしとけ。ったく、器が大きいんだかなんだか……まぁ、胸は大きいんだが」
「聞こえてんだよ節操なしかお前」
 それ以上に性別はどうあれ、こうして高井坂と目線を合わせて会話している事を若干楽しんでいる余裕すら出てきている。
――以前は見上げるばかりだったし。
 懐かしむ様に苦笑。
「最初は女性云々より目線の高さに戸惑ってたけどな。お前と同じ位だし……身長伸びた?」
「あー、そうかも。遺伝だろうなぁ。親父なんか確か二メートルあった筈だし」
「大台突破してたかー」
「お袋も姉ちゃんも俺と同じくらいあったから……まぁ、目立つ目立つ。迷子とかありえねぇもんな」
 高井坂が、思い出す様に笑い出した。
「向こうの話は置いといて」
「ジャンヌ姉ちゃんから始めたのに」
 批判は受け流す。
「それで最近さ、夢って見た?」
「唐突」
 即答された言葉に、一條も少々考えざるを得ない。
――いや、思い付く限りの話題がな……。
 一條達三人のみでは皇都を出る事すらままならない為、迎えに来る予定であるクラウディー家の者達を待つしかなかった。
 合流時間も曖昧な上、ここに居るのは一條と高井坂の二人だけ。
 ルカヨやルッテモーラを始めとした侍女達の誰かでも居れば良かったのだが、外に出ての見送りは縁起が悪いらしく皆引き籠もってしまっている。
 迷信の類いなのは間違いないが、それを指摘する程、一條も野暮ではない。
 とはいえ、なんとも言えない空気である事は疑いようも無いのだが。
「いや、夢、って言うか、白昼夢? みたいな?」
「要領を得ない話だな。なんか気になる事でもあったか?」
「あっ……た、んだけど。それこそ要領を得ない話でな」
「聞こうじゃあないか」
 再度腕を組み直した高井坂を視認し、一條は咳払いを一つ。
「あの剣握った後、帰ってきてから視界の端に何度か人を見たんだよ」
「人、ねぇ……」
「最初は、うわやべぇ幽霊かよ、ってなったけど嫌な気配とかは全然でさ」
 説明するべく、一條は頭の中で思い描く。
「薄紫色の長い髪で」
「ほう」
「身長も大体お前と同じ」
「へぇ」
「顔は美人、だったと思う」
「それジャンヌ姉ちゃん本人じゃねーか?」
「でも岩の鎧みたいなの着てて、手足が水、靄、みたいな?」
「じゃあお前じゃないか……」
「何か、不思議な感覚だった」
「だろうな。そんな生物が居るのかね……にしても、随分鮮明だな」
「そこなんだよ。二、三度で、しかも一瞬見た位なのに、やけに印象深い」
 人物像は説明出来るものの、その理由等が説明出来ない為、自身で言葉にした通り、なんとも不思議な感覚のみが残っている。
「お前だけが性別変わったのと、何か関係あんのかねぇ」
 首を捻りながらの台詞に、一條も同じ様に首を捻った。
「俺はそんな人……人か? まぁ良いけど、見た事ないな」
「そっか。目にゴミでも入ったまんま、ってのとは違うよなぁ」
 目を擦るが、単純な視界の不良でないのは確かだろう。
「どれどれ」
 言うが早いか、一條は不意に引き寄せられ、高井坂の顔を近距離で見る事になった。
「……」
「……」
 親しい間柄である彼だが、こうして間近に来る事が無い状況に、一條は動揺し、身体が強張ったのを感じる。
――相手は高井坂・幸喜だぞ……。
 思った瞬間、頭が冷静になるのを実感した。が、それよりも相手の方が、機能停止した機械の様になっている。
 現状を把握したのだろうが、それが却って判断を迷わせる事になった様だ。
 さりとて、一條もこの場面で紡ぐ言葉を知らない為、出方を窺う。
 数秒の後、高井坂の本体が再起動した。
「ジャ、ジャンヌぅぅ」
「右九十度フック」
 若干抱き付かれた様な体勢であったが、握った右拳で変態を思い切り張り倒し、窮地に一生を得る。
「壊れた機械は叩くと良い、っておばあちゃんも言ってた」
 一條の祖母がそんな事を言った覚えはなかったが、ともあれ、地面に伏した男の目は狂人のそれではなかった。
「俺、今姉ちゃんを思い出した……」
「奇遇だな。俺もだ」
 あの時は事故みたいなものだったが、今のも事故みたいなものである。
「……所で、ツインテールで戦いに行くの、多分ジャンヌ姉ちゃん位だと思うぜ俺」
「……下手に直したら怒られるの俺なんよ」
 ため息を吐いた。
「噂をすればミラのご到着かな」
 それなりの力で殴り付けた筈だが、何事も無かったかの様に立ち上がり、外門へと視線を向けた彼に続き、一條もそちらへ視線を向ける。
 確かに紀宝が歩いてくるが、ぞろぞろと付いてくる集団も居た。
 多くは知らない顔だが、彼女の隣を行く者は遠目でも分かる。
「迎えはラトビアさんだったか」
 馬の乗り方も綺麗なものだ。
 かくいう一條はまだ数回しか乗れていない。自分一人で、となると歩かせるのも一苦労だった。
「んじゃ行くか。ジャンヌ姉ちゃん」
 親指を上げて柔やかに宣う。先程まで腰が引けた発言をしていた人物とは思えない。
「お前言っとくけどその呼び方許してねぇからな、お前この野郎」
 言い放った言葉に、昔馴染みは不満げな表情。
「ジャンヌ姉ー! シャラー!」
 それを気にも留めず、遠くからの声に、一條も片腕を大きく伸ばして振る事で応える。
 巨漢が何か言いたげな表情を見せたが、無視した。
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