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ジャンヌ・ダルク、皇都にて(6)

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「ホントに此処であってるの? その、なんとかって鍛冶士? の店」
「合ってる合ってる。ヘストパル鍛冶店。ちゃんとそう書いてある」
「俺は『店』の部分しか読めねぇ」
「私はこれが文字だって事しか分かんない」
「「流石は感覚で生きてる人間だよ」」
 紀宝は二人からの指摘にもどこ吹く風である。
「それにしても、よく剣とか手配してくれたなぁ。アルベルトさん」
「ジャンヌ姉にもう壊されたくないんじゃない?」
 視線を向けたが、素知らぬ表情を決め込む紀宝であった。
――……まぁ、それに関しては俺も散々言われてる事だけど。
 思うが、一條としても好きで壊し回っている訳ではない。
 改めて掲げられた看板を見るが、やはり文字として認識は出来るが、読めるのは最後の部分のみである。
「……やっぱここら辺は貴族って言うか軍人貴族ばっかだな。悪目立ちしてるよな俺ら」
 三人の現在地は職人通り、とも呼ばれる一画であり、中でも武器や防具と言った店が多く軒を連ねていた。
 包丁と言った家事で使用される物以外、平民は武器の類いを持つ事は許されていない。
 持ったまま皇都外へ出る際も、幾つか手順を踏む必要がある程だ。
 となれば、この区画に出入りするのは軍人貴族が中心となる。
 視界の中、帯剣している者が多くを占めている為、一條達三人のみであれば、相当に注意を引く所だった。
「すまない、ジャンヌ。待たせてしまった」
「こっちも今着いた所ですよラトビアさん」
 足早にやってきたのは、ラトビアである。
 いつもの訓練用に着てくる服装ではないが、軍人貴族と言う事もあってか男装のそれであった。
 が、何しろ彼女は顔が良いので、これが似合っているのだ。
「やだイケメーン」
「世の中不公平だと思わんか」
 高井坂の言葉に頷きつつ、
「顔じゃないよ。第一印象だよ」
「だよなー……あれ? 同じじゃね?」
 相手の疑問は無視した。
 アルベルトから受け取りを頼まれたのだが、名目上平民である一條達のみではそれは叶わない。
 忙しい彼の代役として、居合わせたラトビアに白羽の矢が立ったのだ。
 本人ではないのだが、ハイカー家と言う大貴族の出である彼女であれば、分相応と言えた。
 これも、毎日の様にランス邸へ顔を見せているが故でもあろう。
 彼女とはヘストパル鍛冶店の前で、となり、今こうして合流を果たした訳である。
「しかし、ジャンヌ程剣を壊す人物を、私は他に一人しか知らないよ」
 苦笑しながらのラトビアに対して、一條は顔を手で覆う他ない。
 既に彼女の前で一條が折った木剣は二本。
 皇都に着いてからは通算で五本目だ。
 ルッテモーラが記録していた為、一條自身はおろかラトビアにも即座に判明してしまった。
 当然、これまでに解体してきた方の数も開示されている。
「それを新しく作るとは、アルベルト様も期待しているのでしょうね。私も、それ以上に期待していますが」
「そう……ですかね……?」
 笑みを濃くしながら、ラトビアは門構えの立派な店の中へと歩みを進める。
「……ミラ。もう少しこう、人を見る様な目をしてくれないかなぁ?」
 表現に困る表情から、呆れた様な表情へと変えたが、紀宝は特に何も言わないままだ。
「えぇ……」
「まぁまぁ」
 三者三様に、店へと入る。
「いらっしゃーい」
 四人共が入ったのを確認してから元気の良い挨拶をしたのは、年齢的にも一條達とそう大差ない様なあどけなさを残した風貌の少女。
 金髪を短くし、上下半袖と言う動きやすさ重視の服装。所々汚れているのは、彼女が単なる店番を任されている訳ではない事を証明している。
「んー? 初顔……? いや、平民がこんな所に……?」
 わざわざ声に出して言う辺り、遠慮とは無縁だろう人物。
 しかし、特に追い出す仕草もしないのは、先頭に立つラトビアを見ての判断からだろう。
「下級士の方を連れて、買い物ですか?」
「そうだが。今日は私の用ではなくてな。アルベルト・ランス様の使いだ」
「ランス様……あぁ、聞いてます。少し待ってて下さい」
 少女が奥へと消え、店内に居るのは一條達四人のみだ。
 とはいえ、立派な外観には立派な内装。
 かなり余裕のある広さを有している上、作りも相応のものである。
 立てかけられている武器の数こそ少ないが、逆に一つ一つ丁寧に扱われている証左にも思う。
「有名、なんですよね? この店」
「皇都で武器鍛冶士アンドワフと言えばヘストパル。等と言われる位にはね」
 ラトビアはそう言いつつ、店内の物を品定めする様に見ていく。
 表情からは、単に見ているのみで、気に入った物があるとは思えないが、それも彼女の戦術を鑑みれば当然である。
 腰に差しているのは普通の直剣だが、手に馴染むのはやはり刺突剣レイピアの類いだ。
 事実、戦場に行く際はそういった物を持つと聞いている。
「ドワーフ、って言うから最初は種族かと思ったのにねぇ」
 手持ち無沙汰気味にしている紀宝が、そんな事を呟いた。
 基本、素手で相手を殴る蹴る彼女にとってみれば、此処は詰まらない場所に違いない。
「それはあるけどぉ」
 ドワーフとは、作る者、を指す単語である。
 種族名ではなく職業名である為、一條達が考える人物像が居ないのも納得するしかない。
「職人って意味合いじゃ同じかもな。……あ、なぁなぁ。俺も盾とか新調してくれるんだろうか」
 高井坂が盾を指指して言う。
 確かに、一條がぶん投げて破壊された以降、彼は特に武器の類いを持っていない。
 最も、盾が必要かは微妙な所ではある。
「筋肉は真新しいから良いのでは?」
「泣くよ? 大声で」
「気持ち悪い奴だな」
「置いてくわよ。一緒だと思われたくないし」
 すすり泣く真似をしながらも、ちらちらと視線は寄越してくる為、鬱陶しい事この上ない。
「待たせてしまってすまねぇな」
 言いつつも、その足取りはゆったりとしたものだ。
 高井坂の一回りは大きい体格の良さもあり、傍目にも威厳と威圧は相当である。
 禿頭であるのも理由の一端だ。
「本当は本人に渡すのが決まりなんだが。……名前、聞いても良いかね?」
「ラトビア・ハイカー。スカルトフィ・クラウディー様の部下だ。その家名に誓って」
「……まぁ、十二皇家の名を出されちゃな」
 頭を掻きながら、彼は台の上にその一振りを置いた。
――見掛けに寄らず丁寧な事で。
 殆ど音も立てないまま物が置かれた事に対して、一條は素直にそう感じる。
 店内の配置も、恐らくは彼の手によるものだと判断した。
「見た目以上に重いぞ。紫鉱石を使ってあるからな」
「紫鉱石……?」
 一條の疑問と同時、ラトビアが一息に鞘から刀身を引き抜く。
 何の変哲も無さそうな実用性重視の直剣だが、
「確かに重い。……二、いや、三グラーはあるか」
 それでも片手で難なく素振りしている様は、女性とはいえ、流石に幼少期から鍛えてる人物である。
 一般に普及している片手剣がこれの半分程度の重さと考えれば、実感もし易い。
「紫鉱石ってのは、ロキの石だ。混ぜる事で強度が増す。重くなるがね」
「へぇ。おもしれぇな。それであれだけ運んでたのか、アランさん達は」
 高井坂が感心する様に頷いている。
「父さんはそれの扱いに慣れてるんだ。鍛冶士として腕が立つから頼まれてね」
 遅れて隣に立つ先程の少女が誇らしげに語り、禿頭は頬を撫でた。
「形になったのは最近だ。混ぜ過ぎると重すぎて扱えないし、なにより加工にかなりの火力が必要になる。シトレがゴート・ゼルフ・アース文字ゼルフ学を使えなかったら、出来ない芸当さ」
「文字、ゼル……何て?」
「ゴート・ゼルフ・アース。ルッテモーラさんも使ってるだろ。文字書いて魔法使うやつ」
「あー……ね。うん、なるほど」
 地面や物に文字を書き、詠唱する事で魔法ゼルフを起動させる。
 それがゴート・ゼルフ・アース、と呼ばれる技術だ。
 こちらも、そこまで普及しているとは言い難いのが現状だった。
 そもそも、。その上で詠唱もしなければならない為、手間が想像以上に掛かる。しかも、これが影響を及ぼせるのは文字の周囲のみと非常に範囲が限定されるのだから、進んで習おうと言う者が稀なのも納得だった。
 勿論、利点もある。
 詠唱のみに比べて、格段に制御がし易いのだ。基本的に、文字をなぞって読むだけと言うのが大きいのだろう。
 力を制御しつつ言葉を紡ぐのと、長文を書いた上で読み上げるのと、どちらが効率良く使えるかは判断の分かれる所だが、どちらにせよ困難な点は差がない。
 強いて言えば、事前準備が出来れば個人の能力に寄らないゼルフが行使出来る事か。
「今はそれで良いかも知れんけど」
 そして、紀宝はこの手の話に殆ど無頓着である。
 特段、ルッテモーラと仲が悪いと言う事はない。むしろ、ランス邸に居る侍女全員と愛称で呼び合う程だ。
 惚れ惚れする位の対応力の高さは今に始まった事でもないが、兎に角、それでも紀宝はゼルフに対して苦手意識を持ったのか、あまり関わろうとはしていない。
――まぁ実際、難しいからなぁ、あれ。
 一條も言う程手慣れてもいない為、そう強くは言えないのである。
 高井坂は論外だった。
「ジャンヌ。君も一度持ってみた方が良いだろう。後から扱い難いとあっては困るしね」
 一條が鞘に収められたそれを受け取る際、ヘストパル親子が目を白黒させていたが、ラトビアのした手前、強くも言えないのだろう。
「う……ん。……うん? 重……いや、むしろ軽い、様な……?」
 恐る恐ると言った体で持ってみたが、ラトビアが言う程、剣からの重みは感じない。
――んー。手に馴染む……とは違うか。
 首を傾げながらも、同じように引き抜いて軽く素振り。
 今までの剣とは些か違う印象を受けるが、それがロキの石を混ぜ込んだ事によるものか、ここ数ヶ月の訓練の賜かは微妙な線である。
「お、おぉ……凄ぇな、嬢ちゃん」
「本当。私でも分かるよ、凄さが」
「……どうも」
 親子に対しては軽くお辞儀。
 剣はラトビアに献上するが如く返却し、一歩引いた。
「随分と様になってきてるね、ジャンヌ姉は」
「あー、はは。ありがと」
 高井坂は無言で首を縦に振っている。
「気持ち悪い奴だな。後ちょっと離れて。こんなのと連れだと思われたくれないから」
「急な罵詈雑言」
 言葉と表情が噛み合っていないが、そのままにしておく。
「しっかし、下級士のアンタが使うのか、こいつを?」
「みたい、です」
「ふぅん。まぁ、それならそれで良いけどよ」
「ねぇねぇ、名前、聞かせて。私はシトレ・ヘストパル。父がローグラ・ヘストパル。代々鍛冶士の家なの。兄が二人居て、ドワーレとウネリカに居るから、機会があれば行ってみて。父さんと張り合える位、鍛冶士としては凄いから」
 屈託ない笑顔で巻いてくるシトレに、一條も思わず笑ってしまう。
「ジャンヌ・ダルク。こっちがミランヌ・カドゥ・ディー。これが……まぁ良いか」
「シャラ・ディノワね。あれ? もう仲間とは思われてない感じ?」
 高井坂を無視して、話は進む。
「ランス様から聞いてるだろうが、代金は貰ってる」
「えぇ。確かに受け取りました」
 アルベルトが一條の為に用意したものだが、勿論、帯剣出来ない為、ラトビアが運ぶ事になる。
「大事に使うしかないわねーこれ」
「うぅ。変にプレッシャー与えんなよぉお前さぁ」
 胃の辺りを摩りながら、一條はラトビアの持つ剣に視線を送った。
――それ以上にお金掛かってそうでなんだかなぁ。
 それほどお金に余裕が無かった元・高校生、そして今も無一文である事に違いはない為、これはこれで重圧である。
「使わないに越した事は無いけど……まぁ、無理だよなぁ」
 ジャンヌ・ダルクとしての使命が残っている以上、剣を振るわないと言う選択肢は、今はない。
「ジャンヌ? 固まってないで行きますよ?」
 ラトビアの声に遅れて、一條も足早に動き出した。
 既に全員店の外である。
「っとと。すいません」
 店を出た所で、人とぶつかりそうになり、咄嗟に回避。
 が、横幅の広さに華麗とは言い難い格好となった。
「うん? いや、こちらこそ。身体が大きいので」
 まるで相撲取りの様な体格の男。
 それでいて身長もある為、異様にすら映る。
「ジャンヌー?」
「あぁ、はいはい。ごめんなさい、それじゃあ」
 相手が何か言い掛けた様にも思うが、とりあえず先客の方を優先した。
「所で、ジャンヌとミラの二人はどちらが強いんですか?」
「ミラ」
「ジャンヌ姉」
「なんでさ」
 お互いがお互いを示し、即座に高井坂の突っ込みも加わり、当のラトビアも思わず笑っている。
「帰ったら試しましょうか」
「素手だと敵わないんですけど」
「私は武器有りだと厳しいけど」
「それでは二回戦うと言う事で」
 良い顔でそんな事を宣う彼女に、紀宝も肩を竦めるのみである。
――アランさんとも話が出来れば良いんだけど。
 ふと、そんな事を思った。
 今なら、彼とも多くを話せる筈で、聞きたい事も山とある。
 最も、そんな事をここで話そうものなら、厄介な事態になるのは目に見えている為、一條は後で日記に殴り書きするだけだ。
「なんだかなぁ」
 紫色の髪を指先で遊ばせつつ、一條は苦笑する。


 しかし、
「ウネリカの街がロキにより全滅」
 と言う、皇都を揺るがす知らせが届いたのは、三日後の事であった。
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