ジャンヌ・ダルク伝説~彼の地にて英雄と呼ばれた元青年~

白湯シトロ

文字の大きさ
上 下
32 / 145

ジャンヌ・ダルク、皇都にて(2)

しおりを挟む
「お嬢さん方、お暇なら一緒に」
「残念。暇ではないのでー」
「言われた通り、出直して来ました! 今度こそ」
「よし帰れ」
「是非とも、私と付き合って頂き」
「付ーきー合ーいーまーせーん」
「前に見た動きは本物でした! 憲兵隊に入って貰いたく、お願いします!」
「「「「「お願いします!!」」」」」
「うるせぇ! 散れ! 散れ!」
 十人に上ろうかと言う一団からの声量に対し、一條は思わず声を張り上げて追い返した。
 しかし、粛々と進んでいく隊列は乱れた様子を見せず、いっそ余裕すら感じる。
 流石はヴァロワ皇国最大となる皇都にて警備や治安維持他を担う者達だ。
 前線でロキと戦う軍人貴族達とは、また違った意味で引き締まった雰囲気である。
「……くっそぅ。軟派ってされる方も疲れる……」
 愚痴るが、今は突っ込み役が不在なので返ってくる言葉もなかった。
 異世界生活も既に三ヶ月近い。
 それでも、人間相手に張り上げた自分の声と言うものには、違和感が拭えないでいる。
 最早、何人を追い返したのか分からない程度に、今日も今日とて一條は街で声を掛けられ続けていた。
――半分、自業自得な所もあるか。
 思う。
 大挙して来た憲兵隊はその最たる面であった。
 ランス邸で過ごす様になってから一月程が経ち、一條と紀宝はルカヨにお使いを命じられては度々街へと出撃していた日々。
 その中で、何度か一條は彼らを意図せず手助けしていた。
 正確には半分巻き込まれた様なものだが、どちらにせよである。
「ジャンヌ様は、まだ皇都に来て日も浅いと言うのに、人気者なのですね」
 隣で、堪えきれないと言う風に笑っているルッテモーラを見て、ため息一つ。
 当然、こんな形での人気など望んではいない。
「様は止めて下さい、と言いましたよ。俺」
 今日は週に一日設けられた完全休日だ。
 と言っても、今もって『週間』の概念がない為、一條の方で適当に申し出た形での休日である。
 数々の店が存在している以上、そう言った点がないのは不思議な部分であるが、そもそも、店の定休日は基本的にその店自身が決める事だろう。
 そして、売り上げや給料等も日毎の計算になっているらしく、ならば多少不便であっても滞りなく経済は回る。
「そうでしたね、ジャンヌさん。でも、私なんかで宜しかったのでしょうか? 見ている分には、楽しいのですけど」
 ルッテモーラは再び笑い出す。
 一條は完全休日であるが、ルッテモーラ達の様な侍女は違う。
 常に主の傍で仕事に追われるのが普通であった。
 が、今日は一條の方から頼み、こうして街へと買い物と洒落込んでいる次第である。
――はっ、これがデート……っ!?
 今になって思い至るが、果たして女性同士のこれは含まれるかを真剣に考えたものの、すぐに放棄した。
 それ以上に、中々見る機会のない彼女の私服姿と言うのは、一條の目には新鮮に映る為、これはこれで見飽きない。
「良いんですよ。俺じゃヘヌカの目利きとか出来ませんし」
 本日の目標物に限って、一條は妥協する案を持たない。
 既に何度か食卓等にも上がっており、全容は把握している。
 見た目は薩摩芋の様だが、どちらかと言えば柘榴ザクロ無花果イチジクに近い果実だ。
 栽培も比較的容易で、皇都の外縁部が主ではあるが、皇国内では大なり小なり栽培されてはいる。
 常に三つ連なって実が出来る事からヘヌカ。数字の三、『ヘヌ』の文字が当てられている。
 ルピーピスから聞いていた通り、今のヴァロワ皇国で甘味と言えばこれ、と呼べる程に有名な代物で、必然、女性人気も高い。
 一條と紀宝も多分に洩れず、魅了された側であった。
 用途も広く、毎日でも飽きない位には豊富な食べ方や利用方法を兼ね備えた逸材である。
 ドワーレでは栽培含め少ない方であり、毎日届く物でもないらしいのだが、逆にその先にあるロキ戦線における最前線の都市、ウネリカでは物資と共に搬入される事も多いのが悲しい事実だった。
 単純に軍人貴族と共に民間人も多数滞在している為なのだから、致し方ないとは言える。
「ルッテモーラさんのヘヌカ料理は格別ですし」
「ふふっ。気に入って頂けて何よりです。そうですね、今度はスプレでも作りましょうか」
「スプ……あぁ、ジャムか。是非、お願いします」
 まだ単語に若干遅れはするが、それでもこちらの言葉にはもう十全と言って良い。
 ルカヨの指導方法は基本、体育会系だ。
 精神的に辛いが覚えも早いのが救いではある。
 とはいえ、習慣等にはまだ苦労する面もあり、そちらはまだ勉強中だった。
「所で、憲兵隊に誘われるなんて何をしたんですか?」
「あー……ちょっと騒動を治めたりした事が何度かあって……」
 口籠もりながら告げた台詞に、ルッテモーラはきょとんとした表情を見せる。
 一條も自分で言うのは恥ずかしい部分でもあったが、事実としてあるのだ。
 紀宝ならもっと上手くやれたかも知れないが、大抵一人でお使いしている最中の出来事であったお陰で、考えるだけ無駄である。
「何度もって。ジャンヌさん、そんなに協力しているんですか? 憲兵に?」 
「あ、あはは」
 渇いた笑いしか出てこない。
 と言っても、引ったくりを追い掛けて壁に向けて蹴り飛ばしたり、強引な軟派をしていた不埒な輩を多少手荒にしばき倒したり、往来の場で喧嘩しそうな者達を押し止めたり、とその程度である。
 治安が良いとは聞くが、そもそも、四方を壁と言う名の貴族達の家で囲まれた皇都にて、犯罪を犯したとして逃げ場があるとは思えないのだが。
――時世も関係してる感じかなぁ。
 続く戦争で、何処も彼処も裕福とは行かないのは仕方ない、で済ませられる事ではないのだろう。
 事件発生率等は一條には皆目見当も付かない所だが、これでもまだ平和、と呼べるかも知れない。
「……ジャンヌさんと初めて街に出ましたけど。毎回、日が落ちるかどうかと言う時間に帰って来るので……なるほど、こういう事でしたか」
「そんなに危険な事はしてないですよ? ……出掛ける度に迷子助けてる位です」
 皇都は相当に広い上、大して詳しくもない一條なのだが、何故か外へ行く度に迷子だの道案内だのと遭遇するのである。
 どうにも断り辛い為、毎回付き添ってしまうのでお使いからの帰りも必然、遅くなった。
 二人にも当初から呆れられているものの、いつもの事なのであまり気にしている様子はないし、感心も薄い。
――あの反応は嬉し悲しだけど。
 くるり、と控えめに身体を空中に投げる。
 最早見慣れてしまった感もある、自身の女性らしい体付き。服装もそれに合わせ、派手さはないものの、何処へ出ても恥ずかしくないもの。
 髪型は単純に流したままだが、紀宝には
「一周回って逆に良いかも。服の所為かな」
 と好評であった。
 こんな格好をした女性の帰りが遅くなれば、多少は心配しても罰は当たらないだろうに、その様な事は一度もなかったのである。
 ルカヨですら、当初からのほほんと構えられていた。
――アルベルトさんとの訓練を見ている所為だろうなぁ。
 他、心当たりは多すぎる位だ。
 一條と同様、お使いに行ってもさっさと帰って来る紀宝とは受け取られ方から帰宅時間まで偉い違いだが、そこそこ地理にも明るくなっているので利点もある。
「ルカヨ様からも言って貰いましょう」
「何で」
「私からでは効果がなさそうなので」
「そこはもう少し……こう……ね?」
 出来る限り愛想良くしたが、無言の笑顔だけが返ってきた。
 指導方法のみが原因ではないが、一條がルカヨに苦手意識を持っている事は皆が承知している事だ。
「最近、ジャンヌさんの考えが分かる様になってきました」
「ミラの悪影響ですね」
 仕事中とは打って変わって、表情や仕草をころころと変化させていくルッテモーラは、見ていて気分が晴れやかになる。
 無理を承知で連れ出して正解だったと、一條も胸を張って言えた。
 そもそも、ランス邸において侍女達の頂点に立つ彼女が、気軽に外出など出来よう筈がないのだ。
 速攻で許可を出したルカヨにも感謝である。
 現状、一番苦手な人物なのだが。
「それはそれとして、ルッテモーラさん。前の話の続きなんですけど」
 露骨な話題転換にも、ルッテモーラは頷いて快く受け入れてくれた。
 年長者としての懐の深さを感じる。実際の所は年齢不詳なのだが、少なくとも一條達よりも年上なのは確実だろう。
 ともあれ、彼女は元々大きな貴族の出身でもある為か、知識の豊富さは屋敷内でも随一だ。
 一條としても、今一番頼りになるのは他でもない、侍女長のルッテモーラである。
 仕事中は流石に話し掛け辛いものの、休憩時間や食事時等を狙って積極的に質問攻めしていくのが、最近の一條の日課だった。
 ゼルフも初歩的な事は出来る上、書いた文字の周囲にのみこれを発動させる、と言う中々珍しい技術も使える人物である。
――料理の腕前も凄いし。
 特にヘヌカに関して、扱いは一流である。
「あれ、最強か?」
「何がでしょう?」
 小首を傾げたルッテモーラに、手振りだけで意思を伝えた。
 代わりに別の話題を続ける。
 もう目的地である市場は近い。
――境遇はそうでもなかったか。
 本人からも聞いている事だが、彼女には既に身内はいない。
 それなりの貴族出身でありながら、苗字を名乗ってないのはその所為だ。つまり、
 母親は早世。長い戦争で男手が亡くなり、彼女だけが残ったのだ。
 ヴァロワ皇国では、基本的に男性が家督を継ぐ。
 婿入りと言うのもあるらしいが、これはやや特殊な事例らしい。相応に地位がある場合、話は別だが。
 本来であれば、ルッテモーラも何処かの貴族なりに嫁ぐのが正解なのだろうが、そういった縁を彼女自身は持たなかったのだ。
 特段結婚もしておらず、縁のあるランス邸で侍女長を続けている、理由の一つでもある。
「ルッテ」
「やっと見付けたぞ!」
 市場を目と鼻の先に捉え、一條が上げた声は、乱入者に遮られた。
「モーラさん……」
 とりあえず言葉を繋げたものの、衆目はそちらへ集中している。
 当然、ルッテモーラもだ。
 見れば、肩で息をしている男が一人。
 続く様に二人が人波を割って、陣取る。
「貴族……?」
 見分けは簡単だ。三人共が、腰に剣を差している。
 往来の場で剣を携帯出来るのは貴族のみだ。
 軍人貴族と共に前線に立つ平民、下級士シェバと呼ばれる者達であっても、この制約は適用される。
 他に許されているのは憲兵位なものであり、逆に言えば憲兵になれれば、平民であっても剣は持ち歩けた。
「そこの紫色の髪をした平民の女! お前だ!」
 他人事の様に周囲を見渡していた一條を指差しつつ、中央の貴族が叫ぶ。
「……俺?」
 それ以外では、侍女を従えているのも分かりやすい指標だ。
 とはいえ、今のルッテモーラは私服であり、そもそも、一條は身分的に平民で正しい。
「ジャンヌさん……?」
「いや、俺か……? うーん。確かに薄紫色に平、民、だけど」
 その場で一回転してみるが、長髪と服の裾が風に舞ったのみだ。
「……。あっ、お前だ。お前で合ってる」
「普通に見惚れるなやお前ら」
 突っ込んでみたものの、やはり三人の顔に見覚えはない。
「……えー……軍人貴族が、俺に何の用でしょう?」
 あえて指摘したが、反応は微妙である。
「噂を聞いてな。憲兵からも評判は上々だと」
 その物言いに、一條は知らず、一歩引いた。
 この二ヶ月と少しで広まった自身の行動の結果に、改めて気付かされる。
――ふふっ。街を歩けば面倒事が向こうからぶつかってくる。世が世なら転生し放題だ、ぜ。
 軽く格好付けの姿勢を取ってみるが、特に周囲からの反応はない。
「その力量を確かめたい」
「よーし。かかってこーい」
 彼の言葉に対して、一條はやけくそ気味に即応した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ビキニに恋した男

廣瀬純一
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

リアルフェイスマスク

廣瀬純一
ファンタジー
リアルなフェイスマスクで女性に変身する男の話

OLサラリーマン

廣瀬純一
ファンタジー
女性社員と体が入れ替わるサラリーマンの話

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

キャバ嬢とホスト

廣瀬純一
ライト文芸
キャバ嬢とホストがお互いの仕事を交換する話

性転のへきれき

廣瀬純一
ファンタジー
高校生の男女の入れ替わり

入れ替わりノート

廣瀬純一
ファンタジー
誰かと入れ替われるノートの話

奇妙な日常

廣瀬純一
大衆娯楽
新婚夫婦の体が入れ替わる話

処理中です...