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皇都へ(7)

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「(なるほど。そちらの事情は分かった)」
 アルベルト・ランスの私室にて。
 全てを包み隠さず、とは行かないまでも、ある程度の事を話し終えた上で、短く、それだけを彼は告げた。
 豪華絢爛とまでは言わないが、それでも数々の調度品が質と量とで彩られた部屋の中、直立不動の姿勢を保つ一條、紀宝、高井坂と、椅子に座りながらも背筋を伸ばし、歳に不相応とも思える鋭い眼光を見せるアルベルト・ランスの四人だけが居る。
 彼自身が人払いを済ませたこの状況こそが、信用の表れ、とも言えた。
「(その上で一つ。君たちの言うその名前は、偽名ではないのだな?)」
「俺らの名前が偽名なんじゃないのか、って尋ねてる」
 小首を傾げた一條に対して、即座に小声で耳打ちしてきた相方に心中で感謝しつつ、
「(……。本名ですが)」
 三人の代表として答えた。
 アルベルトの真意まで読めるものではないが、一條は表情を変えず、口調も一定を通す。
 しかし、答えた瞬間、彼が目を細めた様に感じる。
――夫婦って似るのかな。
 考え、先程の試合後、アランよりも早く駆け付ける場面もあったルカヨを思い出した。
 彼女もそうだが、どうにも二人は、似た様な視線を一條に向ける節がある。
「(いや、普通は名前に意味のある言葉を使わないのだ。珍しいと思ってな)」
 言われ、一條は視線を左隣に立つ高井坂へ向ける。
 責める為ではなく、確認する意味合いだったが、目が合った通訳は、ほんの少し肩を竦める動作で答えた。
 流石にそこまで世俗に精通してはいなかったらしい。
「(珍しいのは……でも確かに子供に付ける名前では、ない……?)」
 自信なさげに告げてから、子供に女神、等と名付ける異様さを思う。
 日本においては、今でもたまに、珍名の流行は起こっている。
 生憎と、一條自身はそんな人達に直接出会った事はないのだが、確かに自分の名前が『女神』だったらと考えると空恐ろしい。
 アルベルトの台詞も、一條達の素性を疑っていると言うより、単純な疑問から出た物であったとすると、なるほど、納得は出来る。
「あ、あはは。(やっぱり、変ですよね俺の親)」
 とりあえず、と言う様に、一條は頭を掻きつつ苦笑いを浮かべて言葉を追加した。
「あー……は、はは、は……」
 が、渇いた笑いは部屋に一人分。
 目の前に座るアルベルトが面食らった様な顔をしているのはまだしも、隣に居る筈の二人すらも存在感を消している。
「私、滑ってる人には味方しない主義なので」
 意外でもなく、相棒の辛辣な一言がただただ心に響く。
「俺、強い方に味方する主義なので」
「あれ、ひょっとして全員敵かな?」
 居もしない親をなじった罰かとも思ったが、どちらかと言えば名付け親はアランなので、この場合彼をなじった事になるだろうか。
「(ふっふ。なるほど。あいつが入れ込むのも分かる)」
 くつくつと笑うアルベルトの言葉に、三人で顔を見合わせる。
 言葉は通じていない筈だが、状況はなんとなく理解出来たらしい。
「ジャンヌ、いつの間に籠絡を……?」
「この部屋出た瞬間にぶっ飛ばすからなお前この野郎」
 親友に最後通牒を突きつけ、改めてランス家当主と視線を交わす。
「(すまない、ジャンヌ・ダルク殿。そうだな、君は私の妻に似ているのだ)」
 彼の言葉に、今度は一條がきょとんとする番だった。
「はぁ……似てる……」
 自分でもどういう感情から出たか分からない台詞の後、
「似てる?」
 再度同じ台詞を友人達に尋ねる。
「「ノーコメント」」
 両脇から即答され、一條は腕組みして首を傾げた。
 考えても、似てる部分がある様には思えなかったが、一番長い付き合いをしているアルベルトが言うならそうなのだろう。
「(性格、と言うより、自由な所がな。聞いてると思うが、ルカヨは平民の出だ。それでも、私にすら変わらずに接していた。普通はそうではない)」
「性格……」
 理由を述べられたものの、やはりしっくりとはこない。
「まぁ、誰にも物怖じしないしねぇ」
「自然体って言うかなぁ」
 他二名には思う所があった様だ。
 その上で、一條はため息を一度入れてから、
「(アルベルトさんも、アランさんから色々と聞いてるみたいですね……)」
 諦観した様に告げる。
 彼に限って、ある事無い事吹き込む様な真似はしないと思うが。
「(アラン、か。会って間もない筈が、随分と親しくしてくれてるな。……私としては、嬉しい限りだがね)」
 アルベルトはそう言って笑い出した。
――親ってそういうもんなのかな。
 もう一月近くは会ってない両親に思いを馳せる。
 高校生三人が行方不明となれば、それなりに大事にはなっているだろうが、果たして、帰れた際の言い訳としては適切な物はあるだろうか。
「(さて、今後の話だが、良いかな)」
 姿勢を正し、続きを促した。
「(君達三人は、先程も言ったが、此処で面倒を見よう。ロキ戦での件も聞きたい事があるのでな)」
 告げられた言葉に、一條は頷く。
 推察するまでもない事だ。
――人型のやつだろうな。
 アラン達ですら初めて出会った、見た目も力も異なる存在。
 既に一戦交えた一條達であれば対応出来るかも知れないが、常に最前線に立てる訳でもない。
 何らかの対策は立てて然るべきである。
「(それから、ジャンヌ・ダルク)」
「(はい。……はい? なんでしょうか?)」
 改めて呼ばれる事柄に思いが及ばず、一條は些か間の抜けた返答をしてしまった。
「(あの一人息子が、初めて私に頭を下げてきたのでな。君に剣を教えてやってくれ、と。教わる気はあるかね?)」
 アルベルトの口元は笑っているものの、目は恐ろしいまでにその逆だ。
 一條としては願っても無い申し出だが、若干躊躇する程度には、その目力に気圧される。
「ジャンヌ姉のレベルアップの時間かー」
「ステはATK全振り? DEXも上げる?」
「両方上げれば敵倒せそうな気がする」
 義理の妹と弟へ、視線で威圧する様に流していく。が、顔すら合わせない。
 とはいえ、一人は強敵だがなんとかなるだろう。
 最悪、引き分けには持ち込める筈である。
 威嚇を終えて戻ってみれば、不思議そうな表情を見せているアルベルトと目が合った。
「(……えっと……宜しくお願いします。……所で、手は抜いてくれたりします?)」
 一條の言葉に一瞬、目を見開いたかと思ったら、すぐさま笑い出す。
「(明日から、本気で叩き込んでやろう)」
 一頻り笑ってから告げられた台詞。
 反応に迷っていたが、徐に両肩へ、同時に手を置かれる。
「短い異世界生活だったわね……」
「ジャンヌ姉ちゃんの事は忘れないぜ……」
 一條は無言で頷き、一息に二人の手をはたき落とした。
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