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皇都へ(6)

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「おいプロデューサー! お前が持ってくるのは俺が戦う事前提なのかよお前!」
 一條は、ランス家の庭の中央で、高井坂の首根っこを掴んで持ち上げていた。
 庭と言っても、一面に庭園のそれが広がってる訳ではない。
 大部分が、恐らくは訓練等に費やす為の無骨な石畳が敷かれている。
 広さはざっと見た感じでは見当も付かないものの、各種球技の試合を開く分には問題ないだろう水準だ。
――ドーム何個分かは知らないけど。
 考えつつ、三階建ての屋敷もそうだが、反対側にそびえ立つ更なる高さと豪華さを持った、偉容な城が目に付く。
 言葉にするまでもなく、あれが件のヴァロワ城だろう。
 今まで若干気さくに呼びかけていたアラスタンヒル・ランスに対して、改めてその対応を考えざるを得ない。
 それほどに、彼や彼を含む『ヴァロワ十二皇家』の存在は、この国では大きいのである。
「ギ、ギブ。ギブギブ。ジャンヌ姉ちゃん。死ぬ、俺死ぬ」
 言葉と同時、高井坂に腕を軽く叩かれた。彼の足先のみが、接地しているかどうかという際どい部分である為だ。
 最近になって理解してきた事なのだが、金剛石かと見紛う頑丈さを持つとて、彼もまた、人間だ。
 そう、人間なのである。
 であれば、打撃が有功でなくとも、絞め技ならば、ある程度効き目があると言う事であった。
 身長的に、今の一條と高井坂はほぼ同じである。
 しかし、女性である一條・春凪改めジャンヌ・ダルクが、こうして喉輪の状態で遙かに体格の良い高井坂を持ち上げている状況は、傍目には異様と言えた。
 実際、一條も後方からの視線群には言い難いものを感じる。
 言うまでも無く、そこに居るのはランス家御一行と、侍女筆頭であるルッテモーラの四人だ。
「そうよそうよ! 次は私に回しなさいよそういう合法的に人殴れるやつは!」
 隣で物騒な事を宣う野蛮な格闘家は、特段今の状況に対する意見は無いらしい。
「……はぁ。なんだろうな。この世界、暴力に支配されてる世紀末な訳じゃないよな……?」
 ため息混じりの独り言と同時に、責任者を地に下ろす。
 とはいえ、残念ながらこの世界に単車と言う概念は未だ存在しない。
 あえて言うなら馬がそれを担うのだろうが、果たして、それに跨がって他者を襲う賊の様な者達が居るのかは不明である。
 最も、隣国との戦争に、ロキの出現も重なった現状、居れば相当に腹の据わった連中にも思えた。
「今ので死んだら化けて出てやるぅ……」
「生きてるから無理だろうよ。……まぁ、真剣での勝負でないだけ、パラチェレンの奴よかマシだけど」
 一條は頭を掻きながら、改めて、ランス家の現当主でもあるアルベルト・ランスと向き合う。
「フェズキー エンジェ」
 それだけを言うと、彼は構えた。
 木剣を持った左腕を半身毎突き出し、剣先を地面に着きそうな程に向けたその姿勢は、それなりの歳を迎えている隻腕の男、であるにも関わらず、これまでの相手以上に威圧感を覚える。
――全然隙無さそう。
 以前にも誰かに似た様な印象を持った気もした。
 とはいえ、一條も、ランスや、今回の皇都へ来る際も同行していた腕利き達とそれなりには打ち合う等してきて、多少は自信も付いてきた状態であっても感想がそれなのだから、やはり年季の差と言うものは一朝一夕で埋まるものでは無い。
「マシ、なんだけどなぁ……」
 やる気が低調なのは、ランスの父親だから、と言う部分があったのはつい先程までの話である。
 相対している今は、目の前の隻腕の老騎士が、一回り以上は大きく見える存在になり、若干気圧されている面が大きい。
「うぅ。下手したらパラチェレンより強いかも」
「まぁ、流石に戦争生き延びてるだけあるわね。あの迫力、うちの先生と同じ感じ」
 紀宝は紀宝で、アルベルト・ランスに元の世界で通っていた道場主を思い出している様だ。
 一條は会った事がないので分からないが。
「ジャンヌ姉ちゃんなら勝てるって。頑張れ」
「お前な……」
「ぶちかませジャンヌ姉」
「応援ですらない……」
 薄紫色の毛先が、尻尾の様に揺れるのに任せながら、ため息一つ。
「……って言うか、俺が姉なのは確定しちゃったのかな」
 二人が無言で、同時に親指を挙げてきた。
 この際、長女の役割は担うとしても、交渉毎に戦わされるのは勘弁したい所である。
 言い様のない不満の類いを一旦胸の内に仕舞い、一條は木剣を構えた。
 紀宝の説明によると、正眼の構え、と言うらしいが、知ってるのは名前位なものだ。
 それの意味する所は半分程度も理解出来ていない。
「(いつでも構わないぞ)」
「……胸を借りるつもりで行きます」
 一條の言葉を理解したとは思えないが、口の端をつり上げた所から、ある程度は察したと考えて良い。
 言葉に嘘偽りはなかった。
 ユーヴェ・パラチェレンの時もそうだったが、基本的に剣の腕は相手の方が上だと考えて間違いはない。
 格上だと思って行けば、想定外にも対応は出来る。
――適切かどうかは置いといて。
「ふっ」
 一歩目で大きく出た。
 二歩目で更に前進。
 お互いの武器の射程少し前に着地。同時、大上段に構え、
「っ!?」
 踏み込んでの大上段から一撃を出す寸前で、眼前に迫る影に気付いて上半身を捻る。
「しっ!」
 無理に捻った為不格好だが、兎も角、相手の突きを避けつつ、切り抜けで胴へ一撃を当てる算段へ変更した。
 が、木剣同士がぶつかる甲高い音が一度鳴り響いただけ。
 それを見てから全身に力を入れた直後、一條はアルベルトに受け流され、二人の立ち位置が入れ替わる。
「普通に防がれたんじゃが……」
 当然、一條としては手加減無しの初手二撃であったが、それをこうも簡単にいなされたとなると、精神的に辛い。
「(アラスタンヒルから聞いていたが)」
 右の上腕と脇とで挟む様に木剣を納めてから、アルベルトは左手を払う動作を見せつつ言葉を紡ぐ。
「(まるで大男と相手している様だな。この力強さは、ガティネの連中を思い出す)」
 言い終えて最後に、昔を懐かしむ様な笑みをして見せた。
――ひょっとしてガティネ人って筋肉ムキムキのマッチョマンみたいな感じなのか?
 考えて姿を想像してしまい、辟易としてくる。
 確かに、今の一條の身は、どこに出しても恥ずかしくない立派な女性だ。
 そんな美少女でありながら、一般的な人間以上の身体能力を持っている。
 単純な膂力で言えば、紀宝をも上回っていると言って良い。
「遠回しにゴリラって言われてる気がする」
 一條が呟くとほぼ同時に、アルベルトが一直線に突っ込んでくる。
 最初と同じ姿勢で動いてるにも関わらず、上半身に全く揺らぎがない為、傍目には瞬間移動している風にも見えた。
「っ」
 その半身状態のまま、下から飛んできた一撃を木剣で受ける。
――軽い! 次か!
 思うと同時、続く様にして、先程よりも速度を上げた強烈な一突きが心臓目掛けて繰り出された。
 真剣で立ち会いをしたパラチェレンもそうだったように、彼もまた、容赦の無い攻撃だ。
「ハン!」
 これに即座に反応し、打ち上げた事に対しての賞賛と受け取る。
 アルベルトの体勢が崩れた所へ、切り返しの大上段。
 が、これは後方に短く飛ばれて回避された。
 追撃。
 大きく踏み込んだ右の一歩に合わせての突き。
 と言うより、左手首への打擲に近い攻撃だったが、にも関わらず、アルベルトは腰を落としつつ、上半身を逸らして軌道の下を掻い潜る。
 伸びきった突きの姿勢。そのがら空きの胴体へ、今度は向こうの薙ぐ様な返しだ。
 本来であれば、避けようもない完璧な一撃。
「ふっ!」
 短く浅い一息と共に、一條はその木剣を軸に、側転気味の縦回転で回避した。
 男物の服で無ければ、戦闘中とはいえ、流石に羞恥心からやろうとは思わなかった回避運動である。
「(何と!?)」
 アルベルトの驚嘆を他所に、一條は空中で身を捻り、背後を取る様な形で着地。
 すぐさまアルベルトの背中へ向けて左逆袈裟斬りを放つ。
「とっ……!」
「(まだまだ!)」
 反転してきた彼の木剣に防がれた。
――引退してるとか噓じゃないよな……?
 一條も、自分達の訓練のみならず、ランスや他の者達との合同や、彼らのみの訓練も何度か目にし、経験している。
 それでも恐らくだが、目の前で躍動する初老の、しかも隻腕の軍人貴族を相手取って、果たして何人が最後まで立っていられるだろう。
――あぁ、この身体じゃなかったら俺も無理だ。
 妙な所で感謝の念が出てきてしまい、困惑するものの、雑念として今は処理した。
「っ」
「(むっ)」
 二人同時に後退。
「まだ隠居には早いのでは?」
 思わず話し掛けたが、案の定、アルベルトには伝わっている様子はない。
「あー。シャラ! 隠居って何てーの!?」
 視線はそのままに、後方に居る通訳者へ声だけ飛ばして尋ねた。
「え!? 何だよ急に来るなぁ! えー……ユーベリヤ!」
 帰ってきた答えに満足し、親指を挙げた右手だけで応える。
「(アルベルトさん。隠居は早いですよ)」
 告げてから、
――ん? ニュアンス間違えたかな?
 思考するが、そうこうしてる間に、彼は呵々大笑した。
 その事に、後ろに居る三人共が不思議そうに顔を見合わせている。
 アルベルト・ランスと言う人物には中々無い事態だというのは、一條にも理解出来た。
「(面白い事を言う娘だ。……それなら、勝ってから言うのだな)」
「え、いや、それは……どーだろ?」
 小首を傾げた一條と台詞に構う事なく、口の端を上げたアルベルトが、やはり先程と同じ体勢で向かってくる。
 両者が瞬間で間合いの内に入った。
 同時に、木剣が二度ぶつかり合う。
 アルベルトの先手、下段への二撃。
 視線を前へと固定したままに、右足へと放たれたものだが、これを後退しつつ、かろうじて防いだのだ。
――全然負ける気ないじゃん……。
 そもそも一條は、彼からこの勝負の理由すら聞かされていない。
――どいつもこいつもっ!
 大きく弾いてから、袈裟斬りの要領で行くが、紀宝よろしく、体術のみで回避される。
 二人共が前へ一歩進み、互いの剣身が当たった。
 鍔迫り合い。
 一條が、今度こそと力を込めた直後だ。
「(そういう所だ)」
 言葉より早く、一條の体勢が崩れる。
「あっ!」
 と言う紀宝の声が届く間に、一條は地面から両足が離れていた。
「いったた……」
 盛大な一回転の後、不格好に尻から着地した結果、強かに打ち付ける。
 頑丈といえども、痛いものは痛い。
 その上で、一條はため息一つ。
 勢い余って何処かへ飛んでいった木剣の行方を目で追う事もせず、両手を突き上げた。
――降参ポーズ伝わるかな。
「(俺の負け、です)」
 口にも出す事で、相手に訴えかける。
 目の前に突き出されていた木剣が引き、次いで、アルベルト・ランスと視線が合う。
 顔は笑っていないものの柔和な雰囲気を感じたが、それも一瞬だ。
「(まだまだ、だな)」
 それだけを言うと、さっと歩いて行ってしまった為、心中までは不明である。
「それにしても、木剣で脚を払われたのか俺は」
 不意の一回転の正体だ。
――体勢を崩された上、体重の掛かった右足から一気に飛ばされたな。
 尻の痛みが引いたかと思えば、右足の脛部分に熱を感じた為、そこから経緯も大体分かる。
 遠巻きに見てた紀宝や高井坂、アラン辺りであれば、説明も可能だろう。
 これに関しては後で答え合わせをすれば事足りるが、それ以上に、頭や顔から落ちなかっただけ上々の結果だった。
 或いは、今の一條では尻から落ちるのが精一杯であり、もう少し上手い着地方法や、反撃の選択肢を増やす課題が見付かったとも言えよう。
「年の功にはまだまだかなぁ」
 一條は苦笑しながら、後ろから聞こえる二人分の足音に言い訳を考え始めた。
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