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皇都へ(5)

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「(聞くも涙、語るも涙の物語で)」
「(まぁまぁ。それは大変な思いと旅をしてきたのね。所で、ローンヴィーク? の方だと、そんな面白い言い方が流行ってるの?)」
「(これはまぁ、更に南方の言い方ですね。親がそういうの好きだったので)」
「(んー。南? そうなると……?)」
「(ルカヨ様。リンダールではないかと)」
「(あ、そうそう。私は皇都から出た事ないから)」
「(そうなんですね。はっはっは)」
 ランス家の豪邸、一階の客間、と言うには些か広すぎる様な気さえしてくる室内に、通訳の笑い声が響く。
 一條は出された茶をゆっくりと啜りつつ、彼と、対面に座るルカヨ・ランスとの会話に耳を傾けていた。
 その後ろに控える様にして、白地に薄い桃色の前掛けと言う目立つ侍女服に身を包んだルッテモーラが立っている。
 支度を終えた直後は、ルカヨに座る様に催促されていたが、今はこうして落ち着いていた。
 ついでに言えば、一條自身もルカヨの隣に座る事を促されたが、流石に丁重に断わっている。
 何故だか、彼女は一目見てジャンヌ・ダルクと言う女性を気に入ってしまった様であった。
「……保護欲かな」
「そこは母性の方が良いと思うけど」
 突っ込んだ紀宝は、同じように茶を啜る。
 三人の会話を、二人して静観していた。
 大抵の事は楽しげに話す雑用係に任せきっている為、特に口を挟む余地はない。
 と言うより、ルカヨ達に聞かせた、ある意味冒険譚染みた話も、既にある程度仕上げてあるものだ。
 この世界に来てから二十日余りの間に、ジャンヌ会議として三人で内々に設定として練った話であり、監修としてランスにも手伝って貰った事も幸いし、どこへ出しても恥ずかしくない位には良い出来だと自負している。
――まるでゲームの伝説が始まってる感もあるが。
 概要としては、
『出身地であるローンヴィークの近く、『女神の涙』と称される泉へ三人で出向いていた所、そこで三人は啓示を受ける。
 時を同じくして村がロキに襲われ壊滅。そこへ訪れたアラスタンヒル・ランスと共に、ロキを倒しつつ、共に皇都まで旅をしてきた』
 と言う案配だ。
 一條達とランスが出会った泉がそこであり、大仰であるがきちんと名称もある由緒ある場所であったらしい。
 だからこそ、彼がその場所を選んだのも頷ける話である。
「なんとかなるもんだなぁ。設定とか考えるの好きかも俺」
 等と、一仕事終えた親友が満足げな表情をしていたのが印象深い。
「ふふふ。俺、こんなに美人な方達と話したの初めてかも知れん」
 一頻り笑ってから一人、茶を一息に流し込んでから、感慨に耽る設定魔。
 見れば、ルッテモーラが立ち上がろうとしたルカヨを押し止め、再度、場の全員に飲み物を提供して回る。
「そうか。後、鼻の下伸ばしてるけど、止めとけ。美人だけど相手は人妻だぞ」
「あ、なるほど。そっちの趣味が……うわ、ちょっと見損なった」
 紀宝の賛同に、親友は目を見開いたかと思えば、慌てた様子を見せた。
「ちち、違うわ。そんなんじゃねぇって」
「でもお前、恋愛ゲームする時は決まってルートあるか調べるじゃん」
「ぐうの音も出ないけど、アレはCG周りのコンプって言う建前もあるんで」
「建前って言ったわ」
 言われた当人は頭を抱える。
「(気になっていたのですが、三人は時々聞き慣れない言葉を話しますね……それは?)」
「(父がリンダールに出ていた際、知り合った人から教わったと。何でも、ヘッズロー川の向こうの国の言葉だとか)」
 日本語であるが、これに関しては、リンダールの更に南方の異文化の言葉、と言う事にしていた。
 ジャンヌ・ダルクの架空にして死別している設定の親がリンダールと、その南方の異文化に感化された為、縁あって覚えたと言う訳である。
 実際、少なからず交流もしているらしく、ランス他、顔見知りの軍人貴族達からも言質は取れているので、それで押し通す事にしたのだ。
――まぁ、流石に日本語なんて使われてないと思うけど。
 等と思案するが、違っていたのであれば、また設定魔をこき使って頭を悩ませるだけだ。
「(それで、今はどんな話題を?)」
 ルカヨに笑顔で尋ねられ、一條は一瞬答えに窮したが、横目に見た紀宝は我関せずを貫き、高井坂は相変わらずであった為、ため息一つ。
「(ルカヨさんやルッテモーラさんがお綺麗だな、と)」
 若干歪曲したものを告げた。
 一條の返答に対して、ルッテモーラに関しては特段、表情も変わっていない為、心の内は不明だが、目の前に座る貴婦人はきょとんとしている。
 が、すぐに堪えきれず、笑い出した。
「うわー、本気で笑ってる表情とかアランさんそっくり」
 小声で紀宝が言った事に、一條も異論の余地はない。
 まだ見ぬ父親との部分は分からないが、仕草に関して彼は母親似である。
「(ふふっ。ごめんなさい。この顔で綺麗だと言われるの、本当に久し振りなの)」
 未だに笑いの中にありながら、彼女は右の前髪を軽く払う。
 両隣の二人が特に動きを見せていないのを確認しつつ、一條もまた、表情を変えない事に注力した。
 見るのは二度目とはいえ、
――痛々しい。
 と言うのが、率直な感想だ。
 ルカヨ・ランスの右の眦から頬の辺りまで、一本の傷が出来ている。
 傷それ自体は古いものだが、彼女の顔立ちが整っている為、余計目立ってしまう。
 三人共が表情を変えなかった事に、ルカヨは苦笑を濃くした。
「(さっきみたく不意打ちは少し悪かったと思うけれど、気にしないでね)」
 先程、彼女がはしゃぎすぎた上での出来事だ。
 流石に想像してなかった為、全員が表情を変えざるを得なかったのである。
「(私も気にしてないのよ。本当に。あの人のお陰でね)」
 懐かしむ様に傷を摩るが、それだけ思い入れがある事の証左だ。
「傷が思い出、か」
 一條には良く分からない感覚である。
 ふと隣の紀宝に目を向けるが、今の言葉に感じ入るものがあったらしく、頷いていた。
 女性特有の感性と捉え、機会があれば聞く事にする。
「(……所で、ディノワ様。話の続きですが、アラスタンヒル様から、言葉を教えて欲しいとの事でしたが)」
 ルッテモーラからの申し出に、高井坂が思い出した様な声と共に居住いを正した。
 一條と紀宝に向けて、手話にもなってない手振りを見せてから、
「(そうでした。……ジャンヌとミランヌの二人に、です。南方の言葉に慣れてしまって、こっちの言葉に疎く)」
「(それは)」
「(あらあらまぁまぁ。それは大変)」
 侍女の言葉を遮る様に、ルカヨが掌を打って、続け様に答える。
「(それじゃあ、私が教えましょうか。言葉)」
「「……はい?」」
 紀宝と二人して妙な返事をしてしまったが、本人は実に乗り気であった。
「(良いんですか? 俺は別の人だと聞いてたのですが)」
「「……はい?」」
 高井坂の言葉にも、二人同時に返事をする。
「え、初耳だったんだけど、もしかして条件てそういうの?」
「もちのろん。ユーシィカン……あぁ、メイドさんの誰か、って話だったんだけど……まぁ、お母様ならむしろ問題ないっしょ」
 親指をあげて見せた。
「いや、どうかなそれ……」
「俺も俺で、次は文字関係教えて貰う予定だし。いや、現代日本じゃねぇから識字率もそうでもなくて、こっちは特に怪しまれてないけどよ。今後は入り用だろ」
「うわー、何か頭良いっぽい事言ってるわ」
 紀宝のあまり褒めてるとは言い難い台詞にも、高井坂は気にしてないのか胸を張り出して応える。
 とはいえ、単なる通訳にも色々思う所があったのかも知れない。
――いや、紀宝と二人で言葉覚えれば、通訳係首になるのか。
 別に高井坂自身をそれでどうこうする気はないものの、一條も特に止める必要はないだろう。
「(もう日も真上です。あの人も帰ってくるでしょうし。今後の話はそれから、ね)」
「日が……あー、お昼って事か」
――時間感覚が分かり難いんだよな。
 思いつつ見渡すが、やはり時計の類いは見当たらない為、時間の感覚は不明瞭この上ない。
 最も、今の世界から考えると、太陽の位置で大まかな時間を計るのが普通であるとも取れる。
「アランさんの手伝いにでも行こうかな」
 そう告げて、一條が立ち上がろうとした瞬間、客間の扉が開き、件のアラン本人を従える様にして、一人の男性が入ってきた。
 姿を確認すると同時、ルッテモーラが改めて背筋を伸ばして不動の構え。
 それだけでも、彼が単なる客人でないのは明白である。
 多少白が混じる黒髪を撫でつけ、口髭を携えた、上等な衣服の上からでも体格の良さが判別出来る人物。
 歳は五、六十位だろうか。
 しかし、そんな憶測の年齢とは不釣り合いとも言える眼力の鋭さは、無言のまま威圧される。
 まずもって、ただの一般人ではあり得ない雰囲気。
 それを証明するかの様に、彼は右袖を軽く揺らして見せた。
 
 にも関わらず、その立ち振る舞いには些かの揺らぎも見えない。しっかりと自分自身の脚のみで立つ姿は、自然にも思える程だ。
「(おかえりなさい。丁度貴方の話をしてた所なのよ、アルベルト)」
 アルベルト、と呼ばれた彼は、一番に声を掛けたルカヨへは一瞥をしたのみで、すぐさま一條達三人を上から下まで見ていく。
 値踏みしているのとはまた違う視線の類い。
――見極めようとしてる、みたいな。
 未だに声を発してもいない為、心中は分からないが、敵意から起こしている行動ではなかった。
「(さて、君がジャンヌ・ダルク、かね)」
「(あ、はい。そうです)」
 低く、落ち着いた声色で唐突に尋ねられ、流石に否定する訳にもいかず素で返してしまい、一條は少し気後れする。
「(そうか。アラスタンヒルから話は聞いた。御覧の通り、家と人数で釣り合いは取れていないのでな。空いてる部屋を使うと良い。しかし)」
「(……しかし?)」
 勿体ぶる様な物言いに、一條は不安が過ぎる。
 大抵、こういうのでは、良い方向に転がらない事を知っているからだ。
「(私と一つ、手合わせを願いたい)」
 ほぼ予想通りの言葉であるのに、高井坂は即座に俯いた。
 紀宝は何故か悔しそうな表情をしている。
「なんだよもぉぉぉ! またかよぉぉぉ!」
 一條の、心の底から出た声が部屋に充満していく。
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