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皇都へ(4)

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「でっっかー……」
「縦横どーなってんのー」
「説明不要。見ての通りランス家です」
 荷馬車を降りた一條は、紀宝と共に目の前の豪邸と言って差し支えない屋敷を見上げて呟いた。
 現代日本では目にする事が無いだろう圧倒的な存在感に、脳内の処理が追いつかない。
 その間にも、次から次へと人が行き交い、てきぱきと自らの仕事を熟していく。
「ははーん。さてはアレだな。兵舎とかそんな感じも含まれてるんだな?」
「兵舎でお手伝いさん達がお迎えに来ると思うか?」
「ジャンヌ姉。流石にそれは無理あるよ」
 一條としては半分冗談で言った事なのだが、他二人から予想以上にばっさりといかれた為、思わず膝に手を付いた。
「まぁまぁ。ジャンヌ姉にそこまで求めてないって」
「えぇ……? それフォローしてるつもりか?」
「一応フォローしてるつもり」
 更なる深手を負ったが、ため息一つで復帰。
 その勢いのまま、ランスを探せば、その玄関付近で侍女と会話しているのが確認できる。
 黒の長髪と白地の侍女服が印象的な、傍目から見ても美人と形容出来る女性だ。
「ランスさんが話してる相手。メイド長、的な?」
「まぁ、仲は良さそうだけど」
 二人が時折笑顔で話している所からしても、間違いではないだろう。
――うーん。ああいうのをモデル体型と言うんだろうか。
「モデル体型ってやつだな。流石ランス家。メイドさんも美人だ」
「心読むな」
 片目のまばたきに合わせ、舌まで出してきた相手に対して、一條は無言で腕を振り上げる事で黙らせる。
 しかし、ランスが話し込んでる以上、三人から動く訳にも行かず、手持ち無沙汰であった。
 周囲を手伝う事も考えたが、こうして待機しているのは、他ならぬ話し込んでいる当人からの指示だ。
「怒んなよ。良いじゃん。それよかジャンヌ……いや、一條としてはメイド長さん、好きなタイプじゃね?」
「あー……うん。まぁ」
 特に隠す事でもない以上、指摘された事に答えたものの、一旦視線を下に向け、目頭を押さえた。
 唐突に、自分自身の性別が今は女性である事に何とも言えない感情が芽生える。
 とはいえ、それ以上に反対側から強烈な視線を感じた為、そんな感情もすぐに霧散した。
 パラチェレンに勝るとも劣らない、見事な殺気だ。
「……おい、妹だろなんとかしろよ」
「こういうのは男の役目だろ。なんとかしろよ」
「くそ、都合の悪い時だけ性別変えやがって」
 文句を言いつつも、高井坂は一條から視線を外し、後方へと流す。
 が、すぐに戻ってきた。
 頭を小さく横に振りながら、
「ダメだ。殺される」
――物理的には平気だろうけど。 
 と、思案しながら、それをおくびにも出さず、話を逸らす様に親友へ問い掛けた。
「……所で、俺らの泊まる場所、ホントに此処で良いのか……? 場違い過ぎない?」
 一條や紀宝には、寝耳に水の話だったのだが、ランスからの申し出は再三に渡っての事であり、つまりは皇都に来るまでに二人の間で色々と動きがあった訳である。
 そして、それらの様子を微塵も感じさせなかった辺り、高井坂と言う男には本当に恐れ入るばかりだ。
「んー。俺としても断わってはいたんだけどな。半分押し切られたってのが正解か」
「半分?」
「……いや、ほぼほぼ、だな」
 大人しくなった紀宝の突っ込みに苦笑しているが、少なくともそれほど悪い条件は付けられていないのだろう。
「俺は特に活躍した覚えもないけど、二人はロキ戦でも暴れてたし、ジャンヌに関しては副官二名からのお墨付きもあったし。出自もあるけど、まぁ、無下に扱う訳にもいかないと言えばその通りか」
「一人は求婚相手だしねぇ」
「それは正直忘れていたかった……」
 二度目のため息。
 パラチェレンとはあれ以降まともに顔を合わせていないものの、向こうもこれと言って行動を起こしていない。
 結婚宣言時の衝撃が強すぎたが、ふと思えば、その時の様子も違っていた様に思う。
――次に会ったら何言われるか。
 反論する為にもまずは言語取得が先決ではある。
「返事悩んでるの?」
「そうじゃねぇよ」
「……性別が戻れば解決なのにね」
「それなー。……急に男になったらそれはそれで問題有りか……? いや、漸く慣れてきた感あるけど」
 既に一條が女性となってから、それなりの日数が経過している。
 最初こそ苦労した身体ではあるが、高身長と胸の扱いにも多少は慣れを覚えた頃だった。
 それに、皇都に来るまでの間も行っている、朝、夕の訓練だ。
 甲斐もあって、戦闘技術では紀宝にまだ遠く及ばないものの、新体操選手も手放しで褒める程度の動きは可能である。
 特に、空中での後方一回転等、素の状態でも難しい技の数々も比較的簡単に出来てしまっている程だった。
「慣れて欲しくはないんだけどなぁ……」
「ミラ、何か言った?」
「べつにー」
「ジャンヌ、ミランヌ。アランさん呼んでる」
 一條が首を傾げると同時、高井坂に促され、三人してランスの元へ歩みを進める。
「メイド長さん? も美人だけど、他の三人も美人じゃん……怖いわなんか」
「それ、あんたが言うと嫌味」
「俺はミランヌもジャンヌも、良い線行ってると思いますぜ」
 親指を立てながら宣言する雑用係だが、二人は無視した。
「(すまない。話が長くなってしまった)」
「(構いませんよ……ランス、さん)」
 その事に通訳が少々凹んだ為、代わりと言う様に一條が受け答える。
 しかし、ランス家の侍女を前に、流石に名前呼びは躊躇われた為、若干言葉が不安定だ。
 証拠に、ランスも堪えきれないのか、笑いが洩れている。
「(名前で構わないですよ、ジャンヌ。……それと、紹介します。彼女がルッテモーラ。ランス家のユーシィカン筆頭です)」
 名前を呼ばれたらしい、白地の侍女が深々と頭を下げた。
 一瞬の後、後ろに控えている三人も同じ所作を見せる。
「ルウゼネブフ?」
「あー、代表とか筆頭とかそんな感じ」
「はぁん……なるほろ」
 頭を下げつつ、通訳と会話してる所で、ふと、その名前に聞き覚えがある事に気付いたが、詳細までは思い出せない。
「(ジャンヌ・ダルク殿、ミランヌ・カドゥ・ディー殿、シャラ・ディノワ殿の三人だ。先程も言ったが、ロキ相手に何度も助けられた恩人だ)」
「(ダルク様、カドゥ・ディー様、ディノワ様。改めて、感謝を致します)」
「(助けられたのはお互いにです。俺達も村の件では、どうしたものかと思ってたので)」
 一切の淀みなくそう言い切る高井坂に、一條は少しばかり良心が痛む。
「(事情は既に。今部屋の用意と、それから)」
「(アラスタンヒル!)」
 ランスの言葉を遮る様にして、忙しない様子で新しい登場人物が来た。
 見た目にも派手とは言わないが、質の高そうな服を着込んだ、金髪碧眼の女性。
 肩で息をしているのを見るに、相当急いで来たのは明らかだった。
――姉、いや、お母さんか。
 一見しただけではアラスタンヒル・ランスの姉と言っても通じそうな感じを受けるが、そもそも彼は一人っ子と聞いている為、その線は消えている。
 それでも、顔の右半分を下ろした髪で覆っている事もあり、中々判断に迷う所であった。
「(母上)」
「今、母上つったな。良かった合ってた」
「失礼過ぎじゃないジャンヌ姉」
 言葉と同時に肘で突かれながら、一條は安堵する。
「いや、にしてもだよ。姉かと思って。一瞬」
 抗議の声を出したが、それが却って目立つ事になったのか、感じた視線に向ければ、ランスの母と、完全に目が合った。
 数秒、息を整える為か、動きを止めたままの彼女と視線のみが交わる。
「あー。ど、どうも……?」
 変な圧を感じ、日本語で対応したのだが、それを気にせず、
「ルァ。ルァルァルァー」
 謎の単語を連発されながら、何故か彼女に抱き締められた。
「えぁ、なになになに」
 強すぎず弱すぎず、親が子にする様な、温かみを感じる心地よさと匂いに、思わず狼狽する。
「紀宝!? 俺今どうなってんの!? 生きてる!? 俺生きてる!?」
「テンパり過ぎでしょ。生きてるから落ち着け馬鹿姉」
「うーん。俺も女に……いやそれはパスかなぁ」
 冷静な二人の返しにも、一條は答えられる余裕はない。
「(ルカヨ様。落ち着いて下さい)」
――た、助かった、ルッテモーラさんのお陰で。
 言葉と同時に引き剥がしに掛かった筆頭侍女のルッテモーラに、内心で感謝しつつ、未だに両肩を掴まれている状況は理解の範疇を超えている。
「(アラスタンヒル! 貴方ついに結婚相手を!?)」
 つい最近も聞いた単語も飛び出し、一條は再び頭痛を覚えた。
「(母上。今説明しますので。一旦落ち着いて)」
 流石のランスも、母親には手も足も出ない様である。
 それを微笑ましいと思うが、それ以上に厄介事が二乗する勢いで増している様にも思う。
「ちなみにさっきのルァ、ってのは。まぁまぁ、とか、あらあらまぁまぁ、みたいな感じだ。感嘆符、とかそんな感じ」
「発音だけは可愛いんだけどなぁ……」
「(私はルカヨ・ランス。アラスタンヒルの母です。えーと……)」
「(ジャンヌ・ダルク様、ミランヌ・カドゥ・ディー様、シャラ・ディノワ様です)」
「(女神、だなんて。凄いお綺麗ですものね! それに希望と幸いなんて素敵な名前の方も。宜しくね、ジャンヌ! ミランヌに、シャラも!)」
 二人掛かりで引き剥がされた母親は、特に気にする事もないのか、軽く身なりを直し、まるで最初から何事も無かったが如く、自己紹介を始めた。
 にこにこと、眩しい位の笑顔である。
 なによりも、その台詞から、彼女、ルカヨ・ランスの人となりは見て取れた。
「もう絶対良い人じゃん」
「「完全に同意」」
 これが最上位の貴族の対応かと思ったが、
――いや、この人は庶民から嫁いできたんだったか。
 ルピーピスから聞いていた事である。
 なるほど、納得するしかない。
「(まずは客間ね。お話を聞きたいもの! 飲み物用意しなきゃだわ!)」
 言うだけ言って、まるで嵐の様に去って行ってしまった。
 一條はまだこの世界の貴族習慣は理解してないが、どう考えても女主人であるルカヨが、客人の飲み物を用意するのは違っていると断言できる。
「まぁ、面白い人でもあるかな」
「「同意」」
 ルッテモーラ達は追い掛ける様に建物の中へ消えた為、この場に居るのは四人だけだ。
「えーと、でも、外の方は……」
 視線と指で示した一條に対して、ランスは一度思案顔を見せたが、それでも一條達に玄関の戸口を全開にする事で応える。
「(彼らも分かってるよ)」
「そう、ですか。って言うかむしろ手伝いに行きたいんだけどー……」
 両脇の二人には無視された。
 ついでに腕も掴まれた為、逃げようがない。
「心の準備が」
 先程のルカヨ・ランスを見るに、その後の展開を予想するのは容易いものである。
「「まぁまぁまぁ」」
 ランスの苦笑を横目に、一條は侍女に案内され、二人にされるがままの状態で豪邸の中へと足を踏み入れた。
 外見通りの内装に感嘆の息を吐く。
「(私も終わり次第、向かいますので)」
「(早く、お願いします)」
 彼の言葉に、それだけを告げるのが精一杯であった。
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