ジャンヌ・ダルク伝説~彼の地にて英雄と呼ばれた元青年~

白湯シトロ

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皇都へ(3)

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「おーい二人とも、もうそろそろ着くぞ。グランツェ」
 外、御者席から高井坂の声が聞こえ、一條と紀宝は重い腰を上げた。
 ドワーレを出立してからと言うもの、何事もなくここまで進めてきている。
 ロキは東側から侵攻してきており、今現在はドワーレ、その先にあるウネリカと言う二つの街を起点に防衛線を展開していると言う話だった。とすれば、それらを抜かれない限りは、皇都近辺でロキを目にする事は無い。
 ただ、一條達が居たローンヴィーク。南に逸れた方まではある程度の間隔で見回るのが精一杯であり、基本的にラースリフ・リギャルドの持ち回りであるとの事だ。
――いずれは向こうにも顔を出すんだろうか。
 最も、そのが来たとして、聞かされている人物像からは平穏無事とは済まなそうなのが頭の痛い所である。
「やーっと着いたのー? グラッツェまで七日は掛かったんじゃない?」
「グランツェ、な」
 突っ込みにも動じない紀宝と同時、幌から顔を出せば、まだ先ではあるが、確かに立派な城らしき物が見えている。
「うーわ。ホントに城だ。ファンタジー」
 感想と感嘆の声に、何故か高井坂が誇らしげに上体を反っているのは謎であるが、一條と紀宝は無視した。
「ジャンヌ姉、お腹減ったー」
「あらあらー困ったわねー」
 紀宝の頭を撫でれば、何とも満足げな表情を浮かべている。
 ドワーレで勝負に勝ってからこっち、大体この状態ではあるが、一人っ子の一條には中々新鮮で楽しいものがあった。
 しかし、皇都に着くまでと言う形なので、一応、この姉妹関係もそこまでとなる。
――こういう関係なら悪くないんだけどな。
 そんな事を思う。
 いっそ、本当の姉妹として生まれ変わりでもすれば良かったのだろうが、言っても詮無い事だ。
「お姉ちゃん俺はー?」
 笑顔でそんな気持ち悪い事を尋ねてきた御者に対して、一條も笑顔を浮かべる。
「後でしてあげるねー。壁で」
 一瞬で真顔に戻した高井坂に満足していると、ランスが彼に何事か話し掛けた為、手元に視線を戻す。
「あぁ、悪い悪い」
 微動だにしていなかったので、紀宝の頭を撫で続けていた。
「ん。別に良いけど……あ、そうそう。リゼさんからグランツーの事色々聞いてたの。美味しいものとか服とか」
「甘味系で良いのあるかなぁ」
「それならヘヌカってやつだね。色々あるっぽいよ。後は、機会があったら、って言ってたけどランスさんと同じ十二皇家、のクラウディーって家のとこは女性騎士がそこそこ居るみたい。今、当主? が女性なんだって」
「へぇ……」
 三人で出掛けた以外にも、紀宝はルピーピスとほぼ一緒に居た所為か、何かと幅広く教えて貰っていた様である。
 言葉の壁があってこれなのだから、頭の下がる勢いだ。
「まぁ、会う機会は無さそうだけど」
 アラスタンヒル・ランスと言う後ろ盾があるにせよ、この世界での今の立場を鑑みれば、早々にそんな有名人と会える事は無いだろう。
 心に留めておくに越した事はないが、
「ヘヌカの方が気になる。……スイーツとかなのかな。食べたいなぁ」
 既に一條の興味はそちらへ向いていた。その台詞に、紀宝も爛々と目を輝かせている。
 元々、一條は甘いものに目が無い。紀宝もその口であり、二人して買い食いや新作商品を求めてわざわざ出掛けていた位である。
 反面、やや苦手な高井坂は大抵げんなりした表情を見せていた。
「異世界のスイーツか。どんな味なのかな」
「うーん。聞いた話だけど甘い系」
「砂糖?」
「流石にそれは。果実とかそういう感じだと思うけど」
「形が分からんものな。リンゴとか柿とか」
「西瓜みたいなのだったり」
「いーなーそれ」
 ふと隣へ視線を向ければ、げんなりした表情の高井坂が居る。
 既にランスの姿は前の方にあった。
「スイーツ談義は後でね。後で」
「「了解」」
 力無く首を横に振っているが、一息入れ、意を決した様に話し始めた。
「ランスさんからな。このまま門抜けて街に入ったら、一旦、彼の家に向かうとの事だ。重傷人も、鉱石もとりあえず、な」
 一條と紀宝も、静かに頷く。
 今回の一行は、前と比べて規模も小さい上、大半が先の戦闘等での怪我人である。それも、肉体的、或いは精神的に戦える状態でない者ばかりだ。
 軽傷、或いは重傷でも戦う意志を持ってる者は前線に残る事が多いらしい。単純に人間同士の戦争であれば、恐らくこうはいかないだろう。
 しかし、相手は人間のみを一方的に襲う魔物だ。
 和解や、ましてや停戦等という道はないと考えるべきである。そうなると、多少の怪我を押してでも踏み留まろうとするのは、否定出来るものではない。
「怪我したら終わり、なのは、やっぱ現実だな」
「ジャンヌ姉も回復ってのは難しいんだよね」
「残念ながら、ね。……攻撃するのと違って、部位に持続的に掛ける感じなのかな。一瞬で治る位の小さいのだったら話は変わるけど、少し傷が大きいともうお手上げ」
――見せて貰った限りだと、回復って言うか再生って言うか。
 考え、思い出す。
 ドワーレで、ゼルフを以て治療をする者達を見ていたが、傷そのものを一瞬で治す事は大抵不可能であった。
 それこそ、詠唱後、ゆっくりと傷が塞っていくと表現した方が良い。
 全身で一気にそれをするには詠唱が長く難しくなり、傷毎にやろうとすればそれだけ時間が掛かる。
 怪我の程度では一刻を争うのに、瞬間治癒が出来ないのはある意味で致命的とすら言えた。
 しかも下手すれば暴発の危険すら伴うのである。どちらをとっても要する集中力の高さは、攻撃のそれとは全く比較にならない。
――軽々には使えない、よな。
 そもそも、一條程度の攻撃術であっても、貴重な世界であると聞く。
 他者の傷を治す、となるとそれはもう国家単位で重宝される人材である筈だ。
「そうなると、蘇生なんて夢のまた夢、か」
「……少なくとも今のままじゃ、無理。言いたくないけど、絶対に、な」
 一條は苦笑し、釣られて、二人も苦笑を返してくる。
「ファンタジーなのに全然ファンタジーじゃないんだから」
 紀宝はそう言うと、中に引っ込んだ。
 ルピーピスまで皇都に付いてくる訳には行かない為、彼女の話し相手は現状、一條か高井坂のみと言う事になる。
 つまりは暇を持て余しているのだが、流石にそれを全て一人で補うには無理があった。
「アランさん、他に何か言ってた?」
「んー……久し振りの実家で若干テンション高め位。まぁ、俺らは暫くゆっくり出来るかも、とは言ってた」
「暫く、ね。そっか」
 答えてから、高井坂の言に疑問が生じ、すぐさま尋ねる。
「なぁ、俺らどこに泊まる訳。いや、て言うか暫くってそれもう半分住んでるみたいにならない? え、大丈夫?」
 一條達は一応、ローンヴィーク村の出身であって、皇都出身ではない。
 当然身内等も存在しないのだが、そうなると身を寄せる場所は皇都内の宿屋辺りになる。
 休めるのであればなんら文句はないが、次の問題は一文無しである事だ。
 紀宝の言っていた通りに、金策に走るのも正しい選択だった様に思う。
 皇都、と言う響きからも、長引く戦争時下とはいえ相当に人口密度は高い筈であり、ともすれば、収入を稼ぐ手段も皆無ではない。
「んー。こういう場合……大道芸?」
「うちの大将、時々頭良いのか悪いのか分っかんないわ」
「……漫才?」
「同じだ馬鹿野郎」
「女に向かって野郎とはこれいかに」
 高井坂にため息を吐かれたが、一條や紀宝は未だ会話が曖昧である以上、接客業等は除外される。
 そうなると、職業選択の幅はかなり少ないと言わざるを得ない。
「やっぱ言語習得が先かー。後でアランさんとその辺りの詰めを……聞いてる?」
「……ん? あー……あっ、銀河系アイドル目指す話だっけ」
「んでだよ」
「歌って踊って戦えるとか最強じゃねぇか?」
「属性盛りすぎじゃねぇか?」
 今日一番の笑顔を見せる親友。悪びれもなく、いっそ清々しいまである。
「まぁまぁ。俺も街中を馬車移動は初なのでちょい緊張してるから、後で詳しく説明すっけど。諸々は当面平気だからよ」
「そっか……いや、ホント御者が板付いてきたな」
「なはは。器用万能たぁ、この俺、高井坂・幸喜改めシャラ・ディノワの事だぜ」
 呵々大笑と言った親友ではあるが、実際、多方面での活躍は言うに及ばずである。
 褒めるべきか考えを巡らしてる所へ、馬車が石でも踏んだのか、一度大きく跳ねた。
「おっと」
 漏れ出た声に、高井坂の視線が突き刺さる。
 見るが、一條との間に目線が交わる事はない。
 理由も明白だ。
「……お前な」
 気持ちも分からないではないが、高井坂の視線から自らの胸を守る様に片腕で遮った。
「……いや、男としてのアレで。……でもほら、女の胸には夢と希望が詰まってるらしいけど。ジャンヌの胸には、なんつーか、こう、ロマンがあるよな」
「俺としては複雑な感想だな……」
 一條としても、今の高井坂と同じ位置に居れば似た行動は取っていないとは言えない。
 とはいえ、
「その頑丈な身体を大根おろしみたいにしてやる」
 笑顔で言い放った言葉と、それに半べそをかいた親友をよそに、前方から気合いの籠もった言葉が飛んでくる。
 先頭を行くランスが、皇都の城門へと辿り着いた様だった。
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