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皇都へ(2)

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「少しは落ち着いた?」
「あぁ、うん。……いや、悪い。まだ混乱してる」
 一條は、まるで二日酔いの様な足取りをしながら、目頭を押さえて告げた。
 隣を行く紀宝もそうだが、ルピーピスも若干心配そうな表情をしているのが、尚の事一條の心に重しを乗せてくる。
――正直なにがなにやら。
 結局、一條が対面の高井坂へ牛乳攻撃をした事もあり、その場はお開きとなってしまった。周囲の者達も慌ただしく右往左往していたが、これは一條の行動と言うより、ユーヴェ・パラチェレンの衝撃発言からだと捉えるべきである。
 ランス達には悪い事をしたと言う思いも当然あるが、一番の被害者であろう高井坂は人生で一番輝かしい笑顔をしていたのが殊更に腹立たしい。
「あれはほっといても良さそう」
 と、紀宝からもお墨付きを得たのでそのままだ。
 彼の行方には興味がないが、ともあれ、そんな騒動から間を置かず、今は一條、紀宝、ルピーピスの女子三人で約束通り、街へと繰り出していた。
 目的は一応、皇都へ行くまでの必要品の買い出しである。
 ただ、一條としては自身を女性と扱うには流石に日が浅い為、少しばかり疎外感の様なものを覚えるのも確かだ。
 そんな心情をよそに、生来の女子二人は時折違う言語ながらも、実に楽しそうに話が弾んでいる。
 端的に言えば、
――所謂女子のウィンドウショッピング。
 買い出しとは名ばかりの、今向かってる先は三件目の服飾店だ。
 品揃えと言ったものは皇都に比べると規模こそ落ちるとは聞くが、それでも十分以上に揃ってるのは分かる。
 個人的には武具類を見て回りたかったが、意見は半ば無視されていた。
「まさかこんな展開が待っていようとはな……この海の目を以てしても見抜けないだろうよ」
「まぁ、確かに。あれで結婚して子供も居るなんてねぇ……」
 流石に今回ばかりは紀宝も真面目な顔をしているが、論点は既に異なっている。
「ねぇねぇ。今、俺の突如浮上した結婚話について困ってるんであって、パラチェレンの家族構成は問題じゃない……いや、問題は、ない、んだよな。一夫多妻オーケーらしいし」
「貴族様の第二夫人」
「世界平和ってなんだろうね」
 朝食の場で告白をすっ飛ばして婚姻の話を持ち出された時は単に驚いただけであった。
 しかし、直後にランスからパラチェレンが既に結婚していて子供も居ると言う事実を聞き、最早、一條としては立ちくらみものである。
「ぶん投げた際に頭の打ち所が悪かったか」
 等と半分冗談染みた感想も、改めて人となりを聞いてすぐに吹き飛んだ。
 ユーヴェ・パラチェレンと言う人物は、元から何でも行動の早い、そして、裏表もなく、自分に正直者な性格であっただけである。
「(でも、まさか貴方に結婚を申し込むとは……。いえ、それよりも意外でした、ジャンヌ殿)」
「(何が)」
「(大変綺麗なので、ああいうのには慣れてるかと)」
 ルピーピスは笑顔でそんな事を言い放ってきたが、表情からも悪意の類いは一切ない。純粋に口から出た言葉だろう。
 一條は、頭を抱えた。
「あっはは。だったら良かったけどねぇ」
 からからと笑う紀宝にも、特段怒る気はない。
 一條は生まれてこの方、告白はされた事もないし、ましてや結婚してくれ等と請われた試しもなかった。最も、高校生の身で後者をされる状況等そうそうありはしない。
 女性の知り合いも母親を除けば紀宝・香苗ただ一人である。
 ついでに言えば、一條自身、交友関係はすこぶる狭い為、現在でも片手で事足りる位だ。
「(所で、こういうのは珍しいんですか。軍人貴族が俺の様な、平民……に求婚するのは)」
 自分で自分を平民と称する事に釈然としないが、現代においても一條は立派な平民と言える。
 対して、ランスやパラチェレンら貴族。
 普通に考えれば住んでる世界は違う筈であり、結婚するには障害も多いだろう。
 ルピーピスは、左の人差し指で目尻を触りながら、思案顔。
 数秒後、
「(珍しい、ですね)」
 とだけ答えた。
「やっぱり珍しいのか……」
 反芻してから考えるものの、その珍しい事態に自分が置かれている理由までは不明であった。
――いやまぁ、昨日勝ったからだと思うが。
 思うが、だとすれば今回の決闘、一條の明確な勝ち条件が分からなくなってくる。
 いっそ引き分けでも良かったのだろうが、既に過去の話だ。
「(ちなみに、パラチェレンさんの奥さんって貴族?)」
「(えぇ。私は会った事ありませんが、気の強い人だと聞きます)」
 ルピーピスの言葉に、紀宝は二度三度と頷いてから、
「ジャンヌ。ひょっとしなくても、彼の好み判定ドストライクなんじゃない?」
「ははは……泣いていいかな?」
 無言で肩を叩かれた。
「(あ、そういえば、ランス様の母親も確か平民出身の方でしたね)」
「(母親がねぇ……。だから私達にも優しかったり? ランスさん)」
 紀宝の言葉に、今度はルピーピスが苦笑している。
 が、理由は確実にそれだけではない。
 それでもあえて口にしたのは、そこら辺の事情を知らないルピーピスへの配慮も、多少なりあるだろう。
「とりあえず、返事は先延ばし?」
「仕方ない。……って言うか、あれは若干引かれた気もするんだけど」
 唐突だったとはいえ、自分から結婚話を切り出した女性が飲み物を吹き出したら百年の恋も冷めそうである。
 隣で紀宝が頷いているが、ルピーピスは不思議そうな表情をしていた。
「あー……飲み物、吐き出す。パラチェレン、びっくりする」
 日本語と身振り手振りで伝えれば、静かに納得した様に頷く。
 その上で、彼女は笑いながら、
「(気にしてないと思いますよ)」
 と答える。
「(気にしてたら、あそこで言う台詞でもないでしょう。結婚、等と)」
 続け、栗色の髪を揺らし、肩も震える勢いで思い出し笑いまで追加された。
 声こそ出していない為、上品にも思えるが、どう見ても心の底から楽しそうに笑っている。
 一條が何かした訳ではないが、それはそれで気恥ずかしい思いだ。むしろ、彼女のそれを見て再認識させられた。
「一條も結婚かぁ……」
「いや待て別に結婚する気ないぞ俺はっ。なんっで野郎と結婚しなけりゃならんのだ。いや確かに今は女性だけどねっ。しかも美人だよっ」
 紀宝から両手で落ち着けと制され、一條は頬を膨らませた。
「女子が板に着いてきたわねこいつ……。それはそうと、これはまぁ、一応、個人的に気になる訳で聞いておくんだけど」
 大仰に前置きしてから、
「ジャンヌ的にはランスとパラチェレン、どっちが良い?」
「……はぁ?」
 質問に、思わず素っ頓狂な声が漏れる。
 その反応に、紀宝は逡巡した後で、
「ん、んんっ。(ジャンヌはランスさんとパラチェレンさんだったらどちらが好み?)」
 言い直すと同時、台詞を追加した。
 ルピーピスにも分かる様に、である。
「俺はそういうのは」
 紀宝に向けての台詞は、隣からの女子に遮られた。
「(私はてっきりランス様かと思ってたんですが……違うんですか?)」
「(違いますね)」
 即答する。
 それがなにやら意外だったのか、彼女は可愛らしく首を傾げて見せた。
 女性として整った顔立ちにすらりとした身体つき。胸も程良く、男であれば放っておかないだろうと思わせる女性が、その様な仕草をするのは卑怯と言う他ない。
 その容姿と所作に育ちの環境は含まれているとは思うものの、年上なのだろうが、
――実際の所、何歳なんだろうか。
 歴史の年表が作成されていない以上に、個人の年齢を数える習慣がないと言うのは不思議なものだと改めて感じる。
 戦争を長年続けているのであれば、これに参加、或いは除外するのにもそういった制限なりなんなりを設けるのが一般的だろうが、恐らくヴァロワ皇国ではそういった部分は現状、考慮されていないと言う事だ。
 肝心なのは、武器を振るって戦えるかどうかや、身体的に丈夫であるかどうか、と言った側面のみなのだろう。
 であれば、まさに戦時下特有とも呼べるかも知れない。
 婚姻等に関しては不都合しかない気もするが、そもそも気にしていない可能性が高かった。
――またアランさんに聞く事増えそう。
 思い、ややあってからルピーピスに視線を戻す。
 紀宝と密談しているが、内容は漏れ聞こえるもので概ね把握出来る。
「まだ結婚なんて先の話だ」
 妙な表情を二人して寄越すが、
「そもそも、ミラも同い年なんだけど……って言ってもアレかなぁ」
 自分でも変なため息が出てしまい、一條は手持ち無沙汰を解決するべく、薄紫色の毛先を弄くり始めた。
「と、こ、ろ、で。この街ってそこそこ大きい、筈よね」
 言いつつ、周囲へと視線を流す紀宝に釣られる様にして見れば、一條とルピーピスも改めて今現在の状況を知る。
――ハチャメチャに目立ってる……?
「(……元々、昨日のもあったので、目立つのも少しは覚悟してましたが。これは、朝の一件もかなり広がってると見るべきですね……)」
 流石の凜々しい女性軍人貴族も、少々頭を抱える事態と見えた。
 道行く人の、多くはランス軍の者に違いないだろうが、ほぼ例外なく三人を、と言うより、一條を横目に、また、注視する様に視線を向けている。
 中には一心不乱と言った感じで手を動かしている者もちらほらと見えた。
「ポーズでも取った方が良いのかな」
「何アホな事言ってんのよ。そんなのより今なら料金取れるわ。金策ね金策」
「お前こそ何アホな事言ってんの?」
 お互いに無言で視線を交わす。
「はっはっはっ」
「あっはっはっ」
 心にも無い笑いでその場を閉めた。
「(二人は仲が良いですね。まるで姉妹みたいです)」
 ルピーピスの言葉に、一條と紀宝は再び視線を交わす。
「(私が姉です)」
「(俺が姉です)」
 手を上げる動作、台詞も同時だ。が、紀宝は一條の台詞に微妙な面持ち。
 考えてる事は手に取る様に分かる。
――こいつ正気か、と言わんばかり。
 しかし、それを無視してでも此処は優位を取っておくに越したことは無いと言う判断だ。
「いやいや、毎朝私が起こしてるし髪とかセットしてるのに威厳無いっしょ」
 指差した先は、一條の薄紫色をした髪。
 鋤に関しては徐々に担当を外れているものの、現在の三つ編み状の髪型は彼女の作品である。
 更に、常日頃から自主練を生業としている紀宝の朝は早い。
 ここに来てからも、一條が紀宝より早く起きた例は、未だ無かった。
「ふふっ。成長度合いは俺が上だぜ」
 その上であえて、胸を突き出す様に上体を反りながら言葉を紡ぐ。
「ぐっ。成っ……、長、は関係なくない? ……逆でも成立するんですけど? むしろ逆の方が需要ありますし?」
「何の需要だよ……」
 そのまま、お互いに目線を逸らさず数秒。
 一條が頷き、続いて紀宝も頷いた。
 同時に行動開始。
 二人ともが右拳を天高く突き上げ、叫ぶ。
「「じゃーん! けーん!」」
 言いながら、振り下ろした。
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