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皇都へ(1)

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「それで、何処に行くって?」
 激闘から明けて翌日の朝。
 宿屋の一階部分で営まれている食堂で、リゼウエット・ルピーピスに隣の席を促されつつ、一條が口を開いた。
 その後、大体一日程眠りこけていた身としては、未だ現状を把握するには至っていない。
――昨日は一瞬起きて日記とお風呂入ったらまた即寝だったしなぁ。
 気付けば宿屋に運ばれていた為、特に紀宝には迷惑を掛けてしまった。
 同時に、戦い振りに対しても軽い説教を受けたが。
「皇都グランツェ。まぁ、一番大きい街だわな」
 正面に位置取る高井坂が、片手を上げながら答える。
 卓には既に食事が人数分以上に置かれており、実に華やかだ。
 しかし、一條はそれよりも気になる事を率直に告げた。
「うん。いや何でこいつが居るんだよ」
 指こそ指さないものの、全員の視線が其方に向く。
「(俺の顔に何か付いてるか?)」
 一條の先日の対戦相手、ユーヴェ・パラチェレンその人だ。
 座っているだけだと言うのに、存在感は昨日以上に感じるのが不思議なものである。
「フォーモ フレッシャス」
 ランスが代わりと言う様に口を挟む。
 大凡理解は出来た為、高井坂を手で制し、ため息を吐く。
――確かに恨み辛みがある訳じゃないけど。
 思うが、そもそも事の発端はパラチェレン側である。
 とはいえそれも含め、昨日の勝負に勝ってるので帳消しだろう。
 ただ肝心の勝ち方に関しては、
「あれが決闘の勝利として正しいのか」
 と言うのが、全体を通しての評価であった。ぐうの音もでない正論である。
 一條自身も微妙な線である事を自覚した上で投げ飛ばしたのだ。
 そもそも、直前に剣は折れているし、何せ相手は二刀二槍と言う構えである。多少は融通も許されるのだと言い聞かせた。
「で、その皇都にはいつ出発を?」
「明日」
「急だなぁ」
「いや、元々ランスさんはそっちに行く予定だったらしい。手紙貰ったみたいだ」
「手紙? いつそんなの貰っ、あ、此処でか」
「いや、最初にロキと遭遇した時の猪に追っかけられてた奴が」
「……あー」
 高井坂と会話しつつ、一條は正面に置かれた、野菜と思われる品が盛り付けられた皿から、毒々しい色合いをした物を彼の元へと送り出していく。
 流石に見た目が毒性に直結している事はないだろう。でなければこうして食卓に上がる事はないのだ。
――あの色合いで良く食べようと思ったな。日本人でも過去に居たのか?
 日本人の食への拘りは、世界でも有数だと聞いた事がある。なにせ毒だろうがなんだろうが、それを試行錯誤の上に食べ物へと変える人種だ。
 我ながら恐ろしい事この上ない。
――まぁ、でも流石に見た目怖いし。
 所謂、毒味と言うやつだった。
 この場合、毒に強い者か、立場が下の者が行うのが常である。
 両方を満たす人物は心強い存在だ。
 これまでの旅で、高井坂が毒に強いと言う場面には遭遇してないが。
「……」
 隣に座る紀宝と目が合うが、彼女は無言。
 それに頷きを返し、了承を取った事にした。
「ヘヌーフ ウーフ リーリ ダァク リエバコーティ、イズヴィ」
「俺らもそっち連れて行くけど長くなるからごめん、だって」
「……まぁ、それなら仕方ない、のかなぁ」
 言葉もまだ微妙なこの世界で、唯一の繋がりを絶たれるのも、それはそれで困る事ではある。
――皇都に行けば多少は勉強時間取れるかも。
 と、そんな事を楽観視出来る位には余裕も出てきた。
「そんな訳で、今日は自由行動。ジャンヌは私とリゼさんとお買い物ね。楽しみー」
 身振り手振りで、一條を間にしながらルピーピスに話し掛ける紀宝。
「既に予定が埋まってた事に驚愕なんだけど」
「(私も楽しみです。女性の友人は少ないので)」
「(そう、ですか。えーと、お願いします?)」
 このランス率いる軍ではほぼ唯一と言って良い女性の軍人貴族様から、苦笑しつつそんな事を言われると、一條としても断わり辛いものがある。
 それ以上に、明らかに日本語と現地語で意思疎通が図れている紀宝に驚きを禁じ得ない。
――天才なのだろうか。
「俺、荷物、持てます」
「帰れ」
 紀宝に笑顔でばっさり行かれた高井坂が、嘘泣きしながら毒々しい色合いの物体を食べていく。
「……うーん。塩昆布……いや、塩辛? ご飯欲しくなるな」
 等と言いつつも手が止まらない高井坂と現地三名の反応を見るに、それ単体で食すものではなさそうだ。
 ルピーピスの手元を確認しても、恐らくは簡易的な味付けと言う位置づけが正解で間違いない上、全容が解明されたので一條も適度に取っていく。
「所でミラ。俺らこの世界のお金持ってないけど、そこら辺は……おい、こっちを向け」
「平気だよ? うん。平気だよ」
 紀宝は露骨に視線を逸らし、そんな事を呟くのみである。
「シャラ、お金って単語は」
「ん? あぁ、リルテ」
「(リゼウエットさん、俺達、お金無いんですが)」
「(私が出しますよ。こういう事でもないと使わないので)」
「(いや、でも……)」
「(これでも軍人貴族ですよ)」
 屈託無く笑うルピーピスを見ていると、一條としても答えに窮してしまう。
 確かに、命を張って戦う騎士である上に貴族とくれば、家自体がお金持ちである可能性も高い。
 貨幣価値はまだピンと来ないが、それを確認する意味でも彼女と出掛けると言うのは悪くない案である。
 その事に思いを馳せていた所で、高井坂が急に目をかっと見開き、わなわなと震えだした。
「どうした急に」
「恐ろしい事に気付いてしまったんだが……」
 勿体ぶるように間を置いた通訳を半ば無視して、一條はランスの見様見真似でパンを千切り、スープに浸して口に運んでいく。
――あ、美味しい。
「完全に仕草が女性なんだよね、ジャンヌ」
 紀宝に指摘されたが、小首を傾げる他ない。
 高井坂に目を向ければ、まだ力を溜めているので、飲み物に手を伸ばす。
 中身は牛乳だ。名称は違う上、やや飲み慣れた物とは味も異なるが、気にならない。
「……これ、合コンじゃん!?」
 唐突な声に、同じ食卓を囲む一條達の他、周囲に居た者達も視線を寄越してくる。
 先程から、妙に注目はされていたが、高井坂の一声で完全に独占する形となった。
「何を言い出すかと思えば……」
 一條が改めて配置を確認すれば、一條の脇を固めるルピーピスと紀宝、卓の反対側はランス、高井坂、パラチェレンの三人。
 言われてみれば、綺麗に男女三人が分かれて席に着いている。
 見方によっては、なるほど、見えない事もない。
「(ゴウコン?)」
「(なんでもない。気にしないで下さい)」
 ランスが不思議そうに言葉を反芻したので、機先を制した。
 妙な知識を世界に残したくない一心である。
 囲んでいる卓に物が無ければ、即座に脳天へ何かしらを叩き込んでいただろう。
 一條が平静を装いつつ隣へ目を向ければ、格闘女王が笑顔のまま、親指で首を掻ききる仕草を見せた。
――勝負あったな。
 自分でも良く分からない事を考えながら、すごすごと顔を覆う通訳の行く末を案じる。
「(男女で食事を一緒にするのを、ゴウコン、って言うの?)」
「え……あー。(似た様なもの、です。リゼさん)」
 微妙に納得していない表情をルピーピスは浮かべているが、それも、一條と紀宝の二人を見れば察しは付くと言うものだ。
 他の二名から追求が無いのを、急場は凌いだと解釈し、一條は深いため息を吐く。
――俺、今どれ位幸せ逃げたんだろうなぁ。
 ため息の数まで流石に数えてはいないが、順調に増えている筈である。
「これ、ホントに妙な意味で広がっていかないかな?」
 耳打ちしてくる紀宝に、一條も周囲へ目配せすれば、ないとも言い切れない感じは蔓延していた。
 こればかりはジャンヌ・ダルクでもどうにもならない状況である。
「(ジャンヌ・ダルク)」
「えぁ……あ、はい?」
 唐突にパラチェレンから呼び声が掛かり、自分でも変な声が出た事に若干恥ずかしさがこみ上げてきた。
 と、同時に、食卓を囲んでいるここまでの間、目立つ身体とは反対に気配を殺していた彼からの言葉に、一條は自然と身体が強張る。
 苦手意識は、流石に払拭するには早い。
 とはいえ、一息入れ直し、自然体で先を待つ事にする。
「ジャンヌ・ダルク。ディヤ ユーグリッジ」
 そんな状態を待っていたかの様に発した、パラチェレンの言葉に、ルピーピスとランス、高井坂の動きが止まった。
 それだけではない。
 周囲の喧噪も、今度こそ完全に止まっている。
 皆一様に目を見開いており、衝撃の度合いが高いのは一目瞭然だ。
 初めての単語に首を捻る一條と紀宝だが、特に一條としては、三人だけでなく、周囲からの視線も集中している為、やや居心地が悪い。
「え、何こわ。……シャラ? 彼、何て言ったんだ?」
 問い掛けるが、件の彼は口籠もっている。
 眉根を詰めながらも後を待つ間、飲み物で繋ぐ。そこから数瞬、ややあってから罰の悪い表情のまま切り出し始める。
「うん。……その、アレ。えっと……だな。パラチェレン、さんはな。……お前と結婚したい、と」
 聞こえた言葉に、一條は盛大に牛乳を拭き出した。
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