ジャンヌ・ダルク伝説~彼の地にて英雄と呼ばれた元青年~

白湯シトロ

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職人の街ドワーレ(9)

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「(どうか機嫌を直して欲しいのだが。ジャンヌ殿)」
「別に怒ってませーん」
 ランスの申し訳なさげな声に、一條は日本語で突っぱねる様にして答えた。
 とはいえ、彼のそんな声色は初めてだった為、流石に調子が狂ってくる。
 しかし、ここでは一位二位を争う実力者、ユーヴェ・パラチェレンとの決闘を目前に控えた身としては、それでも些か腹の虫は治まらないと言わざるを得ない。
――いきなり決闘とかバーサ―カーかよ。
「ムスッとしてるけど負けたら事じゃない? これ」
 慣れた手つきで薄紫色の髪を束ねていく紀宝が告げる。
 流石にその場で即戦闘、と言う訳にも行かず、今はドワーレにある部屋の一室を陣取ってその準備に勤しんでいた。
 とは言っても、一條自身は服だけ着替えれば特にする事もなく、現状、されるがままである。
「ホントだよ……こんなイベントバトル起きるなら武勲ポイント控えるべきだったわ……負けイベントじゃないよなこれ」
「残念ながら違うと思うわ」
「はぁ、ちくしょー、もー!」
 ため息交じりに出た声に、
「(ジャンヌ殿。動かないで)」
「(はい)」
 一條の身体に鎧を着けているこの部屋の主、リゼウエット・ルピーピスに叱られた。
 全身鎧の様なものではなく、胸当てと籠手、脛当て位なものである。
 本来であれば、街に繰り出して専用に制作するのもやぶさかではないとの事らしいが、何分、今回は話が急過ぎた。幸い、ルピーピスが使っている物を調整して事無きを得た為、こちらもされるがままだ。
 更に付け加えるならば、
「普通こういうのって木刀とかじゃないの……?」
「木刀っつーか鉄棒っつーか。まぁ、向こうはお構いなしっぽいけど」
 渡されたのは、最早見慣れた直剣。勿論、これで人を切れば死に至らしめる事は容易であろう。
 その事に盛大にため息を吐いて、再度ルピーピスに怒られる。
「なんとかしろよ下っ端」
「うーん。そう言われてもな……後、やっぱそういう認識になりますかねぇ」
 高井坂は頭を掻いて、難しい顔になる。
 昨日今日で分かった事だが、周囲からはこの通訳係が一條達三人の中で一番下に見られていた。
 まだ現地語に明るくない二人に代わり、基本的に会話をするのが彼であるなら、つい先日まで荷馬車の御者席で運転手を務めていたのも彼である。
 確かにそれだけ見れば、どうしたって世話係だと思われても仕方ない。
 一條の見た目からして、お付きの者が居ても不思議ではないと言う先入観もそれを後押ししていたし、伝達される言葉に疎い一條と紀宝。自身の噂には無頓着であった高井坂。
 これらが噛み合あった事で果たして、
「超然とした雰囲気を持つ美女、救世主ジャンヌ」
「ジャンヌの侍女にして格闘女王アルバ シィグラフ、ミランヌ」
「一行の盾にして通訳他雑用係、シャラ」
 と言う役割が割り振られていたのである。
 羽まで付いた噂は、比較的大きなこのドワーレに着いた直後、一気に爆発。
 朝の出来事に直結した次第だった。
「エン シンブリート」
「ほい。こっちも終わり」
 二人同時に作業を終え、一條を見ながら何やら話し合ってる様子は、まるで長年の友人の様だ。
「でもまぁ、これで行くしか無い訳か……」
 思わず出そうになるため息を飲み込み、一條は呟く。
――籠手良し、脛良し。胸も、まぁ良し。
 身体を解しながら頷いた所へ、
「負けてもコンテニュー無いから頑張れ」
 高井坂の他人事の様な物言いに、暗澹たる気分もいや増す。
 脛当て付きであれば多少攻撃が通るか、とも思案したが、今後に備えて止めておく。
「鏡、いる?」
「いらない」
「えー、折角のシニヨン! 上手く出来てるのにぃ」
「あー、はいはい。分かった分かった」
 膨れっ面をして見せる紀宝を宥めつつ、一條は手鏡を通して髪の全容を確認するが、
――こういうのシニヨンって言うのか。
 と言う感想しか湧いてこない。
 疎い一條に求めるものではないだろう。
「うん。綺麗に纏まってる、んじゃない、か……?」
 妙な言葉もついて出たが、言われた当人は満足げなので良しとする。
 そんな様を苦笑しているルピーピスまで見れば、決闘前の緊張も僅かばかり軽くなった。
「(行こうか、ランスさん)」
「(……ジャンヌ殿。もし何かあれば、私も居ます)」
 ランスの言葉に、一條は笑みを返す。
「(気にしないで下さい)」
――って言ってもアレかなぁ。
 一條としても彼の言葉には甘えたいが、今回はそうも言ってられない状況だ。
 ただでさえ、一條と紀宝の二人は悪目立ちする立場である。
 こちらの事情はどうあれ、ユーヴェ・パラチェレンとの決闘で下手な負け方でもすれば、それこそ一條達を引き立てたランスに責任が行きかねない。
 当然、同じ人間相手に剣を振るった事などない一條に、いきなりの好勝負など望む方が可笑しいが、
――紀宝とも毎日立ち回り訓練はしてるし、やれる事はやってやれ、だ。
「対人戦の実戦と思おう。そうしよう」
 少し前を行くランスが、こちらに不思議そうな顔を向けるものの、すぐに視線を正面へ戻した。
 一対一とはいえ、流石に街の中で為合う訳にもいかない為、街の敷地外を一部陣取って行われる。平時であれば出入り口付近でもそんな事は許されないのだろうが、人の流れ自体が極端に少ない今でこそ出来る芸当だろう。
 三人としても初めての大きな街であるが、悠長に見て回る時間は無い。
 それでも、職人の街、等と呼ばれているだけあり、活気に溢れた場所なのは肌で感じる。
 今居る大通りでも、宿屋の他、衣服、家具、工芸品から、あらゆる店が軒を連ねていた。行き交う人も多く、つい先日も戦闘が行われた戦時下とは思えない。ランス達一軍が駐留している事が、これをさせているのだとしたら、それは素直に驚嘆する所であろう。
 武器や防具関係はまた場所が違うらしいが、そちらもそちらで大変盛況と言う話である。
 時世が時世、と言って良いのかは一條にも判断の難しい所だ。
「そういえば、相手って強いの?」
 来る途中もそうだったが、今も視線や身体がふらふらとしている紀宝が、ふとそんな事を言い放った。
「ミランヌちゃんはもう少し、周囲に興味、持とうね?」
 返事もそこそこに、ルピーピス相手に指差しで尋ねている。
「俺は持ってる。そして相手はランスさんとも比肩する強敵だ」
「うんうん。俺は今からそんなのを相手しなきゃいけないんだよね?」
 言葉と共に視線を向ければ、高井坂が視線を逸らす。
「こっちを見ろぉ。……覚悟決まってたのに何か腹立ってきたな?」
 二人から両手で落ち着く様に制された。
「不服そうな顔だな」
「事実、不服なんだけど」
「……ん。まぁ、ジャンヌちゃんなら大丈夫でしょ」
「「根拠は」」
 声を揃えた二人に、紀宝はすぐに答えず、もってつける様にして周囲へ視線を流す。
 そうして、彼女が少しばかりの時間を潰している間に、目的地へは徐々に近付いて行き、同時に増えてきた熱気と人の密度に、一條は辟易としてくる。
 本来であれば、彼らの向かう先々はもっと四方八方に散る筈で、更に言えばその殆どが興奮に駆られた表情をしていた。
――なんとかって人気アーティストのライヴとかだったらどんなに良い事か。
「もうライヴに行く雰囲気なんよな。俺知ってる。ひょっとして娯楽少ないんか? ……ジャンヌ?」
「やらんぞ」
 妙に期待の籠もった眼差しを見せた親友を即答でぶった切った。めそめそとわざとらしく泣き真似するのを尻目に、一條は紀宝へと視線を向ける。
 釣られる様に高井坂もそちらへ向き、三人の視線が交わった。
「私もやんないわよ」
「知ってる。うん、いや違うけど」
 からからと笑う少女は、やがて真剣な表情に変える。
「相手の強さがどの程度かは知らないし興味もない。私が知ってるのはあんたが強い、って事だけ。興味があるのは、どういう勝ち方をするのか、って所」
 言葉を理解するのに暫し掛かったが、一條はゆっくりと息を吐いた。
 と、同時に、ランスが歩みを止め、熱を持った人の輪が呼応する様に道を作っていく。
 その中央で仁王立ちしている男が一人。口の端をつりあげ、いかにも不敵な笑みを見せている。
「……ユーヴェ・パラチェレン。まるで血をぶちまけたみたいな、派手な色使いだ」
 下に穿いてる物は他の者と似た白物。だが、上に着ているそれは、文字通り真っ赤であった。
 本当に血で色付けされた訳ではないだろうが、非常に目を引く上、対峙する相手を威圧するのにこれ以上の色は無いだろう。
 紅白の上下二色に彩られた服に、しかし、防具の類いは一つも見当たらない。
 逆に、武装類は両手で槍を持っている以外にも両腰に一本ずつの剣。
 背中にも槍を一本背負っており、二刀二槍と言うのが彼の戦闘手法である様だ。
 軽装なのか重装なのか、一瞬判断に迷う部分である。
――攻撃に全振りスタイルか。
 一條的には、好感の持てる方だ。
「カレッヒルム」
 言うや否や、右手に槍、左手に剣の変則二刀流に切り替えた。
 たったそれだけの事だが、紀宝や、ましてやロキとは違う意味で圧を感じる。
「殺意マシマシじゃん……」
 とてもではないが、仲間内で行われる戦いに向けられる物では無い。
 最も、それは未だに、一條達を仲間扱いしていない事にもなるが。
「剣、予備のを貰えば良かったかも」
 等と呟いた瞬間、
「アロゥ!」
 ランスの声が響き、同時に狂戦士、ユーヴェ・パラチェレンが脇目も振らずに突っ込んで来た。
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