ジャンヌ・ダルク伝説~彼の地にて英雄と呼ばれた元青年~

白湯シトロ

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職人の街ドワーレ(7)

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「オワッテシマッタ」
「どういう情緒から出た言葉?」
 一條は、思いもしなかった反応に対して、暫し考えを巡らす。
――盛大な独り言に返事されてしまった……。
 とりあえず、答えるまでの猶予を得ようと、時間を掛けて起き上がる。
 ほぼ一條達専用と化した荷馬車の中。
 二人とそこそこの荷物だけしかなかったのだが、今は大小様々な鉱石や血に塗れた衣服、防具類が詰められており、視覚的にも嗅覚的にも圧迫感を覚える。
 そうは言っても、まだ怪我人を押し込まれていないだけ十分配慮されてると言って良いだろう。
 今までが広々と使わせて貰っていただけなのだろうが。
 それらを見てから、肝心の紀宝へと視線を向ければ、きょとんとした顔を見せた彼女と目が合った。
「……いや、なんか戦闘を終えた実感が乏しいなぁ……と、思った次第でして。えぇ」
 取って付けた様な言葉に、怪訝な表情をしたものの、
「まぁ、言いたい事は分かるけどね。私もやるぞー、って思ったら一瞬で終わっちゃったし」
 紀宝は、そう言って大げさに肩を竦めてみせる。
 実際、一條達がランス達と合流し、高井坂曰く百数十体のロキを相手取ろう、とした所で、援軍が見えたのだった。誰あろう、ドワーレに駐留していた、ランス軍の中核部隊である。
 元々、街の方が先にロキの襲撃を受けていた所、それらの一部が此方へ流れてきての戦闘だ。であれば、其方がある程度楽になったのは間違いない。
 そして、一條達が戦闘していた場所がドワーレからそれほど遠くない位置であったのも幸いし、趨勢が決した時点で即座の追撃部隊を出し、それが絶妙な時期に到着したのだった。
 援軍自体は二千人程度と言う規模であったが、それでもその後の戦闘は数の暴力である。
 紀宝の言う通り、一瞬と称して良い時間で残りのロキは掃討された。
「……ミラには頼ってばかりだなぁ、ホント。さっきの戦後処理もそうだし、感謝してもし足りないよ」
 改めて、一條は思ってる事を口に出す。
 今回の戦闘でもそうだが、その後の怪我人搬送、遺体収容でも積極的に動いてくれたのが他でもない彼女である。
「んー? 良いって別に。ジャンヌったら人一倍泣きそうな顔してたしね。怪我したんじゃないかって逆に心配されてるし」
「それは……申し訳ないと思ってる……」
 先程の場面を思い返して絞り出す様に出した言葉に、紀宝はからからと楽しげだ。
 彼女の言う通り、一條は行く先々で神妙な顔をしていた為、当の怪我人達にすら気を使わせてしまっていた。
 最終的には通訳を水攻めで叩き起こし、援軍を含めた全体の指示を出したりと忙しないランスの傍で佇んでいただけである。
 とはいえ、派手な結果を残したのと、如何せん目立つ風貌なのもあって、居心地は微妙であった。
「まぁ、ジャンヌ・ダルクとしてはアレで良かったんじゃない? またぞろ支持者増えるわよ。なにせ今回のMVPでもあるし。でしょ?」
「どーかなー……でも、戦果だけで言ったらミラもそうじゃん」
「そっかなー。後はシャラを白目剥かせて気絶させたのも戦果としては中々だと思うなぁ」
「俺は最初見た時死んでるかと思って焦ったわ」
「あっはは。私も一瞬思ったわねー」
 しかし、そうなっていたら死因は一條であり、笑い事ではない。
「当人は寝る、ってそれきり転がってるけど」
「そっとしとけ。死ぬほど疲れてるしな……」
――原因は俺だけど。
 高井坂が、三つ首に大盾から衝突したのは確かだが、その大盾の結末を見るに、正直、並の人間では五体満足で耐えうる物ではなかったろう。
 紀宝にも負けず劣らずの化け物っぷりを披露したと言える。
 一條の言葉を受け、右手をひらひらと動かしながら紀宝は答えた。
「それより、もう街に着く頃だっけ。……着替えなきゃ。ほらほらジャンヌも」
「いや、俺は」
「確か替えがまだあった筈よねぇ。服と下着は……リゼさーん?」
「別に……このまま、でも……」
 既に一條の声は無視され、紀宝は御者席の方へ身を乗り出している。
 今は端の方で此方を背にして横になっている高井坂に代わり、この荷馬車を預かってる人物に事の説明をするのだろう。
――にしてもリゼさん、って。
 紀宝も、一條とは喋れる程度は同じであり、そこは本人も認めている。
 ところが、彼女は大袈裟とも取れる身振り手振りを交えて積極的に話し掛けていく所為か、相手とそれなりに話が通じ合っていた。
 リゼウエット・ルピーピス、と言うのが現在そこに座る人物の名だが、初対面からまだそんな時間も経たずに略称で呼ぶ程に親しげに話せるのは、やはり持って生まれた才能と言うやつである。
「羨ましい限りだ」
 苦笑しつつ、紀宝達の会話してる様子を眺める。恐らくその方向は明後日に向かっているだろうが、一條としては特に止める理由はない。
――着替えとか別に良いし。
 確かに所々汚れてはいるが、着替える程かと言うと微妙な線である。
 それでも、無理矢理に替える事になるだろう未来を思い、ため息を吐く。
 と、紀宝が我慢出来なくなったのか、御者席の方へ全身を移していこうとし、そこでルピーピスと視線が合う。
 栗色の髪を肩口で揃えた女性の軍人貴族は、一條を見て、苦笑気味に笑っていた。
「暫く任せようかな……」
 呟きながら、一條は紙と筆記具を用意。揺れる荷馬車の中で器用に文字を綴っていく。
 彼女の年齢は定かではないが、整った顔立ちに凜とした佇まいは、正しく女性騎士と呼ぶに相応しい出で立ちである。
 最近では、彼女の様な存在もある程度増えているらしいが、それも先だっての戦争と、今も続くロキとの戦いで軍人貴族も男手そのものが少なくなっている事が原因だ。
 最も、昔から少なかっただけで全く居なかった訳では無かった様なのだが、そこへ行くと一條や紀宝と言う存在はそれ以上に目を引く立場でもある。
 三人の立場は現状、アリーラと呼ばれる、所謂、平民だ。
 これらの者は、基本的に戦場へ出る事はない。その為の貴族であり、軍人貴族アリフェスタなのである。
 ただ、この概念が崩れつつあるのもまた事実であり、今では平民も徴兵に近い形でロキ戦線に立っている者が多い。が、それは本来男が受け持つ場面である。
 高井坂はこの点を合格しているものの、一條と紀宝は例外中の例外とも言える存在だった。
 悪目立ちする理由も、半分はそこに該当する。
――えーと、確か最後は……業、火……裂……裂?
 漢字が思い浮かばなかったので暫し悩む。
「いや、そもそも技名とか要らないんだよ……」
 一人で突っ込みを入れ、消す事も出来ないので二重線を引いた。
 ゼルフは、例えるなら言霊に近い事象だと一條は考えている。
 ならば、詠唱文をきっちりと形作り、簡単な詳細を添付していけば、想像するのも易く、いずれは発動するのも多少楽になる筈だ。
「それでもまぁ、覚える事は多いけど」
 こればかりはどうする事も出来ないのがもどかしくもある。
 とりあえずを書き終え、一息ついた所で身体を解すついでに、徐に声を出す。
「そういえば、張飛って目を開けたまま寝るらしいけど本当だと思うか?」
 反応はない。
「……ドワーレにファストトラベルしたいって思わない?」
「オモイマセン」
 片言の日本語を喋りながら、通訳男が起きて、正座した。
「い、いやー。流石ジャンヌ・ダルクだなぁ。はっはっはっ」
 思わずため息を吐く。
「ちなみにいつから気付いて?」
「ミラが着替えなきゃー、って言ってたとこでビクッてなったろ」
「タイミング無くってさぁ。ホントに」
 頭を掻いて罰の悪そうな表情を浮かべる親友。
「良いけど。……でもそこに居たらマジでファストトラベルする事になるぞ」
「あー。だよなぁ……」
「ねージャンヌー。二つある袋に服とか入ってるってー」
「サヨナラ!!」
 紀宝が言葉と同時に幌の中へ顔だけを覗かせた瞬間、巨体が宙を舞って後ろから外へ飛んでいった。
 なんとも鮮やかな脱出劇である。
「下着は流石に……って何、その顔」
「え、いや。別に?」
「ふーん……あれ、シャラは?」
「トイレ」
「そ。……所でそれ、さっき詠唱してたやつ?」
「ん。一応、メモっとこうかなぁって」
 不思議そうに眺めていたが、すぐに興味を失った様だ。
 幌の中へ入ってくるやいなや、荷物の置かれた一角を漁り出した。
「ほらほら。あんたも着替えるの」
 目的の物を見付け、一條の傍へ投げて寄越しつつ、紀宝は一息に服を脱いでいく。
 本来なら目を覆いたい所だが、ここへ来てからは連日同衾であるし、水浴びも大抵二人で行う。
 そう言った事が続いたのもあって、当初こそお互い気恥ずかしさもあったが、最近は慣れてきたのか、あまり気にしなくなっているのも確かだった。
 それが、元男してはどうだろうかと思うものの、そもそも羞恥心が低くなっている様な気がしないでもない。
「えぇー」
「えぇー、じゃないの。髪も少しは手加えないとだし」
――それは紀宝が弄りたいだけでは。
 心中で文句をつけ、渋々と言った体で一條も服を脱ぎ捨てる。
「何食べたらそこまで育つのかしらね」
「同じのしか食べてませんけど?」
 この世界に来てからは毎食三人同じ食卓に居るのだが、紀宝には何か別の食事風景が見えている様だ。
 そもそも、一條の胸が世界級なのも異世界に来てからなので、それ以前となると範囲が急拡大してしまう。
「これから行く所、職人の街、って言う位だし。下着とか可愛いの新調したいとこだけど。やっぱオーダーメイドかなぁ」
「いや、俺は可愛さとか求めてないんで。スポブラ、って言うの? これで良いよ。サイズはアレだけど」
「んー。でもその大きさだと困るのよ。可愛いのあんまないって言うし」
「人の胸揉みながら話すの辞めて下さいます? 後、話聞いて?」
 一條も紀宝が言いたい事は分かるのだが、それとこれとは話が別である。
――下着に拘るのって女子だと普通なんかな。
 元々、一條は服に対してあまり拘らない性質なので、着る分には余程の事がなければ頓着しない。
 高井坂と紀宝の、服選びに時間を掛けると言う点が理解出来ない人種である。
「わりー。ちょっと忘れ物を……」
 恐ろしい所で顔を見せた高井坂と目が合う。そのまま向こうは固まってしまったが、それは一條も同じだ。
 現在、一條と紀宝は二人して下着姿であり、一條に至っては、半分、乳が出ている状態だった。
 但し、固まったのは裸を見られたからと言う感情からではなく、目の前で声に反応して俯き、小刻みに震えている少女を見て、である。
「ふ、ぅ……お前の忘れ物は、これだぁ!」
 深呼吸し、目をかっと見開いてからの紀宝の行動は早かった。
 近くに落ちてた鉱石を拾うと、振り向き様に覗き魔の顔面目掛け投擲。
「ごわぁぁ!」
 眉間に直撃し、再び外へ転がっていく。
 ここまで瞬き以下とも思える時間の出来事である。
――いや何で戻ってきたんだよあいつ。
 思ったが、既に問い詰める相手は低速ながら動いてる馬車から転落していったので、一條は気にせず真新しい服に袖を通す事にした。
 素材の事に明るくないが、少なくとも今までのものより上質なのは分かる。と言うより、仕事が丁寧とも取れた。
――さぞお高いのだろうな。
 この世界の金銭感覚は全く無いが。
 相変わらず男物ではあるが、今の身長から言えば、こちらの方が合っている為、一條としては助かる。
「……まぁ、なんだ。服着たら、俺の髪、弄る?」
 紀宝は、一條の言葉に無言で頷いた。
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