ジャンヌ・ダルク伝説~彼の地にて英雄と呼ばれた元青年~

白湯シトロ

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未知との遭遇(4)

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「紀宝さん。わたくし、足元、って言うか脚が心元無いんですが」
「ミランヌ」
 にべもなく言われ、一條は言い直す。
「……ミランヌさん。脚が風通し良くて困ってます」
「風通し良いならよくねぇ?」
「男は黙っててくれませんかねぇ」
 嘘泣きを始めた高井坂を無視して、一條はスカートの裾を持って風に遊ばせる。
 先の戦闘で服としての役目を終えたのを取り替えたのだが、紀宝が押し付けてきたのが今着ているワンピース風の服のみであった為、仕方なく着る羽目になった。
 そんな彼女曰く、
「他の服? 残念、今は無いわね!」
 と満面の笑みである。
 その後の嫌味もどこ吹く風と言った感じであり、ため息より先に服をボロボロにした自分に対しての怒りすら湧いてきそうであった。
――後悔先に立たず。着るものないから仕方ないけど。
「ちょいちょいジャンヌ。そんなばっさばっさやってたら下着見えるっての」
 慌てた紀宝に腕を掴まれたままで一條がふと見れば、裾は今や膝上まで舞う様になっており、確かにこのままでは下着すら見えそうである。
「……こいつはうっかり」
 屈み込んでいた目の前の野郎に上から一撃加えて、一條は一息吐いた。
「イズヴィ。イウマレ」
 ランスがお供を一人連れて入って来たのは、そんな頃合いである。
 彼が歩きながら、上から下まで視線を動かし、小さく笑みを見せているのに首を捻りつつも、合わせて一條達も動き始めた。
 三人を含めたランスの軍はロキと一線を交えて勝利を収めた後、各所に点在していると言う宿場に似た所まで行軍。今に至る。
 部隊全体で被害無し、とはいかなかったものの、彼の話によれば、それでも少ない方であるらしい。
 最も、ロキ相手とはいえ流石に暴れすぎた事もあって、一條達三人はアラスタンヒル・ランスと側近一人を目の前に話し合いの場に座らされているのだが。
「フォーモ フラム・ホリマー。ディヤーフェ アルシーム ヤーアロリズ」
「フラム・ホリマー、ランスさんの副官だって」
 隣で高井坂が小声で教えてくれる。
「ミランヌ・カドゥ・ディー。シャラ・ディノワ」
 白髪の混じった黒髪を弄りながら、中肉中背の一見目立たなそうな風貌をした男性、フラム・ホリマーが紀宝と高井坂を見つつ、呟いた。
「ソルテア ジャンヌ・ダルク」
 最後に、一條を一瞥した後、わざとらしくため息を吐いて見せる。
「ジャンヌ ダルク……アトロシェ、ハーロン ティチ フォン エンフェーズル」
「女神の使者とか変な名前だけど、腕は確かだと」
 高井坂の訳語に、一條と紀宝も小さく頷く。
――まぁ、変な名前だとは自分でも思う。って言うか考えたの俺じゃないけど。
 渇いた笑いしか出てこない。
「これ、詰問?」
「いやどっちかっつーと質問かな」
「どっちでも良いけどさ……」
 あまり小声ではない三人の話に、痺れを切らしたのか、側近の人に睨み付けられる。
 彼らの真正面、中央に座る身としては、一番視線を集めやすい様で、注目度も高いらしかった。
「ごめんなさい」
「イズヴィ」
 頭を下げた一條に続く様に、高井坂が翻訳して伝える。
「ホリマー リスタル」
 苦笑気味に仲裁に入るランスに、彼も渋々従う。
 と、そのやり取りで、一條も彼の顔を思い出した。
「あ、俺が剣ひったくった、へっぴり腰の……」
 言い掛けて、高井坂に制止される。
「ゴート イスール、 カルム インハスール ジャンヌ・ダルク!」
 ホリマーと呼ばれた男性が興奮気味にしゃべり出した。
 誰が見ても、一條に対して怒っているのは明白である。
「ソルテガ ジャンヌ・ダルク。サイヤ アローン クグロ ローシェガ。ディヤ ハツバ リロゥ シルト、ランス リスタルフェ ハツバ、ソンコァ アース ヤエスト バーシ アーシラ ラオスト ギュイエス!」
 一気に捲し立ててから、ホリマーは鼻を鳴らしてみせた。
 それから、ランスの方を一瞬見て、
「ラヤヘー ボンヨティバ」
 付け加える。
「あー……っと」
 言葉が分からない以上、一條に答える事は出来ず、意見を述べて良いのか、異議を申し立てるべきかも迷う。
 助けを求めて、視線を隣の通訳に向けるが、肝心の人物も似た様な反応をしている。
「え、何」
「いや……なんつーかな。武器壊し過ぎだから気を付けろ、と」
「どんだけ壊してんのジャンヌ」
「あれ、怒られてるの俺だけ? 後ちょっと待って。俺が壊したの剣が四、五本だけだって」
 内容を把握したので異議を申し立てた。
「フォーナ バルナスル、クグロ アース エルスト」 
 ホリマーがこめかみを押さえ始める。
 呼応する様にして、隣からため息交じりに声が返ってきた。
「……言っちゃ何だけど大して変わんなくないそれ?」
「ネベア ニェータ」
「流石に今のは理解出来たけどこういうのって数は大事だと思うんですよね、俺!」
 一條は若干早口で力説したが、皆一様に一瞥をくれただけである。苦笑とため息も続き、お茶を濁された感が強い。
 嘘泣きでもしようかと思案したが止めておく。
「ウル。ヒンムル ノヒン アミンヤルテ ルシェン。ディラバ ディヤーダ レッチェ チェキフ?」
「ニヌンナ」
 高井坂の言葉に、ホリマーが頷いた。
「処遇が決まったとさ」
 一條にのみ聞こえる様な小さい声量で呟き、通訳はその一條の肩を二度、三度と叩いて、軽く咳払いしてみせる。
「ハーロン トロヴィフィ アドゥロ」
「難しい?」
 今度は、高井坂が二人にも聞こえる様にわざとらしく声に出した。一條も、紀宝と目を合わせる。これに反応したのが、ランスだ。
 話を進めようとしたホリマーを手で制しつつ、後を引き継ぐ形で切り出す。
「サンフー ローンヴィーク ヴァルシェ、ティチ ニスク リギャルド グィヴェ ルズル。カルム ヴェルファロ ラースリフ・リギャルド、ミルリ ヌーオキシヘー フェン。ネベア エレタ イルジェ」
「ここら一帯の領主であるラースリフ・リギャルド……ってのが厄介らしい。アミンヤルテ?」
 かいつまんで説明してくれるのは、高井坂もそうだが、一條達にしても有り難い。
 と言うより、これを見越してランスがわざわざ口を挟んできたと見るのが妥当である。一條達の事情に詳しいのだから、敢えて説明する事でこの世界の情報を教えようと言う事なのだろう。
 そう考えれば、アラスタンヒル・ランスと言う人物は、嫌味でも無く良く出来た人間だ。
「シェルバ ランシヴ アミンヤルテ ダシェーマ イルジェ。ハーロン ロキケトー ハーヴシン ザーテント ビルフォー、アスール、シャンルテ ヴェンラ アランズナ」
「ティチ アミン」
「ルッテローフェ、マーセフ フォーティ リッテ ワンムス」
 ホリマーが殊更大きく鼻を鳴らした。
 高井坂が合間に翻訳を入れてくれる為、一條と紀宝も会話内容はある程度把握出来ている。
 その上で思ったのは、
――あんまり好かれてる人物ではないらしい。
 と言う事だ。
 ランスもあまり顔には出していないが、ホリマーの態度を諫めない辺り、似た様な感情を持っていると言う事だろう。
「そのリギャルドってのにバレたら不味いって事?」
「多分。帰る手段探すどころじゃなくなるかもな」
 紀宝が渋った表情をしてみせた。
「ディヤーフェ クアント、ティチ ヒーボント チェンシオ」
「ランスさんは避けたいって」
 通訳された言葉に対して、一條はランスと改めて視線を合わせる。
「それは……」
 言い掛けたが、そこから先を飲み込み、代わりとでも言う様に頭を掻いた。
――連れてきた責任か、なんて言わなくて良いか。
 両隣から無言の圧を受けつつ、逡巡した後、一條は意を決して高井坂に告げる。
「俺としては、当分はそちらと行動させて貰いたいと考えてます。アラスタンヒルさんには助けられた恩もありますし」
 言いつつ、我ながら強引だなと思う。それでも、言葉自体に嘘はない。
 一條達がこの世界へ来た原因は彼なのだろうが、助けられた事もまた事実である。
 高井坂を介した言葉で、対面の二人の表情が両極端になっていくのが不思議だが、一條は続けていく。
「……えーと。ロキとの戦闘に参加するのは、構わないので……はい」
 尻切れの言葉に、一人は肩を竦ませ、もう一人は歯を見せて笑った。
「ディヤーダ ロキ イルディロ。……フォーナ バルナスル」
「ホリマー リスタル」
「スール ランス リスタルフェ。カルム、フォーナ スルーヴ フェン ムタ」
 一息、
「ダシェーマ ウーク オビリス」
 ホリマーが、肩の力を抜く様に発した言葉に、場の空気も弛緩していく。
「お前に救われた奴も多いし、オーケーだって」
 隣の通訳も、こちらに向けて親指を挙げた。
「ハーロン!」
 気を抜いた三人を制する様に、両手で机を叩いて現実に引き戻すホリマー。
「ランス リスタルフェ ハーヴシン、アラスタンヒル バーシ リスタ ディリタ! ランス グィヴェ ヴァヴィエルアリスタ ラオスト。ティチ ヴァロワ エルトワル ヴァロワ エルラーフ、オーフィーチェ グィヴェ ヴァルシェ」
「……なんて?」
 ホリマーから凄まれた事は分かるが、言葉を意味として理解出来るのは一人だけだ。
 こそこそと話し掛けたが、当人は眉根を詰め、何事か思案している。
――アラスタンヒルさんに対しての呼び方、がどうとかこうとか。
 一條に理解出来たのはそれ位であり、どうにも要領を得ない。
 彼としても、この世界の言葉を勉強するのはそれなりに急務になりそうである。今後の要相談案件だ。
 そんな事を熟々と考えていた所で、通訳が重々しく口を開く。
「あー……その……、ランス家と言うのがだね。この国で、それはそれは偉い家柄であって。アラスタンヒル・ランスさん、様、が、ご子息であらせられるらしい」
 高井坂が、珍しい程に己を弱く見せている。
「……えーと、それはつまり」
「……アラスタンヒルさん、凄い家のご出身、と言う事……?」
 深々と頷いた彼に、遅れる事数秒、一條と紀宝の二人はほぼ同時に頭を抱えた。
「「はぁぁぁぁぁ」」
 ため息もいつも以上に深い。
 それも、一條と紀宝の二人分で更に倍である。
 しかし、言われてみれば合点もいく。歳が一回りも下のランスに、ホリマーが物腰低い対応をしていたり、あれだけの人数を部下として従えているのだから、相応の身分であるのは至極当然であった。
 流石に存在自体が雲の上とは想像出来ていなかったのも、また事実ではあるが。
「って言うか、アラスタンヒルが名前でランスが苗字だったのか」
「……いやそこかい」
 通訳の突っ込みも力はない。
 とはいえ、一條としてはその部分も初耳であり、ある意味衝撃的である。
 とどのつまり、年上の偉い身分の人物を今まで親しげに名前呼びしていた事になるのだ。
――ジャンヌとか話してくるからてっきり苗字なのかと。
「異世界、怖いなぁ」
「もっと怖い部分あったと思うけど……。うーん。まぁ、私達打ち首されてないし、とりあえず驚愕の新事実、って事で先進みましょ先」
「切り替えが早すぎて怖いなぁ」
「所で、これから何処に向かうかって分かる? シャラ」
 一條の泣き言は即座にぶった切られ、紀宝は話を進める。
「ウル イズヴィ。ディラバ ヒンムル スマレ?」
 言葉に、ランスが羊皮紙を広げた。
 地図だ。
 昼頃に一條が見ていた物とは違い、一回り以上大きく、傍目には全く別の物にすら見えてくる。幾分上質に見えるのは、真新しいのも無関係ではないだろう。それ以上に目立つ違いは、そこかしこに文字の様なものも書き込まれている事だが、一字たりとも読めるものではかった。
「なぁ、こっちの文字読める?」
 小声で通訳に尋ねるが、力なく首を横に振っている。
「ディヤーダ カルム ビーパシィ ティチ アンゾネティ。アドゥロ ウマレ、ジェーカ ゴーレ ハーラト シェルバ レヴカンソ、ティチ コンコゾーネ。トムル ザクサン スマレ、ドワイレ ニスターブル」
 説明しつつ、丁寧に指し示していく。
――なるほど分からん。
 ただでさえ言葉は通訳任せな上、文字情報まで追加されては処理も追いつかない。
 ただランスの指し示す指を見てるだけである。
「ねぇ、このロシア語に百八十度回転させた英語やドイツ語を繋げて、片仮名トッピングしました的な文字。区切りどこ」
「分かる様な分からない様な例えを出すなよ……」
 唸る紀宝本人にも分かっていないだろうが、兎に角、文字の解読は後回しにする。地図上では山や川もあるみたいだが、一際大きく表記されているドワイレと言う箇所までどの程度の日数が掛かるかも不明瞭だ。
「なるほど、分からん。ディラバ ストゥロ フーロムタ」
「ビルオー イルジェ、デェルスミ ウマレ テジ デー ミーロア ナム デー。ワーティエ ヴィエ デー」
「一週間から最悪、十日位だと」
 車があれば違うのだろうが、なにせこの世界では馬が交通の手段だ。
 致し方ないと言える。
 それに対して、理解の意を示すと、ランスが柔やかな笑みを見せた。
――つくづく顔が良い。
 思い、再び頭を抱える。
「どしたの」
「いや別に。こっちの言葉勉強しようかな、って」
「それねー。あ、この後三人で集まって少し会議ね。ジャンヌ会議」
「それ気にいったのか……?」
 ともあれ、ここからの道筋は一応決定したのだった。
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