ジャンヌ・ダルク伝説~彼の地にて英雄と呼ばれた元青年~

白湯シトロ

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序章~目覚め~(3)

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「異世界、かぁ」
 馬に揺られながら、一條は小さく零した。
――まぁ、見た目ユニコーンみたいなこいつ見たらぐうの音も出ないけど。
 視線の先、黒い馬体に映える様にして、見事な白の一角が見える。正確には、ホボス、と言う種族名であるらしいが、今の一條には些末な事である。
「はぁぁぁ」
「ディラバ ジャンヌ リスタル?」
 一條のため息に対して、真っ先に反応したのがランスであった。とはいえ、馬上と言う密着状態ではそれも致し方ない。
 しかし、言葉が分からない為に一條が受け答えに窮していると、真横を側仕えの様に歩く高井坂が助け船を出してきた。
「ん。あー、どうしたのか、って聞いてるんだよ」
「……気にするな、と」
 通訳した高井坂の言葉に、ランスが苦笑する。
――お、落ち着かねぇ。
 高井坂が落ちていった先で、ランスを含め、出来る限りの情報はやり取りしたが、一旦、ローンヴィークと言う村に向かった所でと打ち切って今に至る。
 徒歩でも十分圏内だったのだが、まだ上手いこと歩けていない一條がランスと相乗りという運びになるのに、それほど時間は掛からず、反対もなかった。
 結果として、一條はホボスに横乗りし、それを後ろから囲う様にしてランスが位置取る形だ。彼の腕が良いのか、大柄な種であるホボスがそうなのか、兎に角、乗り心地が悪くないのは嬉しい誤算である。
 とはいえ、これではもはや式場に向かう新郎新婦であろう。
――いや、今は女になってるし見た目は良いかも知んないけど。
 紀宝曰く、
「美男美女でお似合い」
 との事だ。
「……はぁぁ」
「ため息つくと幸せ逃げるって言うよジャンヌー。いや、日本語訳だと女神か」
 その紀宝の茶化す様な物言いに、一條は心中でため息を吐いた。
「ジャンヌ・ダルクがなんで女神の使者、って意味になんだよ……」
「いやぁ、綺麗な感じになってて良かったな」
「なんでそれ俺の名前にしちゃったんだよお前……」
 最初の時点でその名前とする事に関しては高井坂の中で既定路線だったらしく、それが意気投合していた要因の一つでもあった様だ。一條としては甚だ不満ではあるが、少なくとも表立った諍いを起こしておらず、一つの交渉の手段とみれば、一概に悪手だったとは言えない。
――最初から好意的であったのは置いといて。
 思わず天を仰ぎ見る。どこまでも続いていそうな青い空だ。
「もう村も目の前だし、とりあえず二人とも、さっきの設定通りにな。ランスさんにもフォローしてもらうけど、まぁ、なんとかしてみせるさ」
 三人が元々、ローンヴィーク村出身でありロキ襲来に際して落ち延びた、言わば生き残り、と言うのが高井坂とランスとで作り上げた、一條達三人の設定である。
 現在においても、この世界では出生登録の様な物は存在していないらしく、正確に国民の総人口を把握してる人間がいないのを逆手に取った形だ。
「かつて友人がこれほど頼りに見える日が来るとは思わなかった」
「……言いたい事はあるけど、その声と笑顔で言われると反則だわ。恋に」
「落ちるな。マジで。頼むから」
 半裸の上、斜面を滑り落ちていった事で所々破れてしまっているズボンを穿いた通訳が、爽やかとは程遠い笑みを浮かべた。身体には傷一つ付いていないのだから、不思議を通り越して不気味ですらあるが、一條はそれらに対しての感想を心の片隅に置きつつ、一行の一番後ろを歩いている、先程から複雑な顔をしている紀宝へと視線を向ける。
 しきりに二の腕をさすったかと思えば肩を回していたり、何か思う所がある様だ。
 声を掛けようか逡巡したが、一條が口を開くよりも先に高井坂が彼女に声を掛ける。
 一條が視線を向けた事で、彼が何かを察したのか、彼自身も気にしていたかは定かではないが、ともあれ、一條としては手持ち無沙汰と言えた。
 ついでに視線をランスに向ければ、それに気付いた彼と目が合う。
――俺も日常会話位は出来なきゃだな。
 意思の疎通すら出来ないのは、一條としても座りが悪い。
「ウル……ディラバ ジャンヌ リスタル?」
 妙にゆっくりとした口調で、ランスが話し掛けてくる。
 それは先程聞いた単語であり、流石に一條もその意図は分かった。
――同じ単語でゆっくりと。俺でも分かる様に、って配慮だ。
 どう返すべきか思案したが、それも決まってる様なもので、後は正しく発音出来るかどうかである。
 伝えるのは、先程高井坂がランスに返した単語だ。
「あー……っと。い、イヨティバ」
 果たして、彼の表情が驚いたものから、段々と笑みへと変わっていく。歳は一回り上に見えるが、まるで子供の様な喜び様である。
――ちくしょう。やっぱイケメンだなこの人。
 その事にどう反応すべきか迷っていたが、不意に刺激臭に襲われた。
 嗅いだ事の無いものだったが、不思議と理解は出来てしまう。見れば、高井坂と紀宝も、しかめっ面をしている。
「これが……血の臭い」
 事前情報として軽く伝えられていた事だが、こうしてその場に来ると実感が湧く。
 程なくして、一條達は異世界に来て初めての村、そしてここでの故郷、その生き残りとして、ローンヴィークと言う名の村へと入っていく。
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