解放

かひけつ

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第3章 ~よう

ご機嫌③

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 「昼ご飯をお持ちしました」

 「どうぞ」

如何にも礼儀正しそうで物腰の柔らかそうな紳士が台を押しながら入室する。執事だろうか、ちゃんとした佇まいだ。高そうな食器や食材を用いているが、栄養バランス良さそうだ。食器の隅には水と様々な錠剤がまとめられており、ある程度の察しはつく。リンもベッドから降りて用意されたテーブルの前の椅子に腰かける。ひっそりと聞き覚えのある声が囁く。

 「廊下に来てくれ」 

 〔…〕

オレは返事をせずに立ち上がり、その声に従って廊下に向かう。AIがぶっきらぼうに独り言ちる。

 「あんたh、神様はなにをしてる、んですか?」

それはさっきまでオレがいた場所に向かってで、やはり見えないようだ。

 〔ちょっと用ができた。すぐ戻る〕

 「…そうですか」

 〔敬語止めたがいいぞ。ちょっとサムケが…〕

 「あんたねぇ!!」

 <いいやつだ>

素直にそう思った。あの子がいるから、リンが感情豊かになっているのだろうと客観的に分析する。本人もあまり気付いてなさそうだが、大切に思っているのだろう。

 <人間的感情それが裏目に出ないといいが……>

逃げるように廊下に出るとグルバンがいた。実体はないが、存在感があった。

 「ちょっと、いいか」

 〔あぁ〕

どこか不穏な空気はあったのかもしれない。グルバンに返事した時に、とある思考が混じる。

 <もしかしたら、もう既に何かを間違えてるのかもしれない。詰みの局面かもしれない。オレは未来が見えない・・・・・・・・・・。臆病者で、罪悪感を抱かないためのとっておきズルだって控えている。だが…>

それはもし別のオレがいたら取っていたであろう考えで、オレの考えと言っても遜色そんしょくない代物だった。顔には一切出さずに、オレは今を直視することにした。そうやって進むことにした。



――リンは食事をしていた。急にふらっと倒れ時にはどうしたらと思ったが、なんとか落ち着いた…。これも一度や二度じゃない。これが当たり前なのだ。日常茶飯事のように慣れたくないし、毎回、このまま届かない存在になるのではと嫌な感覚になる。

 「リン。体調悪いならコールドスリーブ熟睡してもいいだよ?」

 「大丈夫」

 「そう…」

結局よく分からないまま神との話は終わった。リンは読心ができてしまうし、頭の回転も速いから会話についていけなくなる時がある。私の方が機械なのにね。でも、空気は分かったよ……。リンは戦おうとして、それを拒絶された。リンはそれ以上主張しなかったが、行こうと言われたら行ってしまう。私をおいて、行ってしまうように感じた。

 「メハ。いこ」

 「……うん、そうだね」

リンは何も考えてないように見えるが、気遣いはできるし、鋭い。甘いわけではないが、優しさもある。リンは後は頼んだというかのように寝っ転がる。いつも通り起動するとしよう。

 [ネットワークに接続します]

 [プログラムに更新が必要です]

 [アップデートしますか? Yes/No]

よくある更新の画面だ。私がいかに機械であっても、全部を管轄するわけではない。執事のスケジュール管理から権力を振りかざした法外の情報まで持ち合わせているし、ネットワークの支配領域も広く、情報操作もある程度は可能だと思う。

 私は、それらを同時に処理できるスペックなんてない。

私ができることなんて、人並みの感情とちっぽけな理性で最終決断を私がする必要があるものだけ。そう言っても大したものは回ってこないから、やることがない。こうやって、リンを楽しませることが目的なのだろうが、アイディアが出るわけでもない私は情報力でなんとかやりくりする始末。

 「…ははっ……」

誰もいない空間で小さく笑ってしまう。

 <こんな環境で自尊心なんか生まれるわけないじゃんか……>

こんな顔、リンの前ではできないので、なんとか落ち着かせる。一気に冷静になって、更新の画面に改めて目に入れるが、大したことないアップデートの更新だと確認する。無感情かつ思考停止した状態でYesを選択する。

 ティロリロリン♪

何度も聞いた音と共にメールが届く。少々奇妙だ。メールアドレス自体バレることも非公認のものが送られても即刻はじかれ届かない……。少し分からなくはあったが、ウィルスにかかっている可能性は限りなく低く、なにかしらの連絡がメールできただけかもと、開く。開いてしまう。

 「え...?」

 震えた……。

大量の情報が流れ込む。知らなかったこと。知りたかったこと。知りたくなかったこと。どんどんと情報が入ってくる…。あらかじめ知っていたことや矛盾、疑問が氷解したからこそ疑いようのない事実であり、私に選択肢なんてありはしないと――



――俺はチェックメイト一歩手前の盤面を、安全地帯から眺めていた。そして、ただ押すだけだった。

 「ご機嫌はいかがかな?」

最低の手向たむけを携え、用意したスイッチを狙いすましたタイミングで――
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