解放

かひけつ

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第2章 ■なきゃ

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私は嘆くように龍成に縋りつく。彼の体は実体があり、触れることができた。見た目では推測し難い細身であり、彼が私を支える胸板や腕は優しさを感じさせた。腕の中に安らぎを覚えて、嘆き続けた。

 「許し…て……」

言葉にして自分の醜さを恥じる。耐えられず目を閉じる。

 〈龍成への配慮や謝罪を差し置いて……私は………自分のことを………〉

私の心情を表すかのように謎の空間が昏くなっていく。





目が覚める・・・・・。私は龍成・・の前で寝ていたようだ。辺りは何かが焦げた臭いや血の臭いが鼻をつく、施設の廊下だった。

 「おい、邪魔だぞ?」

声は後ろから聞こえ、振り向けばそこには【土】の元、いや、No.2が施設の研究員を連れていた。人手が来たと、助かる可能性があると縋りついた。

 「龍成がっ……!」

No.2は表情も変えずに言うのだ。

 「もうただの死体だろ?」

 〈は?〉

理解できなかった。唖然あぜんとしていた。正常者を捜そうと後ろの研究員たちを見ると、廊下の掃除をしているようだった。それはもう淡々と同僚たちの血痕や肉片をテキパキと清掃する様は狂気じみていた。

 〈なんで?〉

ヒビの入った水晶や龍成、大事なものが奪われていく感覚に陥った。

 〈なんで………?〉

そのタイミングだった。運命の時は……。いきなり、頭に言葉が流れ込んだ。

 〔よぉ。力を貸そうか?〕

一方的に話を進められたが、まとめてしまえばこんなものだ。

 〔オレは五行の…神みたいなもんだ〕

 〈施設の解体、この分野の科学進歩の制限〉

 〔お互い力を出し合おう〕

 「……ハハハハハ」

私は気付いたら壊れたように笑っていた。周囲は火の海。火に対して、焦りも恐怖心もなかった。火が滅ぼすこと、火に滅ぼされることは、ごく自然なことに思った。





目が覚めてもまた、夢の世界非現実だった。夢の中で夢を見たのだろう。龍成は私が起きるのを待ってくれていたようだ。

 「おはよう。ルコ」

 〈夢だったのか……〉

時間のお陰で冷静になり、自分の考えを整理する。

 〈おそらく……龍成は本物なのだろう〉〈そして………龍成は私の過去を全て見た、そうでなくても知っているのだろう〉

奇跡など信じないとすると、これは何かしらの原因がある。

 〈たとえ…誰かの作為だとしても………〉

 「フゥーー」

一度大きく息を吐いて、龍成に笑顔で早口で切り出す。

 「ありがとう龍成。悔いはないよ。心置きなく逝けるよ」

 「なぁ……」

 「過去のことは追求しないで……お願い。思いだす必要もないでしょ?」

私は苦笑いを張り付けて龍成を見ると、真剣な眼差しで見つめ返される。まるで別人のような雰囲気を纏ってゆっくりと告げる。

 〔それでいいのかい?〕

 ドクン……

 「もういいの……未練なんてないよ……」

 〔本当にいいんのかよ!!〕

 「……!!」

 〔君たちの不運も、オレらの頑張りもあいつらの思い通りでいいのか!龍児たちの生は無意味だと言うのか!?このままヤツらを放置したら、いずれ世界を支配するだろう。オレたちは生きてんだろうが!生かしてもらったんだろうが!?〕

 「それは……いやに決まっている……」

 〔……〕

 「でも、無理なんだよ。やりたいからとか、ムードだけじゃどうにもならないこともあるでしょ?」

言いながら思った。これは合理化だ。

 [合理化…受け入れたくない状況や自身の身が危険に脅かされた際の無意識の心理的メカニズムの一つ。満たされなかった自信を理屈的に考え納得s]

 〔逃げるのか?〕

核心を突かれハッとなる。

 〔ちゃんと背負えよ!!罪も、想いも、過去や未来を………〕

形容しがたい深い感情が私の体を巡る。

 「………分かった……。検討する。とりあえず、龍成から離れて・・・くれる?」

 〔悪いな。こうでもしなきゃ話が聞かないかと……〕

その存在は素直に龍成から離れる。

 「否定できないかな……」

私は半笑いで受ける。数瞬で口角を沈め、シリアスな雰囲気を意図的に作り出す。

 <これまでの出来事から推察するに……対面相手は……あの時、五行の神を名乗った異能の原点。まず聞くべきは……>

 「何が目的ですか……?」

 〔施設が許せない。利害一致だと思うが?〕

 <施設の根を辿れば、アピス、そしてカーセ家となる。あいつらのせいで、離れ離れにさせられた。恨んでる?ないわけじゃないが、自分へ向くソレの方が遥かに大きい……>

私は多大なる負の感情とサプライズの連続で気が動転しているらしい。感情がどこかおかしいのだ。それでも、脳は正常に働く。納得する答え。

 清算しよう。

 [清算…①貸し借りを顧みて、きまりをつける。②過去の事柄にきまりをつける。③会sh]

 「分かりました。私にできることはさせてもらいますが、先にあなたの能力の詳細を教えてくれませんか?」

 〔悪いが、先に君の過去を聞かせて欲しい〕

 「…?てっきりご存知かと……」

 〔なんでも知ってると思わないでくれ。そして、口調……。素直に傷付くから……〕

 「てっきり『記憶』に干渉していると思ったので……」

 〔さぁ……どうだろうね〕

そんな会話の応酬おうしゅうで準備が整った。

 「ここからはわて・・が話しましょう」

 〔ほぅ……〕

 「えっ!」

物知り気に見る神(?)と取り残された龍成が視界に映る。まぁ、観ることしかできないのだが……。

 「わてこそが、『カーセ家』の闇でございます」

私はこの夢のなかというただでさえ精神世界っぽいとこで、さらに自分の内側に『私』を封じ込めた。彼女が話すのと同時に、あの時の『話し合い』に思いを馳せた。



 《アピスたちに連れてこられたのは豪邸だった。待合室のような部屋には一つのテーブルを中心に三方向に上等な椅子が用意されていた。

 「そこに座ってくれ」

アピスは正面に誰もいない椅子に座って、顎で隣の席を示す。

 〈誰か来る?〉

私の疑問に答えるように、

 「オレら・・・の親の話さ。まぁ気楽に聞こうじゃないか」

恐る恐る指定された椅子に座る。アピスは目を閉じてリラックスしているようだ。そんなアピスを無視して思考の渦に陥る。

 〈龍成は大丈夫だよね?〉〈これは話し合いと言っていた上に、私を丁重に扱いたがった〉〈それは私の何かしらの能力をかっているのか?〉〈あくまで好意的に取引したい?〉〈何が目的?〉

 ギィ……

 「すまないね」

奥の扉から申し訳なさそうな声と共に本を抱えた青年・・が現れた。

 「よぉ。親父」

その青年が『カーセ家』の当主のグルバン・カーセである。

 〈……ははは。テレビなどでその存在を知っていたが……〉

 「ここまで、不老・・とは……」

思わず小声が漏れた。それに気が付いたのか、青年はこちらに意味深な笑みを浮かべて、こう告げる。

 「お帰り、我が愛すべき存在よ……」

私の手を取り、手の甲に口づけをする勢いで手を引かれる。

 「っひゃ……」

あまりに予想外の行動に反射的に手を払う。

 「急に何するんですか!」

 「あぁ、すまない。つい……な」

親しくもない人間に突然手にキスされるなど、少なからず嫌悪感が湧くものだろう。まぁ、そういう文化があるのは分かるが、私にはそんな立場でもなければ、こういった行動がいけ好かないのだろう。体の内がぞわぞわ・・・・する。

 「警戒させてしまったね。そのぅ、こちらの事情を言えば少しは警戒を解いてくれるかな?」

 「……どうせ、拒否権なんてないんでしょ?」

 「そういう訳でもないさ。今からするのは昔話。聞きたくないなら気軽に言ってくれ」

意外なことに優しさを感じた。この優しさが交渉のカードや心理的効果を望んでいるのかもしれないが、何故か、ただ嫌われたくないという意思を感じる。

 〈私と似t……〉

大きく頭を振る。妙な思考を巡らせないために……。

 「分かりました。聞きます」

今は情報が不足している。情報は多いことに越したことはないだろうという結論だ。

 「ありがとう」

どこか嬉し気に本を広げる青年の姿を直視できなかった》
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