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第2章 ■なきゃ
エピソード
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☆sideルコ
私は監視室で独りモニター越しから彼を静かに眺めた。無言で水晶を撫でる。彼らのやり取りを観ていると心がズキズキ痛む……。
《☆sideルコ
あれは2歳の話だろうか……。私は下らない毎日に飽き飽きした。当たり前と言える。学校での規則正し過ぎる日々はもう倦んだ。
[倦む…同じことの繰り返しでいやになる、飽k]
すぐさま『引用』をキャンセルする。
<おっ悪くない……>
あぁそうそう、倦むことはなかった。
[倦む…あることをし続け、それでもいい結果が出z]
<チッ……遅れた……>
最近の楽しみは『引用』をキャンセルする速さを競うキャンセラーの技術を極めていた。元々、『引用』がうざかったのも相まってこの技量である。ご飯や運動、学習、娯楽でさえ白けてしまった。
<だって…、予測できてしまう。結末が簡単に読めてしまうのだから>
学習や知識、娯楽も初めは面白かった。それでも、本気を出すことはなかった。周りではテストを返されて自慢している子どもが騒いでいる。
「ほらな!俺様は9割なんて余裕つーこと」
「テンちゃんすげぇえ!」
「我上中成」
「やべぇアカ不可避だ……」
<バカ共はすぐに自らの手の内を明かすが、『能ある鷹は爪を隠す』という言葉を知らないらしい>
バカを横目にテストを受け取る。私は狙った通り平均点を取れて少しだけ満足する。どうでもいい補足をすると、テストを受ける前の自信や解いている最中の集中力、迷い、息遣いが手に取るように分かる。そこからはなんとなくの概算と勘。
<そう。これくらいでしか楽しみを見出せなくなってしまった>
子ども達が騒いでいるのは、クラス替えがあるからだ。極端に点数が上か下なら別の学校に移されることもあるらしい。私は面倒だから平均点を取っているつもりだが、偶然か、部分的に見抜かれているのか、恐らく上位のクラスに所属してしまった。
「君も同じクラス?よろしく!これプレゼント!」
おや?見たことない顔だ。土の臭いと共に泥だんごを笑顔で渡してくる。まぁ、ここに来た奴は大概の末路を知っているから…
「……」
シカトした。情すら湧かない。
「つれないなぁ……」
少年は少し頬を膨らませて椅子に座り前を向く。丁度、教師が来て授業が始まる。教師が来るのはネットなどの知識だけでの能動的(自主的)な学習以外のものを伝える時だーけ。道徳や倫理、科学(主に実験)なんかだけど、正直新しい発見なんて、ありやしない。
<字で伝えきれないからやってるんだろうけど、そこそこ人間やってたら分かるようなことしか言わないから大して期待なんてしてないんだよね…>
「はーい、皆さん。今日はですね、自分の名前の由来を知る、もしくは、名前を作って貰いまーす。期限は明日まで。由来班は名前の由来となった言葉やエピソードを用意してください。名付け班は一生使う人が多いでしょうから、細心の注意を払って真剣に考えましょう」
[エピソード…①小説や舞台などの作品の挿話。本筋とはあまり関係ない話。小話。②特定の人や物の興味深い短めの話。③音楽や医療などn]
少なからず教師のエピソードの使い方に違和感があっけど、まぁいいや。
「では、有名人の名前の由来から見ていきましょうか」
先生が用意した説明タイムだ。テンポが悪くて聞く気になれない。そもそも、こんな授業になるのも、全て大人が悪い。貴族出自のやつらは名前を与えられる上に、その後の未来も安泰である。
「名前……。作らなきゃ……。どうしよかっなぁ……」
うんうんと頭をひねらせているのは先ほどの少年である。私たちは親がはっきりしていない。早い話、学校は孤児院の役目も果たしている。それが国の政策であり、大人の出した結論。
<少子化対策か知らないけど、責任取れないなら産むなっての……>
「それでは、今日の授業はここまでさようなら」
そんなことを考えていると授業が終わる。自室に戻ろうと帰り支度をする。
「俺様は大神 天子。神にも天にも認められた。血筋も才能も揃った。選ばれた子。俺様はあの『神子』になるんだよ!!」
[大神家…この大陸においてカーセ家に次ぐ大貴族d]
反射的に単語に引用が引っかかるが、そんなことよりも……。
「よっ、さすがテンちゃん!」
<っは……。そんなモンいるかっての…………>
小さく半笑いを浮かべてしまう。
「おめぇ……。笑いやがったな?名前もないくせに。
お前は神どころか、親にさえ見捨てられているじゃねぇか」
バカは言ってやった、と言わんばかりに顔に笑みを張り付けている。周りはどっと盛り上がっているようだが、私は気にせず瞼を閉じる。そんなバカをまた嗤う。私にとって、そんなことはどうでもいい。平坦な日常の小さな刺激ではあれど楽しませてくれたのだ。変化がないより、ある方が飽きない、誰だってそう考えるのだ。
だからこそ、君らの攻撃(口や手)で生を実感できる。それはプレゼントになりかねないんだぞ?
心のどこかで分かっていた。この光景もいつしか見飽きるのだろうと。それ以上、考えるのは良くないと思い、思考を止める。そっと目を開けると、思いがけない光景が広がっていた。
「黙りやがれ!」
あの泥だんご少年が跳んで殴りかかっていた。想定外の事態にバカは動揺するもののすぐさまそれに対応する。
2秒で制圧された
バカが一度取り押さえてから取り巻きを呼び、取り巻きに押さえつけられて尚、少年は吠え続けた。
「自分が偶々、運が良かったからって、なんでそんなに侮蔑できるんだよ」
「うるさい!運がない奴が悪い!そして、ないならないで、それ相応の生き方ってもんがあるんだよっ!」
<どちらも正論である>
私は自分だからって甘やかすつもりも感情に左右されるつもりもない。
だから、社会の厳しさやこの世の理にどこか諦念している
だから……
もう抵抗などしない
たとえ「死ね」と命令されたらたぶん死ねる
だから…………
「………」
<この生活から……、……>
それ以上は……やめておこう。揺さぶっていた感情をピタリと止める。その場一度離れることにした。
ガキ大将にボコされ、教室に放置された少年を見下ろす。
「いってぇ……」
辛うじて、動けるようだ。まるで部外者かのように、率直に感想を漏らす。
「力もないのに歯向かうやつがあるかっての?バカでしょ?」
「……」
「そもそも、私はあんなバカの言葉など痛くも痒くもない。あなたが怪我する必y」
「君が一瞬、翳ったんだ…………」
<……!>
「『考えない』『感じない』ようにしている皆はどこか虚ろなんだ……」
「うん……。そうだね」
「僕、実は……」
そう言って、少年はポッケに入れていた泥だんごを取り出すと、だんごは砕け、『砂』が宙を舞いだす。
「これが『隣人』の異能か……」
[妖精の隣人…異能は一つだけの上、その一つでさえ神子に劣r…]
本物を初めて見た。噂が先行した高度なデマだと思っていたからこそ衝撃的だ。
現実離れしている
私の頭に最早、『引用』なんて入ってこない……。
「かわいい」
「……?」
私は初めて目にする現象に驚きながら自然と口角が上がっていたようだ。
「君はあいつらに見せた笑顔より絶対今の笑顔の方がいいって!!」
「へーー」
興味などない。こいつの前では笑うものk
「…君は言葉の節々から『反芻思考』になっている気がするんだよ……」
[反芻思考…抑うつ的反芻とも言われる。日常的にネガティブな出来事を繰り返し思い出し、考えすぎてしまう思考回r]
「……」
不意打ちとはこのことだ、と思った。自分でも理解していた、その気質をこうも早く見抜くとは……。
「君は笑った方がかわいいし、絶対に……幸せになれるんだよ……」
「…」
何も言えなかった……。思考が纏まらない……。
〈正論では……ある?〉〈これをなぜ今言う?〉〈裏がある?〉〈目的はなんだ?〉〈何かの誘導?〉〈何のために?〉〈本当に初見なのだろうか?〉〈何者だ?〉
「考えるな!!」
「っ!!」
「とは言っちゃいけないな……。でも、今は考えすぎ、背負いすぎだよ……」
「…………」
沈黙が訪れた……。何も答えずに、体を少年とは反対を向いて宙を見上げた。
ふとした拍子に少年は語り始める……。
「僕は『龍』になりたかったんだ」
[龍…伝説上の生き物。主に水龍を始め様々な力を持った龍がいる。想像上と言えどあまりの神々しさに、神の使いや神同然の扱いをされることもある]
あまりにも唐突で普段、鬱陶しく思っていた『引用』をキャンセルできなかった。これまた、予想外な話の展開である。
「自己解釈なんだけどさ……。神って世界を操り、罪人を罰し、正しくを救う。
どこか傲慢っていうかさ……。いや、神様を悪く言うつもりはないけど、
人間なんてちっぽけな存在にそこまで尽くすなんて有り得ないなって…………」
静かに耳を傾けた。
「それに比べて『龍』は悠々自適ってイメージがあるんだ。
それこそ、上下関係とかなさそうで、『龍』がペコペコするのは想像つかないだろ?
あと『龍』に宗教はないと思わないか?報酬や見返りを求めないようなスタイルに、惹かれるんだ。その生き様に……!」
「アハハハハハハハ!!」
抑えきれない興奮に耐え切れずに爆発する。
「う……」
少年の目が潤い始める。
「あぁ……。ごめんそういう意味じゃない」
瞬時に他者に嗤われていると勘違いしていると感じた私は冷静に言葉を探すが、少年に言葉が通じない。時すでに遅しということだ。
「はぁ……」
小さなため息を漏らし、少年の肩にそっと手を当て泣き止むのを待つ……。ぼそぼそと少年から自己暗示のような言葉が聞こえる。
「僕は『龍』になるんだ。僕は『龍』になるんだ。僕は『龍』になるんだ!!」
「……」
「僕は……。科学チームで『神子』され上回って……。『龍』に………なるんだぁあ…………!」
小声だったが……少年には思えない、いや、少年らしい執念を、純粋さを強く感じた。おもむろに彼は立ち上がりこちらに振り向く、両目に涙が決壊しながら話す。
「………。わりぃ、聞かなかったことにしてくれ。そんじゃ!」
彼はそう言って身を翻し、帰ろうとするが、その手を掴む。
「家族になろうよ」
私はそう切り出した。模範的な笑顔と共に。
「…………。嘘くさい」
「意外と細かいわね」
「でも、嬉しい……。良かったよ~~友達消えるかなって怖かったよぉ~!」
「はいはい、そうですねぇ~」
私は泣きつく彼に優しく、丁重に、最高の相手の仕方をしてあげた。
翌日となり私は教室で嬉々として彼を待っていた。
「もう、無様な姿を見せない!」
彼は再会早々にそう宣言した。
「はいはいそうですか」
「ほらぁあ!バカにしてるだろぉ!」
「いいオモチャですから♪」
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
彼が発狂したかのように、いや、した。
「おほん!そこで、僕はそれこそお兄ちゃんらしいところ見せてやる」
「ほう……」
<兄妹のつもりで言ったつもりじゃないが、まぁいいか……>
この時に言っておけばと、どれだけ後悔するか考えてもいなかった。
彼と馬鹿みたいに話していた。するといつの間にか発表の時間がきたようだ。名付け班の発表を聞いていると漢字を使った名前が多いようだ。そのカッコ良さと認知度ゆえにとても人気で、主流である。
「名前は……『海月』にしました。理由は、寿命に縛られない紅海月が好きで……」
発表した大人しそうな女の子は名前順に席に着いた。本能や野望に従順だったり、ただただ勢いできめたようなものだったりと大した様々だった。その中に面白さを探そうとしていた。
<これまでの私なら……ね>
「僕の名前は『龍成』だ。龍に成ってやる」
一生付き纏う名を覚悟した上でそれでいて夢を語る。
〈あぁ、最高だよ……〉
どこまでも無邪気な龍成に惚れてしまったのを自覚する。
<龍成なら私の心を生かしてくれる……。唯一の光だ……>
私はさらっと自己紹介をして龍成の後ろに座る。
「え?『リューコ』だったら『リューセー』である僕の前じゃないの?」
「はぁ……。ルコ」
「?」
「『流行』って書いて『ルコ』だから」
「ごめんって。怒らないでよっ」
「別に怒ってるわけじゃない……」
「あぁ……。もう……」
龍成は項垂れてしまうが、ふと思い出したように呟く。
「ルコって響き、良いよね。君らしいかも……」
「…………」
私は直視できずにそっぽを向いてしまう。龍成の近くにいれること以外何も考えず即興で作った名前だったため特に愛着もなかった。はずだったが……。
<そうなのかなぁ……>
「あっ、ごめん。また失礼なこと言った?」
「別に……」
つい龍成の見えない方向でニヤニヤしてしまう。
私はこの時、気付けなかった
ちゃんと見れば、いや、注視せずともあからさまに不機嫌な大神に……。いつもの私なら目に入っただろうが、有頂天になってしまった私には分からなかった。私には楽しむことは許されてないらしい》
私は監視室で独りモニター越しから彼を静かに眺めた。無言で水晶を撫でる。彼らのやり取りを観ていると心がズキズキ痛む……。
《☆sideルコ
あれは2歳の話だろうか……。私は下らない毎日に飽き飽きした。当たり前と言える。学校での規則正し過ぎる日々はもう倦んだ。
[倦む…同じことの繰り返しでいやになる、飽k]
すぐさま『引用』をキャンセルする。
<おっ悪くない……>
あぁそうそう、倦むことはなかった。
[倦む…あることをし続け、それでもいい結果が出z]
<チッ……遅れた……>
最近の楽しみは『引用』をキャンセルする速さを競うキャンセラーの技術を極めていた。元々、『引用』がうざかったのも相まってこの技量である。ご飯や運動、学習、娯楽でさえ白けてしまった。
<だって…、予測できてしまう。結末が簡単に読めてしまうのだから>
学習や知識、娯楽も初めは面白かった。それでも、本気を出すことはなかった。周りではテストを返されて自慢している子どもが騒いでいる。
「ほらな!俺様は9割なんて余裕つーこと」
「テンちゃんすげぇえ!」
「我上中成」
「やべぇアカ不可避だ……」
<バカ共はすぐに自らの手の内を明かすが、『能ある鷹は爪を隠す』という言葉を知らないらしい>
バカを横目にテストを受け取る。私は狙った通り平均点を取れて少しだけ満足する。どうでもいい補足をすると、テストを受ける前の自信や解いている最中の集中力、迷い、息遣いが手に取るように分かる。そこからはなんとなくの概算と勘。
<そう。これくらいでしか楽しみを見出せなくなってしまった>
子ども達が騒いでいるのは、クラス替えがあるからだ。極端に点数が上か下なら別の学校に移されることもあるらしい。私は面倒だから平均点を取っているつもりだが、偶然か、部分的に見抜かれているのか、恐らく上位のクラスに所属してしまった。
「君も同じクラス?よろしく!これプレゼント!」
おや?見たことない顔だ。土の臭いと共に泥だんごを笑顔で渡してくる。まぁ、ここに来た奴は大概の末路を知っているから…
「……」
シカトした。情すら湧かない。
「つれないなぁ……」
少年は少し頬を膨らませて椅子に座り前を向く。丁度、教師が来て授業が始まる。教師が来るのはネットなどの知識だけでの能動的(自主的)な学習以外のものを伝える時だーけ。道徳や倫理、科学(主に実験)なんかだけど、正直新しい発見なんて、ありやしない。
<字で伝えきれないからやってるんだろうけど、そこそこ人間やってたら分かるようなことしか言わないから大して期待なんてしてないんだよね…>
「はーい、皆さん。今日はですね、自分の名前の由来を知る、もしくは、名前を作って貰いまーす。期限は明日まで。由来班は名前の由来となった言葉やエピソードを用意してください。名付け班は一生使う人が多いでしょうから、細心の注意を払って真剣に考えましょう」
[エピソード…①小説や舞台などの作品の挿話。本筋とはあまり関係ない話。小話。②特定の人や物の興味深い短めの話。③音楽や医療などn]
少なからず教師のエピソードの使い方に違和感があっけど、まぁいいや。
「では、有名人の名前の由来から見ていきましょうか」
先生が用意した説明タイムだ。テンポが悪くて聞く気になれない。そもそも、こんな授業になるのも、全て大人が悪い。貴族出自のやつらは名前を与えられる上に、その後の未来も安泰である。
「名前……。作らなきゃ……。どうしよかっなぁ……」
うんうんと頭をひねらせているのは先ほどの少年である。私たちは親がはっきりしていない。早い話、学校は孤児院の役目も果たしている。それが国の政策であり、大人の出した結論。
<少子化対策か知らないけど、責任取れないなら産むなっての……>
「それでは、今日の授業はここまでさようなら」
そんなことを考えていると授業が終わる。自室に戻ろうと帰り支度をする。
「俺様は大神 天子。神にも天にも認められた。血筋も才能も揃った。選ばれた子。俺様はあの『神子』になるんだよ!!」
[大神家…この大陸においてカーセ家に次ぐ大貴族d]
反射的に単語に引用が引っかかるが、そんなことよりも……。
「よっ、さすがテンちゃん!」
<っは……。そんなモンいるかっての…………>
小さく半笑いを浮かべてしまう。
「おめぇ……。笑いやがったな?名前もないくせに。
お前は神どころか、親にさえ見捨てられているじゃねぇか」
バカは言ってやった、と言わんばかりに顔に笑みを張り付けている。周りはどっと盛り上がっているようだが、私は気にせず瞼を閉じる。そんなバカをまた嗤う。私にとって、そんなことはどうでもいい。平坦な日常の小さな刺激ではあれど楽しませてくれたのだ。変化がないより、ある方が飽きない、誰だってそう考えるのだ。
だからこそ、君らの攻撃(口や手)で生を実感できる。それはプレゼントになりかねないんだぞ?
心のどこかで分かっていた。この光景もいつしか見飽きるのだろうと。それ以上、考えるのは良くないと思い、思考を止める。そっと目を開けると、思いがけない光景が広がっていた。
「黙りやがれ!」
あの泥だんご少年が跳んで殴りかかっていた。想定外の事態にバカは動揺するもののすぐさまそれに対応する。
2秒で制圧された
バカが一度取り押さえてから取り巻きを呼び、取り巻きに押さえつけられて尚、少年は吠え続けた。
「自分が偶々、運が良かったからって、なんでそんなに侮蔑できるんだよ」
「うるさい!運がない奴が悪い!そして、ないならないで、それ相応の生き方ってもんがあるんだよっ!」
<どちらも正論である>
私は自分だからって甘やかすつもりも感情に左右されるつもりもない。
だから、社会の厳しさやこの世の理にどこか諦念している
だから……
もう抵抗などしない
たとえ「死ね」と命令されたらたぶん死ねる
だから…………
「………」
<この生活から……、……>
それ以上は……やめておこう。揺さぶっていた感情をピタリと止める。その場一度離れることにした。
ガキ大将にボコされ、教室に放置された少年を見下ろす。
「いってぇ……」
辛うじて、動けるようだ。まるで部外者かのように、率直に感想を漏らす。
「力もないのに歯向かうやつがあるかっての?バカでしょ?」
「……」
「そもそも、私はあんなバカの言葉など痛くも痒くもない。あなたが怪我する必y」
「君が一瞬、翳ったんだ…………」
<……!>
「『考えない』『感じない』ようにしている皆はどこか虚ろなんだ……」
「うん……。そうだね」
「僕、実は……」
そう言って、少年はポッケに入れていた泥だんごを取り出すと、だんごは砕け、『砂』が宙を舞いだす。
「これが『隣人』の異能か……」
[妖精の隣人…異能は一つだけの上、その一つでさえ神子に劣r…]
本物を初めて見た。噂が先行した高度なデマだと思っていたからこそ衝撃的だ。
現実離れしている
私の頭に最早、『引用』なんて入ってこない……。
「かわいい」
「……?」
私は初めて目にする現象に驚きながら自然と口角が上がっていたようだ。
「君はあいつらに見せた笑顔より絶対今の笑顔の方がいいって!!」
「へーー」
興味などない。こいつの前では笑うものk
「…君は言葉の節々から『反芻思考』になっている気がするんだよ……」
[反芻思考…抑うつ的反芻とも言われる。日常的にネガティブな出来事を繰り返し思い出し、考えすぎてしまう思考回r]
「……」
不意打ちとはこのことだ、と思った。自分でも理解していた、その気質をこうも早く見抜くとは……。
「君は笑った方がかわいいし、絶対に……幸せになれるんだよ……」
「…」
何も言えなかった……。思考が纏まらない……。
〈正論では……ある?〉〈これをなぜ今言う?〉〈裏がある?〉〈目的はなんだ?〉〈何かの誘導?〉〈何のために?〉〈本当に初見なのだろうか?〉〈何者だ?〉
「考えるな!!」
「っ!!」
「とは言っちゃいけないな……。でも、今は考えすぎ、背負いすぎだよ……」
「…………」
沈黙が訪れた……。何も答えずに、体を少年とは反対を向いて宙を見上げた。
ふとした拍子に少年は語り始める……。
「僕は『龍』になりたかったんだ」
[龍…伝説上の生き物。主に水龍を始め様々な力を持った龍がいる。想像上と言えどあまりの神々しさに、神の使いや神同然の扱いをされることもある]
あまりにも唐突で普段、鬱陶しく思っていた『引用』をキャンセルできなかった。これまた、予想外な話の展開である。
「自己解釈なんだけどさ……。神って世界を操り、罪人を罰し、正しくを救う。
どこか傲慢っていうかさ……。いや、神様を悪く言うつもりはないけど、
人間なんてちっぽけな存在にそこまで尽くすなんて有り得ないなって…………」
静かに耳を傾けた。
「それに比べて『龍』は悠々自適ってイメージがあるんだ。
それこそ、上下関係とかなさそうで、『龍』がペコペコするのは想像つかないだろ?
あと『龍』に宗教はないと思わないか?報酬や見返りを求めないようなスタイルに、惹かれるんだ。その生き様に……!」
「アハハハハハハハ!!」
抑えきれない興奮に耐え切れずに爆発する。
「う……」
少年の目が潤い始める。
「あぁ……。ごめんそういう意味じゃない」
瞬時に他者に嗤われていると勘違いしていると感じた私は冷静に言葉を探すが、少年に言葉が通じない。時すでに遅しということだ。
「はぁ……」
小さなため息を漏らし、少年の肩にそっと手を当て泣き止むのを待つ……。ぼそぼそと少年から自己暗示のような言葉が聞こえる。
「僕は『龍』になるんだ。僕は『龍』になるんだ。僕は『龍』になるんだ!!」
「……」
「僕は……。科学チームで『神子』され上回って……。『龍』に………なるんだぁあ…………!」
小声だったが……少年には思えない、いや、少年らしい執念を、純粋さを強く感じた。おもむろに彼は立ち上がりこちらに振り向く、両目に涙が決壊しながら話す。
「………。わりぃ、聞かなかったことにしてくれ。そんじゃ!」
彼はそう言って身を翻し、帰ろうとするが、その手を掴む。
「家族になろうよ」
私はそう切り出した。模範的な笑顔と共に。
「…………。嘘くさい」
「意外と細かいわね」
「でも、嬉しい……。良かったよ~~友達消えるかなって怖かったよぉ~!」
「はいはい、そうですねぇ~」
私は泣きつく彼に優しく、丁重に、最高の相手の仕方をしてあげた。
翌日となり私は教室で嬉々として彼を待っていた。
「もう、無様な姿を見せない!」
彼は再会早々にそう宣言した。
「はいはいそうですか」
「ほらぁあ!バカにしてるだろぉ!」
「いいオモチャですから♪」
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
彼が発狂したかのように、いや、した。
「おほん!そこで、僕はそれこそお兄ちゃんらしいところ見せてやる」
「ほう……」
<兄妹のつもりで言ったつもりじゃないが、まぁいいか……>
この時に言っておけばと、どれだけ後悔するか考えてもいなかった。
彼と馬鹿みたいに話していた。するといつの間にか発表の時間がきたようだ。名付け班の発表を聞いていると漢字を使った名前が多いようだ。そのカッコ良さと認知度ゆえにとても人気で、主流である。
「名前は……『海月』にしました。理由は、寿命に縛られない紅海月が好きで……」
発表した大人しそうな女の子は名前順に席に着いた。本能や野望に従順だったり、ただただ勢いできめたようなものだったりと大した様々だった。その中に面白さを探そうとしていた。
<これまでの私なら……ね>
「僕の名前は『龍成』だ。龍に成ってやる」
一生付き纏う名を覚悟した上でそれでいて夢を語る。
〈あぁ、最高だよ……〉
どこまでも無邪気な龍成に惚れてしまったのを自覚する。
<龍成なら私の心を生かしてくれる……。唯一の光だ……>
私はさらっと自己紹介をして龍成の後ろに座る。
「え?『リューコ』だったら『リューセー』である僕の前じゃないの?」
「はぁ……。ルコ」
「?」
「『流行』って書いて『ルコ』だから」
「ごめんって。怒らないでよっ」
「別に怒ってるわけじゃない……」
「あぁ……。もう……」
龍成は項垂れてしまうが、ふと思い出したように呟く。
「ルコって響き、良いよね。君らしいかも……」
「…………」
私は直視できずにそっぽを向いてしまう。龍成の近くにいれること以外何も考えず即興で作った名前だったため特に愛着もなかった。はずだったが……。
<そうなのかなぁ……>
「あっ、ごめん。また失礼なこと言った?」
「別に……」
つい龍成の見えない方向でニヤニヤしてしまう。
私はこの時、気付けなかった
ちゃんと見れば、いや、注視せずともあからさまに不機嫌な大神に……。いつもの私なら目に入っただろうが、有頂天になってしまった私には分からなかった。私には楽しむことは許されてないらしい》
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