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インターミッション
■を受け入れるモノ
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私は夢の中にいた。それは自覚できていた。なぜなら、夢じゃなければ……。有り得ない光景だからだ。
目の前には、見覚えのある少年が男女の大人に手を繋いで笑っている家族の姿があった……。
「……っ」
ずっと画面越しで見ていたかわいそうな少年。自分がそこにいると錯覚しそうな容姿だが、私にはない雰囲気を発する女性。……そして、見続けた親友の背中。その全てが…胸のどこかを締め付けるのだ。私は彼らの姿を見続けることができず、俯く。
「#%」
あの声で呼ばれた気がした。見上げれば、龍成がこちらに手招きしているのだ。歩み寄ろうとした。行く資格ができたと、全ての責務は果たしたとシンとケイトが脳裏によぎる。なぜだろう。シンを思い出したからなのか、それとも野生の勘や虫の知らせか、シンのある言葉を思い出す。
《君たちの不運も、オレらの頑張りもあいつらの思い通りでいいのか!龍児たちの生は無意味だと言うのか!?》
そんなことないと断言できるほど、行動はしたつもりだった。だから、そんな言葉を無視した。
「ま、待って!!」
私が龍成に追いつく前に闇が辺りを覆っていくのだ。
「…嫌だ……」
やっと終わったのに…「無意味でした」なんて「ドッキリでした」で終わっていいわけない!感謝されるためにやったわけではない……。でも、認めてもらえないのは…違うはずだ。
「#%」
私の体の8割は闇に覆われて、機動力を失った。龍成たちもまた闇に覆われていく。気が付けば隣では、ケイトとグルバンが何かを待つように、何かから守るように抱き合って闇に包まれていくのだ。
「…だめ。止めてっ……!」
報われないじゃないか。命を懸けて子供を、自然を、愛を信じた家族を蔑ろにするのは……。歪んでしまった愛が時空を超えて復活した。周りに迷惑をかけたし、多少悪ではあったが、再び通じ合えたんだ。やっと理解し合えた、そんな二人をこうも簡単に潰してしまうなんて、
あんまりじゃないか!
自分を重ね合わせてしまうせいか、気持ちが強くなる。
「#%!」
雑音が大きくなっていく。いずれかの要因でこの夢から解放される。その直前で見てしまう。独り闇に飲まれない人型の影。…暗い表情のシンを。
私は頭を抑えて起き上がる。
「大丈夫かい?うなされていたようだが…」
「…問題ないわ。……ただの悪夢よ」
夢そのものを闇が包んでいるかの如く思い出せない。少なからず顔を顰めていたせいか、シンが心配してくる。
〔大丈夫?…『夢』が気になるなら、見る?〕
〈大丈夫。……好き好んで悪夢を見ないわよ〉
グルバンは純粋に心配している。何を思ったのか、ふと言葉が漏れる。
「心配なのは、ケイトでしょ?安心s」
「わしは、ルコに言っているんだ。娘のようで、妻に迎えようとした人物で、対等な隣人だろ?」
「……」
「…あっ、君がわしの家族として見て欲しくないのかと思って言わなかったg……」
私が押し黙っていたのは、実感が湧いたと言った方が適している。認めて貰えた。どことなく、シンやケイトとの話が夢物語やゲームのようで、そして、謎の悪夢のせいか終わりじゃないという予感があってしまった。それ故に、変えられたんだと……。自身の人生に意味があったのだと感じることができたのだ。グルバンを、カーセ家を、私自身を救えた気がしたのだ。
「隣人でいいわよ。丁度良さそうだし……。とりあえず」
私は『カーセ家』のグルバンの自室のソファーで寝ていた。随分、時間が経ったようだ。私はフラフラと立ち上がり、壁に近寄る。
「…もう、職務はない?」
「……あとは、死ぬだけじゃないか?」
「…そう」
壁の中には電気を運ぶ線が入っている。それを利用する。本来、機械なしでできはしないが、『異能』を用いる。
「ハック」
〈こう…して……こぅ。…よし、これで………〉
異能の仕上げ途中に、嫌な予感と言うべきか、視界が揺らぐ。
「ルコ!」
何とか堪える。激しい動悸が徐々に収まっていく。私がグルバンに突き出した手に察したグルバンは私が落ち着いたころを見計らって言葉を投げかける。
「……お疲れ様」
「……そんなことより、もう終わりよ」
「まず、キミが落ち着いてから…」
「……分かったわ」
連続使用の方が負荷が大きいそうだとグルバンに思われているだろう。ソファーにグルバンと間隔を空けて座る。静かになるのを嫌ってか、グルバンが喋りだす。
「…さっきの配線ハックで具体的に何をしたんだ?」
「まず前提として、発電所から電気は運ばれている。つまり、配線は発電所と繋がっている」
「あぁ」
「配線に沿って、とある命令を送りつける。たったそれだけで、この国の電気製品の使用はかなり厳しくなる」
「…ほぅ。例の異能か」
「そ。命令は至極単純。『配線に繋がった電気製品に自壊プログラムを送る』ただそれだけよ」
「……恐ろしいな。それを発電所に送り付ける。事実上の電気供給の終了。そこまで、するとは容赦ないな。……本当にケイトが許可したのか?」
「嘘だったらどうなるか分かっているか」と言わんばかりにグルバンが殺気を飛ばす。
「落ち着け。わてが許可した。シンの異能で知ったが、アイナの夢も叶えてやりたくなった。それだけよ」
《できるだけ自然がいいの。科学を支配するどころか、支配されているみたいで好きになれないんだよね。だから、本当の自然の生態系を見たいのに科学にあまり浸食されたくないよ》
自分のことは二の次で、眩しくて、優しくて、強いアイナの言葉にケイトも惹かれるものがあったようだ。
「良かった」
グルバンはケイトや自分を利用されていることを危惧したようだ。素直に安堵する。私は話が切れたのを見計らって立ち上がり、手を差し伸べて切り出す。
「…さて、そろそろだね」
「その前に、シンに話が……」
言われるがままにシンに意識を預ける。シンが一言二言、言葉を交わすとすぐに意識を戻してくれる。
「……もう、やり残したことはない?」
私は再度手を差し出す。
「あぁ」
グルバンは反射的にハグをしかけたが、自制し、握手を求める。その手を受け取り、異能を発動する。
「アクセル」
『異能』で時間の経過を加速させた。それだけである。減速や巻き戻しは難しくても、加速は案外簡単なものだ。私たちの周りの速度が遅く感じる。目の前の青年の姿をしたグルバンは確実に老化していく。私もまた、立つのが辛くなっていく。
「…ルコ。最期に……」
絶対時間的には数秒。それでも数十年の重みがあるのだ。
「……なに?」
お互いぼやけた視界の中で、確かな存在を確認し合った。
「…ありがとう」
私はこの人生を満足して、安らかに息を引き取った。
オレはルコとグルバンの最期を見届けた。過度な贖罪と思うかもしれないが、ある種救いなのだ。二人は生きる目的を失くしてしまった。逆にこれ以上、罪を背負え(生きながらえろ)という方が酷だと思わずにはいられない。オレはルコ、グルバン、ケイトの魂を送るべき場所へ送り届けようと決心した。不意に機械音声が部屋に響く。
「今日国王へとなったグルバン王から急遽、会見を開くためマスコミを招集しました」
グルバンの覚悟を感じたいがために、逆にお願いしたのがこのラジオである。電池式のラジオのため『異能』の信号の影響を受けないのだ。まぁ、信号を書き換えたり、打ち消したりもできはするが、なにぶん、この身体である。
「わしは国王の『資格』がなかったんだ。愛する妻を失って、勘違いを科学に押し付け、現実から目を背けたんだ。科学で子どもたちを、守るべき自然を、様々な人生を潰してしまったんだ。科学が悪いわけじゃない。わしは悪用してしまったんじゃ。現在、機械に頼り切っている者がいると思うが、機械の使用を極力制限させてもらう。機械で延命、救助できる命には悪い話かもしれない。だが、元々なかった物なんだ。人間は強欲すぎるんだよ。永遠に存在するものなんてない…ハズなんだ。多少自分勝手ではあるが、機械の制限、そして、国王を辞職する」
〈オレには…伝わったぞ……グルバン〉
しみじみと感傷に浸っていた。そんな中、場違いな声が部屋に響く。
「っちわーーっす。元気やってる?」
聞きたくない声だった。何度も焼き付いたその声の主は…完全に憎悪の対象であった。
〈死んだと思っていたのに………〉
元凶的存在であり、ソーの、龍児の、龍成の……無念の、積年の、雪辱の仇なのに……。
「案の定、死んでんじゃん。これ、死因なんだ?変死?」
挙動の一つ一つが神経を逆撫でする。アピスにずかずかと歩み寄り、拳を固める。
〔…なんで……生きてんだよぉ!!アピス!!!〕
虚空を殴り続けることしかできないのだ……。オレも知っていた。龍児やルコのような適合者が近くにいないと、異能は発動できない。物質のある、愛すべき、そして、怨敵がいるその世界に関渉することさえ叶わないのだ。
〈頭では分かっていた。でも、でも……!!〉
「ふむ。腕は二つあるし、一個くらいいいか」
ルコの腕を無造作に引きちぎる。怒りの沸点が爆発する。
〔ってめぇ!!〕
〈報われなさすぎるだろ。誰が望むというんだ。こんなっ、こんなやつの一人勝ちなんて!!……許されないんだ。許せるわけがないだろうがっ………!!!〉
いくら吠えても何もできない無力感が、でも何もせずにはいられない衝動もオレを襲う。泣いていたかもしれない。情緒なんてとっくに壊れてしまっていた。オレらの状態なんて関係なくラジオは続ける。
「次国王は前国王の息子さんに継がせることを提案する。これは血縁や忖度などを度外視した純粋な評価として彼は有能だからだ。また、外交や業務についても安心してほしい。前国王に直接教わったその手法をまとめたノートを……」
この空間に留まらず、ラジオからも異変が生じる。
「あーあー。俺はアピス・カーセ。現在放送をジャックしてまーす」
〔は?〕
〈この放送自体が過去のものだったのは分かる。それをジャックするのもまた、過去にプログラムしていたというのか?〉
「俺が国王になりまーーす。彼らが保証してくれまーす」
〔ふざけんなっ!それ以上…命を懸けたあの子たちを侮辱するのh〕
そこまで、叫んだ時だった。
「前々国王だ。アピスは頭が切れる。何より、【雷】の『隣人』のNo.1であることも相まって、この国一の天才だろう」
「前国王のグルバンだ。わしの自慢の息子だ。人間にやられるほどやわじゃないこと、この国の最高峰の頭を持つことをここに保証する」
〔なんで…だよ。……グルバン〕
理解不能。いや、理解したくのないともいえる。頭がまともに働かない。
「ふ~ん♪」
上機嫌にソファーでグルバンのものらしきノートを読む姿があまりにも憎たらしかった。同時に、何もできない自分もまた殺したくなるほど恨めしかった。
一言も言葉を発せずに、誰もいないグルバンの私室で独り黄昏ていた。理解した。ただ手を貸すだけじゃ、少々時間をいじろうが、絶望的な結果は変えられないことに………。
必ず、アピスは潰す。
クールダウンする。状況を理解したから、誰よりも状況を把握しているオレが、アピスとオレのせいで滅茶苦茶になってしまった世界に対して、オレにも責任があったのだ。緻密な計画な基で決行するとして、もう一つやることがあるのだ。グルバンの頼みを叶えなければ、本当にグルバンが報われないと思い、とにもかくにも会いに行くのだった。
《ぼくは白めの部屋にいた。まぁ、ぼくは物質界や現世とも言える世界に関渉することは、ほとんどできやしない。ましては、なんの力も持たないただのガキだし、当然と言える。そんな死んだような日々でも対話ができる彼女と会えた。至福の時間。それだけで、幸せといえるほどに……。それが極上なのか、飢えているだけかは分からないけど、ただただ幸せだった。ぼくは日に日に悪化する彼女の容態を無視することなんてできやしない。
ぼくは病室の窓から外を見ていた。静かでどこか眠気を誘う夜風はぼくには影響せず、ボーっと月を見ながらつい願ってしまった。
〈神様、彼女をどうか助けて下さい〉
どこか既視感を覚えたんだ。どれだけ昔のことかは覚えているはずもない。でも、忘れるわけがなかった。
〈”&…きみとの出会いもこんな夜だったっけ……〉
現実に目を向ける。ベットに眠る儚い彼女の存在は無慈悲な現実を突きつける。
「……」
黙り込んだ。思考も限りなく無に近い。微かな希望なんて辛いだけだから……。言い慣れた現実逃避のフレーズを口に出す。
「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。おごれる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし。たけき者も遂にはほろびぬ、ひとへに風の前の塵に同じ」
感情の死んだ声が辺りに虚しく響いた気がした……》
目の前には、見覚えのある少年が男女の大人に手を繋いで笑っている家族の姿があった……。
「……っ」
ずっと画面越しで見ていたかわいそうな少年。自分がそこにいると錯覚しそうな容姿だが、私にはない雰囲気を発する女性。……そして、見続けた親友の背中。その全てが…胸のどこかを締め付けるのだ。私は彼らの姿を見続けることができず、俯く。
「#%」
あの声で呼ばれた気がした。見上げれば、龍成がこちらに手招きしているのだ。歩み寄ろうとした。行く資格ができたと、全ての責務は果たしたとシンとケイトが脳裏によぎる。なぜだろう。シンを思い出したからなのか、それとも野生の勘や虫の知らせか、シンのある言葉を思い出す。
《君たちの不運も、オレらの頑張りもあいつらの思い通りでいいのか!龍児たちの生は無意味だと言うのか!?》
そんなことないと断言できるほど、行動はしたつもりだった。だから、そんな言葉を無視した。
「ま、待って!!」
私が龍成に追いつく前に闇が辺りを覆っていくのだ。
「…嫌だ……」
やっと終わったのに…「無意味でした」なんて「ドッキリでした」で終わっていいわけない!感謝されるためにやったわけではない……。でも、認めてもらえないのは…違うはずだ。
「#%」
私の体の8割は闇に覆われて、機動力を失った。龍成たちもまた闇に覆われていく。気が付けば隣では、ケイトとグルバンが何かを待つように、何かから守るように抱き合って闇に包まれていくのだ。
「…だめ。止めてっ……!」
報われないじゃないか。命を懸けて子供を、自然を、愛を信じた家族を蔑ろにするのは……。歪んでしまった愛が時空を超えて復活した。周りに迷惑をかけたし、多少悪ではあったが、再び通じ合えたんだ。やっと理解し合えた、そんな二人をこうも簡単に潰してしまうなんて、
あんまりじゃないか!
自分を重ね合わせてしまうせいか、気持ちが強くなる。
「#%!」
雑音が大きくなっていく。いずれかの要因でこの夢から解放される。その直前で見てしまう。独り闇に飲まれない人型の影。…暗い表情のシンを。
私は頭を抑えて起き上がる。
「大丈夫かい?うなされていたようだが…」
「…問題ないわ。……ただの悪夢よ」
夢そのものを闇が包んでいるかの如く思い出せない。少なからず顔を顰めていたせいか、シンが心配してくる。
〔大丈夫?…『夢』が気になるなら、見る?〕
〈大丈夫。……好き好んで悪夢を見ないわよ〉
グルバンは純粋に心配している。何を思ったのか、ふと言葉が漏れる。
「心配なのは、ケイトでしょ?安心s」
「わしは、ルコに言っているんだ。娘のようで、妻に迎えようとした人物で、対等な隣人だろ?」
「……」
「…あっ、君がわしの家族として見て欲しくないのかと思って言わなかったg……」
私が押し黙っていたのは、実感が湧いたと言った方が適している。認めて貰えた。どことなく、シンやケイトとの話が夢物語やゲームのようで、そして、謎の悪夢のせいか終わりじゃないという予感があってしまった。それ故に、変えられたんだと……。自身の人生に意味があったのだと感じることができたのだ。グルバンを、カーセ家を、私自身を救えた気がしたのだ。
「隣人でいいわよ。丁度良さそうだし……。とりあえず」
私は『カーセ家』のグルバンの自室のソファーで寝ていた。随分、時間が経ったようだ。私はフラフラと立ち上がり、壁に近寄る。
「…もう、職務はない?」
「……あとは、死ぬだけじゃないか?」
「…そう」
壁の中には電気を運ぶ線が入っている。それを利用する。本来、機械なしでできはしないが、『異能』を用いる。
「ハック」
〈こう…して……こぅ。…よし、これで………〉
異能の仕上げ途中に、嫌な予感と言うべきか、視界が揺らぐ。
「ルコ!」
何とか堪える。激しい動悸が徐々に収まっていく。私がグルバンに突き出した手に察したグルバンは私が落ち着いたころを見計らって言葉を投げかける。
「……お疲れ様」
「……そんなことより、もう終わりよ」
「まず、キミが落ち着いてから…」
「……分かったわ」
連続使用の方が負荷が大きいそうだとグルバンに思われているだろう。ソファーにグルバンと間隔を空けて座る。静かになるのを嫌ってか、グルバンが喋りだす。
「…さっきの配線ハックで具体的に何をしたんだ?」
「まず前提として、発電所から電気は運ばれている。つまり、配線は発電所と繋がっている」
「あぁ」
「配線に沿って、とある命令を送りつける。たったそれだけで、この国の電気製品の使用はかなり厳しくなる」
「…ほぅ。例の異能か」
「そ。命令は至極単純。『配線に繋がった電気製品に自壊プログラムを送る』ただそれだけよ」
「……恐ろしいな。それを発電所に送り付ける。事実上の電気供給の終了。そこまで、するとは容赦ないな。……本当にケイトが許可したのか?」
「嘘だったらどうなるか分かっているか」と言わんばかりにグルバンが殺気を飛ばす。
「落ち着け。わてが許可した。シンの異能で知ったが、アイナの夢も叶えてやりたくなった。それだけよ」
《できるだけ自然がいいの。科学を支配するどころか、支配されているみたいで好きになれないんだよね。だから、本当の自然の生態系を見たいのに科学にあまり浸食されたくないよ》
自分のことは二の次で、眩しくて、優しくて、強いアイナの言葉にケイトも惹かれるものがあったようだ。
「良かった」
グルバンはケイトや自分を利用されていることを危惧したようだ。素直に安堵する。私は話が切れたのを見計らって立ち上がり、手を差し伸べて切り出す。
「…さて、そろそろだね」
「その前に、シンに話が……」
言われるがままにシンに意識を預ける。シンが一言二言、言葉を交わすとすぐに意識を戻してくれる。
「……もう、やり残したことはない?」
私は再度手を差し出す。
「あぁ」
グルバンは反射的にハグをしかけたが、自制し、握手を求める。その手を受け取り、異能を発動する。
「アクセル」
『異能』で時間の経過を加速させた。それだけである。減速や巻き戻しは難しくても、加速は案外簡単なものだ。私たちの周りの速度が遅く感じる。目の前の青年の姿をしたグルバンは確実に老化していく。私もまた、立つのが辛くなっていく。
「…ルコ。最期に……」
絶対時間的には数秒。それでも数十年の重みがあるのだ。
「……なに?」
お互いぼやけた視界の中で、確かな存在を確認し合った。
「…ありがとう」
私はこの人生を満足して、安らかに息を引き取った。
オレはルコとグルバンの最期を見届けた。過度な贖罪と思うかもしれないが、ある種救いなのだ。二人は生きる目的を失くしてしまった。逆にこれ以上、罪を背負え(生きながらえろ)という方が酷だと思わずにはいられない。オレはルコ、グルバン、ケイトの魂を送るべき場所へ送り届けようと決心した。不意に機械音声が部屋に響く。
「今日国王へとなったグルバン王から急遽、会見を開くためマスコミを招集しました」
グルバンの覚悟を感じたいがために、逆にお願いしたのがこのラジオである。電池式のラジオのため『異能』の信号の影響を受けないのだ。まぁ、信号を書き換えたり、打ち消したりもできはするが、なにぶん、この身体である。
「わしは国王の『資格』がなかったんだ。愛する妻を失って、勘違いを科学に押し付け、現実から目を背けたんだ。科学で子どもたちを、守るべき自然を、様々な人生を潰してしまったんだ。科学が悪いわけじゃない。わしは悪用してしまったんじゃ。現在、機械に頼り切っている者がいると思うが、機械の使用を極力制限させてもらう。機械で延命、救助できる命には悪い話かもしれない。だが、元々なかった物なんだ。人間は強欲すぎるんだよ。永遠に存在するものなんてない…ハズなんだ。多少自分勝手ではあるが、機械の制限、そして、国王を辞職する」
〈オレには…伝わったぞ……グルバン〉
しみじみと感傷に浸っていた。そんな中、場違いな声が部屋に響く。
「っちわーーっす。元気やってる?」
聞きたくない声だった。何度も焼き付いたその声の主は…完全に憎悪の対象であった。
〈死んだと思っていたのに………〉
元凶的存在であり、ソーの、龍児の、龍成の……無念の、積年の、雪辱の仇なのに……。
「案の定、死んでんじゃん。これ、死因なんだ?変死?」
挙動の一つ一つが神経を逆撫でする。アピスにずかずかと歩み寄り、拳を固める。
〔…なんで……生きてんだよぉ!!アピス!!!〕
虚空を殴り続けることしかできないのだ……。オレも知っていた。龍児やルコのような適合者が近くにいないと、異能は発動できない。物質のある、愛すべき、そして、怨敵がいるその世界に関渉することさえ叶わないのだ。
〈頭では分かっていた。でも、でも……!!〉
「ふむ。腕は二つあるし、一個くらいいいか」
ルコの腕を無造作に引きちぎる。怒りの沸点が爆発する。
〔ってめぇ!!〕
〈報われなさすぎるだろ。誰が望むというんだ。こんなっ、こんなやつの一人勝ちなんて!!……許されないんだ。許せるわけがないだろうがっ………!!!〉
いくら吠えても何もできない無力感が、でも何もせずにはいられない衝動もオレを襲う。泣いていたかもしれない。情緒なんてとっくに壊れてしまっていた。オレらの状態なんて関係なくラジオは続ける。
「次国王は前国王の息子さんに継がせることを提案する。これは血縁や忖度などを度外視した純粋な評価として彼は有能だからだ。また、外交や業務についても安心してほしい。前国王に直接教わったその手法をまとめたノートを……」
この空間に留まらず、ラジオからも異変が生じる。
「あーあー。俺はアピス・カーセ。現在放送をジャックしてまーす」
〔は?〕
〈この放送自体が過去のものだったのは分かる。それをジャックするのもまた、過去にプログラムしていたというのか?〉
「俺が国王になりまーーす。彼らが保証してくれまーす」
〔ふざけんなっ!それ以上…命を懸けたあの子たちを侮辱するのh〕
そこまで、叫んだ時だった。
「前々国王だ。アピスは頭が切れる。何より、【雷】の『隣人』のNo.1であることも相まって、この国一の天才だろう」
「前国王のグルバンだ。わしの自慢の息子だ。人間にやられるほどやわじゃないこと、この国の最高峰の頭を持つことをここに保証する」
〔なんで…だよ。……グルバン〕
理解不能。いや、理解したくのないともいえる。頭がまともに働かない。
「ふ~ん♪」
上機嫌にソファーでグルバンのものらしきノートを読む姿があまりにも憎たらしかった。同時に、何もできない自分もまた殺したくなるほど恨めしかった。
一言も言葉を発せずに、誰もいないグルバンの私室で独り黄昏ていた。理解した。ただ手を貸すだけじゃ、少々時間をいじろうが、絶望的な結果は変えられないことに………。
必ず、アピスは潰す。
クールダウンする。状況を理解したから、誰よりも状況を把握しているオレが、アピスとオレのせいで滅茶苦茶になってしまった世界に対して、オレにも責任があったのだ。緻密な計画な基で決行するとして、もう一つやることがあるのだ。グルバンの頼みを叶えなければ、本当にグルバンが報われないと思い、とにもかくにも会いに行くのだった。
《ぼくは白めの部屋にいた。まぁ、ぼくは物質界や現世とも言える世界に関渉することは、ほとんどできやしない。ましては、なんの力も持たないただのガキだし、当然と言える。そんな死んだような日々でも対話ができる彼女と会えた。至福の時間。それだけで、幸せといえるほどに……。それが極上なのか、飢えているだけかは分からないけど、ただただ幸せだった。ぼくは日に日に悪化する彼女の容態を無視することなんてできやしない。
ぼくは病室の窓から外を見ていた。静かでどこか眠気を誘う夜風はぼくには影響せず、ボーっと月を見ながらつい願ってしまった。
〈神様、彼女をどうか助けて下さい〉
どこか既視感を覚えたんだ。どれだけ昔のことかは覚えているはずもない。でも、忘れるわけがなかった。
〈”&…きみとの出会いもこんな夜だったっけ……〉
現実に目を向ける。ベットに眠る儚い彼女の存在は無慈悲な現実を突きつける。
「……」
黙り込んだ。思考も限りなく無に近い。微かな希望なんて辛いだけだから……。言い慣れた現実逃避のフレーズを口に出す。
「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。おごれる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし。たけき者も遂にはほろびぬ、ひとへに風の前の塵に同じ」
感情の死んだ声が辺りに虚しく響いた気がした……》
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